【03.二人きりのお出かけ】
翌日、いつもより早い時間に目が覚めてしまった。
まだ眠いからか霞んだ視界のまま階段を下りてリビングに行く。あまりの眠気に、洗面所に寄って身だしなみを整えることすら忘れていた。
「あ、おはよう、和泉ちゃん」
私よりも遥かに早起きな結城さんが、キッチンからひょこっと顔を出した。
「……おはよう」
返事がちょっと遅くなったのは、昨日のことを思い出してしまったからだ。
向こうはびっくりするくらい普通だけど……すごいな。
「そうだ、いっちゃんから聞いた? ケーキフェアのこと」
「ケーキフェア? なんのこと?」
「近所のショッピングモールでやってるんだって。食べたいのがあるから和泉ちゃんと買って来てほしいって言われたんだけど……聞いてなさそうだね、その顔は」
全く聞いてない。何だあいつ、なに勝手に人にお使いを頼んでるんだ。
文句を言ってやろうと思ったけど、肝心の本人は今日も朝から部活に勤しんでいるらしく、既に家には居ない。
「えっと……私一人でも大丈夫だから」
「……いいよ。一緒に行く」
お兄ちゃんの言うことを聞くのは癪だけど、流石に結城さんだけに面倒事を押し付けるわけにはいかない。そもそも引っ越してきたばかりで、まだ町にも詳しくないだろうし、迷子になったら大変だ。
「やった。じゃぁデートだね」
「い、いや、デートではない」
「ふふ、冗談だよ。朝ご飯もう出来てるから一緒に食べよ」
楽しそうに笑って、キッチンへと戻って行く結城さん。
……昨日の話といい、彼女が何を考えているのかさっぱり理解出来ないや。
朝食を食べ終わった私たちは、出かけるための準備を始めることにした。
朝から外に出るのは面倒くさいだけど、後に残してたって仕方ないし、面倒事はさっさと片付けてしまうに限る。
「じゃ、私は部屋で着替えてくるから、結城さんは洗面所でどうぞ」
「うん。……手伝おうか?」
「ご遠慮します」
恐らく冗談であろう提案を断り、自室に戻ってタンスから適当な服を引っ張り出す。オシャレなんて言葉とは無縁な私は、大抵いつもカットソーと綿パンというラフな格好だ。
「これでよし、と」
一分もかからずに着替え終えてしまったので、流石に五分ほどスマホをいじって時間をつぶしてから部屋を出て、洗面所前に移動した。するとちょうどいいタイミングで結城さんが出てきた。
「あ、待たせてごめんね」
「いや、全然待ってないよ」
結城さんの服装は、水色のブラウスに白いスカートを合わせていた。袖口の小さいレースとか、ふわりと広がってる裾とか、全体的に柔らかい感じがする。
ヒラヒラだ、なんて小学生みたいな感想しか出てこないけど、可愛い子は何を着ても可愛いんだなとも思った。
「じゃ、いこっか」
私の言葉に頷いた結城さんと共に玄関に移動して、家の外に出た。
照りつける日差しと熱気に嫌気がさすと同時に、お兄ちゃんへの憎しみが倍増した。
目的地までの道のりを並んで歩き始める。ずっと黙っているのも気まずいので、時折適当な世間話を挟むことにした。
「あ、そういえば学校はどうするの? 転校だよね?」
「うん。……あの、もしかしてそれも聞いてない?」
「何を?」
嫌な予感がして尋ねると、結城さんは気まずそうに視線を逸らしながら答えた。
「和泉ちゃんたちと同じ学校に行く予定……なんだけど」
「……なるほどね」
流石にもう驚かない。どうせ私以外はみんなこの情報を知ってるんだろうし、あえて私にだけ隠していたんだろう。
「なんかごめんね……事後報告ばかりになっちゃって」
「別に。お母さんたちには事前に伝えてたんでしょ? お母さんたちの方が恨めしいよ」
「……それも多分、私のせいで言い辛かったんだと思うから」
結城さんのせいというよりは、私の性格を知ってるからだと思う。
事前に伝えられていたら、私はすごく憂鬱な気持ちで結城さんが引っ越して来るのを待つことになる。
そうなるよりは、何も知らせずに対面した方が良いと判断されたんだろう、多分。
……実際どうなんだろう。知っていたとしたら、やっぱり色々悩んでいたんだろうか。
今となっては上手く想像出来ないや。
久しぶりに来たショッピングモール――ディオンは、いつ見ても大きい。中には様々な店舗や施設が入っており、ここで遊ぶとなれば余裕で一日時間を潰せるであろう規模。
休日効果もあって、店内はたくさんの人で賑わっていた。
「ケーキフェアって何階でやってるんだっけ?」
「十階だよ。バスの中で調べといた」
迷いなく歩く結城さんの後についていく。
周囲には、突然立ち止まる人、フラフラと歩く人、死角から飛び出してくる子供たちなど様々で、ぶつからないように歩くのが大変だった。
エレベーターで十階へと移動する。フロアに着くと同時に、ケーキの甘い匂いが強く漂ってきた。
「うへ、人多すぎ……」
思わず口に出してしまうレベルだった。本当に嫌なお使いだ。
「結城さん、人混みとか大丈夫? ゆっくり歩くけど、速かったら言ってね」
そう声をかけると、何故か目を丸くして驚いたような顔をされた。
「……どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。……えっと、人混みは平気だけど、こんなに多いとはぐれちゃいそうだね」
「そうだね」
私は人混み大嫌いなんだけど、ケーキフェアだからかお客さんは全体的に女性が多い。若い子率も高いし、ある意味眼福かもしれない。
「……はぐれちゃいそうだね」
「? そうだね」
なんで同じことを二度も言うんだろうか。
結城さんは、ソワソワした表情で私の顔を見た後、ふいっと顔を背けてしまった。それから早足で前に進んでいくので、慌ててその後についていった。
「なに、どうかした?」
「いや、別に……それより、いっちゃんの言ってたお店は……」
呟きながら、器用に人と人の間を通って進んでいく結城さん。
メイン通路は一際人で溢れている。彼女がさっき二回も言った通り、ぼんやりしているとはぐれてしまいそうだ。
ここは一フロアの面積も結構広いし、スマホで連絡が取れるとはいえ、どちらかが迷ったら確実に面倒くさいことになるだろう。
「あの、ごめん、手繋いでもいい?」
「え?」
「はぐれたら探すの面倒だし。あ、他意はないよ」
自分で言っておいて「他意ってなんだよ」と心の中でツッコミを入れた。
「つまりただ繋ぎたいだけってこと?」
結城さんの顔が、パアァーッと明るくなった。
なんというか、感情が表情に出る子だ。
というか別にただ繋ぎたいんじゃなくて、迷子対対策なんだけども。
否定するのも面倒で黙っていたら、おずおずと手が握られた。
「……えへへ。なんか照れるね」
「いや別に」
「和泉ちゃんは冷たいなぁ」
言葉とは裏腹に何だか嬉しそうな結城さんと共に通路を歩き、目的地へと向かう。
にしても、再三言いたくなるほど人が多い。ここまでだと、手を繋いで歩くのは逆に難しかった。
とりあえず人混みに酔わないように、辺りを見回して、可愛い子を見つけることに専念する。
お、あの子はなかなかレベルが高い。あっちの子は胸が素晴らしいなぁ、許されるのなら揉みたい。でもあの美脚の子も捨てがたいし、あのポニーテールの子のうなじも綺麗だ。
「……和泉ちゃん、さっきからどこ見てるの?」
「女の子」
「……」
結城さんが呆れた顔をしていたが、気にしないことにした。
めぼしい女の子を探している間に、無事目的地に着くことが出来た。
人気店なのか、他の店とは比べ物にならないほどの長い行列が出来ている。これから並ぶと、少なくとも十分くらいはかかりそうだ。
行列って、自分のためでも並びたくないのに、お兄ちゃんのためにそこまでするのは気が進まないどころの話じゃない。
「こんなに並ぶのダルいし……その前に何か食べていかない? あっちにアイスとかもあるみたいだし」
私の提案に、結城さんは少し悩んだみたいだけど頷いた。
「そうだね……列も少し時間をずらせば少なくなるかもしれないし」
そんなわけで、向かいにある店で二人分のアイスを購入した。私はチョコチップ、結城さんはミックスベリーのなんちゃらかんちゃらって、やたら長い名前のやつ。
アイスを片手に、フロアの隅に設置されているベンチに腰かける。
「……和泉ちゃん」
「んー?」
結城さんの問いかけに返しながら、アイスを一口。
ひんやりとした感覚とちょうどいい甘みが口に広がり、生き返った気持ちになる。
「昔のこと、話してもいい?」
「昔って?」
「……あの事故のこと」
その一言で、思い出さないようにしていた記憶が一瞬で鮮明によみがえってくるんだから、人間の脳って不思議だ。
「こんなところでごめんね……本当は家とか、もっと落ち着いたところの方がいいのかもしれないけど」
「別に。大体あんな昔のこと、もう気にしなくていいよ」
「気にするよ! だって私は……、」
そこで何かを思い出したような顔をして、言葉を止める結城さん。その表情は暗い。
彼女の中では、まだあのことが尾を引いているんだろうか。
「私は……あの時のことを許してもらえるって思ってない」
「許すも何も、あれは私が勝手にやったことなんだけど」
「そうだとしても、その原因を作ったのは私だし、その後も酷い対応しちゃったから……」
「責任感強いねぇ……」
結城さんはスプーンでアイスをすくっては落とし、すくっては落としを繰り返していた。そのせいで、まだ食べてもいないのに、徐々に溶けてきている。もったいない。
「だから私は、和泉ちゃんに恩返しがしたい」
「…………ふーん」
恩返しってどういう意味だろうか。
……もしかして私のことを好きだって言ったのも、その恩返しの一貫なのかな。
そう考えると妙に納得がいくのが、なんだか悲しかった。
「じゃ、そのアイス一口ちょうだい」
「え?」
「恩返ししてくれるんでしょ?」
結城さんはキョトンとした顔をした後、にっこりと微笑んだ。
そして目の前に差し出されるスプーン。上にちょこんとのったアイスは、微妙に溶けかけていたけど。
「はい、あーん」
こんなシチュエーション、二次元ではよく見る気がする。実際にされるのは久しぶりだ。
ここは照れたら負けだと思ったので、遠慮なくいただくことにする。
「あーん」
あ、こっちの味も結構美味しい。ここのお店レベル高いなぁ。
なんて思っていると、結城さんがやけにニコニコした顔でこちらを見つめてきていた。
「私の顔に何かついてる?」
「ううん。ただ、これを私が食べたら間接キスだなぁって」
危うくアイスを吹き出しそうになったじゃないか。
「その発想はなかったよ……」
というか、気付かないままの方がよかったかもしれない。
目を逸らして、結城さんがアイスを食べ始めた姿は見ないようにした。
「それで和泉ちゃん、さっきの話の続きは――」
「あ、もう無し。恩返しは今のアイスで終了」
「そ、そんなのダメだよ!」
「だって私、シリアスな話好きじゃないし」
そもそも、せっかくの休日に人混みの中でするような話じゃない。
結城さんはしばらくの間、納得できないというような顔をしていたけど、私がそっぽを向き続けていたら、やがて諦めたように溜め息をついた。
「……分かった」
どうやら根競べは私の勝ちで終わったらしい。……向こうの方が大人だから、折れてくれただけかもしれないけど。
「和泉ちゃん、これ食べ終わったら買い物に付き合ってくれない?」
「え、お兄ちゃんに頼まれたケーキは?」
「それは帰りにでも」
正直めんどくさい。人混みも嫌だし、昼寝もしたいし、さっさと帰りたい――けど、私もただお兄ちゃんのお使いをするだけの外出は癪だったから。
「五店舗くらいなら付き合うよ」
「ありがとう!」
嬉しそうな結城さんの笑顔を見て、私は苦笑を返した。
さっき、彼女は恩返しだと言っていたけど、あの時、私は恩を売った覚えはない。
恩返しで好きなってもらおうなんて考えたことすらないし、そんなことされても嬉しくもない。
けど、彼女が私に「好き」と言うことで、少しでも彼女の中の罪悪感が薄まるというのなら、それはそれでいいのかもしれない。
私がその言葉を本気にしなければいいだけなんだから。
……でもいつまでもスルーし続けるのは辛いので、早めにやめてもらいたいものだ。
続く




