【08.なんだか気まずい登校風景】
「和泉ちゃん、今日は一緒に学校行かない?」
「……え?」
まだかなりの眠気を残したまま支度をしていると、結城さんが珍しく照れたような顔してそんなことを言ってきた。
「いつも他の友達と一緒に行ってなかったっけ?」
「たまたま会った時は一緒だけど、約束してるわけじゃないよ。一人で行く日も多いし」
「そうなんだ。……じゃあ、別にいいけど」
家から出る瞬間を見られなければ、一緒に住んでることはバレないだろうし。
二人で登校しているところをクラスメイトに目撃されても「クラスで浮いている奴にも優しい結城さん」とか思われるだけで済むだろう。
「ほんと!?」
おおぅ……すごい嬉しそうだ。別に一緒に登校するくらい、大したことでもないと思うんだけど。
そんなことを考えつつ、最後に曲がっていたリボンを整えて準備完了。結城さんはもう支度を済ませているみたいだし、後は外に出るだけ。ちなみにお兄ちゃんは今日も部活の朝練で先に行っている。
「じゃ、行こうか」
「うんっ」
……テンション高いなぁ。不機嫌よりは全然いいけど。
でも、一緒に登校するのがそんなに嬉しいのかとか思うと、照れてしまいそうなので考えないようにした。
揃って外に出て、玄関の鍵を閉める。
念のため、門柱を出る前に見える範囲に見知った顔がいないことを確認して、道路に出た。
家が学校の近くにあると基本良いことだらけだけど、外出時に知り合いと遭遇しやすいのが唯一の欠点かもしれない。
「あ」
「え?」
そう、たとえばこんな風に。
十字路を曲がったところで、ちょうど松岡さんと鉢合わせてしまった。
幸いにも家からいくらか歩いた後だったから、私と結城さんが同じ家から出てきたことはバレていないはずだ。
「優花ちゃん、おはよう」
「おはよー桜乃ちゃん、高柳さん。えっと……なんか珍しい組み合わせだね?」
「たまたまそこで会ったから、一緒に行こうって話になって」
すごいな結城さん、笑顔でスラスラと嘘をついている。
それに比べて私は、親戚と一緒の時にクラスメイトと鉢合わせるという慣れないシチュエーションに、どうしたらいいか全く分からない。
無言で悩んでいると、隣に立っていた結城さんが、あっさりと提案した。
「もしよかったら、優花ちゃんも一緒に行かない?」
「いいの? じゃぁお言葉に甘えて」
何だか勝手に話が決まってしまったけど、可愛い女の子二人と一緒に登校なんてなかなか素敵なことじゃないだろうか。
細かいことを気にしなければ両手に美少女か……今日の私は運を使い果たしてるな。
というわけで、三人で学校へと向かう。
……どうでもいいんだけど(よくないけど)私を真ん中にして歩くのはやめてほしかった。肩が触れそうな距離で人に挟まれているのは、どうにも落ち着かない。
「そういえば優花ちゃんはもうすぐ陸上部の新人戦なんだっけ」
「うん。そのせいで最近練習が多くてヘトヘトだよ」
「大変だね。……あ、和泉ちゃん、よかったら一緒に応援に行かない?」
「えっ!?」
なんでいきなりそんな話になるのか。
スポーツ観戦……というか応援? それ自体は別に嫌いじゃないけど、人が多い空間はあまり得意じゃない。そもそも結城さんはともかく、私が応援したって松岡さんの力になれるとは思えない。
「えーっと……」
とはいえ、即答で断るのも感じが悪いかと返答に迷っていた時、「優花ー」と、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り向いてみると、ジャージ姿の青井さんがこちらに駆け寄ってきた。
「あ、桜乃も。おはよ」
「寧々ちゃんおはよう」
「それに高柳和泉も……どういう組み合わせ?」
「私たちは家が近所でたまたま。それで優花ちゃんともたまたま会ったから」
「ふーん……でも会ったからって一緒に行く?」
「私が二人を誘ったから」
「桜乃が? 優花はともかく、高柳和泉を……?」
何か言いたげな顔で凝視してくるのはやめてほしい。やましいことは何もないけど、純粋に怖いので視線を逸らしておく。
「あんた達いつの間に仲良くなったの? 教室では一緒にいるところ見たことないけど……」
そりゃあ隠してるからね。というかこっちからしても、青井さんもいつの間に結城さんと名前で呼び合う仲になったんですか、と問いたい。松岡さん繋がりかな。
「……高柳和泉のくせに、両手に花でなんかムカつくわね」
「睨まないでよ……というかなんでジャージなの?」
「あたしは登校イコールランニングだから。制服で走ったら、汗のにおいつきそうで嫌じゃない。じゃ、着替える時間なくなるとヤバいから、先行くわね」
「頑張って、寧々」
松岡さんの言葉に軽く手を振って、そのまま走っていく青井さん。その背中を眺めながら、私は感心して声をあげた。
「青井さんって意外に頑張ってるんだね」
「寧々はすごく努力家だよ。私が知る限りでは、陸上部で一番自主練してるんじゃないかな」
「へー……なんかいいね、そういうの」
何事においても努力というのは素晴らしいものだ。我ながら何様なんだろうという感想を抱いていると、
「優花、おはよー」
後ろから再び松岡さんの名前が聞こえてきた。人気があるからなのか、よく声をかけられる人だ。
早足でこちらにやって来た女子生徒は、どこかで見たことのある顔をしていた。
クラスメイトの……確か、小森さん、だったっけ。多分彼女も陸上部だったはず。
いまだにクラスメイトの顔と名前が一致しないのは、私の記憶力が悪いせいか、交流が無さ過ぎるせいか。
「あ、それに桜乃ちゃんも。おはよう」
「おはよう」
にこりと微笑む結城さんを見た後、視線をスライドさせた小森さんは、そこで初めて私の存在を認識したらしい。
「うげ……高柳」
わあ、なんて嫌そうな顔。
入学初日の自己紹介の時に知ったけど、小森さんは私と同じ中学出身らしい。クラスは一度も一緒になったことないけど。
ちなみに中学時代も含めて、話したのは今が初めてのはずなんだけど……どうやら嫌いなものは嫌いだと隠さないタイプらしい。
「……優花、ちょっとこっち来て」
「え、ちょっと、コモちゃん?」
松岡さんは小森さんに腕を引っ張られ、私たちから少し離れた場所に移動させられる。
なんとなく想像はつくけど、聞かれたくない話だろうから、私と結城さんは大人しくその場で待つことにした。
「なんで高柳と一緒なの?」
「そこで偶然会ったから」
「だったら挨拶だけすればいいじゃん! なんで一緒に登校してるの?」
「えー……普通に私も一緒に登校したかったから?」
「はあ!? 優花……優しいのは良いことだけど、ちょっとは相手選びなよ?」
「別に優しくないし、選んでるつもりだけど」
「ならなんであんな奴と一緒にいるのよ!」
……あの、内緒話ならもう少し小さい声でしたほうがいいと思うんだけど。本人たちは気付いてないみたいだけど、こっちまで丸聞こえだよ。
気まずい気持ちで隣の結城さんを見ると、笑顔だった。ただ、その目の奥は笑っていないように見えて、何も言わずに見ないフリをした。
「桜乃ちゃんがいるからまだいいけど、高柳と二人きりになったら危ないんだって!」
「何が危ないの? 高柳さん、良い人だと思うけど」
「あんたからすれば人類みんな良い人でしょうよ……。でもあいつは生粋の変態なんだから良い人なわけないの!」
恐らく小森さんは中学時代の私を含めて言っているんだろうけど、なかなか胸に刺さる評価だなぁ。にしてもそろそろ内緒話終わりませんかね。
「変態って……そんなこと言ったら失礼でしょ」
「だって絶対そうじゃん! いっつも教室でスマホ見てニヤニヤしてるし、女子の胸とか足とか見てニヤニヤしてるし!」
「……和泉ちゃん? 後半は本当?」
「女の子の体を見てニヤついちゃうのは全人類共通の本能――いひゃい」
頬をつねられてしまった。
「とにかく関わったら絶対ロクなことないって! ほら、行こ!」
「わ、ちょっとコモちゃん、引っ張らないでよ!」
どうやら力は小森さんのほうが上らしく、松岡さんは抵抗虚しくどんどん引っ張られていった。すれ違う際、私たちの方を申し訳なさそうな目で見てきたけど。
止めるべきなのかなぁ……でも止める理由もないしなぁ。
嫌われ者の私と人気者の松岡さんが一緒にいるってだけで気に入らない人がいるのは仕方ないことだし、そもそも小森さんは松岡さんの友達だ。
純粋に松岡さんを心配しての行為なんだろうし、ここは黙って見送ろう。
「……よかったの?」
「いいよ。私と一緒にいると松岡さんの評判まで下がっちゃいそうだし、小森さんの方が正しいと思うから」
「……和泉ちゃんのそういう考え方、ちょっと嫌い」
「そのまま私の存在ごと嫌いになってくれていいよ」
松岡さんたちの姿が小さくなった辺りで、私も再び歩き始めた。少し機嫌が悪そうな結城さんも一応隣を歩いては来るんだけど……妙に距離がある。
「あの……もしかして怒ってる?」
「怒ってるよ。自分を卑下する和泉ちゃんは嫌いだから」
そんなこと言われてもなぁ……常に自信満々って人の方が少ないと思うけど。
「卑下というか事実だし。結城さんも私と仲良くしてたら変な目で見られちゃうから気を付けた方がいいよ」
「……えいっ」
「え、あの、ちょっと?」
何故か手を握られてしまい、放してもらおうと手を振ったけど、びくともしなかった。
「あの、何かな、この手は」
「何かムカーっとしたから嫌がらせ。こんなところクラスのみんなに見られたら大変だね」
「分かってるなら放してほしいんだけど……」
「やだ。このまま行く」
「あのね、私は結城さんの今後の学校生活を思って言ってるんであって」
「はいはい、早く行こ」
……聞いちゃいねえ。
幸いにもその後クラスメイトに遭遇することはなく学校に着くことが出来たけど、結城さんはずっとご機嫌斜めなままだった。
このままじゃあまりに気まずいので、後で機嫌を直しておかないと。
とはいえ、どうすればいいのかサッパリ分からない。私はさっきの松岡さんへの対応を悪いと思ってないし、それを謝るのもなんか違う気がする。
「あ、桜乃ちゃん、おはよう! ねぇねぇ、ちょっとこっち来てよ」
教室につくなり、クラスメイトに連れて行かれる結城さん。
ああいう風に人から引っ張りだこな人生を送れる人間だったら、私ももう少し自分に自信を持てたのかもしれない。
続く




