02 呪われていても幸せは訪れる
コンコン。
研究室の扉が控えめにノックされる。
「店長、できましたよ。今お仕事中ですか?」
「いや、仕事はしていない」
……お前の鼻歌を聞いていた。
後半部分が口から飛び出さなかった事に胸を撫で下ろし、私は扉を開けた。
「温かいうちに食べよう。冷めてしまっては勿体ないからな」
「ふふっ、ありがとうございます。まあシチューなんで温め直すのも簡単なんですけどねー」
ルーナに先導されるようにして厨房に入ると、食欲を刺激される香りが鼻をかすめた。
「いい匂いだな」
「本当ですか? お口に合えばいいんですけど」
心配は無用だ。
仮に消し炭が出てこようとも美味しく食べる自信がある。
「じゃあ準備するので店長は座っててください。……それでご相談があるんですけど」
「相談!? 何だ? 何でも言ってくれ」
するとルーナは、もじもじと上目遣いで私を見上げた。
何だその可愛すぎる仕草は。
破壊力が高すぎる。私を殺すつもりか。
「実は張り切ったせいで作り過ぎちゃったんですよ。店長一人では食べ切れないと思うので、私も一緒にいただいてもいいですか?」
「当たり前だろう。私は最初からお前と二人で食べたいと思っていた」
呪いに誘導されてそんな事を口にしながら、ルーナの言葉を脳内で反芻する。
「張り切って作ってくれたのか……」
「そりゃもう張り切りましたよー。お仕事ではほとんど役に立てませんけど、やっとお役に立てそうな役割が回ってきました!」
そう言ってルーナが眩しい笑顔を見せる。
そこに浮かんでいるのは、純粋な尊敬――。
ルーナは私を尊敬の目でしか見ていない。
だからこそ、この気持ちは隠し通さねばならない。
ならないのだが……。
「既に十分役に立っている。お前はこの店の太陽だ」
「ええっ、褒めすぎですよー。まあ明るいのが取り柄だとはよく言われるので、接客頑張りますね!」
気を抜くと少々言い過ぎてしまうのは、困りものだった。
シチューの皿がコトリと目の前に置かれる。
「はい、店長。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ルーナが私のために手料理を作ってくれる日が来るとは。
こんな幸せがあっていいのか。
呪われてはいるが、今日は人生で最良の日かもしれない。
「いただきます」
「いただきます」
拝むような気持ちで目の前のシチューに手を合わせる。
若干緊張しながらシチューを掬うと、私はスプーンを口へと運んだ。
目を閉じて、じっくりと味わう。
「……こんなに美味いシチューを食べたのは生まれて初めてだ」
瞼を上げてそう言うと、ルーナは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「そこまで言ってくれるとは思いませんでした。お世辞でも嬉しいです」
「お世辞なものか。私は決して嘘はつかない」
呪われているからな。
感動しながらシチューを食べていると、ルーナの呟きが漏れ聞こえた。
「……あれ?」
「どうした?」
スプーンを持つルーナの手が止まる。
そして戸惑うように視線を揺らした。
「……指輪……」
「!」
マズい!
こんな小さなアイテムには気付かないだろうと思ったが甘かったか!
ここは慎重に返事をしなければ。
呪いのアイテムだとバレてしまったら全てが終わる。
「……それ婚約指輪ですよね……? 店長、婚約したんですか……?」
「違う、婚約などしていない」
できるものなら婚約したいが。
お前と。
「でも青い石が付いてますよね。青い石の指輪は婚約指輪ですよ……」
「これは古道具だ。骨董市で見かけて気になったから購入しただけで、断じて婚約指輪などではない」
そして呪われて外せなくなっただけだ。
「古道具、ですか……?」
「ああ。解析が終わるまで着けているだけだ」
それを聞いたルーナが小さく息を吐く。
「なんだ、そういうことだったんですね。びっくりしました……」
そしてまるで言い訳でもするかのように、少しだけ早口で言葉を続けた。
「店長に奥さんができたら、私はお店に必要なくなっちゃいますからね! クビになるんじゃないかと焦っちゃいましたよ!」
「お前をクビにする日など決して来ないから安心しろ」
するとルーナは、柔らかく目を細めた。
「……本当ですか? 嬉しいです。頑張って働きますね」
その笑顔に思わず目を奪われる。
それはいつもの太陽のように明るい笑顔とは少し違っていて。
胸にじんわりと染み入るような、温かな微笑みだった。
夢のような食事が終わると、ルーナが言った。
「あんまり長居をしても悪いので片付けをして帰ろうと思うんですけど、明日の朝食も作っておきましょうか?」
「是非頼む。お前の作った料理だけを食べて生きていきたい」
「あはは、そんなに気に入ってくれたんですか? 頑張って作った甲斐がありますねー。これは朝食作りにも気合いが入りますよ!」
今の台詞はだいぶ危なかった。
しかしルーナは特に気にした様子もなく、弾むような足取りで空になった食器を厨房へと運び始めた。
◇
翌朝。
心待ちにしていた朝食の時間がやってきた。
『温め直さなくてもそのまま食べられるものを用意しておきますね』
そう言ってルーナが置いていってくれたのは、炒めた肉と野菜を平焼きパンで包んだものだった。
「……嫁にしたい……」
朝食を頬張りながら、うっかりそう呟いてしまう。
この場にあいつがいなくて助かった。
ゆっくりと味わいながらルーナが作ってくれた朝食を食べる。
そして至福の時間が終わると、私は食器を片付けながら思案した。
「しかし、これからどうするか」
指輪に掛けられた呪い。
あれはウンザリする程に緻密に組み上げられていて、解呪には数ヶ月かかりそうだった。
「店を開けるか」
店を閉めたところで、真面目なルーナは出勤してくる。
ならば閉めておく意味はない。
私が嘘をつかなければならない相手は、ルーナだけなのだから。
◇
「おはようございます、店長!」
「ああ、おはよう、ルーナ」
開店準備をしていると、元気に挨拶をしながらルーナが店に入ってきた。
「あれ、お店開けるんですか? 緊急の案件に集中したいって言ってましたよね?」
ルーナが大きな目をぱちくりとさせる。
「あれは思ったよりも時間がかかる事が分かった。数日でどうにかできるものではなさそうなので、諦めてじっくりとやる事にしたんだ」
「そうなんですか。大変そうですけど無理はしないでくださいね。でもお店が開くのは嬉しいです。私はこのお店が本当に好きなんですよ!」
それを聞いて、ふと思う。
ルーナは何故うちの店に来たのだろうか。
一年前。
ルーナは突然やってきて雇ってほしいと言ってきた。
丁度人手が欲しかったのでそのまま採用したのだが。
街の片隅に佇む、小さくて地味な店。
募集も出していなかったのに、わざわざうちの店を選ぶ理由など……。
――チリン、チリン。
その時、店のドアが開いて鈴が鳴った。
「おー、良かった、今日は開いてたか!」
入ってきたのは、常連客の一人。
遺跡潜りを専門にしている冒険者だ。
「いらっしゃいませ、エドガーさん。昨日も来ていただいたんですか? お店を閉めていて申し訳ありませんでした」
「いやいや、ルーナちゃんのせいじゃねえって! どうせノエルの気紛れだろ? こいつは腕は確かなんだが商売には向いてないんだよなぁ」
気安く『ルーナちゃん』と呼ぶ馴れ馴れしさに苛々しながら声をかける。
「ルーナに絡むな、エドガー。それで今日は何を持って来たんだ」
「うお、やっと俺の名前を覚えたのか! 客の名前を覚える気が無いんだと思ってたぜ」
「覚える気は無かったんだが覚えてしまったんだ」
客の名を呼ぶルーナの声が、耳に残るからな。
「今日はこいつだ! 十一階の宝箱から出たんだぜ! アーティファクトか!?」
エドガーがそう言って、豪華な装飾が施された剣を差し出してきた。
「……いや、違うな」
「ええー。今回は期待したってのにまた外れかよ」
「だが特殊効果が付与されている。詳しく調べてくるから少し待っていろ」
「エドガーさん、今お茶をお淹れしますね!」
「おっ、ありがとう、ルーナちゃん! ルーナちゃんの淹れてくれるお茶は美味しいんだよなぁ!」
あいつの口を縫い付けてやろうか。
そう思いながら、私は研究室へと向かった。




