【弐拾伍】AOF21
「それで、話にも出てた最悪のシナリオって、結局なんだったの?」
そう言いながらマリは片手をテーブルにつき、一番奥に置かれていたフルーツ盛りの皿へ大きく手を伸ばした。その中からぶどうを三粒ほど摘まむと、ソファではなく桃の片脚へ腰を下ろし、そのうちの一粒を艶っぽく口へ運ぶ。
桃は特に嫌がる様子もなく、表情を変えないまま、彼女が倒れないよう背後へ腕を回した。
「今の話を聞いてたら、大体予想はつくだろ」
するとルチアーノが、少し小馬鹿にしているようにも聞こえる声で口を挟んだ。
「ふぅ~ん。じゃあ、ももちゃんから答えを聞く前に、ルチアーノ探偵の予想とやらを聞こうかしら」
マリは訝しげな視線をルチアーノへ向けながら、ぶどうを一粒、滑らせるように口へ入れた。
挑戦的なその声に、ルチアーノは手にしていたグラスを一口呷ると、テーブルへ置く。
「まず結論から言うと、最悪のシナリオってのは――被害者が死亡して、犯人が被害者の父親だった場合だ。多分、その場合は脳死か心停止の状態で見つかることになるだろうな。ポイントは三つだ」
言葉に合わせ、指を三本立てる。
「まず一つ目は、事件当時の父親の行動。引っかかったのは、判断が速すぎる点だ。前回、似たようなことがあった上に、治安も信頼している。それに娘のことをあまり気にかけていないとするなら、警察へ行くという判断が速すぎる。一日二日、ましてや深夜まで帰ってこなかったわけでも、探し回ったわけでもないのにな。まるで、事件が起こると知ってたみたいだ」
言い終えると指を一本下ろした。
「そして二つ目は、双子の弟である息子の病気。臓器移植が必要らしいが、今の時代、ドナーを探してる患者なんてごまんといる。その上、そんなにバンバン臓器提供者がいるわけでもない。ましてや幼い子供の臓器ともなれば、なおさらだ。それこそ、裏の人間に依頼する奴もいるほどにな」
「まさか、そんな仕事してないわよね?」
マリは表面上は冗談めかしていたものの、ルチアーノを蔑むような視線を向けた。
その言葉と視線に、彼は若干の苛立ちと呆れを混ぜ合わせた表情でマリを見返す。
「あ? やるわけねーだろ。どんだけ金積まれてもやらねーよ」
「良かった。そんなことしてたら、見損なうとこだったわ」
「ったく、俺を何だと思ってんだよ」
ルチアーノは呆れたように吐き捨てると、再び話を続けた。
「――とにかく、そんな状況の中で、被害者が臓器提供できる状態で見つかったらどうだ? 双子の姉ともなれば適合する確率も上がる。その上、優先的に提供を受けられる可能性だってある。仮に父親が娘に関心がなく、息子がお気に入りで愛情を注いでいたとするなら、娘を犠牲にしてでも助けたいと思っても不思議じゃない」
そして二本目を下ろす。
「最後に三つ目は、娘が無事保護された時の父親の行動だ。こいつらが娘を家に帰した時、父親はちょうど仕事で外出したらしい。しかも、連絡が来る少し前にな。これをただの偶然として片付けるより、疑いの目を向けておいて損はないだろう」
ルチアーノは言葉を続けながら、テーブルのグラスへ手を伸ばした。
「大体こんなところから導き出されるのが、最初にも言った最悪のシナリオってやつだ。まぁ、証拠なんてない。頭の隅に置いておくだけの、仮説にすぎないがな」
「それで、今のルチアーノの答えは合ってるの?」
答え合わせを求めるように見つめてくるマリへ、桃はルチアーノに軽く称賛の拍手を送った。
「流石はルチアーノ。その通りですよ。ただの仮説にすぎないというところまで完璧です」
「なーんだ。まっ、その自信満々な解説も、あの二人は聞いてないみたいだけどね」
正解していたことに少しつまらなそうな声を漏らし、マリはリオとルミへ視線を向ける。
その先では二人ともルチアーノの話には興味がないといった様子で、別の話に盛り上がっていた。
だが、ルチアーノもそのことには興味がないらしく、酒を口へ運ぶ。
「別に探偵のする自慢気な種明かしじゃないんだ。別に構わねーよ」
背凭れに体を預けて足を組み、グラスの中の酒を回しながらそう言うと、もう一口分を流し込む。
「あっ! そう言えば、ももちゃん。あたしとの約束、覚えてる?」
急に約束とやらを思い出したマリは、桃の首へ腕を回しながら小首を傾げてみせた。
もし相手に可愛さをアピールするための、首の傾げ方の黄金角度というものが存在するならば、恐らく今の彼女はそのモデルにぴったりだろう。
「えぇ、もちろん。女性からのお誘いは忘れませんよ」
「さっすがぁ。わたしも、ももちゃんとのショッピングが楽しみで仕方ないわ」
「コイツと買い物かよ。ご愁傷様だな」
「あら~? 聞こえてるわよ? ルチアーノ」
桃にも聞こえる程度の小声で呟いたルチアーノに、マリは苛立ちを内に含んだような笑みを浮かべる。
「大量の荷物を持たされて、無意味な二択を答えさせられて、そしてひたすら待たされて歩かされる。ご愁傷様だろ」
「別にいいじゃないですか。荷物ぐらい持ちますし、意見を求められれば答えます。最終的に服を買うのも、着るのも、彼女自身ですから、それが反映されなくても構わないでしょう。それに、むしろ私達は得をしているのですよ」
「は? 何をだよ」
ルチアーノは見当もつかないといった表情を浮かべた。
「美しくも可愛らしい女性が、様々な服を着て、色々な表情を見せてくれるのですよ。それだけで充分楽しいじゃありませんか。それに、その中には買わない服もあるわけですから、そうなれば、その服を着た彼女を見られるのは私だけです。そんなショッピングにご一緒させていただけるとは、嬉しい限りですね」
「もぅ、嬉しいこと言ってくれるわね、ももちゃんは。ほんと大好き」
先程とは打って変わって満面の笑みを浮かべたマリは、桃に寄りかかるように抱きついた。
「わたしはいつでもプロポーズ待ってるわよ」
「それは嬉しい限りですが、マリさんとお会いするためにこの店を訪れる方々もいますから、そう簡単に独り占めはできませんね」
「えー! 桃さんとの買い物楽しそう! 私も一緒に行ってみたいです」
いつから話を聞いていたのか、ルミも羨ましそうな表情を浮かべ、桃を見上げていた。
「ナチュラルにあーゆうこと言うから、あいつはやべーよな」
その様子を見ていたルチアーノは、グラスを手に呟いた。
「紳士というか、もはや狂気だな、ありゃ」
そして、テーブルの向こう側で同じく三人を見ていたリオも、続くように呟く。
その声に、ルチアーノはリオを見遣った。
「お前も、とんだ上司をもったな」
「それを言うなら、そっちもとんだ友人をもったな」
まるで互いを励ますかのように、グラスとグラスを軽くぶつけ合わせる。心地よい音が辺りへ広がってゆく。
その音色の中、二人は同時に酒を呷った。
それからも五人は、呑んでは話し、話しては呑み――閉店時間まで、それは続いた。




