【06.モテる兄を持つと嫌になる】
「あ、和泉ちゃん、おはよう」
「――」
目を覚ました瞬間、視界いっぱいに広がる従姉妹の顔。
ものすごく驚いたけど、なんとか声を出すことは堪えた。
人の顔見て「ぎゃー」なんて叫ぶのは流石に失礼だしね。
「おはよう。……なんで見てたの?」
「朝の支度も終わったから、和泉ちゃんの寝顔を見つめてたいなぁって思って。可愛かったよ」
「そっか……」
過剰に反応したら負けだと思った。
「着替え手伝おっか?」
「結構です」
きっぱり断ると、「残念」という言葉と共に、本当に残念そうな顔をしてくる。
私は服の裾に手をかけつつ、チラリと結城さんの方を見た。彼女は動く様子もなく、こちらを見てきている。
「あの、着替えるから出てってくれる?」
「…………うん。朝ご飯の準備して待ってるね」
謎の間はあったものの、大人しく出て行ってくれた。
そのことにホッとしつつ、上着を脱いで制服に着替える。
お兄ちゃんの姿は見当たらなかったから、今日も部活の朝練だろう。
二人での朝食を終え、いつものように洗い物は結城さんに任せて、私は早々に家を出た。
駅からやって来る生徒と合流する辺りの道で、少し離れた場所から甲高い声が聞こえてきた。
「あ、和泉ちゃんじゃーん! 奇遇だね! 一緒に学校いこ?」
「う、うん」
奇遇だね、と言う割には待ち構えていたように出てきたのは、違うクラスの川野さん。
入学してしばらく経つけど、たまに通学途中に――彼女曰く偶然――会って、一緒に登校することがある。
初めて会った時からやたら好意的で、違うクラスにもかかわらず顔とフルネームを覚えられていた。
そんな彼女が振ってくる話題は、もっぱら学校のことと、もう一つ。
「高柳先輩は今日も部活の朝練?」
お兄ちゃんのことである。
「多分。起きたらもういなかったし」
「へー、すごいねぇ! 先輩レギュラーなんだよね? 今度の試合も出場するのかな?」
「さあ。家でもあんま喋んないし、よく分かんない」
「えぇー……。でもいいなぁ、和泉ちゃん。あんなにカッコいいお兄さんがいたら、私みんなに自慢しまくるよ」
そう言われても。身内を見て「カッコいい」なんて感想は抱きにくいんじゃないだろうか。少なくとも私はそうだ。
「あ、でも和泉ちゃんも可愛いけどね!」
とってつけたように褒められても、あまり嬉しくはなかった。けど、一応お礼は言っておく。
「ところでさ、先輩の趣味とか分かる? 野球以外で」
「さあ。昔はゲームとか好きだったけど、今はよく分かんないや」
「じゃぁ好きなタイプとかは?」
「そんな話、したことないよ」
「ええええ、もう! 和泉ちゃんの意地悪!」
知らないことを知らないと言っただけで、意地悪とはどういうことだろうか。
まあ、意地悪ではなく、本当は「役立たず」と言いたかったのかもしれないけど。
それから、学校の話二割、お兄ちゃんの話八割くらいで話す分かりやすい川野さんと歩くこと数分、校門が見えてきた。
「じゃ、またね和泉ちゃん!」
ぶんぶんと手を振る川野さんと分かれて自分の教室に入ると、既に数人の生徒が来ていた。
しかし誰に声をかけることも、かけられることもなく自分の席につく。
この時期に未だ友達が一人もいないというのは、いかがなものなんだろうか。
よろしくはない気もするけど、無理に作ろうとも思わない。
下手に行動して、中学の時みたいなことが繰り返されたらと思うと怖いし。
徐々にクラスメイトが登校して来て、騒がしくなっていく中、一人で黙々とスマホをいじる。
今日はどの漫画にしよう。
好きなジャンルは特になく、とにかく可愛い女の子がたくさん出てくることが最優先。エロければエロいほど良い。
そんな趣向の私のスマホ内の本棚は、とても人様にお見せ出来るものではない。
けど、隠すこともなく堂々と教室で読んでいるのは、近付き難い変な奴だと思われたいからだ。
そうしないと、
「ねーねー高柳さん、ちょっといい?」
こうしてすぐに話しかけられる可能性がより高まってしまうから。
「……なに?」
スマホから視線を外して顔を上げると、そこにいたのはクラスメイトではなく、見覚えのない女子生徒だった。
この時点で大体の用事は察せられたので、ウンザリした顔にならないよう気を付けながら相手の返事を待つ。
「これ、高柳先輩に渡して欲しいんだけど」
やっぱり――とは言えず、差し出されたオシャレな紙袋を受け取る。
「分かった」
大人しく頷くと、彼女は「ありがとー、よろしくね!」と言って、足取り軽く教室を出て行った。
「……高そう」
オシャレなお店とは無縁な私でも何となく知ってるレベルの店名の紙袋を、とりあえず自分のロッカーにしまっておく。
お兄ちゃん宛のプレゼントを預けられるのは、割とよくあることだ。
持って帰るのも渡すのも面倒だし、本人に直接いってくれればいいのに……まあ、断る勇気がない私もダメなのかもだけど。
情けない思いを抱えつつ自分の席に戻り、黙々とエッチな漫画を読んでいる間に、チャイムが鳴った。
◆ ◆
その日の夕方、いつもと似たような時間に帰宅したお兄ちゃんはリビングの机を見るなり「げっ、またかよ!?」と素っ頓狂な声をあげた。
思いのこもったプレゼントに対して、何とも失礼なリアクションだ。
今朝受け取ったチョコなんて、学生からすれば大枚はたいて買ったんだろうに。
「和泉……」
お兄ちゃんがウンザリした顔で私の名前を呼んだ。例の紙袋を含めた複数のプレゼントの箱やら袋やらを抱え、項垂れている。
「いっちゃん、それなに?」
「女子からのプレゼント」
「すごい量だね……」
結城さんの声音が若干引いているように聞こえるのは、気のせいではないだろう。それくらい今日のプレゼントの量は凄まじい。私も持って帰るのが大変だった。
「お前、そろそろ断るってことを覚えてくれよ」
「やだよ。下手に断ったら私が文句言われそうだもん」
「そんな女いるのか? てめーで渡せやって、正論言ってやればいいだろ」
「正論ぶつけられたら傷ついちゃう子もいるんだよ。それから八つ当たりで嫌がらせしてくる子もいる」
「めんどくせーな……」
野球一筋の男からしたら、そりゃ女心の機微なんて面倒くさいでしょうよ。
世の女子たちは、こんな思いやりのない男のどこがいいんだか……と思っていると、目の前に差し出されるチョコの箱。
「なに?」
「知らない奴からの食いもんは受け取りたくねえ。変なもん入ってたら嫌だし」
それを妹に渡すなよ、と思いつつ受け取る。
「手作りならともかく市販品でしょ? ちゃんとシールでとめてあるし、気にしすぎだと思うけど」
「いいから、お前にやる」
人のプレゼントを家族に横流しなんて、本当に、なんでこんな男がモテるんだか。世の中、顔と身長と運動神経さえよければ無双出来るのかもしれない。
箱を開けている最中、結城さんがジッとこちらを見ていることに気が付いた。
「……食べる?」
「おい、変なもんサクちゃんに与えるなよ」
「その変なもんを私に与えるなよ」
溜め息をつきつつ、開封して中のチョコを一口。途端、口に広がるお上品な甘さ。うん、美味しい。
「普通に美味しいよ。本当に食べなくて良いの?」
「……一個だけもらうわ」
何の躊躇いもなく、チョコを口へと放り込むお兄ちゃん。
もしかして私を毒味に使いやがったのか……?
「いっちゃん、私も貰っていい?」
「ああ……サクちゃんがいいなら」
結局、三人で仲良くチョコやらクッキーやらを片付けていった。
ちなみに流石の私も、何かの毛のようなものがはみだしている手作りと思われるクッキーは恐くて、使われた食材には悪いけど処分させてもらうことにした。
「にしても、これなんて手が込んでてすごいね」
変なものが入っていなさそうな手作りクッキーを摘み上げ、しげしげと見つめる。
好きな人のためにこんなに頑張れる子っていいよなぁ……肝心の好きな人はそのことに全く心動かされてなさそうだけど。
「い、和泉ちゃん、それ私が貰ってもいい?」
「え? いいけど……じゃぁ私はこっちの手作りマフィンを……」
「あっ、それも私が食べたい!」
クッキー片手に勢いよく手を挙げるほどお腹が空いているんだろうか。
「夕飯前だし、あんまり食べない方がいいんじゃない?」
「う……じゃぁ夕飯後に……」
「結城さんって案外よく食べるんだね」
「ち、ちが……くないけど、違くて」
結城さんは視線をあちこちに動かした後、手に持っていたクッキーを見つめながら言った。
「和泉ちゃんが、他の子の手作りのもの食べるのが嫌なの……」
「……?」
何を言ってるか分からなくてフリーズする私を見て、結城さんはハッとした顔で手を振った。
「別にそんな重い意味じゃないんだよ! 私、和泉ちゃんに食べて欲しくて料理とか頑張ってたから……その、私のだけ食べてほしいというか……これから先、和泉ちゃんが一生他の子の手料理を食べたいって思わないようになってくれるのが目標で」
やだ、滅茶苦茶重いんだけど。
結城さんのこの謎の熱意というか献身はどこから来るんだ一体。
彼女はそんなにも過去にとらわれているんだろうか。だとしたらすごく申し訳ない気持ちになってくる。
「つまりサクちゃんはお前の胃袋を掴みたいわけだ……よかったな、和泉」
「別に良くはないけど」
「とか言って、手作りじゃなくて市販品食べようとしてんじゃん」
いや、これは別に結城さんの言葉に影響されたとかそういうわけじゃなく、単に美味しそうだなって思って手を伸ばしただけなんだけど。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるお兄ちゃんを睨みつけつつ、チョコレートを頬張った。
◆ ◆
夕食後、結城さんがお風呂に入っている時に、ふとテーブルの上に置きっぱなしだったプレゼントの山たちに手を伸ばした。
”和泉ちゃんが、他の子の手作りのもの食べるのが嫌だから……”
ピタリと手が止まったのは、決して結城さんのことを思ってのことじゃない。
何となくさっきの市販品のチョコレートをまた食べたい気分になったからだ。
「……あんなに恩を感じてくれなくてもいいんだけどなぁ」
自分の性格は自分が一番よく知っている。
ぶっちゃけ私は舞い上がりやすい性格だし、自惚れやすい性質なのだ。
今は結城さんの妙なアプローチに対し、勘違いしないように出来ているけど、これがずっと続いたら、そのうち感覚が麻痺してしまいそうで恐い。
もしかしてこの子、本当に私のこと好きなんじゃない? とか思っちゃったりした日にはもう……
「勘違い女にはなりたくない……」
自分は誰かに好かれるような人間じゃない。
そう心に深く刻んで生きて行こうと思った。
続く




