08 語らない古道具と、そこに刻まれた歴史
厳重にプロテクトがかかっていた解呪条件は、あの時の状況から条件を推察して逆算していく事でようやく紐解く事ができた。
それは、一生側にいると言葉にすること。
何だそれはと言いたくなるような解呪条件。
たったそれだけの事を、どうしてあそこまで厳重にプロテクトする必要があるんだ。
釈然としないような思いで首を捻っていると、研究室の扉が軽くノックされる。
「店長、お疲れ様です。珈琲を淹れたので休憩にしませんか?」
「ああ、ありがとう」
呪いの指輪を作業台に置いて席を立つ。
扉を開けて廊下に出ると、厨房から甘い匂いが漂ってくるのが分かった。
「いい匂いがするな」
「ふふっ、パウンドケーキを焼いたんですよ。珈琲に合うと思うんですよね!」
「それはとても楽しみだ」
手を繋いで廊下を歩く。
お互いの指に輝くのは、青い石の付いた婚約指輪。
呪いの指輪が外れていて本当に助かった。
あれのせいでルーナとの婚約指輪が着けられなかったら、どれだけ呪っても呪い足りない。
厨房へ着くと、ルーナがカップに珈琲を注ぎ始めた。その横で私はパウンドケーキを皿に取り分ける。
そしてそれらをテーブルに並べ、二人で席に着いたところで。
――チリン、チリン。
店の呼び鈴が鳴った。
「あっ、お客様ですね」
「放っておけ。客など待たせておけばいい」
「そういうわけにはいかないですよー」
ルーナが席を立ったので、仕方なく入口の方へ視線を向ける。
「よお、ノエル! ルーナちゃん!」
するとそこには、忌々しいエドガーの姿があった。
「……貴様! どうしてわざわざお茶の時間に来るんだ! 嫌がらせのつもりか!?」
「ふん、嫌がらせくらいさせろっての! さっさと婚約しやがって、いくらなんでも早すぎるだろうが!」
「まったく負け犬の遠吠えは見苦しいぞ」
「お前に言われたくねえよ、この激重恋愛初心者!」
「なんだと! そんなに呪われたいのか、貴様!」
店に置いてある杖を掴んで魔法陣を構築しようとすると、横から伸びてきた手にさっと杖を奪われる。
「もう。喧嘩しないでくださいよ、店長。エドガーさんはお客様ですよ。……じゃなくてお友達ですか?」
「断じて違う!」
「違うし!」
ルーナは楽しそうに笑いながら杖を厨房の壁に立てかけると、振り返ってエドガーに声をかけた。
「パウンドケーキと珈琲があるんですけど、エドガーさんもいかがですか?」
「食わせてくれんの? やった! 店に入った瞬間からいい匂いがすると思ったんだよ!」
「エドガーさんは珈琲はブラックですよね」
「そうそう! やっぱり男はブラックだろ!」
図々しくもそんな事を言いながら勝手に席に着いたエドガーが、私の珈琲を見てほくそ笑む。
「ノエルって意外とガキっぽいんだよな」
かなりイラッとしたが、私の珈琲はこれでいい。
「私はルーナと味の好みが同じなんだ。結婚するのだから嗜好は一致していた方がいいだろう?」
「……あー、はいはいご馳走様!」
閉店時間まで居座ったエドガーが帰った後は、二人で店仕舞いをする。
ちなみに今日エドガーが持ち込んできた品は、鑑定の結果ただのガラクタだった。ざまあみろ。
「私はもう少ししたら夕食作りを始めますけど、店長はまた研究室ですか?」
そう言われて、ふと。
ルーナの意見を聞いてみたくなった。
「ルーナ。ちょっと研究室に来てくれないか?」
◇
「この指輪なんだが……」
「あ、この前まで店長が着けてた指輪ですね。結局これって何だったんですか?」
「実は呪いの指輪なんだ。私はこれに呪われていた」
「ええっ!?」
大きな声を上げるルーナに、私はすべてを打ち明けた。
呪われたその日のうちにルーナに手紙を出したこと。そしてプロポーズをして呪いが解けた瞬間までを。
もう隠し事は無しだ。
私たちは結婚するのだからな。
「……嘘がつけなくなる呪いですか。だから急に店長の態度が変わったような感じがしたんですね」
「そうだな。雇用主としての仮面を剥ぎ取られていくような気分だった」
「じゃあ私たちが結婚できるのはこの指輪のお陰なんですね」
手に持った指輪を灯りに翳しながら、ルーナが言った。
「そういう事になる……のか?」
「なると思いますよ。だって従業員と雇用主という関係を守りたくて、お互いに自分の気持ちを伝えるつもりはなかったんですから」
……そんな風に考えた事はなかった。
なんと性格のねじ曲がった製作者なのだろうと恨んでいたくらいだ。
だが、もしも。
悪意で作った呪いではなかったのだとしたら?
「それならあの解呪条件は……」
「……これはあくまでも私の想像なんですけど」
ルーナがそう言いながら、私の手のひらに指輪を置いた。
「かなり高価そうな指輪ですよね。貴族様の持ち物だと思います」
「まあそうだろうな」
「ということは、この指輪の製作者は政略結婚だったんじゃないでしょうか」
「……政略結婚……」
……そうか。
この指輪の製作者は。
「政略結婚相手の、本当の気持ちが知りたかったのか……」
嘘偽りのない、心からの言葉で『一生側にいる』と言ってほしくて、この呪いを構築したのかもしれない。
そう考えると、色々と腑に落ちるような気がした。
「私はそう思います。真相は分かりませんけどね」
「……いや、分かる事もある」
私はそう言うと、指輪を立体映写機にセットした。
展開される七層構造の複雑な魔法陣に、ルーナが目を見開く。
「……すごい。こんなに大掛かりな魔法陣なんて初めて見ました……」
「恐ろしい執念……ではなく熱意を感じるだろう。だが見てほしいのはここだ」
私が指した箇所をルーナが覗き込む。
「……数字ですか? 二と描かれていますね……」
「これは解呪条件が達成された回数が記録されているものだ。そのうちの一回は私が達成した。つまりあとの一回は……」
ルーナがパッと目を輝かせる。
「元の持ち主が達成したってことですね……!」
古道具は語らない。
だがそこに刻まれた歴史を想像するのは、古道具屋の浪漫だ。
「そうであればいいな」
「はい!」
大きく頷いたルーナが、再び二の数字へと視線を移す。
キラキラと輝くその顔は、あの日と何も変わっていない。
「……表の仕事だけでなく、こっちも覚えてみるか?」
「えっ、いいんですかっ!?」
勢いよく振り返ったルーナに、笑いが漏れる。
「ああ。興味があるんだろう? 勉強していると言ったな」
「……覚えていてくれんですか……。あんなにさらっと言ったのに……」
「覚えているに決まっているだろう」
古道具を愛し。
その歴史に思いを馳せ。
魔法陣をキラキラとした瞳で眺めるお前ならば。
きっといい古道具屋になれる。
「私、ずっと憧れていて……! お仕事の邪魔にならない範囲でいいんです。是非教えてください!」
「いくらでも教えてやる。時間はたっぷりあるからな」
これから私たちは、何十年と。
ここで共に過ごしていくのだから。
「はい、店長!」
「……ところでお前は、いつまで私を店長と呼ぶんだ」
するとルーナは顔を赤くして、少し俯きながら上目遣いに私を見上げた。
「……名前で呼んでもいいんですか……?」
……いいもなにも。
「名前で呼んでほしい、ルーナ」
「……ノエルさん」
「さんは要らない」
意を決したような顔でルーナが真っ直ぐに私を見上げる。
そして。
「大好きです、ノエル」
そう言って。
花が綻ぶように笑った。




