【07.ぎゃふん】
結城さんが転校してきてから、あっという間に一週間が経った。
彼女はもうすっかりクラスに馴染んで友達もたくさん出来たようだ。
約束通り、学校では私に近付いてくることはない。私も私でいつも通り、一人で電子書籍やらを読んで過ごしている。
このあまりにも遠い距離感、一切接点がない感じ。まさか誰も、私たちが従姉妹同士で同じ家に住んでいるなんて思いもしないだろう。
「では、平氏政権と鎌倉幕府の違いについて――」
にしても、 五時間目に日本史を持ってくるのは法律で禁止してほしい。ただでさえ昼食後でお腹がふくれてる上、一日の疲れがたまった状態で難しい歴史の話なんて聞いたら、寝てしまうに決まってる。
そんなことを思いながら、それでも何とか睡魔に耐えて授業を受けていた――はずだった。
「和泉ちゃん、和泉ちゃん、起きて」
「んー……?」
うっすらと開けた目に映ったのは、こちらを覗き込む女の子。昔からよく知るその顔は、今日もいつも通り可愛かった。
「なんだ…………桜乃か……」
「……寝ぼけてるの? もう放課後だよ」
「え!?」
放課後という単語で、自分が高校生であることを思い出した。変な話だが、寝ぼけていたせいで自分の年齢すら忘れてしまっていた。
「ごめん……めちゃくちゃぐっすり寝てた」
最近ちょくちょく昔の夢を見てるから睡眠の質が下がっているんだろうか、寝不足気味な気がする。
途中まではちゃんと授業を受けていたはずなのに、いつ眠ってしまったのかすら曖昧だ。
「……あの、せっかくだし一緒に帰らない?」
「あ、いや」
「桜乃ちゃーん、そいつには構わない方がいいよ!」
後ろの方から聞こえてきた低い声に、結城さんと揃って振り返ると――クラスの何人かがこちらに近づいてきた。
声をかけてきたのは、その中の男子生徒。着崩した制服に派手な髪色、どう見ても優等生といった風貌ではない。名前は忘れた。
「教室でエロ漫画とか読んでる変わり者だから」
「漫画読んでるか寝てるよね。人と喋ってんの見たことないわ」
「あたしも初めて声聞いたかも」
アハハハハと、お世辞にも上品とは言えない笑い声が響く。
バカにされているのは明らかだけど、イジメられているというほどじゃない。私のクラスでの立ち位置はこんな感じだ。一言で表すと、浮いてる奴って感じ。
「……」
でもそれを見慣れていない結城さんは、分かりやすく表情をしかめている。
私のためにそういう反応をしてくれることは、嬉しくないわけじゃないけど、私のせいで彼らとの関係に亀裂が入るのは御免だ。
実際、誰と喋るでもなく、教室でエロ漫画(というか、多少過激な全年齢の漫画なんだけど)を読んでいる私にも非があるんだし。
「にしても桜乃ちゃんって優しいんだね。ぼっちとか放っとけないタイプなんだ?」
ヘラヘラと締まりのない顔をしながら結城さんの肩に手を回す男子。
呼び方といい、なんとも馴れ馴れしい奴だ。
「……私は和泉ちゃんだから放っておけないと思っただけだよ」
「そうなん? 結城さんって高柳と仲良いの?」
「う――」
「あーあ、せっかく人が放課後デートに誘ってたのに台無しだよ」
結城さんが馬鹿正直に「うん」って頷くよりも先に、大きな声で言葉を被せた。
「結城さんなら優しいし転校生だし、引っ掛けやすいと思ったのにな」
「うわー……気をつけなよ結城さん。この子、なんかそっち系らしいから」
「女の子だからって油断しちゃダメだよ。二人きりになって変なことされた子もいっぱいいるし」
そっち系って言い方はなんか不快だな。というか、変なことってなんだろう……高校生になってから女の子と二人きりになる機会なんてほぼなかったはずだけど。
「それより桜乃ちゃん、俺らと遊んで帰ろうよ」
べたべたした動きで肩から背中に手を移動させるな、本当に馴れ馴れしい奴だな。
結城さんはその手からさりげなく逃げつつ、チラリと私の方を見た。
ここで気を遣われる方が迷惑。
そんな思いを込めた表情を作ると、無事汲み取ってくれたらしい。
それ以上は何も言わず、その子たちと教室を後にした。
あの軟派男と一緒なのはちょっと心配だけど、他にもクラスの子がいる状況ならそう変なこともされないだろう。
「あいつら、相変わらず感じ悪いわね」
すぐ後ろで声がして、思わず肩が跳ねあがった。
振り向いてみると、そこに立っていたのはクラスメイトの青井……確か、寧々ちゃん。
ポニーテールに結われた長い髪と、ぺったん――げふんげふん、スレンダーな体型が特徴的な女の子だ。
松岡さんと同じ陸上部であり友達なので、彼女と話している時に何度か話したことがある。
「あんたも少しは言い返しなさいよ」
「エッチな漫画は読んでるし、概ね事実だったから何とも」
「そもそも教室でそういうの読むのやめなさいよ……」
ちなみに青井さんは前に一度私が読んでいた漫画をうっかり見てしまったことがあり、それがまた変態的なページであったため、私をド変態だと認識している。あながち間違ってもいないけど。
「というか、あんたってクラスに馴染む気ないわよね」
「まあ、割とね」
これでも最初の頃は頑張ってたんだけど。
ただ私は美容とかファッションとか、バズってる動画とか、そういう女子が好みそうなものには一切興味がなく、話も合わせられず。
かといってオタク友達を作ろうにも、趣向が完全に男性向けなので女子とは話が合わず。
男友達はもしかしたら作れるかもしれないけど、男子とばかり絡むのも逆に浮きそうで嫌だった。
というわけで、一人が一番楽なのだ。
「ともかく、あいつらは基本的にノリと勢いで喋ってるから、あんまり気にしない方がいいわよ」
「慰めてくれるんだ。青井さん優しいね」
「別に。それより高柳和泉に伝言があるの」
ちなみに青井さんは私のことをフルネームで呼ぶ。本人曰く「なんかフルネームのイメージ」だそうだけど、意味は分からない。
「伝言って誰から?」
「北野さん」
「北野さん……ああ、Gカップの」
「人を胸のサイズ覚えてるの、本当に気持ち悪いからやめなさい」
別にみんながみんなそうじゃないけど、だってGだよ? あんなの誰だって目についてしまう。
ちなみに北野さんもクラスメイトなんだけど、私に何の用――って、決まってるか。
「あんた、お兄さんがいるでしょ。なんか有名な……名前と部活は忘れたけど、その先輩に伝言。月曜の昼休み、体育館裏に来てくれって」
どう考えても告白です、本当にありがとうございました。
それにしてもGカップ……じゃなくて、北野さんまでお兄ちゃんのことが好きとか、本当に何なんだあいつは。
というか北野さん、同じクラスなんだから青井さんに伝言の伝言なんて頼まず、私に直接伝えに来ればいいのに。
「帰ったら伝えとくよ」
「よろしく。じゃ、あたしは練習があるから」
青井さんを見送った後、私も一人で教室を後にした。
廊下を歩きながらふと窓の外を見ると、校門辺りに結城さんたちの姿があった。しかしその中に先ほどの慣れ慣れしい男子の姿はなくなっていて、女子だけになっていた。
「……あいつ、フラれたのかな」
明らかに不躾な感じだったし、結城さんに上手いこと逃げられたのかもしれない。
何故だかホッとした気持ちになりつつ、一階に向かって歩き出した。
◆ ◆
お兄ちゃんは部活で遅くなるらしく、結城さんと二人で夕食をとることになった。
途中、何故だか遠慮がちにこちらに向けられる視線。
「あの……今日の放課後のことなんだけど」
言い辛そうに発せられた言葉に、ぴたりと手が止まる。
その話は出来るだけしたくなかったんだけど……結城さんの真面目な顔を見ると、ふざけて流すことは出来なさそうだった。
「和泉ちゃんは……クラスでいつもあんな感じなの?」
「変な人扱いって感じだね。イジメってほどではないから気にしないで」
「……でも私はすごく嫌な気持ちになった」
そんなこと言われても、私にはどうしようもない。
青井さんが言っていた通り、もっとクラスに馴染む努力をするべきかもしれないけど、どの道あの人たちとは一生仲良く出来そうにない。
「それよりあの後、大丈夫だった?」
「言いたいことは色々あったけど……揉めたら和泉ちゃんにも迷惑がかかると思ったから、変なことはしてないよ」
「そうじゃなくて……ほら、あいつとか」
「あいつって……?」
どうやら私の言いたいことは伝わっていないらしい。
別にこのまま聞かないという選択肢もあったんだけど、キョトンとした顔がなんだか腹立たしくて、つい言ってしまった。
「ベタベタ触ってきた男子がいたでしょ。そいつに変なことされなかったかってこと」
「……あー」
妙に呆けた顔だった。
まさか何かされたのかと一瞬不安になったけど、結城さんがにこりと笑ったのを見て、すぐにその心配は吹き飛んだ。まあ、校門前で既に撒いていたことは確認済みなんだけど、念のため。
「そういう心配はしてくれるんだ」
「何もされてないなら別にいいよ」
「手とかは握られそうになったよ。気付いてないフリして全部かわしたけど」
それはまあ、器用なことで。相手の気持ちを考えると少し気の毒になって……いや、勝手に手を繋ごうとする奴が悪いか。
「結城さんも、その内お兄ちゃんみたいな人気者になりそうだね」
「ふふ、あんな風にプレゼント貰ったりとか、私には無縁な世界だよ」
本気で言ってる感じだけど、自分が可愛いという自覚はあまりないんだろうか。
自分がカッコいいことを自覚しているらしいお兄ちゃんとは大違いだ。あいつも昔は私と同じちんちくりん寄りだったのに。
「はあ……ムカつく」
「え……どうしたの急に」
「あ、いや、人の見た目って思ったようには成長できないものなんだなって」
「和泉ちゃんは昔からあんまり変わらないよね」
「……それは褒めてる?」
「すごく。昔からずっと可愛いもん」
ニコニコしながら言われても、何だか馬鹿にされてる気しかしないんだけども。
「……あの、私はどうかな? 自分では頑張って努力してるつもりなんだけど……」
「え? ……あんまり変わんないけど」
そもそも努力する必要もあまりないのでは。
恥ずかしいから未来永劫絶対言わないけど、出会った時からずっと可愛い顔をしてるし。
「ならよかった……目標は現状維持だから」
「あ、可愛いことは自覚済みなんだ」
「一般的にどうかは分からないけど……和泉ちゃんが昔、可愛いって言ってくれたから」
「えっ……言ったっけ?」
「うん、六歳くらいの頃に」
ものすごい記憶力だ……そこまで幼いと、照れることもなく素直に言ってそうではある。
小さい頃の自分が他に余計なことを言っていないか必死に思い出そうとして、やっぱり六歳の頃のことなんて覚えてるわけもなく諦めた。
「私はずっと、和泉ちゃんが可愛いって思ってくれる人間で居続けたいの」
そんなことを言いながら、結城さんは私の手に撫でるように触れてきた。
くすぐったいとか恥ずかしいとかより、その触れ方がなんだか甘ったるいというか、本当に愛おしいものに触れるような優しい動きで、体と思考が硬直してしまった。
「……でも、私だけじゃなくてみんな思ってると思うよ。私だけより、みんなに思われる方が価値があると思うな、うん」
「和泉ちゃんは? 今の私のこと、どう思ってる?」
「……さ、さっき言った」
明確には言ってないけど。
でもこの雰囲気で面と向かって言うのは絶対に嫌なので、早々にこの場から逃げようとしたら、今まで撫でていた手が自然な動きで私の手を握った。
「もう一回、ちゃんと聞きたいな」
「――」
請われるような口調でそんなこと言われたら、より彼女の求める答えを吐き出せるはずなんてなく。
視線をさまよわせることしか出来ない私を見て、結城さんは微笑んでいた。その反応でからかわれていることを察して無性に腹が立った。
友達の多い女はいつもこうなんだ。何の気もなくスキンシップして、慣れてないこっちの反応を見て楽しんでる。
そんな陽キャのノリに屈してなるものかと、自分でも謎の対抗心がわいてきた。
「む、昔からずっと可愛いと思ってるよ、桜乃のこと」
言ってやったぞ! ちょっとどもったけど! ぎゃふんと言うがいい!
スキンシップに慣れていないからって陰キャをナメるんじゃない、という気持ちを込めて、逸らしていた視線を結城さんの方に向けた。
「嬉しい……私にとっては和泉ちゃんが世界一可愛いし、大好きだよ」
そして、照れたようにはにかみながら言ってくる姿に、私は完全敗北した。
続く




