04 ルーナの好きな人は
「店長、店長!」
その日出勤してきたルーナは、挨拶もそこそこに私の元へと駆けてきた。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「このペンダント凄いですね! 店長にお礼が言いたくて!」
その言葉に背筋が冷える。
……護りの加護が発動したのか!?
「一体何があったんだ! エドガーに待ち伏せでもされたのか!?」
思わず肩を掴むと、ルーナは驚いたようにビクッと身体を震わせた。
「エドガーさん……? いえ、エドガーさんは全然関係ないですけど……」
我に返って、手を離す。
……ルーナに触ってしまった……。
これはセクハラに該当するだろうか。
「そうそう、それでですね! 昨日、部屋にでっかい蜂が入ってきちゃったんですよ。そしたらペンダント光って蜂が逃げていったんです!」
「蜂!? 刺されてはいないだろうな!?」
再び肩を掴むと、ルーナは柔らかく笑った。
「心配してくれてありがとうございます。私は何ともありませんよ。店長のペンダントが守ってくれましたから」
「そうか」
ペンダントを渡しておいて本当に良かった。
さすがアーティファクトだ。いい仕事をしてくれる。
そう思って満足していると、ルーナが鞄から綺麗な小袋を取り出す。
そしてそれを両手に載せて、そっと私に差し出してきた。
「それでお礼にと思ってクッキー作ってきたんですけど、もし良かったら……」
ルーナの手作りクッキーだと!?
「大好物だ、ありがとう!」
そう言ってクッキーを受け取ると、ルーナはほっとしたように微笑んだ。
「良かったです。店長がお菓子食べてるところは見たことなかったんで、どうかなって思ったんですけど」
ルーナには隠していたが、私はかなりの甘党である。
だが珈琲をブラックで飲めない事は既にバレてしまっているのだ。もはや隠す意味もないだろう。
「甘いものは大好きだ。これからは毎日お茶の時間を設けるので一緒に食べよう。福利厚生の一環だと思ってくれ」
ついでに私のモチベーションも上がる。
一石二鳥ではないだろうか。
そして待望のお茶の時間。
テーブルに座ってルーナがお茶を淹れてくれる様子をじっと見つめていると、扉の鈴が鳴った。
チッ!
ルーナのお茶が冷めてしまうではないか!
まったく気の利かない客だと思いながら、店の入口へ視線を向けると……。
「よお、ノエル!」
忌々しい顔がひょこっと顔を覗かせた。
「貴様! 二度と来るなと言ったのにまた来たのか!」
杖を手に立ち上がり、魔法陣を構築する。
「うわ、まだキレてんのかよっ!」
「ちょっと店長っ!?」
ルーナが慌てたように射線に割り込んでくる。
……駄目だ、下手に撃ったらルーナに当たってしまう。
私は杖を下ろし魔法陣を解除すると、招かれざる客を睨みつけた。
「命拾いしたな」
「もう、店長! エドガーさんに何しようとしたんですか!?」
一ヶ月間靴が脱げなくなる呪いをかけるつもりだったという事は、一応言わないでおく。
◇
「今日はムニエルにしようかと思うんですけど、いいですか?」
「いいに決まっているだろう。お前の作るものは何でも最高に美味いからな。楽しみにしている」
「はい!」
買い出しに向かうルーナが店の扉を大きく開く。そのまま外に出るものと思ったのだが……。
ルーナは出口で足を止めると、私を見つめて微笑んだ。
「それじゃ行ってきますね、店長」
花が綻ぶようなその笑顔に。
思考が、止まる。
「……ああ。気をつけて行ってきてくれ」
なんとかそれだけ返すと、ルーナが出て行って扉が閉まった。
……見惚れてしまった……。
思考が止まったお陰で余計な事を言わずに済んだのは、助かったと言うべきか。
脳内で今の笑顔を再生する。
いつもの太陽のような笑顔とは少し違った。
嬉しそうな、幸せそうな、はにかむような笑顔。
あいつはあんな顔もするのか……。
あんな笑顔は初めて見た。
それなのに何故か懐かしいような気がしてしまう。
ずっと前から知っていたような、この不思議な感覚は一体何なのだろうか。
荷物持ちをすると言って追いかければ……。
ルーナはもう一度、あの笑顔を見せてくれるだろうか。
私はカウンターから立ち上がると、鍵と閉店の札を手に取った。
少し早いが店仕舞いだ。
急用ができてしまったからな。
急いで店を閉めた私は、食料品店が立ち並ぶ通りを早足で歩いた。
間もなく夕飯時とあって、食料を買い求める客たちで通りはかなり混雑している。
魚屋に向かった筈だが、もしかしたらその前に野菜屋に寄っているかもしれない。
行き違いにならないだろうかと不安になり始めたところで、毎日こっそり見つめている後ろ姿が目に入った。
……いた!
人の波を掻き分けルーナを追う。
そしてなんとか近付いて後ろから声をかけようとすると。
ルーナに隣に。
忌々しい常連客の姿があった。
……エドガー!
本当に待ち伏せしたのか!
なんという変質者、やはり呪っておくべきだった!
杖を持ってこなかったのが心底悔やまれる。杖さえあれば即座に強烈な呪いをお見舞いしてやったものを!
……仕方ない。時間はかかるが無手で呪いを構築するか。
私は人混みに紛れ、魔法陣を構築しながら二人の後を追った。
「……偶然……エドガーさん……」
「……がキレてて店に……」
二人の会話に聞き耳を立てる。
しかし客を呼び込む店主の声や、行き交う人々の喧騒に紛れ、途切れ途切れにしか言葉が拾えない。
一体何の話をしているんだ。
もう少し近付くか……。
「……あったんですか? ……店長がいきなり……びっくりしました……」
「……気にしな……それより今日どうしても……ておきたい事が……」
「……な話ですか……?」
「……ここじゃ……付いてきて……かな」
エドガーとルーナが人けのない裏通りへと入っていく。
ルーナをどこに連れて行くつもりだっ!
バレるかもしれないという事も忘れ、思わず駆け出す。
そして角を曲がり、呪いを放とうとエドガーの背中に手をかざしたその時。
耳に飛び込んできた言葉に、手が止まった。
「……ルーナちゃん……好きなんだ……と付き合ってほしい……」
慌てて建物の陰に隠れる。
……エドガーの奴。
本当に告白したのか……。
私は騒ぐ心臓を手で押さえた。
もしもルーナが受け入れてしまったら。
私は一体、どうしたらいい。
「……ごめんなさい……お気持ちは……することはできません……」
……断った、のか。
安堵のあまり力が抜ける。
私は壁にもたれかかったまま、ズルズルとその場に座り込んだ。
すると不意に。
「私、好きな人がいるんです……」
その言葉だけが、妙に鮮明に耳に届いた。
ルーナに、好きな人……?
店を出る時に見せてくれた、はにかむような笑顔が脳裏に蘇る。
自分の中の冷静な部分が、期待するなと警告している。
けれどそれを無視するように、頭の中はルーナの笑顔でいっぱいになった。
……あれは。
あれは、好きな相手に見せる笑顔だったのではないのか。
食事を作ると言ってくれたのも。
クッキーを作ってきてくれたのも。
明らかに業務の範疇を越えている。
もしかしたら、ルーナは私の事を……。
「……誰? ……だったりとか……」
「……五年前に初めて会った時からずっと……なんですけどね」
浮かれた気持ちが一瞬で凍りつく。
――五年前。
それは。
私ではなかった。




