【31.恋と独占欲と特別な何か】
恋と独占欲の違いとは何なのだろう。
同じだと考える人もいそうだけど、私は違うと思っている。
恋はそのままの意味だけど、独占欲はもっと子供じみた支配欲——自己愛から来るものなんじゃないだろうか。
好きな人がいたとして、その人に幸せになってほしいと思うのが恋。
独占して、自分だけを見てほしいと思うのが独占欲。これはお気に入りの玩具を他人に取られたくない子供の心境に似ている。
それを踏まえた上で、私が桜乃に抱いている感情は、果たしてどちらなのだろうか。
一緒にいて落ち着くし、好きだと言われれば嬉しい、嫌われたら相当凹む。
そして、彼女に私より仲の良い友人がいたら、多分嫉妬してしまうだろう。
「……分からん」
これは、幼稚園の頃、先生に抱いていた子供じみた独占欲に似たものなのか。
恭子に抱いていた恋愛感情に似たものなのか。
全然違うもののはずなのにどちらか分からないなんて、不思議な感覚だ。
「和泉ちゃん」
「うわっ!? ……あ、ごめん、ボーッとしてた」
「大丈夫? やっぱりどこか体調悪いんじゃ……」
言いながら、額に向かって手を伸ばされたので、慌ててそれをかわした。
今触れられたら多分照れて顔が熱くなってしまいそうだし。
今日は土曜日で、珍しく私から桜乃を遊びに誘って町にやって来た。
このよく分からない感情を確かめるため、とりあえずデート(仮)をしてみようと思ったからだ。
だというのに、誘った張本人がボーッとしてるなんてあまりに失礼だった。
「体調は平気だよ。それで、どこ行きたい? カラオケとかスポッチャとかショッピングとか、何でも付き合うよ」
「……なんか今日の和泉ちゃん、いつもと違い過ぎて裏がありそう」
「そんなのないって」
にこりと微笑むが、桜乃の表情は晴れない。
裏なんてないという私の嘘は見抜かれているんだろうけど、本当の事情を言うわけにもいかない。
「私は和泉ちゃんと一緒ならどこでもいいけど……多分その返事が一番困るよね」
「まぁ、私、友達と遊ぶのとか慣れてなくて、どこ行けばいいのかよく分からないし」
「じゃぁ駅前まで来たことだし、ショッピングモールとかどうかな。あの中なら色々入ってるし」
「いいね——」
「やばい! マジで桜乃じゃん!」
不意に後ろから複数の声が聞こえてきて、私の返事をかき消してしまった。
桜乃の名前を呼んだ女子がこちらに駆け寄って来て、それにつられるように他の男女数名も近付いて来る。
見たことのない顔ばかりなので、クラスメイトではない。
一体誰なんだろうかと見ていると、桜乃も彼女たちの方へと歩いて行く。
「えっ、みんな、なんでここに?」
「旅行に来たの。どうせだから桜乃の転校先に行こうって話になったんだけど、まさか本当に会えるなんて思わなかった!」
「もー、ロクにお別れも言わずに引っ越しちゃうからみんな寂しがってたよ!」
なるほど、桜乃の転校前のクラスメイトらしい。
女子三人、男子三人というバランスのいい六人組は皆一様に桜乃に話しかけ、なんとも楽しそうな雰囲気だ。
わざわざ紹介されるほどの者でもないので、私は後ろに下がって空気に徹する。
にしても、友達といる時にその友達に遭遇することほど気まずいシチュってない。
「ごめんね、お父さんの転勤が急だったから引越しが夏休み中になっちゃって」
「でも元気そうでよかった。ここって都会だし、人も多くて戸惑ってたんだけど、結城はすっかり都会の人って感じだな」
「いや、私もまだそこまで馴染んではいないんだけど……」
「というかさ、こいつ、桜乃が引っ越した後もずっと結城がー結城がーってうるさいのよ」
「そ、そんなに言ってないだろ! ふざけんなよ!」
……転校前の結城さんもモテモテだったようで。
まぁそりゃそうだよね。私にすら優しいくらいだからみんなに優しいんだろうし、それにこんだけ可愛けりゃね。
「でも桜乃が元気そうでホントよかった!」
「わっ……もう、美香ってば、いきなり抱きついてきたら危ないよ」
「久しぶりの桜乃の匂い~」
「嗅がないでね……」
……だ、ダメだ。
何か女子と絡んでても男子と話してても見てるとモヤモヤしてくる。極力見ないようにしよう。
五分ほど話した後、桜乃は元クラスメイトたちを見送った。そして私がそばを離れていることに気が付いたらしく、辺りを見回していた。
「あ、和泉ちゃん……ビックリした、帰っちゃったのかと思った」
「流石に帰らないよ。もうちょい話しててもよかったのに」
「ううん、みんなの旅行の時間を奪うのもなんだし……」
桜乃は言葉を途中で止め、私の手を握ってきた。
「私も今は和泉ちゃんとデート中だし」
「……じゃあ、ショッピングモールいこっか」
「うん! あ、手はこのままでもいい?」
「ご自由に」
偉そうになってしまった私の返事に対しても、桜乃は嬉しそうに微笑んだ。
さっきの光景を見て、改めて彼女が昔とは大きく変わったことを実感する。
私が知ってる結城桜乃は、どちらかというと大人しくて、引っ込み思案で、気が付いたら一人で変なところをウロウロをしているようなマイペースな子だったのに。
今じゃどの学校にいても人気者なんだから、時の流れというのはすごい。……いや、すごいのは変わった桜乃自身だろうか。
「桜乃って、前の学校ではどんな感じだったの?」
「今とそんなに変わらないよ。まぁ入学してから三ヶ月しか通えなかったけどね」
「……戻りたいって思う?」
「前の学校に? んー……友達となかなか会えなくなったのは寂しいけど、もうこっちにも友達ができたし、今から帰れって言われたらそれはそれで別の寂しさがあるかも」
確かに、どっちの環境が良いかなんて問いかけは無神経だったかもしれない。
反省していると、繋いだ手がふらふらと揺らされた。
「じゃぁ逆に、もしも和泉ちゃんが転校するってなったら、寂しいと思う?」
思わない。
多分夏休み前の私なら即答していたと思う。
そもそも私はあの学校に行くつもりはなかった。
あそこは両親の母校で、そこに子供たちを通わせるのが二人の夢だったらしい。そんな理由で学校に近い場所にマイホームを建てたのは割と狂気の沙汰だと思う。
両親のしつこい要望を叶えるべく、とりあえず滑り止めとして受験。
が、本命の高校の受験当日に体調不良に陥ってしまい、見事失敗。
両親の強い勧めもあり、なし崩し的に今の学校に決めただけ。
「高校に思い入れないし、むしろお兄ちゃんがいる分マイナスですらあるんだよね」
「そんなこと言ったらいっちゃんが可哀想だよ」
と言われても、事実なんだから仕方ない。
よほど仲が良くない限り、兄と一緒の学校とか嫌だと思う。それが優秀な人だと特に。
「……でも、今のクラスには良い人もいるから、なんだかんだ寂しいと思う」
「……」
私の回答に、桜乃は一度大きく目を見開いた。でもすぐにいつも通りの笑顔になる。
「よかった。和泉ちゃんの学校生活が順調で私も嬉しい」
「……桜乃はたまに本当に親みたいなこと言うね」
「親のつもりはないんだけど……」
これが慈愛ってやつか。
――だからこそ、より分からなくなる。
誰だって、憎からず思っている相手に好かれるのは嬉しい。優しくされたら気持ちが浮き立つ。
今の私はまさにその状態なわけなんだけど、果たしてこれは桜乃を好きってことなんだろうか。
「……えい」
そんな掛け声と共に、繋いでいた手が離された。と思ったら、今度は指を絡ませる形で再度繋ぎ直される。
いわゆる恋人繋ぎなわけだけど……初めてした。
「急になに」
「なんか今日はボーッとしてることが多いから、ちょっとは私のこと考えて欲しいなって思って」
むしろあなたのことで頭がいっぱいなんですけども、とは言えなかった。
「あ、お店着いたらお洋服とか見たいな。和泉ちゃんに試着して欲しい」
「いいよ、私のは。桜乃が着てるの見る方が楽しい」
「えぇー……じゃぁ二人でお互いの選ぼうよ」
「まあ、いいけど……」
一瞬、頭の中で露出度の高い服を着る桜乃を想像してしまったけど、流石に公共の場でそんなもの着させるわけにはいかない。
邪念を振り払う私の隣で、桜乃は「可愛い服選ぼーっと」などと言っていた。
……可愛い服を着る私って一体誰得なんだ。
◆ ◆
休日のショッピングモールは相変わらず笑えないくらい混んでいて、それは服屋さんも同様だった。多くのお客さんで賑わう店内から出てきた私はゲンナリしていたけど、桜乃は元気いっぱいって感じだった。
「えへへ、和泉ちゃんのワンピース楽しみにしてるね」
予算内でお互いの服を選び合った結果、私は普段桜乃が着ているのと似たようなコーデを選んだにも関わらず、桜乃はヒラッヒラのワンピースをチョイスしやがった。
「ああいう女の子らしいのとか、私には似合わないと思うんだけど」
「そんなことないよ。和泉ちゃん可愛いし、試着の時もすっごい似合ってた!」
「あ、そう……でも恥ずかしいから、桜乃と出かける時だけにするね」
ああ、でも家族に見られるのもかなり嫌だ。家の中で桜乃と二人きりの時だけにしようかな。
そんなことを考えていると、隣を歩く桜乃がポカンとした顔をしていることに気が付いた。
「どうかしたの?」
「あ、いや……私のためだけに着てくれるんだなぁって、ちょっとビックリして」
「だって他の人に見せたら笑われそうだし」
「それは絶対にないと思うけど」
でも、と言葉を続けた後、桜乃は私の手を握った。
「あんなに可愛い和泉ちゃんを独り占め出来るのはちょっと嬉しい」
「……物好きだね」
「一途って言ってほしいなぁ」
隣から突き刺さる視線に、仕方なくそちらを見ると、満足そうに微笑む桜乃と目が合って何も返せなくなってしまった。
……そもそも私なんかを一途に想ってるところが物好きだって話なんだけどね。
「マイナス思考な和泉ちゃんには悪いけど、私は自分に自信あるんだ」
「へえ……ちょっと意外かも」
「でしょ。……和泉ちゃんに会えただけで幸せ者なんだって思うようになったら、昔ほど自分のこと嫌いじゃなくなったんだよ」
「それは……また……やっぱり物好きだと思う」
「それくらい私にとって和泉ちゃんは大きな存在ってこと」
言い過ぎだろと思うと同時に、ストンと胸に何かが落ちてくる感覚がした。
こんな自分のどこをそんなに——という思いが完全に消えたわけじゃないけど。こう何度も真っ直ぐに思いを伝えられると、捻くれまくった私にも多少刺さるものはあるもので。
「あ、和泉ちゃん顔赤くなってる」
「…………気のせいだと思う」
「えー、絶対なってるって。鏡見る?」
「見ません。ほら、さっさとお昼食べに行くよ」
ぐいっと手を引く私を見て、桜乃はおかしそうに笑った。
……あんな恥ずかしい事を面と向かって言われて照れない人間の方が少ないと思うけど。
続く




