十六話【偽りの希望、退屈する吸血鬼】
「...今何時だ?」
余程疲れが溜まっていたのか、目覚めた時間は昼の1時を過ぎていた。
窓の方へ近づき外を眺める。入院してた頃の俺だと嫌になるくらいの、曇りひとつ無い晴天だった。
そういや、真吸血鬼を自分の手で倒したんだよな。
着々と強くなっている...これならミランを倒せる様になる時も近い筈。
俺はそそくさと身支度を済ませ、ギルドへ向かう。
ギルドに向かう途中、昨日ミツキが来てくれていた事を思い出した。
わざわざ心配して来てくれたのに、何も言わずに寝てしまって悪かったな。後で謝っておこう。
何か言いたそうにしてた気がするけど、用事でもあったんだろうか? それも後で聞いておくか。
「昼過ぎなのに人の気配がしないな。皆、依頼にでも行ってるのかな」
ギルドに到着したが、物音ひとつ無く、誰かが居る様子はない。
とりあえず入ってみるか...。玄関のドアを開けると、やはりギルドメンバーは誰一人居なかった。
困ったな。俺の依頼が何かを聞いていないのに、誰も居ないなんて...。
誰も居ないと何の依頼を受ければいいのかもわからないし、奥の部屋も調べてみよう。
まずはマスターの部屋の前に到着した。
一応ノックぐらいしなきゃまずいよな。ドアをノックするが、中から返事は無い。鍵は...空いてる。もしかして寝てるのか?
「マスター、居ますか?」
部屋に入ると、マスターが窓の外を見つめていた。
なんだ居たんじゃないか...居るなら返事くらいすればいいのに。
「居るなら居るって言って下さいよ。それでマスター、今日の俺の依頼は何ですか?」
外を見ていたマスターはこちらを向くと、無言のまま俺に近づいてきた。
何やら様子がおかしい。マスターは俺の前に立つと、俺の首を掴みそのまま片手で首を絞めてきた。
「どうしたん...ですか...マスター...」
「マスター? それって僕の事?」
そう言ったマスターの体は変化していく。
黒かった髪は金髪に変わり、黒い瞳は妖しい赤い瞳に変わっていく。
...見た事ある姿だ...お前は...
「ミ、ミラン!?」
目の前で俺の首を絞めている男は、マスターからミランに変化していた。
どういう事だ? 何故ミランがギルドに居るんだ!?
首を絞めている力は強まっていく、このままでは意識がなくなってしまう...。
「気絶したらつまらないからね。離してあげるよ」
ミランは首を絞めたまま俺を上に持ち上げると、本棚のある方へ俺を投げつけた。
「がはっ...!!」
勢いよく本棚に背中を強打してしまい、心臓が圧迫されて一瞬呼吸が止まってしまう。
ぶつかった本棚は倒れ、大量の本が床にばらまかれてしまった。息が苦しい...。
「...はぁはぁ」
「苦しそうだね。大丈夫?」
気持ち悪い笑顔だ。
心配などしていない癖に、心配したふりをして俺を眺めている。
「ミラン! マスターはどうした!!」
「マスターってディランの事? それなら僕だよ」
「は?」
ディランさんがミラン? 何を言ってるんだコイツ...。
俺が言っているのはこのギルドのマスターの、ディランさんの事だ。
名前が似てるから俺が聞き間違えたんだろう...もう一度言う事にしよう。
「ミランじゃなくてディランさんの事だよ!!」
「...? だから、僕がディランだって。ディランって架空の人物は、僕が変身して作っただけだよ」
は? 架空の人物? いやいや、ミランはディランじゃないだろ。
頭のおかしい奴だとは思っていたが、会話の出来ない奴だとは思っていなかった。
もういい...ミランが目の前に居るなら倒すだけだ。
「信じてくれないの? 考えてみてよ、いままで違和感を感じた事あるでしょ」
「違和感?」
「うん。依頼を受ける度にほぼ毎回僕と遭遇してるけど、これっておかしくない?」
確かに、ミランに行き先がバレているのかと思う程の遭遇率だ。
そしてその行き先を決めているのは、ギルドマスターであるディランさんだ。
まさかな...たまたまだろう。それだけでディランさんがミランだと決めつけるのはまだ早い。
「朝日君とミツキが初めて会った時、ミツキが朝日君の事を知っていたのもおかしいよね? 僕が教えてあげたんだよ。更にミツキが朝日君を吸血鬼世界に連れてきた、それもおかしいよ?」
「...何がだ」
声が震えそうになりながらも、俺は動揺してるのを悟られない様に、平静を装いながらミランの返事を待つ。
「ミツキから教えてもらったかい? この吸血鬼世界に来る方法。絶対に教えてもらってない筈だ。何故なら真吸血鬼しか知らないからね」
ミランは倒れている本棚に座ると、いつもどおりの笑顔で話を続ける。
俺とミランの距離はかなり近くなったが、それでもミランは余裕の表情を浮かべている。
「僕の能力は、空間を変質させる能力。あらかじめ空間を変質させて、朝日君の元々居た世界と繋げたのさ、ミツキにそこが異世界へ繋がっていると教えたんだ。だからミツキは吸血鬼世界へ来る原理がわかってない。ミツキはただ朝日君を連れてきただけなのさ」
「...」
「ギルドなのに名前も付けられてないなんて、おかしいと思わなかった? 真吸血鬼に殺されるだけの吸血鬼が可哀想だから僕がお情けで作ってあげただけのギルドさ。そんなギルドに名前なんて大層な物は必要ないからね」
「ミラン、お前は何がしたいんだ...」
ミランの赤い瞳が、どす黒く光った。
そのまま座っていた本棚から立ち上がり、部屋の真ん中まで歩いていく。
そして両手を上に広げたまま上を見つめ、目を輝かしながら自分の目的を語りだした。
「僕は楽しければ何でもいいのさ!! この世界は僕にとって、ただの遊びだ! 吸血鬼が死のうが、真吸血鬼が死のうがどうでもいい...面白いから吸血鬼を皆殺しにしようと思ってるだけなのさ!!」
俺は軽蔑した目でミランを見つめている。
その視線に気づいたのか、ミランは俺の方に歩いてくる。
「朝日君ならわかってくれると思ったんだけどなぁ。君も僕と同じ筈さ、六年間も入院していた君なら、退屈を感じるだけの日常を嫌う気持ちはわかるでしょ? 面白ければ何をしてもいいと思うでしょ?」
退屈か...光線過敏症に苦しんでいた時の俺は、確かに暇をもて余していた。
でも俺はミランとは違う。絶対に違うと言いきれる自信がある。
俺は拳を握りしめ、近づいてきたミランの顔面に思いっきり右ストレートを撃ちこんだ。殴られた衝撃でミランは、壁まで転がっていく。
渾身の一撃だったが全くダメージは無いみたいだ、すくっとミランは立ち上がる。
「痛くないけど、心が痛いなぁ。何? 僕が君と同じだって言った事で怒らせちゃったかな?」
「俺はお前とは違う。確かに退屈は嫌いだ...入院していた時みたいに、何もしないで時間が過ぎていく感覚は二度と味わいたくない」
ミランは人懐っこい笑顔で俺を見ている。
まだ俺に何かを期待しているのだろうか、ミランの心の内は何度会ってもわかる気がしない。
「でも...その退屈があったからこそ今の俺があるんだ。俺は光線過敏症だった過去を否定したりしない。ミラン、教えてやるよ...退屈を受け入れる強さってやつを」




