【32.告白】
結局、普通にデートを楽しんで帰宅してしまった。
自分の気持ちを確かめるためだったはずなのに、どうしてこうなった。
「……そもそも、一回のお出かけくらいで分かるようなら苦労しないか」
今すぐ答えを出さなきゃいけない理由はないわけだし、もう少し時間をかけて考えてみることにしよう。
そう決めて、布団に寝転がりながらスマホで適当に漫画を読んでいたら、気が付けば意識が落ちていたらしい。
パッと目を開けると、部屋の明かりが目に痛かった。
一体いつの間に寝てしまったんだろうか。今日の外出は楽しかったけど、色々考えていたせいで自分が思っていたよりも疲れてしまったのかもしれない。
「げ、一時間も寝てたんだ……」
スマホで時間を確認しながら体を起こす。
もう少しで夕飯の時間だ。桜乃が仕度をしてるかもしれないから、手伝いに行こう。
そう思って廊下に出ると、家の中はやけに静かだった。いつもなら、キッチンから彼女の足音や料理をする音なんかが聞こえてくるはずのに。
一階へ降りても、相変わらず静かなまま。
不思議に思いつつキッチンまで行くと、そこには誰の姿もなかった。
「あれ……?」
桜乃の姿がないどころか、夕飯の支度をしている気配もない。今だけ家のどこかに移動しているというわけではなさそうだ。
でも、だとしたらどこに行ったんだろう。
「桜乃、どこ?」
洗面所、ベランダ、一階や二階にある他の部屋。家中を探し回ったけど、桜乃はどこにもいなかった。
夕方のこの時間に彼女がいないなんてこと初めてで動揺する。
同時に、自分しかいない家の中がやたら静かに感じられた。
……なんてことはない、多分桜乃はどこかに出かけているだけ。
頭の中ではそう分かっているのに、寂しくてたまらないのは、家の中に誰かがいることに慣れ切ってしまったからなんだろうか。
共働きの両親と、いつも野球ばかりしてる兄だから、家に一人なんて当たり前だったはずなのに。むしろ一人でいることが心地良いとすら思っていたのに。
一体いつから自分はこんなに寂しがりになってしまったんだろうと情けなく思っていると、玄関の鍵が開かれる音が聞こえてきた。
思わず駆け出した私が玄関に着くのと、扉が開いたのはほぼ同時だった。
「あれ? 和泉ちゃん、起きてたんだ」
そう言ってへにゃりと笑う桜乃を見て、酷く安心した。
「というか、なんでお前、今走って玄関に来たんだ?」
桜乃と一緒に帰ってきたお兄ちゃんは、走って息を切らしている私を見て不思議そうな顔をしている。
まさか「誰もいなくて寂しかったから」なんて言えるわけもなく、適当に誤魔化しの言葉を考えていると、お兄ちゃんの手に袋が握られていることに気が付いた。
「それ……回転寿司のお持ち帰り?」
「ああ。今日は二人とも出かけてきたんだろ? サクちゃんも疲れてるだろうと思ったから、今日の夕飯は寿司にしたんだ」
「いっちゃんが持って帰ってくれるって話だったんだけど、やっぱりなんか悪い気がしてお迎えに行ったの。和泉ちゃんも誘おうと思ったんだけど、寝ちゃってたから」
事情が分かればすごく単純な話だった。
だからこそ、一人で寂しがってた自分がより一層恥ずかしくなり、なんとも言えない気持ちになる。
「腹減ったし、さっさと食おうぜ」
言いながら靴を脱ぎ、廊下を歩いて行くお兄ちゃん。桜乃もそれを追いかけようとしたが、ふと足を止めてこちらを振り返った。
「和泉ちゃん、何かあった?」
「え? いや……なんで?」
「ちょっと寂しそうな顔してるから。大丈夫? お出かけで疲れちゃった?」
「ううん、平気。私もお腹がすいてるだけだよ」
「そうだったんだ。じゃぁ早く仕度しちゃおっか」
並んでリビングへ向かう途中、さっきの光景と自分の心境を思い出していた。
今はただ出かけていただけだった。
けど、いつか桜乃はこの家からいなくなる。だって親戚とはいえ、彼女は単なる同居人で、本当の意味で家族ではないから。
今までは漠然と、高校卒業まではこっちにいるのかなって思ってたけど、それだってどうなるか分からない。叔父さんの仕事が終わって日本に戻って来ることになったら、すぐにでも同居は解消される。
それに、その先の未来はもっと不明瞭だ。
大学生になったら、みんなそれぞれ一人暮らしを始めるかもしれない。社会人になったら、ロクに会える機会もなくなるかもしれない。
そうなった時、私はどう感じるんだろう。
そうならないようにするには、どうしたらいいんだろう。
◆ ◆
私がグダグダ考えたところで、いつものように時間は過ぎて、気が付けば夜も遅くなっていた。
ベッドに座りながらスマホを操作していた桜乃が、思い出したように口を開く。
「和泉ちゃん、そろそろ寝る?」
「あ……えっとさ、その前にちょっと話したいことがあるんだ」
「話? なに?」
不思議そうな顔をする桜乃に対し、頭の中でとっ散らかっている感情とか言葉を精一杯整理しつつ、切り出していく。
「私、何回か女の先生を好きになったことがあるんだけど……今考えるとそれは恋愛的な好きじゃなくて、単に自分に優しい人に懐いてただけだったと思うんだ」
いきなり何を言っているんだ、と言われても仕方ない切り出し方だったけど、桜乃は真面目に耳を傾けていた。
「だから桜乃は私にとって、そういう先生たちと同じなのかもって思った。……でも多分、私は先生たちが結婚してたとしても別に何とも思わない。むしろ幸せならその方が嬉しいって思う」
幼い頃は、先生に自分だけを見てほしいなんてワガママな感情を抱いたものだけど、結局それはただの独占欲で恋じゃない。
「けど、さっき将来のことを考えて……いつか桜乃はこの家を出て行くんだって……いつか私じゃない誰かと付き合ったりするんだって思ったら、嫌な気持ちになった」
「……嫌っていうのはどういう意味?」
「桜乃が私以外の人に特別な感情を向けるのが嫌だ。……将来誰かと結婚してるとことか、考えるだけで吐きそう」
桜乃の手を握ると、想像以上にヒンヤリとしていて少し驚いた。
「私は桜乃には幸せになって欲しい。でも、その幸せの中に私も含まれていたいって思ってる。……独り占めとかそういうことじゃなくて、誰といたっていいんだけど、私の隣にいてほしい」
見上げた先にある表情は複雑で、様々な感情が混じり合っているようだったけど、その中でも戸惑いが大半を占めているように見えた。
「えっと……ごめん。あんまり遠回しに言われると、変な誤解しちゃいそうなんだけど」
「じゃぁストレートに言う。私は桜乃の特別になりたい。ずっと、その……恋人としてそばにいてほしい」
「……それは、勘違いとかじゃなくて? 私が好き好き言ってるから、流されてるとか……」
「多分、流されたというより、気付けたって表現の方が合ってると思う。……ほら、前に小さい頃の話をしたよね」
——もしかして私たち、小さい頃は両想いだったのかもしれないね。
あの時、桜乃が言った言葉。きっとあれが正解なんだ。
桜乃にとって小さい頃から私は特別だったらしいけど、私にとっても桜乃は特別だったんだと思う。
一緒にいて楽くて、私を見てくれて、ずっと見続けて欲しいと心から思う女の子。
距離が近すぎて、私は恋していることにすら気が付けていなかったけど。
「私は鈍くて、自分に自信がなくて、遠回りしまくったけど……桜乃が好き。だから、これからも私のそばにいてほしい。つまり、えっと、付き合ってほしい、です」
上手く伝える言葉が思いつかなくて、途切れ途切れという一番格好悪い告白の仕方になってしまった。
こんなんで愛想尽かされなきゃいいんだけど、と桜乃の方を見ると、その大きな瞳に涙が浮かんでいてギョッとした。
「な、なんで泣くの」
「だって……私、和泉ちゃんは絶対、私のことお母さんか何かだと思ってると……」
「いやいやいや……思うわけないじゃん」
確かに、親みたいなこと言うなぁとは思ってたけど。あくまで例えであって、同い年の従姉妹を本当に母親のように思うわけがない。
「それに優花ちゃんや寧々ちゃんのことの方が好きだと思ってたし……」
「ええぇ……何故……」
「だって二人と話してる時デレデレしてたもん」
「失敬な、してないよ」
松岡さんと話す時は緊張しているだけだし、青井さんとは何か話しやすいだけだ。
というか、あの二人はあくまでも”良い人”であって、そんな目で見たことは一度もない。……エッチだなとは思ったことあるけど。
「正直な話、私は可愛い女の子が大好きだし、隙あらばジロジロ見たりもする」
「……なにその最低な宣言」
「でもそれとこれとはまた別というか……とにかく、桜乃は特別だから」
「……」
何だろうか、この疑いのまなざしは……。あれか、私の言葉が軽いから信じてもらえないのかな。
どうしたものかと悩んでいると、伸びてきた彼女の手が私の服の裾を遠慮がちに掴んだ。
「……本当に私でいいの?」
「さっき桜乃は自分に自信あるって言ってたのに。……というか、どう考えても私の方が分不相応だけど……でも私は桜乃がいい」
今にもこぼれ落ちそうだった涙を指で拭って、そんな自分の仕草に猛烈に恥ずかしくなりつつもグッと堪え、再び桜乃の方を真っ直ぐに見て続けた。
「桜乃にも私を選んでほしい」
「……そんなの、私はずっと前から和泉ちゃんしか見てないよ」
「じゃぁ、私と——」
そこで言葉が途切れたのは、ベッドから降りた桜乃に抱きつかれたからだ。
あまりの勢いに私は背中を打ち付ける羽目になったけど、幸い下に布団が敷いてあったおかげで痛みはなかった。
「……返事の代わりに押し倒すなんて大胆だね」
「い、いや、別に押し倒すつもりじゃなくて……!」
言いながら、ぶんぶんと首を振る桜乃の顔は真っ赤だった。普段からかってくる割には、こっちからこられるのは弱いのかもしれない。
「えっと……私も、和泉ちゃんが好き。ずっと大好きだった。……私とお付き合いしてください」
耳まで赤く染めながらも、そのままの体勢でそんなことを言ってくる桜乃。
微かに震える睫毛とか、声とか、潤んだ瞳とか、そういうの全部ひっくるめて何か愛しくなっちゃって。
私は返事をするよりも先にその背に腕を回して引き寄せた。
「こちらこそ、これからもよろしくね」
「……うん」
続く




