【33.彼女がいるということ】
朝、目が覚めた。
瞬間、昨夜のことを思い出して頬をつねった。
「痛い……ということは夢じゃない」
つまり、昨日私は桜乃に告白して、受け入れられた。
自分に彼女がいる——非現実的過ぎてまだ実感がわかないけど、とりあえず制服に着替えつつ、いつもよりも入念に髪を整えてから部屋を出た。
「あ」
「うぉぁ!?」
直後、部屋の前に立っていた桜乃に驚いて飛び上がった。
し、心臓が飛び出そうなほどビックリした……一体いつからここにいたんだろうか。
「えっと……お、おはよう」
声が上擦ってしまったのは多分気のせいじゃないし、桜乃にもバレてると思う。
告白した時は割と平常心を保っていられたのに、一日経っただけで動揺するなんて我ながらダサい。
何とか取り繕おうとしていると、
「おはようございます……」
何故か敬語で挨拶を返された。
不思議に思って視線を向けると、分かりやすく赤く染まった頬が見えて、キョトンとしてしまった。
「……もしかして照れてるの?」
「そりゃ……昨日の今日なんだし、恥ずかしくもなるよ」
昨日も思ったけど、もしかして桜乃は押されると弱いタイプなんだろうか。
そう分かった途端、不思議とさっきまでの緊張感がどこかに消え去った気がした。
「……前は、エッチなことが好きなら私が相手にーとか言って積極的だったのに」
からかうつもりで言うと、桜乃は顔を俯かせてしまった。
「だ、だって、あの時は事情が事情だったからつい言っちゃっただけで……」
「そんな深い事情があるシーンだっけ?」
「……和泉ちゃんが私以外をそういう目で見るの、嫌だから」
こちらを見上げてくる瞳が若干潤んでいるように見えて、ドキリとした。
私はエッチなことが大好きだし、可愛い女の子のことは大抵そういう目で見てしまいがちだけど、桜乃が嫌って言うならこれからは極力考えないようにしよう、うん。
頭の中で頷きつつ、ドキドキしかけた心臓を落ち着かせていると、手に手が触れた。
「あの……でも、嘘ではないからね」
「へ?」
「今すぐはまだ恥ずかしくて無理かもだけど……いつかは、しようね。そういうこと」
のぼせてるんじゃないかってくらい赤い顔して、とんでもないことを言ってくる桜乃に何も返せないでいたら、
「じゃ、じゃぁ私、まだ朝ご飯の準備の途中だから!」
と言って、そのまま一階へと走り去って行ってしまった。
……いつかは、しようね、そういうこと?
そういうことって、どういう……いや、話しの流れ的に一つしかないけど。え、いつかは出来るのか……?
いざ付き合ったらあれだけ照れてるくらいだから、そういうことは全然考えていないんだと思ってた。
「桜乃と……」
うっかり想像してしまったら、今度はこっちがのぼせあがってしまいそうだったから、慌てて頭の中に浮かんだ光景をかき消した。
◆ ◆
昼休み、私は鼻歌を歌わんばかりにご機嫌だった。
何故なら今日のお昼は桜乃がお弁当を作ってくれたからである。しかも私だけのために。
お兄ちゃんのおまけじゃない女の子からの手作りのプレゼント、しかも彼女から……あまりに嬉しい。
本当は一緒に食べたいところだったけど、桜乃はいつも決まった友達と食べているので、そこに割り込む勇気は無かった。
「高柳さん、一人? 一緒に食べてもいい?」
「あ、松岡さん。いいけど珍しいね。青井さんたちは?」
「部活の練習に行っちゃった。私も食べたらすぐ行く予定だけど」
「相変わらず熱心だね……、え」
感心しながらお弁当箱を開いて、その中身に驚愕してしまった。
卵焼きにウインナー、ハンバーグにポテトサラダ等々、私の好きなものが詰め込まれているのはいいんだけど……卵焼きはハート型。ウインナーもタコさんではなくハートさん。ポテトサラダの人参までハート型な上、ご飯の上にはハートの形に切られた海苔が乗っけてある始末。
「……なるほど」
桜乃からすれば、普段ボッチ飯の私が今日に限って誰かと一緒に食べるなんて、思いもしなかったんだろう。
まあ一人でこれを食べるのも恥ずかしいんだけど、今はその比じゃないくらい恥ずかしい。
「わ、すごいね。これって桜乃ちゃんの手作り?」
「ま、まあね……なんか最近ハートにハマってるらしくて……」
「へー、可愛い。いいなぁ、仲が良くて」
「ハハハ……」
誤魔化すように笑いながら卵焼きを口に放り込む。あまりに恥ずかしい見た目だったけど、味は相変わらず美味しくて落ち着く。
というか、せっかく私のために作ってくれたんだから、大事に味わって食べないと。
「……そういえば私さ、高柳さんのことちょっと好きだったんだよね」
「っ!? げほっ、ごほっ……」
「ご、ごめんね、急に驚かせちゃって」
「いや……」
危うく卵焼きを吹き出しかけたけど、なんとかその前に飲み込むことが出来てよかった。
「えっとね、松岡さん……世の中には勘違いしちゃう人もいるから、簡単に好きとか言わない方がいいよ」
「割と本気なのに。リレーの時とかすごくカッコ良かったしさ」
最後には盛大にすっ転んだあれがカッコ良かったんだろうか。見てないけど、松岡さん本人の方がよほどカッコ良かったと思う。
「だからもっと仲良くなりたいなーって思ってたんだけど、やっぱり高柳さんには桜乃ちゃんがお似合いだね」
一瞬私と桜乃の関係がバレたのかと思ったけど、そういえばクラスのみんなは私たちを元恋人同士だと認識しているんだった。
「応援してるよ」
「ありがとう……って言うのもなんか変な感じだけど」
「ふふ。それにしてもお弁当美味しそうだね。一口貰ってもいい?」
「――、?」
いいよ、という言葉が、すんなり出てこない自分に少し驚いた。
それどころか、あげたくないという思いが過ってしまったことに焦り、つい無言になってしまった。
松岡さんのことが嫌いなわけじゃない。むしろ人としてはとても好きだ。
なのにあげたくないと思ってしまったのは、これが桜乃の手作りだからだろうか。
「高柳さん、なんかすごい顔してるよ」
「自分の心の狭さに情けなくなってきて……」
たとえばここに桜乃がいたとしたら、彼女は喜んでお弁当を差し出すだろうし、私が差し出したところで気にしないだろう。
それを分かってるのに渋っているのは私のワガママでしかないわけで、本当に情けない。
「これは私のだからダメー、って遠慮なく言ってくれていいんだよ?」
「……代わりにコンビニで買ったチョコあげる」
「お、ありがとう」
机から取り出したチョコを差し出すと、松岡さんは嬉しそうに受け取ってくれた。
そのことにホッとしていると、向かいから突き刺さる視線。
「……松岡さん、なんでそんな笑顔なの?」
「いやあ、本当に仲良しなんだなって思ったら微笑ましくて」
ちょっとバカにされているような気がしたけど、こっちを見る目がやたら優しくて、言い返すことは出来なかった。
黙々とお弁当を食べる私に対し、気さくに話しかけてくれる松岡さん。
なんというか、周囲に人気がある人っていうのは、誰に対しても優しいものなんだなと再認識させられた。
◆ ◆
付き合ったからといって、私と桜乃の学校での距離感は何も変わらなかった。
まあ、桜乃には友達がいっぱいいるし、今更そこに私が混ざろうものなら嫌がる子もいそうだし。
「ただいま」
家に帰れば会えるわけだから、別に寂しくなんてない。……いや、本当に。強がってるわけではなく。
「……? 桜乃?」
いつもは出迎えてくれる彼女が一向に現れなかったので、不思議に思いながら玄関に上がる。
リビングへと続く扉を開けた途端、ぽすりと胸元に誰かがぶつかってきた。……まあ、今この家にいるのは私と桜乃しかいないんだけど。
「お、おかえり、和泉ちゃん」
「ただいま。……何その格好?」
「あ、えっと……エプロン、です」
謎に敬語で答えた通り、確かに今の桜乃はエプロンを着けている。
でも普段は料理をする時もあまり着けてなくて、それこそ着けてたのなんてあの水着以来…………いや、思い出すのはやめておこう。
「料理中だったの?」
「そういうわけじゃないんだけど……あの、和泉ちゃんの部屋にある、なんかあの、薄めの本、あるでしょ」
ああ、同人誌か……桜乃が来てからは極力片付けるようにしてたんだけど、それでも何度か目撃されてしまっている。
「それを読んでたら」
え、なに読んでるんだ。お子様が読んじゃいけないのも多々あるんだぞ。
「エプロン姿の女の子がよく出てきたから、和泉ちゃん、こういう格好好きなのかなって思って……」
「まあ好きだけど……でもわざわざそんな格好しなくて、へぁっ」
変な声が漏れたのは、言葉の途中で抱きつかれたからだ。
胸元に押し当てられた柔らかい感触に、思考が全て吹き飛んでいってしまった。
「な、なんっ、ど、どうしたの!?」
「んー……今日、和泉ちゃん、優花ちゃんとご飯食べてたでしょ」
「う、うん」
距離があったとはいえ、どちらも教室で食べていたから、知られているのは当然だ。
「……その時、なんか和泉ちゃん、照れてた」
「へ?」
照れてた? 私が?
…………ああ、松岡さんに桜乃と仲が良いんだね的なことを言われた時かな。
自覚はないけど、恥ずかしかったし顔が赤くなっていたかもしれない。
「……一応言っておくけど、私、浮気は絶対許さないタイプだからね」
「浮気……では、ないですけども」
これはつまり、なんだ。
……や、妬いてるんだろうか。
「というか、その話とこの格好が上手く繋がらないんだけど……」
「これは……和泉ちゃんが好きな格好したら、ちょっとは気を引けるかなって思って」
「――」
私が黙っちゃったせいだろうか、桜乃の顔がじわじわと赤くなっていった。
予想外のことを言われて言葉が出なかったけど、健気というか、考えすぎというか。桜乃の中の私は一体どれほど美化されてるのか、ちょっと怖くなってきた。
「そんな心配しなくても、よほどのことがない限り目移りなんてしないよ」
「……よほどのことって?」
それは言葉のあやだから、あまりツッコまないでほしいんだけど……。
「えっと、何があってもしばらくは大丈夫だから」
「……しばらくは?」
ダメだ、どうしても照れてちょっと誤魔化してしまう。
でもこのままじゃ桜乃の不安を晴らすことが出来ないので、覚悟を決めて咳払いを一つ。
「私は桜乃しか、きょ、興味ないから」
やばい、ちょっと噛んじゃった。
「……ほんと?」
「う、うん、まあ。じゃないと付き合ってない」
「ならちゃんと言って?」
ちゃんとって何……なんて思っていたら、桜乃の手が私の頬に添えられた。それから目元を撫でるように指が動き、くすぐったさとか恥ずかしさで思考がまともに働かなくなってきた。
「和泉ちゃん」
「う……、す、好きだよ。桜乃のことが一番好き」
たどたどしく伝えると、桜乃の顔がパッと明るくなって、思い切り抱きしめられた。
「えへへ……嬉しい。和泉ちゃんに好きって言ってもらえるなんて夢みたい」
「……そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ。私からしたら子供の頃からの初恋が叶ったんだもん」
そう言って微笑む姿を見てると、なんか胸の奥が締め付けられるような感覚になった。
「……桜乃」
ほぼ無意識的にその肩に手を置いて、ぐっと顔を近付ける。
鼻先がくっつくくらいの距離になっても、こちらが何をしたいのかは伝わらなかったらしく、桜乃はキョトンとした顔をしていた。
「……あー、あの、目、閉じてもらえる?」
流石にここまで言えば察してくれたらしく、少し顔を赤くした桜乃が、ぎゅっと目を瞑った。
前に一度、彼女からされたことはある(本人曰くノーカンらしいけど)ものの、自分から誰かにするのは初めてだ。
緊張で鼓動がバクバクして落ち着かない中、私はキスをした。
「っ……和泉ちゃん」
一瞬だけ触れてすぐ離れたら、こちらを見上げながら小さく名前を呼んでくる桜乃。その声音がいつもより甘くて、ねだるような視線に、思わず再び唇を重ねる。
今度はさっきよりも少し長めに触れ合わせながら、その腰に手を回して引き寄せた。
やわらかくて気持ちいい、良い匂いがする、味なんてしないはずなのに不思議と甘い気がする。
一旦顔を離したけど、もっとしたいなって思って、もう一度くっつけようとした時、
「ただいまー、今日は珍しく部活が早く終わったぞ!」
お兄ちゃんの能天気な声に驚いた桜乃に、思い切り突き飛ばされる羽目になった。
「お、おかえり、いっちゃん!」
「ああ……ってか和泉、お前なにそんなとこで転がってんだ」
「……別に。趣味だよ」
ありえない言い訳をかます私を見て、お兄ちゃんは「はぁ?」と言いながら首を傾げた。
……なんでこんな最悪のタイミングで帰ってくるんだよ。
続く




