【05.好きとか嫌いとか】
夕食時、いつにも増してテンションの高いお兄ちゃんが、結城さんに向かって「学校はどうだった」とか「上手くやれそう?」とか質問している。
まだ新しい生活にも慣れていない段階で迎えた転校初日。不安であろう従姉妹を励ますための会話を聞きながら、お兄ちゃんも気を使えるんだなぁとぼんやり思った。
それに対して私はといえば、黙々とご飯を食べるだけ。我ながらなんて薄情な女だ。
「おい和泉、話聞いてるか?」
「あ、ごめん、聞いてなかった」
「お前な……サクちゃんのことだよ。なんで一緒に帰ってあげなかったんだよ」
「だってクラスの子に囲まれてたし」
「普通に混ざればいいだろ」
そんなことをして許されるのはリア充だけじゃないだろうか。クラスの子だって、急に私が混ざってきたら嫌に決まってる。
「つかお前、同居のことも黙ってるつもりなんだって? 隠したところでいつかはバレるだろ」
「バレた時は仕方ないけど、無駄に火種を作ることないでしょ」
「親戚同士で暮らしてることが何の火種になるんだよ」
「親戚って言ったって、イトコ同士は結婚出来るんだから、なるに決まってんじゃん」
というか、そんなことも言わないと伝わらないって、お兄ちゃんは自分がモテることを忘れているんだろうか。
イライラしつつ、肉じゃがを頬張った。よく味の染み込んだそれが美味しくて、少し心が癒された気がする。
「同じ家で暮らしてるって知られたら、いっちゃんと私がどうこうって噂が立つことを心配してくれてるんだよね」
「あー……でも家族みたいなもんだし、ちゃんと説明すれば変な勘違いもされないだろ」
「たとえ親戚でも、好きな人が異性と一緒に暮らしてるってだけで嫌がる女子はいっぱいいるんだよ」
「別に俺は勘違いされても困らねーけど」
「お兄ちゃんがどう思おうとどうでもいいよ。変な奴らが結城さんにちょっかいかけてくるかもしれないのが嫌なの!」
あまりにイライラし過ぎて、つい大きな声で返してしまった。
しかしお兄ちゃんは特に気にした様子はなく、それどころか何故かニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた。
「なんだそういうことか。お前もちゃんとサクちゃんを心配してんだな」
「……そりゃ多少はね」
この兄は私をどれだけ冷酷な人間だと思っているのか。
……まあ、結城さんがこっちに来てからの私の態度は酷いものだったし、そう思われても仕方ないけど。
「ま、そういうことなら俺も言わないことにする」
「……でも、二人と学校で話せないのはちょっと寂しいかも」
「いや、話すくらいは別に大丈夫なんじゃね? 最悪親戚だってことはバレても、一緒に住んでるのがバレなきゃいいんだろ?」
「確かに……、和泉ちゃんにも話しかけていい?」
「私は学校ではあんまり喋りたくないタイプだから」
「そうなの……?」
信じられないというような目で見ないでほしい。実際嘘だから。
クラスで浮きまくりな私に話しかけて、万が一結城さんの学校での立場が悪くなったら元も子もない。さっきお兄ちゃんに怒鳴ったことが全部自分に返ってきてしまう。
「それに私と話してると、他の人が話しかけ辛い雰囲気になっちゃうかもしれないし……結城さんのためにも、しばらくは教室では話さない方がいいと思う」
「……じゃぁ、極力話しかけないようにするね」
思ったよりも落ち込んだ顔をされて、ちょっと胸が痛くなった。
お兄ちゃんにもなんだか呆れた顔をされてるしで、居心地が悪くなった私は、さっさとご飯を食べ終えて、逃げるようにソファの元に移動した。
入浴を済ませ、お互いの部屋に戻り、後は寝るだけとなった時間、私は布団に寝転がりながらダラダラ電子書籍を読んでいた。
キリのいいところまで読み終わったと同時にスマホの電源を落とす。
……このまま寝ることも出来るわけだけど、流石に私も結城さんの心配というか、気遣いみたいなことをした方がいいんだろうか。お兄ちゃんですらしてたわけだし。なんというか、人として。
「あー……あのさ」
「なに?」
枕を整えていた結城さんは、ゆっくりと私の方に振り返った。
「えっと、学校はどうだった?」
「楽しかったよ。みんな優しくて……特に優花ちゃんには色々助けてもらっちゃった」
優花ちゃんって誰だ……クラスメイトの顔と名字を一致させるだけで大変なのに、当たり前のように下の名前を出してこないでほしい。
私が反応出来ないでいると、結城さんは「松岡優花ちゃん」と補足してくれた。
「ああ松岡さん……面倒見良いもんね」
なにせ私にすら話しかけてくれる良い人過ぎる人だ。
「うん。あ、でも部活の誘いがすごくて、断るのはちょっと大変というか……心苦しいかも」
「家事のことは気にしなくていいから、入りたい部活があったら入ったらいいよ」
「ううん。だって和泉ちゃんは帰宅部でしょ? 部活に入ったら、和泉ちゃんとお家で過ごす時間が減っちゃうから」
「あっそ。じゃ、とりあえず問題はないってことで。おやすみ」
「……そっけいないなぁ」
さっさと布団に入ると、上から拗ねたような声が聞こえてくる。
……だって、なんて返したらいいか分からないから、そっけなくするしかない。
「ありがとう」って言うのも違う気がするし、嬉しくもないのに「嬉しいよ」はおかしい。
「私はこういう人間だから、愛想尽かすなら早い方がいいと思うよ」
「でも和泉ちゃんが本当は優しいこと、私は知ってるから」
「それは勘違いしてるだけだと思う」
「昔は定期的に会ってた仲なのに、勘違いも何もないと思うけど」
「なら、時が人を変えたんだよ」
「はぁ……」
明らかに呆れたような溜め息をつかれてしまった。
ああ言えばこう言う、とでも思われているんだろうか。だって事実なんだから仕方ない。
「確かに人は変わるけど……根本はそう簡単には変わらないと思うよ」
「でも結城さんが知ってる私って、ほぼ全盛期の私でしょ。私はあれから劣化の一方だよ」
「劣化って……そういう言い方、好きじゃない」
そんなこと言われても、他に表現しようがないんだから仕方ない。
「和泉ちゃん」
「うわっ……な、なに?」
かけ布団をはぎ取られ、私の上に覆いかぶさるような体勢になって無理やり視線を合わせて来る結城さんに驚いて、声が上ずってしまった。
もしかしてこんな体勢からお説教でも始める気だろうかとヒヤヒヤしていたら、そうでもないらしい。
「私は……どんな和泉ちゃんも好きだよ。だからあんまり自分を卑下しないでほしい」
「……誰が私を好きだろうと、私は私のこと好きじゃないから仕方ない」
「だったらどうすれば好きになってくれるの?」
「自分を? ……無理でしょ。大体、自分のこと好きじゃないのは昔からずっとそうだし、これからも変わらないよ」
「でも昔は……」
昔はここまで自分を卑下することはなかったかもしれない。
結城さんがよく知る私――小学生の頃なんかは、周囲の目とか気にせず、体を動かすことに夢中だった時期だし。
だけど人はいつまでも子供じゃいられない。
今の私は、自分の価値とか、周りの目が分かるようになってしまった。
昔のように何も考えずにはしゃぐことは、きっともう一生ないだろう。
「…………私のせい?」
今にも泣きそうな顔で、泣きそうな声でそんなことを言われて、ギョッとした。
「いやいやいや! 私のマイナス思考に結城さんが関係してるわけないじゃん!」
「でも」
「でももヘチマもないよ。私が勝手に自分を嫌いになっただけで、誰かのせいとかないから。というか、そろそろ寝かせてよ」
「ごめんなさい……」
かけ布団を返してくれたものの、項垂れたままの結城さん。
彼女を放ってこのまま寝てしまうのは、あまりに非人道的な気がして、モヤモヤする。
「あのさ、本当に誰のせいとかない……というか、強いて言うならお兄ちゃん周りのせいだから」
「いっちゃん……?」
「お兄ちゃんが周りにチヤホヤされるような人間だから、比較して勝手に落ち込んでるだけ」
「でも、性別も年齢も何もかも違うのに比較するのは……」
今日の結城さん、滅茶苦茶「でも」って言うじゃん。そんなに私の言うことを否定したいんだろうか。
「何もかも違ったって、名字が同じなだけで周囲にだって比較されちゃうんだよ」
話しながら、ふと中学時代の黒歴史を思い出してしまった。
「お兄ちゃんが昔からなんでも出来るせいで、周囲の人には散々比べられたし……あいつより私のこと選ぶ人なんて存在しなかった。それで自信持てって方が無理だよ」
「……なら、私は存在しないの?」
「それは……」
結城さんの好意は恩返しからくるものだし。素直に受け取ることは出来ない。
というか、そろそろ私のことが好きなフリはやめてもらいたいんだけど。日を追うごとに虚しくなっていくから。
「私はいっちゃんのこともそれなりに知ってるつもりだけど、それでも和泉ちゃんのことが」
「寝る。おやすみ」
面倒くさくなったので、会話を強制シャットダウンさせた。
そもそもこんな話をしたって無意味だ。どれだけ話し合ったって私は私が嫌いだし、結城さんはそんな私を認めないんだろうし。ずーっと平行線のまま。
「…………おやすみ」
たっぷりの間のあと、彼女にしては珍しく、明らかに不機嫌そうな声音が聞こえてきた。
* *
あ、これは夢だなと思う時がある。今がまさにそうだった。
カキーン。
青空の下、軽快な音が聞こえる。
向かってきた球をバットでフルスイングして、遠くに飛ばす。その瞬間が一番好きだった。
私は野球が大好きで、わたしにとって野球は全てだった。
それなのに――ほんの一瞬。ほんの一瞬で私のすべては失くなった。
彼女が危ないって分かった瞬間、気がついたら体が動いていた。それをすれば自分自身が危ない目に遭うんだってことは、きっと考えていなかったんだと思う。
ただ彼女を助けたかった。理由はそれだけで十分だった。
結果的に私は彼女を助けられたのか、今でもよく分からない。
結局私は、自分のエゴで彼女を救い、彼女を傷つけてしまったから。
* *
「……っ!」
思わず起き上がった。乱れる呼吸と額に浮かぶ汗で、自分が嫌な夢を見ていたことに気が付く。
夢っていうのは不思議なもので、目が覚めるのと同時に、徐々にその内容を忘れていってしまう。でも何となく過去の夢を見ていたことだけは思い出せる。
最近は滅多に見なくなったはずなのに……結城さんと再会した影響だろうか。
「はぁ……」
ベッドの上からは、規則正しい寝息が聞こえてくる。私が起き上がった音で結城さんが目を覚ますことはなかったらしく、安心した。
「和泉ちゃん……」
「!?」
と思ったら、起きていた――と思ったら、やっぱり起きていなかった。紛らわしいことに、寝言のようだ。
そういえば彼女は昔から寝言が多いタイプだった気がする。溺れる夢を見たら「助けて」とか、美味しいものを食べる夢を見たら「美味しい」とか、夢に関わる寝言ばかり。
そういうところは変わってないんだなと、ふと懐かしく思った。
「えへ……大好き……」
「……」
飛び起きた私と違って幸せな夢を見ているようで何よりだが、一体どんな夢なのか、想像したくはなかった。
続く




