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【完結】嘘をつけない呪いにかかってしまったんだが、どうやって恋心を隠せばいいんだ  作者: 柊つづり


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05 みっともなく足掻いてでも

 逃げるようにあの場を立ち去った私は、なんとか店に帰り着くと重い身体をソファーに沈めた。


「……失恋、か」


 一言呟き、目を閉じる。


 初恋。……そして初めての失恋。


 この歳になるまで恋愛経験を一切積んでこなかった身には、あまりにもキツい。


 ……もうすぐルーナが帰ってきてしまう。


 何事もなかったように。

 いつもの顔で。

 あいつを出迎えなければならない。


 それは何とも難しい事のように思われた。



「遅くなってすみません! 知人と会ったのでつい話し込んでしまいました!」


 店のドアが勢いよく開いて、ルーナが店内へと飛び込んでくる。


「ああ、おかえり……」


 ソファーから身体を起こしてそう言うと、ルーナが怪訝そうに眉をひそめた。


「……店長? なんか元気ないですね? 顔色も悪いような気がするんですけど、もしかして具合でも悪いんですか?」


 大丈夫だ、何ともない。

 そう言おうと思ったのだが。


「心臓が苦しくてな」


 ここで呪いが発動してしまった。


「えっ、心臓!? 苦しいんですか!?」


 ルーナが荷物を放り出し、慌てたように駆け寄ってくる。


 くそ、何という忌々しい呪いなんだ!

 失恋直後くらいは、空気を読んでそっとしておいてくれないか!


「店長、失礼します! 熱はないですか!? 吐き気は!?」


 心配そうな顔が近付いてくるのを見て呼吸が止まる。

 そして伸ばされた白い手が、額に触れた瞬間。


「っ!」


 血の気が失せていた顔に、今度は一気に熱が集まるのを感じた。


「熱があるじゃないですか! ソファーなんかじゃなくて、ちゃんとベッドで休んでください! お部屋に行きますよ!」


 ルーナがそう言いながら私の腕を肩に担ごうとしてので、私は慌ててソファーから腰を上げた。


「いや、大丈夫だ! 自分で歩ける!」


 立ち上がった私を見ると、ルーナはほっとしたように小さく息を吐いた。


「……良かった、思ったよりは元気そうですね。食欲はありますか? もし食べられそうなら、買ってきた魚をすり身にしてお粥を作りますけど……」


 食欲か……。


 あまり食事が喉を通る気はしない。

 だがお前が作ってくれると言うのなら。


「……食べたい。頼めるだろうか」


 するとルーナは。


「はい。すぐに作ります。お部屋に持っていきますね」


 優しい声でそう言って、少しだけ微笑んだ。




 ――コンコン。


 ベッドで横になっていると、扉が軽く叩かれた。


「店長、起きてますか?」

「ああ、起きている。入ってくれ」


 重い身体を起こしながら答えると、部屋の扉がそっと開いてルーナが顔を覗かせた。


「体調はどうですか?」

「大丈夫だ。さっきよりは落ち着いている」


 盛大に失恋したばかりだというのに、ルーナが私を心配してくれているのだと思うと胸がいっぱいになる。


 未練がましいと自分でも思う。


 けれど。


「本当ですか!? 良かった……!」


 そんな顔で微笑みかけられてしまったら、諦めようにも諦められない。


「一人で食べられますか? 何なら私が食べさせてあげましょうか!……なんて」

「頼む」

「……え?」


 ルーナが目を丸くして動きを止める。

 冗談だったという事はよく分かっている。


 だがそれでも。


「頼む」


 私はもう一度、その言葉を繰り返した。




「はい、店長。口を開けてください……」


 ベッドの横に机の椅子を持ってきたルーナが、粥を掬ったスプーンを私の口元へと運ぶ。


 若干、躊躇ったように。

 あるいは緊張したように。


 固い表情でルーナが差し出してくれたそれを、私は口に含んだ。


「……どうですか……?」


 目を閉じて、粥を味わう。


 いつもの料理よりも、塩気の薄い、優しい味。

 それはまるでルーナの気遣いそのもののように感じられ、胸がいっぱいになる。


「……美味い。とても」


 そう言って瞼を上げた私は、再び目にした。


 ――ルーナの顔が、花のように綻ぶのを。



 この笑顔を。

 いつも自分に向けてほしい。


 そう願ってはいけないだろうか。


 私はまだ、自分で直接ルーナの気持ちを確かめたわけではない。


 ならば、きっぱりと振られるまで。

 みっともなく足掻いてみてもいいだろうか。



「もう一口、食べさせてもらってもいいか?」

「はいっ! 食べられるだけ食べてください!」


 笑顔のルーナが再びスプーンを差し出してくる。

 そこにはもう、躊躇いも緊張も感じられなかった。

 



 足掻くと決めたはいいものの、何をすればいいのかさっぱり分からない。


「何しろ初恋だからな」


 経験値が圧倒的に不足していた。


 エドガーのように当たって砕ければいいのだろうか。

 しかしいきなりあいつの二の舞になるのは避けたいし、心の準備もできていない。


「そうだ、プレゼントなんかいいかもしれん!」


 この前贈った護りの加護付きのネックレスはかなり喜んでもらえたからな。


 ネックレスの次は指輪か? 

 付き合ってもいないのに指輪は重いだろうか。


 指輪が駄目ならブレスレット……。



 ――コンコン。


「店長、開けてもいいですか?」

「構わない」


 扉が開いて、帰り支度を終えたルーナが顔を出す。


「そろそろ帰りますね。明日も様子を見に来ますから」

「すまないな。ありがとう」


 ルーナにはどんなブレスレットが似合うだろうか。


 そんな事を考えながら、ルーナの手首に視線を落とす。

 すると袖口から腕時計がチラリと覗いている事に気付いた。


 ……ん?


 細い手首には不釣り合いな、太いベルトの腕時計。


 ……まさか男物なのか……?


 心臓がギクリと嫌な音を立てる。


 待て。


 ルーナはいつからあんなものを着けていた?


 わざわざ男物の腕時計を着けるなど、理由は一つしか思い付かない。


 ……好きな男から貰ったのだろうか。


 足掻くと決めたばかりなのに、早くも決意が揺らぎそうになる。

 だがどうにも心に引っ掛かるものがあった。


 ……あの腕時計。

 どこかで見た事があるような……。


 無意識に手を伸ばしかけた時。


「ではこれで。お大事にしてくださいね!」

「あ、ああ……。お前も気をつけて帰ってくれ……」


 ぺこりと頭を下げて、ルーナが部屋を出て行った。


 遠ざかっていくルーナの足音が完全に聞こえなくなると、私は脱力して上半身をベッドに倒した。


 ……あの腕時計を、一体どこで見たんだ……。


 必死に記憶を探るが、あと一歩のところで出てこない。

 せめてもう一度見る事ができれば……!


 眠れぬまま時だけが過ぎていき、気付けば外は明るくなっていた。


 


 

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