【04.夏休みの終わりと転校初日】
あれから一週間ほどが過ぎて、長かった夏休みも終わりを告げてしまった。
体とは面倒なもので、少しの期間でもダラけるとすぐに動きが鈍くなってしまう。そんな体に鞭打って、休みの時には考えられない時間に起きた。
「今日からサクちゃんと同じ学校なんて楽しみだな」
「私は少し緊張してる……」
「大丈夫だって。サクちゃん可愛いし、クラスの奴らが放っておかねーよ」
下手なナンパ師みたいなことを言ってウインクを決める気持ち悪いお兄ちゃんはさておき。
私は転校を経験したことないけど、人間関係が完成しているところに飛び込むことを想像すると胃が痛くなる。だから結城さんが不安に思う気持ちは分かる気がした。
「和泉ちゃん、同じクラスになれるといいね」
「……うん」
こちらに向かって微笑みかけてくる結城さん。
本当は同じクラスは気まずくて嫌なんだけど、流石に今の彼女にそう答えるのは鬼畜過ぎる。
どうか同じクラスになりませんように――と、心の中でそっと願っておくに留めた。
「じゃ、俺は先行ってるから。サクちゃん、学校までの道のりが分からなかったら和泉を使ってくれ」
「人をカーナビみたいに言わないでよ」
「大丈夫、同じようなものだ」
何が大丈夫なのか。
私が文句を言うよりも先に、お兄ちゃんはさっさと自分の食器を片付け、リュックを片手に早足で出て行った。
……やっぱり一緒に登校した方がいいんだろうか。家から近いとはいえ、転校初日から迷子にでもなったら大変だし。
「あの、登校って……」
「あ、私は一人でも大丈夫だよ。ここに来る前に学校は下見して来たから」
「そうなの?」
「うん、転校の手続きをしに。だから和泉ちゃんは先に行ってて」
「……じゃぁ、遠慮なく」
転校生と一緒に登校してきた、なんてバレたら色々面倒そうだし。
それに私と一緒にいるところを見られたら、結城さんの学校生活を初日から台無しにしてしまいそうだし。
「……あ、そうだ。学校では私たちと同じ家に住んでるってこと、秘密にしておいてね」
「どうして?」
「お兄ちゃんはあんなだけど結構モテるから。異性が一緒に住んでるって知られたら面倒そうだし……変に目付けられるのも嫌でしょ」
「そっか……、なら二人だけの秘密だね」
嬉しそうに微笑んでいるところ悪いけど、お兄ちゃんのことも忘れないであげてほしい。
箸を置き、食べ終わった食器を持って立ち上がる。
「ごちそうさま。流しに持っていっとくね」
「うん」
結城さんが来てからずっと、家事は彼女に任せっぱなしだ。曰く、家に置いてもらうお礼と思ってほしいとのこと。
それでも全負担させるのは悪いと思うんだけど、私とお兄ちゃんの腕じゃ、台所関連は手伝おうとしても逆に足手まといになるだけ。
その代わり、洗濯物や掃除なんかを手伝う努力はしている。
「……やっぱり洗い物手伝おうか?」
しかし改めて考えると、初登校前に時間をとるのは申し訳ないと思って提案したんだけど、結城さんはすぐに首を振った。
「ううん、大丈夫。和泉ちゃんが使った食器ならむしろ喜んで洗いたいから」
「あ、そう……」
喜んでいいのか全然分からなかった。
「それに家事は嫌いじゃないから。放課後は和泉ちゃんのために夕飯作って待ってるね」
これは普通に嬉しかったけど、ありがとうって言うのもなんか恥ずかしくて、無言で頭を下げるだけに留めた。
ソファに置きっぱなしだったリュックを手に取る。リビングを出ると、何故か結城さんが後ろについてきた。
「何か用?」
「お見送りしようかなって」
「何故……」
「いってらっしゃいのハグとか、したいなって」
「お断りします。じゃ、いってきます」
拗ねたように少しだけ頬を膨らませている結城さんをおいてさっさと家を出た。
◆ ◆
教室での私は、割といつもぼっちである。
友達の定義は難しいけど、毎日当たり前のように話したり登下校したりする存在のみを友達とするのなら、友達はゼロ。
まあ別に、漫画読んだりソシャゲやったりして暇つぶししてるから寂しくはないんだけど。
「あ、高柳さん」
そんな私に声をかけてくる物好きは、このクラスには一人しかいない。
スマホから顔を上げると、思った通りの人物が目の前に立っていた。
三次元では珍しいハーフツインの形に結われた髪。年の割に幼い印象だが、整った顔立ち。
「おはよー」
人懐っこい笑顔でこちらを見ているのは、クラスメイトの松岡さん。
クラスで浮いている生徒を放っておけないほどの優しい性格のせいか、クラスの中でも人気のある女の子だ。
「おはよう」
「今日からまた授業だって思うと憂鬱だねー。高柳さんは夏休み何してたの?」
「家でゴロゴロ」
「一番最高のやつじゃん」
可愛らしい見た目と反して、陸上部所属でバリバリの体育会系である彼女にとっては、出かけたりとかの方が最高だろうに。こちらに感性を合わせてくれているのだろうか。
「私は部活ばっかりで休んだ気しなかったよ。毎日炎天下の中走って、暑いのなんの」
「そういえばちょっと焼けてるね」
「えっ、ほんと!? わー……やっぱ安い日焼け止めじゃダメだったかー」
焼けてる肌も健康的でいいと思うけど、女の子的には嫌なのかもしれない。
半袖から覗く自分の腕を恨めし気に見ていた松岡さんの肩が、後ろから叩かれた。
「優花、ちょっと来てくれる?」
「はーい。高柳さん、またね」
陸上部仲間に呼ばれて、そちらの方へ歩いて行く松岡さん。
友達には困っていないだろうに、私に話しかけてくれるなんて良い人だ。ああいう子をコミュ強とかリア充っていうのかな、とぼんやり思った。
しばらく経つと始業のチャイムが鳴り、生徒たちが席に着いた頃、教室の扉が開かれた。
「皆さん、おはようございます!」
元気のいい声と共に、担任が教室に入ってくる。ウチの担任は二十代後半の女性で、性格、見た目共に若々しい印象の強い人だ。
担任——佐藤先生は教卓に手を置くと、笑顔でこう告げた。
「いきなりの報告になってしまいましたが、今日は皆さんに転校生を紹介します」
「――」
いや、ちょっと待て。まだその転校生が結城さんだって決まったわけじゃない。
今日は夏休み明けでキリもいい時期だし、他の転校生が来ている可能性だってあるんだ。希望を捨てるのはまだ早い。
「じゃあ、入って来て」
「失礼します」
ダメだった。
先生の言葉を受けて扉から入ってきたのは、どこからどう見たって結城さん。
制服姿がとてもよく似合ってるけど、そんなことに感心している場合じゃない。
周りのクラスメイトが小声で何かを言い合っている中、結城さんは教壇に上る。その間に、先生がチョークで黒板に彼女の名前を書いた。
「では早速、自己紹介をお願い」
「結城桜乃です。父の仕事の都合でこの近くに引っ越してきました。これからよろしくお願いします」
結城さんがお辞儀をすると、教室のあちこちから大きな拍手が鳴る。私も流石に空気を読んで手を叩いておいた。
「結城さんはこっちに引っ越して来たばかりだから、慣れないことも色々あると思うので、みんな良くしてあげて下さい。あ、結城さんの席はあそこね」
先生が指差したのは、窓際列の最後尾――松岡さんの隣だ。
結城さんは最後にもう一礼し、教壇から下りて自分の席へと向かう。
その際ばっちり目が合ってしまい、すごく嬉しそうに微笑まれた。
どう反応していいか分からなかったので、とりあえず曖昧に微笑み返しておいた。
転校生。可愛い女の子。
この二つが揃っている結城さんを、クラスメイトたちが放っておくわけもなく。
「囲まれてるなぁ……」
思わずそう呟いてしまうくらいには、見るからに囲まれている。
結城さんと、ついでにその隣の松岡さんの周囲も含めると、ほぼ全てのクラスメイトがそこにいるんじゃないかというくらいの人数に囲まれている。どこから噂が回ったのか、恐らく他クラスや別学年の人まで来ている。
ここは別に田舎でもないし、転校生自体が珍しいわけでもないはずなんだけど……やっぱり顔が良い人間っていうのは、それだけで周囲の人を惹きつけるのかもしれない。
「やっぱり内緒にしたのは正解だったな」
あんなに注目されている女の子と、校内の人気者(笑)のお兄ちゃんが一つ屋根の下で暮らしているなんて知られた日には……男女問わず下卑た噂が出回ったり、嫉妬に狂ったりしそうだ。
別にそれでお兄ちゃんがどうなろうと知ったこっちゃないし、自分で何とかするだろう。
けど、なんとなく女の嫉妬の方が恐ろしいイメージがあるので、結城さんのためには内緒にしておくのが得策なはず。
「ねぇねぇ、前の学校で彼氏とかいたの?」
「こら、困らせちゃダメだって」
それにしても、結城さんは質問責めにあっているみたいだけど、答えにくい質問に対しては隣の席の松岡さんがフォローしているらしい。
やっぱり松岡さんは人とコミュニケーションをとるのが上手いんだなぁと、感心する。
「でもほんと可愛いよね。あ、そうだ、放課後に色々案内してあげる」
「ありがとう。まだ校内のことよく分かってないから嬉しい」
結城さんがにこりと微笑んだ瞬間、周囲のクラスメイトの歓声のような声がさらに増した。
私の知っている結城さんは、マイペースというかおっとりしていて、何かあると体調を崩すような体が弱いタイプで。あんな風に人に囲まれたりする子じゃなかった。
それがいつの間にああいう感じになったのか……今更ながら時の流れを痛感する。
「……げ」
ジッと見ていたせいか、輪の中にいた結城さんと目が合ってしまった。気まずいので慌てて逸らす。
「部活は何してたの?」
「あ、文芸部にちょっとだけ」
「じゃあ、こっちでもそうしなよ! 俺、文芸部だから!」
「ううん。こっちでは放課後にやりたいことがあるから、部活はしないって決めてるの」
残念がる周囲の声を聞きながら、やりたいことって何だろうかと、首を傾げた。
”放課後は和泉ちゃんのために夕飯作って待ってるね”
……いや、まさかそんな、夕飯作るために部活しないなんて、そんなわけないよね。
……ないよね?
◆ ◆
放課後になっても囲まれ続けている結城さんを横目で見つつ、教室を出る。
廊下を歩いていると、ポケットに入れていたスマホが鳴る音が聞こえた。
取り出してみると、新着メッセージの通知。差出人がお兄ちゃんだったのでスルーしようと思ったが、一応開いてみた。
【サクちゃんの人気凄かったな】
【俺のクラスの奴も噂してたぞ】
【お前も頑張れよ】
連続で送られてくるメッセージに、シンプルにイラっとした。
「……何を頑張れって言うんだ」
どう返してもお兄ちゃんの思うつぼな気がしたので、既読スルーしてスマホを携帯にしまった。
この謎の茶化し方……もしかしてお兄ちゃんは、私と結城さんの間に何かあったことに気が付いているんだろうか。
まあ彼女の真意はどうあれ、あれだけ周りからチヤホヤされていれば、その内もっと素敵な誰かしらに心変わりするだろう。
「そしたら昔みたいな関係に……」
途中で言葉が止まってしまった。
果たして、元通りになんて戻れるんだろうか。
私も結城さんも会わない間にすっかり変わってしまったからか、昔みたいに仲良くする光景が上手く想像出来ない。
「……結城さんが昔のままだったら、もっと違ったのかな」
いつも私のそばにくっついて、控えめに微笑む姿を思い出し、何とも言えない気持ちになった。
続く




