【02.告白】
な、なんでこんなに平然としてるんだろう。
もしかして料理する人間にとっては、人の頬についたものを舐め取ることくらい日常茶飯事なのか。
味見の作法の一つか何か……って、流石にそんなわけないことくらい、料理に疎い私でも分かる。
「ゆ、結城さん!」
「和泉ちゃんも味見する?」
「そうじゃなくて……今みたいなこと、あんまりしない方がいいよ……その……な、舐めるのとか」
「……あぁ。大丈夫だよ、私も初めてやったから」
その割には随分と平然としていらっしゃる。
ひょっとして同性同士ならこれが普通で、私の方が過剰反応なんだろうか。今は友達も少ないし、友達と料理する機会なんてなかったから、何が常識かも分からない。
「はい、どうぞ」
あまりに自然に、生クリームの乗ったスプーンを差し出されたので、なにも考えずにそれを食べた。甘い。
「私、和泉ちゃんのことがずっと好き。愛してる」
「………………は?」
なんだか昨日から驚いてばかりだが、それも仕方ない。だって色々といきなり過ぎる。
数年ぶりに再会して、今目の前に結城さんがいることだって、まだ夢でも見てるんじゃないかって感覚だっていうのに。
よりにもよって今、なんて言った?
あいしてます?
「和泉ちゃん、女の子が好きなんだよね? ……私じゃダメかな?」
「ちょ、ちょっと待って。頭が混乱してきた」
「和泉ちゃんが望むなら、どんなプレイにだって耐えてみせるから」
「いや、だから待ってってば。というかプレイってなに」
「一生幸せにする!」
「話が飛躍しすぎだよ!」
ダメだこの子、待つということを知らない。
とりあえず彼女は無視して、さっきの言葉を頭の中で思い出してみる。
結城さんは私のことが恋愛的な意味で好きだと。だから付き合ってほしいと。
「…………これって冗談?」
「冗談は割と好きだけど、今回は違うよ」
「……私、女の子だよ?」
今更そんなこと言わなくたって、従姉妹の性別なんて結城さんも重々承知だろう。
でも聞かずにいられなかった。
私の中では、女の子が女の子を好きになることはあまり一般的なことではない。
「もちろん知ってるよ。でも私は和泉ちゃんを好きになっただけだから」
「だけって……そんな簡単に済ませられることじゃないと思うんだけど」
「済ませられることだよ。私は高柳和泉って人間を好きになったから、そこに性別どうこうはあまり関係ないもん」
そう言い切る結城さんの目は、嘘をついているようには見えなかった。けど、その言葉に同意することは出来なかった。
「……和泉ちゃんは、私のこと嫌い?」
「別にそういうわけでは……」
結城さんがこちらを凝視したまま、ついに手まで止めてしまうものだから、何だか問い詰められている気持ちになってきた。
どうしよう……なんとか話を逸らさないと。
「そ、それより早くケーキ作ろうよ。変に時間かけるのも、ね?」
……って、さすがにこれは強引過ぎるか。
「それもそうだね」
「えっ」
あっさり引き下がってくれたことにこっちが驚く隣で、まるで何事もなかったかのように再びボウルをかき混ぜ始める結城さん。
自分から逸らしておいてなんだけど、これで話を終わらせてもいいんだろうか。
もしかしてさっきの表情に騙されただけで、やっぱりタチの悪い冗談だったんだろうか。
「……返事、待ってるからね」
「え?」
「いつでもいいから。……あ、出来れば五十年以内くらいにはもらえると嬉しいけど」
「さ、流石に五十年はかからないと思うけど」
「よかった」
チラリと横目で結城さんの表情を伺って見ると、嬉しそうに微笑んでいた。
――分からない。いよいよ本格的に彼女が何を考えているのか分からない。
いきなり同居が始まったと思ったら、その翌日に告白してくるって、どういうこと?
しかもなんでケーキ作ってる最中に?
面白くないラブコメですら、こんな雑な告白シーンにしないよ?
私の脳内が「?」で埋め尽くされそうな思いの中、ケーキ作りだけが結城さんの手によって順調に進められていった。
それにしてもケーキというのは、作ってみると時間も手間もかかるものだった。
スポンジを焼いて二つに切って。苺を挟んで、クリームを塗りたくって、最後に上にも苺を乗せて。
これ以上のもっとたくさんの行程を経ているからこそ、お店で売られているケーキはあんなにも高価で美味しいんだろうなあと、現実逃避のように考える。
「やったー完成!」
「果てしない道のりだった……」
結果的に、私は砂糖の入っていないクリームを(電動で)泡立てただけだったけど。
妙な達成感に、思わずかいてもいない額の汗を拭った。そんな仕草を見て、おかしそうに笑う結城さん。
「お疲れ様。じゃぁ早速切り分けるね」
「うん、ありがとう」
結城さんがなんか専用っぽい長いナイフを取り出したのを確認しつつ、私は食器棚から二人分のフォークを用意して待つ。
その間に、先ほどの会話を思い出した。
随分と軽いノリだったが、あれは多分告白だった。
結城さんは女の子が好きなんじゃなくて、私が好きなんだと言っていたけど……そんなことあり得るんだろうか。
親戚同士で結婚した人はたくさんいるから、それ自体はおかしなことじゃない。けど、最後に彼女と会ったのは数年前、まだ小学生の頃。
その後は一度も会ってないのに、再会してすぐに告白って……結城さんは一体いつ私を好きになったんだろう。
それにしても、まさか生まれて初めて受けた告白の相手が女の子だとは……人生って何が起こるか分からないものだなぁ、と他人事のように考える。
「……でも、なんで」
「”なんで”?」
「うおあああ! なななんでもないよ!! ケーキ切れた!?」
「うん」
私の驚きように、結城さんはキョトンとした顔をしていた。
つい近くに彼女がいることを忘れてうっかり心の声がもれてしまっていたもんだから、こんなに恥ずかしいことはない。
「ついでに飲み物も淹れよっか。和泉ちゃんは紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「あ、こ、紅茶で」
「はーい」
なんだか嬉しそうな返事と共に、棚からティーポットを取り出す結城さん。
その後ろ姿を横目で見つつ、彼女にバレないように、小さく小さく溜め息をついた。
結論から言うと、ケーキはとても美味しかった。
私の作った味のないクリームは結城さんの調整によって見事に美味しいクリームに変えられていたし、スポンジもフワフワでとても素人のものとは思えない。流石ケーキ作りを趣味にする女子力の高さだ。
「どう?」
「すごく美味しい」
「えへへ、よかった。いつか和泉ちゃんにそう言ってもらいたくて、頑張って練習してた甲斐があったよ」
本当なんだか冗談なんだか分からないことを言われて、一瞬ケーキが変なところに入っていきそうになったけど、何とか耐えた。
紅茶をがぶ飲みして、その熱さにむせる私を見て何かを思ったのか、結城さんが口を開く。
「……さっきの話だけど、あまり深刻に考えないでね。これから一緒に暮らすのに、和泉ちゃんが気まずい思いをするのは嫌だから」
「う、うん」
だったら言わないでほしかった気持ちもあるけど。しかもあんなにサラッと。
いや、サラッと言うことによって、深刻に捉えないようにしてくれたんだろうか……でも、告白ってそんな感じでいいんだろうか。
「えっと……とりあえず、お兄ちゃんには内緒の方向で。言ったら絶対からかってくるから」
「いいけど……多分いっちゃんにはバレてると思うよ。和泉ちゃんが好きってこと」
「嘘!? いつから!?」
「結構前かな」
結構前って……え、本当に結城さんって、一体いつから私のことをそういう目で見てたんだ?
小学生の頃の純粋な彼女の笑顔を思い出して、複雑な気持ちになった。
◆ ◆
その日の夜。私は一人、自分のベッドの上で真剣に悩んでいた。
果たして、このまま結城さんと同じ部屋でいいんだろうか。
彼女の真意がよく分からない以上、一緒の部屋にいるのは私の精神衛生上あまりよろしくない気がする。
それに、仮にあの告白が本当だったとしたら、結城さん自身も気まずいはずだ。
「困ったな……」
「何に困ってるの?」
「実は結城さんのことで」
「私のこと?」
「うわあっ!? い、いつからそこに……?」
「ついさっき。ノックしたけど気付かなかった?」
「まったく気付きませんでした……」
人間って考え事をしている時は聴覚が遮断されてしまうのだろうか。
「それで、私のことで何を困ってるの?」
聞かれてしまったからには、下手に誤魔化しても仕方がない。
とりあえず居住いを正し、咳払いを一つ。
「えっと、結城さんは私と同じ部屋のままでいいのかなって」
「もちろんだけど……和泉ちゃんは嫌?」
「そういうわけじゃないんだけど。その……ほら、さっき結城さんは、私のことが……す、す」
「好き?」
「そ、そう、それ。だから一緒の部屋は気まずいんじゃないかなと思って」
「なんで? むしろラッキーというか、嬉しいけど」
えっ、そういうものなのかな……私が逆の立場だったら、絶対に無理なんだけど。
結城さんはそういうことを気にしないタイプなのかもしれない。
「……というか、何がラッキーなの?」
「それはもちろん、朝も夜も和泉ちゃんの寝顔が見られるから」
――やっぱり追い出そうかな、この子。なんだか身の危険を感じてきた。
でも、かといって今更お兄ちゃんやお父さんたちの部屋に行かせるわけにもいかないし。
女の子をリビングで寝かせるのは論外だし……結局はこのままでいるしかないのか。
「……襲うのだけはやめてね?」
流石にそんなことはしないだろうから、完全に冗談のつもりだったのに、
「うん。ちょっと触るくらいで我慢するね」
笑顔でそんなことを言うのはやめてほしかった。
ベッドに入ってしばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
昨日もそうだったけど、結城さんは寝つきがいい。私は悪い方だから少し羨ましい。
ふと目を開くと、真っ暗な天井が見えた。
昼間のあれは、果たして何だったんだろうか。
結城さんは父方の従姉妹で、両親同士の仲が良かったことから、遠方に住んでいたにも関わらず長期休暇には必ず遊んでいた。
そういう経緯もあり、昔は家族と友達が織り交ざったような関係性だった。
でもある出来事をキッカケに全く会わなくなって、すっかり疎遠になって今に至る。
こんな状態だから、好きとか言われてもイマイチ信じ切れない。
「冗談じゃないって言ってたけど……どう考えたって私を好きになる理由とかないもんなぁ。……うーん」
まあ真意なんて分かりっこないんだし、あの告白が本当だったらその時にでも考えればいいや。
我ながら最低だなと思いつつ、目を閉じた。
続く




