07 ルーナと出会った日
カウンターに立ち、親子から受け取った腕時計を眺める。
「魔法陣式の腕時計か」
「ええ。どこの時計屋でも、見たことのない魔法陣だから手に負えないと言われてしまいまして……。大切な時計なんです。なんとかならないでしょうか」
……なるほど。
組み込まれているのは古代式魔法陣。
これは遺跡からの発掘品か。
「魔法陣が擦り切れている部分がある。ここを書き足してやればいいだけだ、すぐに直る」
私がそう言うと、少女はカウンターに身を乗り出すようにして私の顔を見上げてきた。
「直せるんですかっ!?」
「ああ、それほど難しくはない。研究室で直してくるからお茶でも飲んで待っていてくれ」
すると少女が躊躇いがちに口を開く。
「あの、直すところを見せてもらうことってできますか……?」
「……別に構わないが」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
少女の顔に嬉しそうな笑みが広がる。
その笑顔が、なんだかやけに眩しかった。
親子を伴って研究室に入った私は、作業台の上に腕時計を置いた。
「色々な魔道具が置いてあるんですね!」
「ああ。触れないように気を付けてくれ」
「はい!」
この研究室に客を入れた事はない。
それでもこの親子を、……この少女を入れてもいいと思ったのはどういう気紛れだったのだろうか。
常連客である国の役人や冒険者たちは、古道具を金銭的価値でしか量っていない。
もちろんそれを悪いと言うつもりはない。それが彼らの仕事であり飯の種だ。
だが、それでも。
古道具そのものに対する純粋な愛情。
久々に触れたそれは、祖父に憧れてこの道を志した少年時代を思い起こさせてくれたのだった。
「始めるぞ」
立体投影機に腕時計を設置し、少女が見やすいように魔法陣を大きく展開する。
「魔法陣だっ! すごい!」
感嘆の声を上げる少女に、私は教師にでもなったかのような気分で魔法陣の解説を始めた。
「ここの部分が薄れて見えなくなっているだろう、分かるか?」
「はい、分かります!」
素直な反応を好ましく思いながら、問題の箇所に杖を翳す。
「こうやって繋げていくんだ」
「わあ……!」
杖が描く光の線を、少女の目が辿る。
その視線を置いていかないよう、私はあえてゆっくりと魔法陣を書き足していった。
「全体的に薄くなっているから上書きしておく。これはサービスだから気にしなくていい」
「え、いいんですか……?」
「ついでだからな」
ついでと言っても範囲が広い分、擦り切れた箇所の書き足しよりもよほど手がかかるのだが。
……これは顧客サービス。
滅多に来ない新規客に対する営業活動だ。
自分にそう言い訳をし、私は作業を進めていった。
キラキラと輝く少女の顔を、視界の端に捉えながら。
「……よし、完成だ」
立体投影機から外した腕時計を、少女の手のひらの上にそっと載せる。
再び時を刻み始めた、少女の手には不釣り合いな男性用の腕時計。
時計の針が動くのを、少女は真剣な眼差しで見つめていた。
やがて少女が顔を上げ、幸せそうに微笑む。
「……ありがとうございます……!」
◆
あの時の少女の顔は、はっきりとは覚えていない。
けれど、その笑顔は。
まるで花が綻ぶようだと思って……。
手の中の腕時計から視線を上げて、私はルーナの顔を見つめた。
朧気だった少女の顔が、目の前の顔と重なっていく。
あれは。
あの時の少女は――。
「……お前だったのか……」
涙の膜が張った瞳で、ルーナが微笑む。
「やっと思い出してくれたんですね」
一年前ではなかった。
五年前の、あの日。
私たちは既に出会っていた。
それなら、ルーナがエドガーに告げたあの言葉は……。
「その腕時計は、父の形見なんです」
「……そうだったのか……」
腕時計を差し出すと、ルーナがそれを両手で受け取る。
そして腕時計を胸に当て、真っ直ぐに私を見つめた。
「あの日のことを、私はずっと忘れられませんでした。だから働ける年齢になってすぐにこの店の扉を叩いたんです。どうしてもここで働きたくて……」
零れた涙が一粒、ルーナの頬を伝った。
思わず手を伸ばしかけ、すぐに我に返って引っ込める。
「……従業員としてここで働けるならそれだけで十分に幸せでした。でも最近店長があんまり優しいから、もっと近付きたいと思ってしまって……」
ルーナの瞳から次々と新しい涙が溢れてくる。
頬を濡らす涙を拭ってやりたくて居ても立ってもいられなくなった時。
聞きたくてたまらなかった言葉が、ルーナの口から零れた。
「……好きです、店長。ただの憧れなんだと必死に自分に言い聞かせていましたけど、本当はずっと好きだったんです……」
ぎゅっと胸が締め付けられる。
「ルーナ……」
雇用主が従業員の頬に触れるなど、あってはならない。
……だが。
触れてもいいだろうか。
私を好きだと言ってくれるのなら……。
躊躇いながら、それでも私はルーナの濡れた頬に手を伸ばした。
柔らかな頬をそっと手のひらで包み、親指の腹で涙を拭う。
「……店長……」
その声が。
私の言葉を待っているかのように思えて。
「好きだ、ルーナ。ここに来てくれてありがとう」
そしてどうか、この先も。
「一生側にいてほしい。私と結婚してくれないか……」
そう言った瞬間――。
呪いを受けてからずっと感じていた、喉元に絡みつくような微妙な違和感がふっと消えた。
解呪条件を満たしたのか……。
だがそんな事はどうでもいい。
私が知りたいのは解呪条件などではなく。
「ルーナ……」
お前の、返事が……。
涙に濡れた瞳が私を見つめ、唇が小さく動く。
「……はい。店長」
囁くように、けれどはっきりと紡がれた言葉と共に。
ルーナの顔に幸せそうな笑顔が浮かんだ。




