十八話【失われた記憶、本能に負けた吸血鬼】
「朝日君、怖い顔は止めようよ。ほらっ笑顔、笑顔」
「......」
「はいはい、あくまで無視を貫くって事ね」
「お前の血を...よこせぇぇぇぇぇぇ!!!」
朝日は欲望の赴くままに血を求めてる。
理性で押さえつけていた吸血鬼の本能が解放され、その影響から牙は鋭く伸び、まさに人が頭に思い描く吸血鬼そのままの存在へと変化していた。
朝日の背中からは黒い翼が生え、ミランに対して全速力で突進していく。
「君、飛べなかったはずだよね。どうしてこのタイミングで飛べるようになるのさ」
ミランは全速力で突進してくる朝日を迎撃しようと、赤いガラスで作られた盾を十枚近く展開した。しかし朝日の勢いは落ちることなく、ガラスを突き破りながらミランの腹部へ衝突する。
その勢いで二人ともギルドから飛び出してしまい、街中へと落下してしまう。
「痛いなぁ...こんな所まで飛ばされちゃったよ...」
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴にも聞こえる叫び声を上げながら、朝日はミランの首に牙を突き立てる。
「ぐっ...止めろ! 早く僕から離れろっ!!」
朝日はミランの言葉に耳を貸すことなく、ひたすら血を吸っている。
体に流れる血を全て吸い付くされる勢いで血を吸われているので、常に余裕の態度を崩さなかったミランの顔にも焦りが浮かんでいる。
「朝日さんっ、どうしたんですか!?」
街中を歩いていたミツキは、朝日が欲望のままにミランの血を吸っている光景を見て驚愕した。
目は充血しており、一目見ただけで我を失っているとわかる姿には、自己犠牲してでも他人を守ってきたいつもの朝日の面影はない。
このままではたとえミランを倒せたとしても、普段の朝日に戻る事はないと考えたミツキは、朝日に呼びかける。
「しっかりして下さい! 貴方は目を血走らせて血を求める人じゃないはずです!! 正気に戻って下さい!!」
「...うぅ.........ミツキ...ミツキの声?」
「朝日さん!」
ミツキの呼びかけにより、吸血鬼の本能に従っていた朝日は正気を取り戻す。
表情からも狂気が消え、死人の様に虚ろだった瞳はいつもの光に満ち溢れた輝きを取り戻していた。
「あーあ、せっかく僕に勝てるかも知れなかったのにね」
ミランは朝日の事を振り払い、胴体の辺りに巨大なガラスの錠を出現させ、朝日の体を拘束する。
「さっきの手錠と同じで、それも爆発するよ? ハハハッ、そのサイズだとこの街ごと吹き飛んじゃうかなぁ。朝日君、死ぬ前に言いたい事あるかい?」
...街が吹き飛ぶだと!?
ミランの顔を見るに、嘘ではなさそうだ。どうすればいい...? このままでは街中に居る人全てが爆発に巻き込まれてしまう。
胴体にかけられた錠を取ろうにも、きつく固定されていて取れそうにもない。だがあくまで固定されてるのは胴体だけだ。
腕は動く、足も痛むけど動く、背中に生えた翼も動く...それならもうこれしか方法はない。
「一つだけ言い残してもいいか?」
「どうぞ♪」
俺は体に走る痛みを我慢しながら、ミツキの方を向いた。
ミツキは心配そうな顔でこちらを見ている...そりゃそうだよな。
でも、ミツキには言わなきゃいけない事がある。
「ミツキ、お前が俺を吸血鬼にしてくれて、そのおかげで入院してるだけの人生が楽しくなったんだ。ありがとう」
「朝日さん、真吸血鬼を倒すって目標はどうするんですか...どうして諦めた様な事を言うんでか? 貴方の覚悟はその程度だったんですか?」
何も言い返せない...だけどいつミランが錠を爆発させるかわからない。
その前に、どうしてもこれだけは伝えなきゃ...。
「ジェノスさんが俺に託したように、俺の意志もミツキに託していいか...」
「駄目です。生きて下さい」
ミツキの目は真剣だ。何度言おうが断られそうな気がする。
だけど俺の意志を受け継いでくれるのはミツキしか居ない。
これで駄目なら仕方ない、俺は思ったままの素直な言葉を伝える事にした。
「俺は吸血鬼世界に来てからずっとミツキ見てきた。託す人よりも託される人の方が辛いのもわかってる...でも無表情で自分の感情を出すのが苦手なミツキが、誰よりも優しいって事をずっと見てきたから、俺はミツキに託したい。俺の代わりに真吸血鬼を倒して平和な世界にしてくれ」
「............わかりました」
ミツキの中にはまだ受け入れたくない気持ちがあったと思う。
だけど俺の気持ちを尊重してくれ、自分の気持ちを押し殺して首を縦に振ってくれた。
そうやって人の気持ちを汲み取れる優しい子だから、俺はミツキに意志を託したんだ。
「ねぇ、もう遺言はおしまいでいいかな? これだけ待ったんだからいいよね?」
「うん...待ってくれてありがとうな、ミラン」
俺はそう言うとミランを抱えあげ、背中に生えた翼で上空まで上昇していく。
さっきまで俺達が居た街が小さくなっていく、そして街が米粒みたいな大きさに見える高さまで上昇した所で上昇するのを止めた。
「何がしたいの? 朝日君」
「俺がお前と一緒に自爆してやる。だからこの錠を爆発させろ、ミラン」
「は?」
ミランは唖然とした表情で俺を見ていた。
本格的にコイツどうかしたのかという顔をしている。
「するわけないでしょ、恐怖で頭がおかしくなったの?」
至極普通の反応だ。
だけど俺は、ミランが錠を爆発させたくなる魔法の言葉を知っている。
「そうか、お前の退屈はその程度か。俺は宿敵と自爆するスリルで心が踊っているけどな」
その言葉を聞いた瞬間、ミランの赤い瞳が妖しく輝いた。
予想通り、退屈をまぎらわす好奇心にミランの理性が勝てる筈がなかった。
「確かに楽しそうだね! 僕の心も踊っているよ! よしいくよっ!!」
耳が壊れそうな爆音と共に、俺達は爆発した。




