十五話【もうひとつの戦い、変化する吸血鬼】
楓の瞳が、緑色から赤色へ変色していく。
そして深呼吸したかと思うと、次の瞬間にはヴェイダスの懐に飛び込んでいた。楓は無表情のまま、血の刀を降り下ろすと、ヴェイダスの胸の部分を切りつけた。
「いっ...痛いですねぇ、もっと優しくしてくださいよ。お仲間さんが居たときの貴殿はもう少し優しかったじゃないですか?」
「仲間には明るく振る舞うわ。でもごめんなさいね、敵に優しく接してあげる程甘くないの私」
「いやはや恐ろしいお方ですね。ならば、こちらも本気でいきましょうかね」
ヴェイダスは足に力を入れ、バネの様に跳躍して楓に爪を突き刺そうとした。
しかし楓は片手で爪を掴むと、もう片方の刀を持っている手で、腹の辺りを切りつける。確かにヴェイダスは本気で攻撃を仕掛けたが、軽く反撃されてしまった。
「それが本気? 随分遅いのね」
「私の爪に触れましたね?」
ニヤリとヴェイダスは笑った。
楓は攻撃を受け止めた筈だが、爪を掴んだ方の手が痺れていく。
「毒?」
「ご名答。私の爪には麻痺毒が塗られているのです。毒で死ぬ事はありませんが、この爪に触れた者はどんな強靭な肉体をしていても地に伏せるしかなくなります」
楓の手の痺れは収まる気配は無い。
身体中が痺れて動けなくなるのも時間の問題だろう、動けなくなった時点で無防備に殺されてしまう。
「後は逃げ回っているだけで私の勝ちですねぇ。この歳になってからの鬼ごっこというのも、中々良いものですなぁ。勿論、命をかけた場合に限りですけどね」
「奇遇ね、私も好きなのよ鬼ごっこ。私の場合は真吸血鬼を切る場合に限るけどね」
「...強がりを」
楓は刀でヴェイダスに攻撃を仕掛ける。
先程までと違いヴェイダスは、反撃を狙わずとも回避しているだけで勝てるので、不用意に隙を晒す事はない。
楓の攻撃は全て躱されてしまい、その度にヴェイダスが距離を取っての繰り返し。
このままでは楓の身体が痺れて動けなくなるのも時間の問題だ。
「動けば動く程、毒が回るのが早くなりますよ?」
既に肩の辺りまで痺れは広がっている。
時間が無い。しかし楓は攻撃を止め、身体の力を抜いた。
「諦めたのですか? 鬼ごっこは鬼が居なければ楽しくないのですが」
「諦める? そんな言葉、今まで一度も使った事ないわよ。この場に朝日君が居なくて助かったわ。こんな醜い能力、見られたくないもの」
楓は、痺れていない方の手で刀を上に振り上げる。ヴェイダスとの距離は30m以上は離れているが、気にせず刀を降り下ろした。
距離が離れているが、楓が刀を降り下ろした瞬間に、ヴェイダスの肩の辺りから血が吹き出した。
「ぐっ。貴殿...今、直接血を使いませんでしたよね...。もしかして」
「そう、真吸血鬼の能力よ。本当、醜いわこの能力」
何もなかったように、楓はそう答えた。
吸血鬼は血を変換して能力を使う、そして真吸血鬼は血を才能として血を使う。
驚く事に、楓は吸血鬼の能力で作った刀に真吸血鬼の能力を上乗せして使ったのだ。
「なるほど...噂には聞いていましたが、貴殿は真吸血鬼と吸血鬼の間に産まれた子供なのですね。こんな珍しい吸血鬼と戦えるとは光栄です」
「そう? 死ぬ前に思い出が出来て良かったじゃない」
楓はヴェイダスに向かって、刀を横に振る。
するとウェイダスの首は切れ、血が吹き出していく。ヴェイダスはそのまま灰になって跡形も無く消えてしまった。
「本当、真吸血鬼の能力って使うだけで吐き気がする。...そろそろ時間よね」
楓の身体は床に崩れ落ちる。
身体中に毒が回ったのか、楓は体を動かす事ができない。
床に伏せた状態のまま痺れで頭が回らなくなり、次第に眠りについた。
俺はミシェルとの戦闘後、上へ続く階段を発見した。
閉じ込められたかと不安だったが、閉じ込められてはないみたいだ。
急いで階段を登り、楓さんとヴェイダスが戦闘した場所へ戻る。
到着すると、そこには楓さんが一人で倒れていた。
「楓さん! 楓さん!」
俺は、楓さんの倒れている場所へ走り、体を揺らして必死に楓さんを起こそうとする。
「んー、朝日君?」
「そうですよ! 朝日です」
よかった、意識はあるみたいだ。
どうして一人で倒れていたんだろうか? 楓さんはまだ少し眠そうにしてるが、俺は質問してみる事にした。
「ヴェイダスはどうしたんですか?」
「私が倒したよっ! それで疲れたから寝てたのっ」
ヴェイダスを倒したのか。
それにしても、敵を倒したからといって敵地でよく眠れるな。
度胸があるっていうか、無謀っていうか...。
そんな事を考えていると、楓さんは再び眠りにつこうとしていた。
「ちょっと楓さん! また寝るんですか」
「私の事は、おぶってギルドまで届けてね」
「いや、俺も傷だらけで疲れてるんですが...」
「......すぅ」
楓さんは既に寝ていた。
本当に俺がギルドまで運ばなきゃいけないパターンなのか!?
俺もミシェルとの戦闘で傷つけられたせいで、身体中が痛いんだけど...。
これ、帰り道は戦闘よりも辛いんじゃないか?
「おい朝日、そっちも終わったのか?」
「ジャックさん!」
50人以上の真吸血鬼との戦闘をしてたらしいジャックさんが帰って来た。
ざっと見た限り、軽傷はあるものの目立ったような傷はない。
それなら...
「ジャックさん、楓さんをギルドまで運んでもらえませんか?」
「やだよ面倒くせぇ。運ぶのも修行になるだろ、お前が運べよ。ほら行くぞ」
修行と言いつつも、その前に面倒くさいって本心が出ていた気がするが...まぁ、ジャックさんは運ぶ気が全く無いし、俺が運ぶしかないか。長々とここに居て新手の真吸血鬼が来ても困るしな。
俺は、眠っている楓さんを背中におぶり、ジャックさんについて歩きだした。
寝てる人ってけっこう重いんだな...細身なのに重く感じる。
背中に何か当たってる気がするが、そんな事を気にしている余裕はない。
二時間後、ようやくギルドに到着した。
行きの倍は時間かかってるぞ...。
ぜぇぜぇと呼吸は荒く、全身が痛みと疲労でどうにかなりそうな俺に、ジャックさんは軽い口調で話しかけてきた。
「お疲れさーん。楓は適当に床に寝かしといていいぞ。そんじゃ解散」
そう言ってジャックさんは帰ってしまった。
元はといえば、ジャックさんが俺に血を飲ませてくれたらここまで激痛に悩まされる事もなかったのだが...
「男に噛まれるとか気持ちわりぃし嫌だ」
という理由で、血を飲ませてはくれなかった。
その気持ちはわかるけど...こんだけ傷が深いんだから、血ぐらい飲ませてくれよ。
まぁいい、過ぎた事を言っても仕方ないしな、とりあえず楓さんをギルドに寝かせて帰ろう。
俺はソファーに楓さんを寝かせ、適当に置いてあった毛布をかけ、自分の家に帰る事にした。
「疲れた...」
時間は深夜2時を回っていた。
あれ? 俺の部屋の電気がついてるけど、誰か居るのか?
恐る恐るドアを開けると、いつもどおりミツキが部屋の隅で体育座りをしていた。
手には、[簡単に強くなれる100の方法]という本を持っている。
勝手に人の本を読んでたのか...まぁいい。
「朝日さん、凄い傷ですね。私の血を吸いますか?」
そういうと、ミツキは赤い液体の入ったビンを見せてくる。
わざわざビンに入れてきたのか...でも凄く助かる。
「いちいち噛まれるのも少し痛いですし、ビンに入れてきました。どうですか、効き目はありますか?」
血を飲んだ途端、体の傷が再生していくのがわかる。
体が治っていく安堵から、唐突に眠気が襲ってきた。
ずっと気を張っていたが、徐々に緊張の糸が切れ、睡魔に負けてしまう。
「朝日さん、では本題に...って寝てますね。まぁいいです、また次の機会に話しますので。では朝日さん、お休みなさい」




