03 それは、私があいつを嫁にしたいからだ!
「あの、店長」
「なんだ?」
「今日も夕食作っていっていいですか? 店長忙しいみたいなんで、外に食べに行くのも大変かなって」
是非とも作ってほしい。
しかし。
「仕事の後に作るのはお前の方が大変だろう。だから、」
無理はしなくていい。
そう言おうとして、うっかり別の言葉が頭をよぎってしまった。
「一緒に食べよう。そうすればお前も、帰ってからまた食事を作らなくて済むだろう?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんだ。お前の分の食費もこちらで出そう。作ってもらうのだからな」
「わあ、助かります! 是非お願いします!」
ルーナはそう言うと、飛び跳ねるようにして買い出しに行った。
閉まった扉を見つめ、しばし呆然とする。
夕食に誘ってしまった。
そして。
その提案が受け入れられた!
呪いのせいで浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまったが、まさかすんなり受け入れられるとは。
一瞬焦ったものの、その後のフォローは我ながら完璧だった。
……これから毎晩、ルーナの作る料理を二人で食べる事ができる……。
いや、違う。ルーナの出勤日だけだ。
「給料ならいくらでも出すから、毎日出勤してもらえないだろうか……」
私は頭を振って邪念を追い出すと、解呪作業へと取り掛かった。
◇
「じゃあ帰ります。次は明後日ですね」
夕食の後、洗い物を片付けたルーナがぺこりと頭を下げる。
「ちょっと待ってくれ」
私はそう言ってルーナを呼び止めると、手に持ったペンダントを差し出した。
「これを持って行くといい。護りの加護が付与されている」
「え?」
ルーナが戸惑ったような顔で私を見上げる。
「護りの加護ってすごく高いやつですよね。お借りするわけにはいかないですよ……」
これまで渡す口実がなかったが、今ならば自然な流れで渡す事ができる。
「夕食を作ってもらったせいでこんなに遅い時間になってしまった。従業員の安全管理は雇用主の責任だからな。常に身に着けていてくれ。返さなくていい」
私はそう言いながら、突っ返されないうちにとルーナの首にペンダントをかけた。
ペンダントに指を伸ばしかけたルーナが、迷うように手を止める。
一瞬息を詰め、それから大切そうにペンダントを撫でると、ルーナは少しだけ微笑んだ。
「……そういうことでしたら、ありがたく使わせていただきますね……」
よし!
これで何に襲われようとも撃退できる。
古代遺跡から発掘されたアーティファクトだからな。
できれば一生身に着けていてほしい。
◇
今日はルーナは出勤してこない。
太陽不在の店内はどんよりと曇っているように感じられ、仕事も解呪もイマイチやる気がでなかった。
そしてそんな日に限って、また鬱陶しい客がやって来る。
「なんだよ、ルーナちゃん居ないのかよ」
店に入ってくるなりそう言ったエドガーに、私は冷ややかな視線を向けた。
「お前は一体何をしに来たんだ。うちの従業員にちょっかいを出したら呪うぞ」
「おー、怖っ! 今日はこれだよ、ほら! 四階のだからあんまり期待してないけどな」
手に取ってじっくり眺める、
そして私はそれをカウンターに置いた。
「……ガラクタだな。潰して地金にするくらいしか用途がない」
「あー、くそ、やっぱりか。まあ分かってたけどさぁ」
買い取り希望だと言うので、品物を受け取り金を払う。
エドガーが金を懐にしまうと、店を出る前に私を振り返った。
「なあ、ノエル」
「なんだ」
「ルーナちゃん、本気で落としていいか?」
は!?
「いいわけないだろう、本気で呪うぞ! 何層構造が望みだ! 八層か、九層か!」
それとも前人未到の十層か!
「ちょっと待てよ、なんでそこまで首を突っ込んでくるんだ! 従業員の恋愛に店長は関係ないだろ!?」
それは。
それは……!
「それは、私があいつを嫁にしたいからだ!」
本音が漏れてしまった……!
エドガーが目を見開いて硬直している。
よりにもよって、こいつにバレてしまうとは。
面倒くさい事になる予感しかしない。
「……マジかよ……」
「……悪いか」
だがこうなってはもう、開き直って認めるしかないだろう。
記憶を消してやりたいところだが、あれは人格に影響が出てしまう可能性があるからな。
「お前は人間に興味が無いんだと思ってたぜ……」
「その認識で概ね間違ってはいない」
一度見た古道具は忘れないが、依頼主の顔は常連以外はほとんど覚えていない。
私が興味を持っているのは、人間よりも古道具だ。
「……だがルーナは特別なんだ」
あいつはただ一つの太陽だ。
この店の。
そして――私の。
「……正直、マジで驚いたけど」
エドガーはそう言うと、挑戦的に笑った。
「それなら立場は対等だよな? 店長だからって口出しする権利は無いわけだ」
くっ、やはりさっきのは失言だったか!
私情だという事さえバレなければ、適当な理由をでっち上げてこいつを出禁にしてやる事もできただろうに!
……いや、呪われているうちはできないかもしれないが。
「んじゃまた来るぜ! ルーナちゃんによろしくな?」
「二度と来るな! ルーナにお前の接客はさせないからな!」
「それならルーナちゃんの仕事が終わるのを店の外で待ってるかなぁ。いつも何時に終わるんだよ」
飄々とそう言ったエドガーにブチ切れる。
「あいつには護りの加護のアーティファクトを渡してある! 指一本触れられると思うな!」
「アーティファクト!? なんてモンを渡してんだ、重っ!」
「従業員の安全管理は雇用主の責任だ!」
お前のような不埒な輩を近付けないためにな!
「こりゃ思った以上にガチだったか……」
「ガチもガチだ。分かったらさっさと帰れ。そして二度とうちの店に近付くな」
そう言いながら杖を掲げ、魔法陣を構築していく。
「おい、本気かよ!」
「声が裏返る呪いをかけてやる! 一週間ほど苦しめ!」
そしてルーナに笑われろ!
三層構造の呪いを完成させて放つと同時に、エドガーが慌てたように店を飛び出していく。
呪いは店の扉に命中し、開け閉めする度にキィキィと甲高い音が出るようになってしまった。
次の日出勤してきたルーナが、扉を動かしながら私を振り返った。
「店長ー。この扉、建て付けが悪くなっていませんか? すごくうるさいですよ」
「放っておけ。一週間後には元に戻る」
「ああ、もう業者さんに連絡したんですね。分かりましたー」
そう言ってルーナが笑顔を見せる。
二日ぶりに太陽に照らされた店は、昨日と違って明るい空気に満ちていた。




