↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【原題:Peach Flows】桃太郎の末裔は、現代で何でも屋をやっています ~先祖代々、鬼王の首を探しながら、今日も東京の事件を解決する~  作者: 佐武ろく
序章:現代桃太郎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/26

【弐拾】AOF16

桃と蘭玲が小部屋へ入ると、少女は怯えた表情で二人をただ見つめていた。脚を抱く両腕へぎゅっと力を込め、さらに身体を縮める。

 カチューシャをつけた長い黒髪はぼさぼさに乱れ、手足はもちろん、顔や身につけていた可愛らしい長袖のワンピース、ハイソックスまで、埃や何かの汚れですっかり汚れていた。

 桃はそんな少女を見ると、無事であったことにほっと安堵する。

 そして、柔らかな足取りで近づいていった。

 一歩、また一歩。桃が近づくたび、少女は身体をびくっと跳ねさせ、さらに部屋の隅へ逃げていく。

 そんな少女の傍まで来ると、桃は足を止め、柔和な表情のまましゃがみ込んだ。

 なるべく少女と視線を合わせる。


「石神瑠璃さんですか?」

「――どうして、わたしのお名前知ってるの?」


 恐怖に怯えた声は震えていた。


「初めまして。私は桃太郎と言います。あなたを助けに来ました」

「ほんとに?」


 今にも消えてしまいそうな、か細い声。

 だが、先ほどとは違っていた。

 そこには、僅かながらも希望という名の明るさが宿っていた。


「はい。お父様とお母様に頼まれてきました」

「ママとパパ……」


 その言葉だけで両親の存在を近くに感じ、安心したのか。

 少女の双眸が潤み始める。


「うぅぅぅ……。わたし……怖かったよ」


 そして、張り詰めていた緊張や不安を覆い尽くすほどの温かさが、彼女の心を包み込んだ。

 夜空を駆ける流星のように涙を流しながら、瑠璃は桃へ抱きついた。

 桃は、冷え切って震える瑠璃の身体を優しく抱きしめ、背中をゆっくりと撫でる。


「あの人ね。わたしが泣いたらね、大きな声出すんだよ。――でも、怖くて寒くてね。もうわたし……」


 そこで言葉が途切れた。まるで栓が抜けたかのように涙が溢れ出し、瑠璃は声を上げてわんわんと泣き始める。


「もう大丈夫ですよ」


 桃はそう言って、瑠璃が落ち着くまで優しく抱きしめ続けた。

 暫くして、ようやく泣き止み、落ち着きを取り戻したところで、桃はポケットから一枚のハンカチを取り出して手渡す。


「これでご両親に会う時は、笑顔を見せられますね」

「早くママとパパに……会いたいよ」

「では、帰りましょうか」


 涙を雑に拭ったハンカチを握りしめる瑠璃。

 桃は彼女を左腕で抱きかかえて立ち上がると、辺りを見回した後、蘭玲へ視線を向けた。


「蘭玲。申し訳ないのですが、ジャケットを借りてもいいでしょうか?」

「いいですよ」


 快く了承した蘭玲はレザージャケットとジップパーカーをセットで脱いだ。

 そして、傍まで来ていた桃へレザージャケットを手渡した。

 桃はそれを受け取ると、瑠璃の身体へそっと掛けてやる。


「これで少しは温かくなりましたか?」

「うん。ありがとう」


 瑠璃は蘭玲の方を向いて礼を言う。

 蘭玲は笑みを浮かべ、それに応えた。


「では、行きましょうか」

「はい」


 そして三人は、もはやドアとしての役割すら忘れ去られた出入口を通り、小部屋から出た。


「このまま無事で帰れると思うなっ!」


 だが、その直後。横から怒鳴り声が飛び出した。

 桃は顔だけを動かす。

 そこには、血まみれになった四目がいた。金砕棒を頭上へ振り上げている。

 ちょうど桃が視線を向けた瞬間、四目は残された力のすべてを込めて金砕棒を振り下ろした。

 だが桃は冷静だった。

 一歩だけ足を前へ踏み出す。その一歩を軸に身体を回転させ、最低限の動きで金砕棒を躱した。

 そして、そのまま一歩で間合いを詰める。

 右手に握っていた刀を左手へ移し、空いた右手で瑠璃の視界を一時的に塞いだ。

 それとほぼ同時に、四目の顔面を容赦なく蹴り飛ばす。

 鼻血が宙を舞った。怯んだ四目は数歩後退する。

 先の戦いで負った傷も相俟ってか、そのまま片膝をついた。

 桃はその隙を逃さず、さらに距離を詰めようとする。

 ――その時だった。後方から、闇に紛れるほど黯く染まった柳葉飛刀が三本、桃を追い越して飛んでいく。

 三本の刃が、四目の喉、右目、額へ深々と突き刺さった。入れ違うように血が噴き出す。

 後方のドア付近では、蘭玲が同じ柳葉飛刀を左手に構えていた。

 急所を捉えた三本の飛刀。その勢いに押されるように、四目の身体はゆっくりと前方へ倒れていく。

 そして床へ倒れた拍子に、懐からガラスのように薄く透明なスマホが転がり落ちた。


「瑠璃さん。手を離しますが、目を瞑っていてくださいね」

「うん。分かった」

「では、離しますよ」

「いいよ」


 瑠璃の目を覆っていた手を離す。

 桃は、ゆっくりと広がっていく血より先に、そのスマホを拾い上げた。

 そして何度か画面を操作し、電話履歴を表示させる。そこには、同じ番号が列を成していた。

 名前はない。他の番号もない。


「彼らに依頼をした犯人である可能性は高いですね」


 桃はスマホを見つめながら呟く。


「――それと、忘れないうちにやっておきますか。『F』。ここでの戦闘映像をEOCBへ送っておいてください」


 その声に応えるように、桃の一歩後ろ、上空に『F』が姿を現した。

 『F』には光学迷彩などの技術を用いたステルス機能があり、その姿を背景と完全に同化させることができる。


「データ送信中……データ送信中……データ送信中……。送信完了」

「念のため、ここを出るまでは起動しておきますか」

「追尾システムヲ続行シマス。ステルスモード、ON」


 そう言うと、『F』は再び背景へ溶け込むように姿を消した。


「ねぇ、もういい?」


 すると、瑠璃が痺れを切らしたように尋ねてきた。


「すぐにこの部屋を出ますので、それまで瞑っていてください。蘭玲、先ほどはありがとうございます。この部屋はこの子にとって少々刺激が強いので、外へ急ぎましょうか」

「はい」


 桃はスマホをポケットへしまう。

 そして刀を左手へ戻すと、蘭玲とともに急ぎ足で部屋を出た。

 それから一行は、真っすぐエリアLの出入口へと向かう。その途中、西城へ報告のため連絡を入れると、エリアLの外まで迎えに来てくれることになった。

 そしてエリアLを出た桃たちを待っていたのは、一台の車だった。

 助手席の窓が下りる。運転席から西城が顔を出した。


「ご苦労だったな。とりあえず乗ってくれ」

「ありがとうございます」


 蘭玲は助手席のドアを、桃は後部座席のドアを開ける。

 桃は先に瑠璃を座らせ、シートベルトを締めてやった。

 それから反対側へ回り、後部座席へ乗り込む。


「発進するぞ」


 西城はそう言うとシフトをチェンジし、車を発進させた。

 それは、この時代には随分と珍しいマニュアル式だった。


「ご苦労だったな、桃。お前も」


 バックミラー越しに桃を見た後、西城は隣に座る蘭玲へ一瞬だけ視線を向ける。


「仕事ですから」

「ふふーん。アタシにかかれば、こんなの余裕の善三郎ですよ」

「はぁ? なんだそれ?」

「アタシが今作りました。どんな依頼でも必ず成し遂げる、伝説の何でも屋の善三郎。無口な彼は、どんな時でも冷静に……」


 前方では、蘭玲によるよく分からない説明が続いている。

 そんな二人をよそに、桃は隣に座る瑠璃へ顔を向けた。


「もうすぐ会えますからね」

「うん。――ねぇ、お兄ちゃん」

「なんですか?」

「お手々繋ぎたい」


 それは少女の中に植え付けられた恐怖のせいか。それとも、芯まで冷え切ってしまった身体のせいか。

 差し出された小さな手は、今も震えていた。その表情にも、未だ不安が色濃く残っている。


「もちろんです。このような素敵な女性と手を繋げるとは、光栄ですね」


 桃は、そんな彼女を和らげるような笑みを浮かべた。

 そして、女性をエスコートする紳士のように掌を上へ向け、手を差し出す。

 その手の上へ、冷たく震える小さな手がそっと乗せられた。桃はその手を優しく握り、石神家へ到着するまで、温もりで包み込み続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。