01 この呪いを作った奴は死ぬほど性格が悪い
『ルーナへ――。しばらく店を閉めるので自宅待機で頼む。――ノエル』
……こんなものか。
ルーナへの手紙を配達人に託し、私は小さく溜息をついた。
しばらくルーナに会うことはできない。
今あいつに会ったら終わる。
何故なら、先程。
『嘘をつけなくなる呪い』を受けてしまったのだから。
◇
私は小さな古道具屋を営んでいる。
従業員は一人だけ。
それがルーナだった。
採用したのは、断じて下心ではなかった。
しかしかなり早い段階で惹かれてしまった事は否定できない。
ルーナはいつも笑顔で元気がよく、あいつがいるだけで店の中が明るい空気に変わる。
暇な店なので本来は週に二日ほど出てもらえば十分だ。
なのにあいつの顔が見たいがためだけに週に四日も出勤させている。
職権濫用だという事は自分でも分かっている。
その分、仕事中はできるだけ事務的に接しているつもりなのだが……。
ヘマをして、仕入れた古道具にかかっていた呪いを受けてしまった。
それがよりにもよって『嘘をつけなくなる呪い』だったのである。
「一刻も早く呪いを解かなければ」
誠実・信用がこの店の信条なので、呪いを受けたままでも仕事には支障がない。
しかしこれではルーナに会うことができない。
それがどうにも耐え難く、私は店を閉めて解呪に全力を尽くす事にした。
それなのに。
「こんにちはー! 店長、いますかー?」
翌日には店に押しかけてきたのだ、あいつは!
「居る」
居留守を使おうと思ったところで、口が勝手に動いた。
沈黙すら許されないのか!
なんという厄介な呪いなんだ。
返事をしてしまったものは仕方がないので、私は店のドアを開けて顔を出した。
「何の用だ。自宅で待機するようにと手紙に書いただろう」
「ええと、自宅待機中のお給料は出るのかと心配になっちゃいまして。お給料が出ないと次の家賃が払えないんですよね」
「もちろん出す。分かったらさっさと帰ってくれ」
「わあ、助かります、ありがとうございます!」
ルーナが眩しい笑顔を見せる。
その笑顔に胸を撃ち抜かれつつも、早く追い返さねばと思ったのだが……。
「来たついでにお茶でも淹れていきますよ。飲みたくないですか?」
「飲みたい」
結局、こうなってしまった。
「それにしても突然店を閉めるなんてどうしたんですか? 何かあったのかと心配したんですよー?」
ポットにお湯を注ぎながらルーナが言った。
返事をする前に考える。
ここで『何でもない』などと言おうとすれば、確実に呪いが発動する。
ならば、嘘をつかなければいい。
「……緊急の案件があった。店を開けるよりも今はそちらに集中したい」
……よし!
下手に否定をしてはいけない。
嘘や誤魔化しにならない範囲で、論点を微妙にズラす。
会話のコツが分かった。
これなら何とかなるだろう。
「緊急の案件って何ですか? 自宅待機でお給料をもらうのも気が引けますし、私も手伝いますよ」
お茶を運んできたルーナが、コトリとテーブルにカップを置いた。
「いや、お前が手伝えるような案件ではないんだ。専門的な内容になる」
「そうなんですか……。魔法陣のことは勉強してるんですけど、お役に立てなくて申し訳ないです」
眉を下げるルーナを見て胸が痛む。
早く店を開けたい。
そしていつものように、この小さな店を明るく照らしてほしい。
だがこれでルーナも大人しく自宅待機をしてくれる事だろう。当面の危機は去った。
「あっ、それなら食事を作らせてもらえませんか? 料理の腕にはわりと自信があるんですよ、食べてみてください!」
「それは本当に楽しみだ。是非作ってくれないか」
断る事ができなかったのは、私のせいではないと思う。
「では買い出しに行ってきますね! 肉とお魚、どっちがいいですか?」
「お前が作るのならどっちでもいい」
馬鹿か、私は!
即座に決めてしまえば良かったものを、うっかり悩んだものだから本音が口をついてしまった。
まさか夕食のメニューひとつにまでトラップが隠されているとは思わなかった。
この呪いは危険すぎる。
「どっちでもいいって言われるとかえって悩むんですよねぇ。嫌いなものとかあったりしますか?」
「……苦いものは苦手だ」
「あれ、意外ですね! 珈琲とかブラックで飲むタイプかと思ってました」
くそ、好きな女の前で大人ぶってみせる事すら許されないというのか!
この呪いを作った奴は死ぬほど性格が悪い。
私はそれを確信した。
「じゃあ食べ物の好みは私と似てるかもしれませんね。実は私も珈琲にはミルクと砂糖をたっぷり入れる派なんですよ!」
ルーナがそう言って、テヘっと笑う。
「そうなのか。気が合うな」
ミルクと砂糖たっぷりの珈琲か……。
福利厚生の一環として、いつでも飲めるよう店に準備しておくのもいいかもしれない。
ついでに客にも出せるしな。
買い出しに出たルーナを見送った後、私は研究室に直行した。
とにかく解呪だ。
古道具屋の店主を舐めるな。
遺跡から発掘されたアーティファクトの呪いを解く事もあるのだ。
この程度の呪いなど……。
「……いや、何だこれは。こんなくだらない呪いに七層構造の魔法陣とか頭がおかしいんじゃないか」
おまけに解呪条件にこれでもかというほど強固なプロテクトがかかっていて読み取れない。
なんという執拗さ。
いっそ引くレベルなんだが。
「店長、ただいま戻りましたー」
その声にピクリと耳が反応する。
私は研究室を出てルーナを出迎える事にした。
私のために料理を作ってくれるのだからな。出迎えるのは最低限の礼儀だろう。
「おかえり、ルーナ。お前が帰ってくるのを今か今かと待っていた」
強力な呪いに内心で頭を抱えていると、ルーナはあっけらかんと笑った。
「あはは、お腹が空いたんですか? 分かりました、急いで作りますからね! その前にお財布お返しします。ありがとうございました」
「別にずっとお前が持っていてくれても構わないんだが」
「もう、何言ってるんですか。ずっと持ちっぱなしだと良からぬことを考えちゃいますよー? 買い出しの時だけお借りしますね!」
「そうか」
差し出された財布を受け取る。
落とさないよう大切に懐に抱えていたらしいその財布は、ほんのりと温かかった。
「それでは厨房をお借りしますね! シチューにするつもりなんですけど大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫に決まっている。楽しみすぎて作業が手につかなくなりそうだ」
「良かったです。自分の好きなメニューにしてみたんですけど、大正解でした」
どうして余計な事まで口走ってしまうのだろうか。もう本当にいい加減にしてほしい。
再び研究室に籠もっていると、扉の向こうからルーナの声が聞こえてきた。
耳を澄ませて戦慄する。
……これは……!
鼻歌を歌っている……!
ご機嫌なのか、可愛すぎるだろう!
扉を開けて、もっとよく聞きたい。
しかしルーナは私が研究室に籠もっていると思って鼻歌を歌っている筈だ。
盗み聞きのような真似をするわけには……!
執念の集大成のような七層構造の呪いをそっちのけに、私の意識は完全に扉の向こうへと持っていかれてしまった。
……まあ、解呪はゆっくりやればいいか。
これは別に顧客からの依頼というわけではない。
ルーナの鼻歌とシチューを楽しんでからでも遅くはないだろう。
そう考え、私は漏れ聞こえてくる鼻歌に神経を集中させた。




