十三話【気品溢れる仕草、血塗られた吸血鬼】
「朝日君、ヴェイダスは私が倒すから下がってていいよっ」
楓さんに一人で戦わせて、俺は後ろに居るだけなんて御免だ。
俺も吸血鬼世界に来てから修羅場はくぐってきたんだ。俺だって戦える。
楓さんは、俺を心配してくれてるのかもしれないけど、俺を過小評価しすぎてる。
「俺だって真吸血鬼と戦えます!」
「私が言ってるのはそういうことじゃないの。足手まといになるから下がっててほしいって事だよっ」
足手まとい、確かにそうかもしれない。でもここまではっきり言われると傷つく。俺にも何か出来る筈だ。そうじゃなきゃ依頼に同行した意味が無い。
何とかして、楓さんに認めてもらわなければ。
「お仲間さんにも手厳しいんですねぇ。でしたらそちらの朝日さん? にはお嬢様がもうじき来る頃合いなので、お嬢様のお相手をお願いしても宜しいでしょうか?」
お嬢様? もう一人仲間が来るのか。
そいつも真吸血鬼なのだろう。どんな奴だろうが真吸血鬼は倒すだけだ。
そういえばジャックさんは何をしてるんだ? 俺達と一緒にいた筈だけど...。
「そちらの方は、お相手の方を用意しなくても宜しいのでしょうか?」
「白々しいぞ、真吸血鬼。この洋館に向かってる五十人くらいの真吸血鬼はてめぇの仲間だろ? 匂いでわかんだよ。今からジャック様が直々に出向いてぶっ飛ばしてきてやる」
五十人の真吸血鬼!?
それをジャックさん一人で迎え撃つつもりなのか? 無謀すぎる。
「ジャックさん、まさか一人で五十人の真吸血鬼と戦いに行くつもりですか!?」
「匂いからして、雑魚しか居ねぇから大丈夫だろ。黄色や白の十字架は居ねぇっぽいしな、赤い十字架の真吸血鬼なら余裕だと思うぜ」
匂いだけでそこまでわかるのか。
しかし、赤い十字架とはいえ五十人は辛いと思うんだけど。
そんな俺の心配をよそに、ジャックさんは入り口のドアを蹴破り走り出してしまった。
「ドアを蹴破るなんて野蛮ね。あなたもあの蛮族の仲間なのかしら?」
どこかから女の子の声がする...どこだ。
周りを見渡してみたが、楓さんとウェイダス以外どこにも見当たらない。
確かに女の子の声が聞こえた気がしたけど...気のせいか?
「どこを探して居るのかしら? 私は上に居るわよ」
「上?」
見上げると、黒い派手なドレスに身を包んだ女の子が、宙に浮いていた。
黄色い十字架のネックレスをつけており、銀髪のツインテールに可愛らしい目をしているのだが、どこか人を見下している様な目をしてる。
それより驚いたのが、宙に浮いている事だ。見た感じ翼は生えていない。ならどうやって宙に浮いているんだ?
「じろじろ見るなんて気持ち悪いわね。まぁいいわ、あなたの名前は?」
「...日向朝日」
「そう、朝日ね」
女の子は空中から着地すると、ドレスに埃がついたらしく、その埃を手ではらっている。
真吸血鬼を褒めるような事は言いたくないが、埃をはらう仕草でさえ気品が溢れており、とても絵になっている。
「朝日、あなたが私の相手になってくれるのかしら?」
「あぁ、真吸血鬼なんて俺が根絶やしにしてやる」
おれがそう言った瞬間、女の子と俺の居た場所の床に穴が空き、俺達は地下に落下してしまう。
...どこに落ちているんだ? 女の子を見ると、風で捲れそうになっているスカートの裾を、片手で押さえている。その仕草も優雅な気品に溢れていた。
「朝日君!!」
「貴殿の相手は私ですよ。二人きりになれた事ですし、気兼ねなく殺しあいましょう」
「痛て...どんな高さから落下してるんだよ」
普通、こんだけの高さから落下したら骨折ぐらいはしそうなものだけど、吸血鬼になってから身体能力自体も上がってるみたいで、怪我はしていない。
俺と一緒に落下した女の子を見ると、ふわっと宙に浮いており、怪我どころか転んですらいないようだった。
「おいお前! ここはどこだよ!!」
「お前と呼ばないでくれるかしら。私には、ミシェル=スパイダーフィンガロットと言う名前があるの。そしてここは私専用の拷問室。朝日、あなたを痛ぶってやろうと思って連れてきたのよ」
拷問室...。床には悪趣味な拷問器具が床に転がっている。
洋館の前に落ちていた拷問器具も、こいつの物なのだろう。
この部屋には不快な香りが充満している。最近ついたような血の匂い、ここで明らかに大量の人が殺されているとわかるような死臭。
《死》
この部屋に居るだけで、頭の中には常に死がよぎるような、異様な空間だ。
そしてミシェルは俺を拷問してから殺そうとしてるみたいだ。
慣れない場所で 考える時間を使うのは得策じゃない。ここは先手を取って先に攻めこむしかない。
近くに落ちてた木の杭を拾い、ミシェルに向かって全力で投げつけた。
「先に攻めたいって気持ちが顔に出てるわよ? あなた、ドSなのね。私もそうなのよ」
ミシェルに向かって投げた杭は、床に吸いつけられる様に落ちてしまった。
なんだ今の? 勢いが落ちたわけでもないのに、床に落下したぞ。
そこの空間だけ、重力が重いみたいだ。
「次は私の番ね。苦痛の先にある快楽を教えてあげるわ」
ミシェルが指を鳴らすと、天井から縄が落ちてきた。
狙いは俺の首だろう。首に縄を巻きつけられないように、手を使って縄を振り払う。
しかし、これが間違いだった。縄に触れた瞬間に身体中に電流が走る。
「その縄、電流が流れているわよ。言うのが遅かったかしら?」
わざとだ。俺が縄に触れたのを確認してから、電流が流れている事を教えたんだ。
その証拠に、ミシェルの顔は恍惚に満ちている。
ミシェルはふわりと飛んでこちらに近づいてくると、先に鉤爪がついた鞭を振り回してきた。
「当たったら電流以上の苦痛が待っているわよ。涙目で懇願するなら少し優しくしてあげてもいいけど、どうするのかしら?」
触れるだけでも危険なので、必死に躱す。
ギリギリ躱す事ができる速度だ、そして一つわかった事がある。
ミシェル自身の身体能力はそこまで高くないみたいで、俺の身体能力でも引けを取らないみたいだ。
問題はこの部屋にある数々の罠と、初めに俺が投げた杭が地面に吸い寄せられた能力だけだ。
そこを見抜かない事には、ミシェルに攻撃を与える事はできないだろう。
「あら、中々頑張るのね。これはどうかしら?」
ミシェルは、手に持っていた鉤爪の鞭を上に放り投げた。
鞭での攻撃を諦めたのかと思い、鞭から視線を外したが、その瞬間俺の左手の甲に鞭の鉤爪の部分が凄まじい速度で落ちてくる。
「...っ」
尋常じゃない痛みで、声を出す事すら出来ない。
投げた物が急激に床に落下する現象...初めに投げた杭と同じだ。
だとすれば、こいつの能力は重力を操るような能力なのか?
それなら俺の周りの重力を重くすればいいだけだし、真吸血鬼だって血を使わなければ、能力は発動できないはずだ。
いや待てよ...初めに見た真吸血鬼のウリゴラカスも、能力を使う際に血は出ていなかった気がする。もしかして、吸血鬼と真吸血鬼では、能力の発動条件が違うのか!?
「気持ちいいかしら? もっと快楽を与えてあげるわよ」
床に落ちた鉤爪のついた鞭は、再び俺に跳び跳ねる様に向かってきた。
向かってくるスピードが速すぎて、完全に躱す事は出来なかったが、紙一重で回避する事に成功した。
推測だけど、ミシェルの能力の謎がわかったかもしれない。
わかった所で何とかなるかはわからないが、それでも急速に物が動く謎は解けた。
「なに? 何だか希望を見つけたみたいな顔をしてるけど、何かあったのかしら?」
「ミシェル、お前の能力がわかったぞ」
俺がそう言うと、ミシェルの表情が少し強張った気がした。




