【エピローグ.ずっと隣にいられるように】
結果として、私たちの関係は誰にも言っていない。
女同士ということを差し引いても、二人ともお年頃なので、家族には付き合いましたなんて報告したくない。
お互い友達には伝えてもいいということにしたけど、そもそも友達が少ない私は言う人がおらず。
桜乃の方は松岡さんたちに言うか迷っていたらしいけど、曰く「なんか言わなくてもバレてる気がする……」とのこと。
「桜乃と和泉って、最近よく教室でも話すようになったわよね」
青井さんにそんなことを指摘されてドキリとしたけど、特に深い意味はなさそうな口振りだった。
「まあ、何だかんだ従姉妹だしね」
「その割に前は全く話さなかったじゃない」
「いやー……」
私と一緒にいたら桜乃まで浮いちゃいそうだから——なんてマイナス的な理由は、何となく言い辛い。
「高柳さんって家の中でもこういう感じなの?」
そんな問いかけをしたのは、青井さんの隣に立っていた松岡さん。
問われた桜乃は視線を上に移動させ、何か考えるような間を開けた後、答えた。
「うん、家でも外でも同じくらい可愛いよ」
「そっかそっか」
「……あんた、愛されてるわね」
「どうやらそうみたい」
なんて軽口を返してみたけど、実際は滅茶苦茶恥ずかしい。今後、人前では「可愛い」って言うの禁止にしようかな……。
「……あ、そういえば。あんたのあの……何部だっけ。なんかお兄さんいるじゃない」
「野球部ね」
それにしても青井さんはお兄ちゃんへの興味の無さはすごい。
今まで私が接してきた女の子たちの大半はお兄ちゃん目当てだったから、新鮮な気持ちになる。
「そのお兄さんと連絡とりたいって陸上部の子がいるんだけど、あんたに直接突撃しても大丈夫?」
「え、なにその許可取り」
「なんか突撃しようとしてたから一応止めたのよ。お兄さんに直接行けばいいのに、恥ずかしいから仲介頼むなんて、あんたに失礼かと思って」
「……青井さんって意外と良い人なんだね」
「は? 殴るわよ」
恐ろしいことを言われてるけど、私はちょっと感動していた。
友達から「お兄ちゃんを紹介して」と言われ続けて十数年。こんな風に気遣ってもらったのは生まれて初めてかもしれない。
”きっと、いっちゃん関係なく、和泉ちゃんの良さを分かってくれる人もいるよ”
いつの日かの夜に桜乃に言われたことを、唐突に思い出した。
流石に、この言葉が本当だと信じられるくらいの自信はまだ無いけど。
青井さんと松岡さんと仲良くなれたおかげで、高柳樹の妹としてじゃなく、私個人をちゃんと見てくれる人たちもいるんだと思うことが出来た。
◆ ◆
夕飯の後、今日は私が洗い物の当番なのでそれを済ませて部屋に戻ると、珍しく桜乃が机を使っていた。
扉が開く音に反応し、こちらに振り向いて笑顔を浮かべる。
「和泉ちゃん、洗い物ありがとう」
「ううん。何してたの? 宿題?」
「幼馴染に送る手紙書いてたの」
スマホを使うんじゃなくてわざわざ手紙とは、なんとも古風なことだ。
「せっかくだから和泉ちゃんのこと書こうと思って。その子には、好きな人がいるってずっと言ってたから」
「へー……仲が良いんだね」
「あ、もしかして妬いてる?」
妙に嬉しそうに聞かれた。
しかしその期待に応えることは出来ないので、首を振る。
「別にそこまで。離れても仲良しな友達がいるのは良いことだし」
「和泉ちゃんらしからぬ真面目さ……。なんか、優花ちゃんにヤキモチ妬いた私がバカみたい」
「だって私と桜乃じゃ信頼度が違うから」
「信頼度って?」と言いながら首を傾げる桜乃から視線を逸らした。面と向かって言うには恥ずかしいことだったから。
「桜乃はこんな私のことずっと好きでいてくれたし、そう簡単に愛想を尽かしたりしないって信じてるから」
「……嬉しい。私の気持ち、ちゃんと届いてたんだね」
「まあ、あれだけ言われればね」
私が捻くれてるせいで、素直に受け取るのに大分時間がかかったけど。
「手紙といえば、叔母さんたちには書かなくていいの? 近況とか」
「えー……知りたいかなぁ」
「普通なら知りたいと思うけど」
「そっか……んー、でも今度でいいや」
桜乃らしからぬ適当さだった。でも私も、友達か親どちらを優先するかって問われたら友達かもしれない。多分そういうお年頃なのだ。
「……そういえば叔父さんの仕事ってさ、いつかは日本に戻って来るの?」
「ずっと海外ってわけじゃないとは言ってたよ」
「へー……それっていつ頃?」
「それはお父さんも分かんないって。それがどうかしたの?」
くるりとこちらを振り向いた桜乃の視線から逃げるように顔を背ける。
「いや? なんとなく気になっただけ」
「……本当?」
明らかにこちらを疑っている視線を向けられてしまい、観念することにした。
「叔父さんたちが日本に戻ってきたら桜乃もそっちに戻るんだろうなって思って」
「流石にその状態でお世話になるのは迷惑だからそうなるだろうけど……もしかして寂しいって思ってくれてる?」
「そりゃ……この状況で思わない奴とかいるの?」
我ながら可愛げのない返事をしてしまった。
桜乃は「そっか」と呟くように返した後、立ち上がって何故かこちらに近付いて来る。
反射的に距離をとるよりも先に、伸ばされた手が私の腕を掴んで、そのまま抱きしめられた。
「……どうしたの、急に」
「和泉ちゃんが可愛いこと言うからつい」
可愛いことなんていつ言った……?
「離れることになったって、毎週末会いに来るから大丈夫だよ」
「それは……お金かかるじゃん。交代制にしよう」
「うん! ……まぁ、実際は海外行ったら高校卒業には間に合わないって言われてたから、今からそんなに心配しなくても大丈夫なんだけどね」
私の体を離し、いつも通りの笑顔を浮かべる桜乃。
「……なら高校出たら私もこの家出ようかな」
「へっ?」
「そしたら二人で一緒に住もうよ」
「うぇっ!?」
なんだその間抜けな返事は……私と二人じゃ不安なのかな。確かに家事とかロクに出来ないし、色々頼りないかもしれないけど。
「い、いいの? ……同棲なんてしたら、私、いよいよ和泉ちゃんから離れられなくなると思うよ……」
むしろそれが狙いまであるし――本人には言わないけど。
桜乃が私のことをどれだけ好きなのかはもうよく分かってる。
それでも、桜乃が周囲から見て魅力的な女の子であることに変わりはない。
大学生になったら、きっともっとモテモテになって、カッコいい男やら可愛い女やらに囲まれるんだろう。
そうなった時、一緒に住んでいれば多少の牽制が出来そうというか……ああ、こういうのが独占欲なのかもしれない。
「私も頑張って家事出来るようになるから、よかったら考えてて」
「……う、うん」
こくこくと頷く姿は、なんだか小動物を彷彿とさせて可愛かった。
あくびが出たので、そろそろ寝ようかと思いながら寝返りをうつと、ベッドに腰掛けていた桜乃がおずおずと口を開いた。
「あの、和泉ちゃん……今日、一緒に寝たい」
「一緒? 狭いと思うけど、いいの?」
「うん。くっつけば大丈夫だと思う」
一つのベッドで恋人同士がくっついて寝るって……それはもうそういうことなのではって思ったけど、桜乃の目がなんかキラキラしていたので、多分純粋な気持ちで言っているんだと思う。
邪念を掻き消すように首を振ってから頷いた。
「いいよ、一緒に寝よう」
というわけで、部屋の電気を消してベッドに潜り込む。少し前までは自分の物だったはずなのに、随分久しぶりに寝転がった気がする。
「……えへへ。和泉ちゃんが近くにいる」
桜乃が私の腕や頬をペタペタ触ってきて、ちょっとくすぐったい。
「昔はよくこうやって一緒に寝たよね」
「桜乃の家、来客用の布団が足りなくて私は桜乃のベッドにお邪魔するしかなかったしね」
「あの時ね、本当はいつもドキドキしてたんだよ。イビキかいたらどうしようとか、寝言で変なこと言ったらどうしようとか」
実際は、本当に寝てるのかってくらいいつもと同じ息遣いで眠ってたけどね。
「……昔は和泉ちゃんたちと会えるお休みが楽しみで仕方なかったなぁ。その分、終わる時はすごく寂しかったけど」
「私もだよ。……だから、桜乃に会えてなかった期間は割とガチで寂しかった」
「う……ご、ごめんなさい……」
別に責めてるわけじゃないんだけど、そう聞こえてしまったらしい。
「でも桜乃も寂しかったなら、お互い様だから」
一番恐かったのは、私だけが会いたいと思っていて、桜乃はもうとっくに私のことなんて忘れているかもしれないってことだった。
だから足が治った後も自分から会いに行くことを避けていた。臆病なのもお互い様だ。
「……和泉ちゃん、こっち向いて」
「んー?」
仰せのままに横になると、思ったより近くに桜乃の顔があって少し驚いた。
私が何か言うよりも先に、目を瞑った桜乃が近付いてきて、軽くキスされた。
「……これは、おやすみのキス?」
「それでもいいけど……和泉ちゃん、エッチなのが好きって前に言ってたでしょ」
そんなドストレートな言い方したっけ……。
「私はそういうの、あんまり詳しくないけど……和泉ちゃんが好きなことなら何でもしてあげたい、から」
すごい殺し文句だなと思っていると、桜乃の手が私の手を掴んだ。いつもより体温が高い気がするその手が、ゆっくりと彼女の胸元へ移動する。
「あの……桜乃さん? これは一体どういう……?」
「え、エッチなことってこういうのじゃないの? ……違う?」
いや、確かにこういうのも含まれてはいるだろうけど……。
それにしても、胸に触れられたくらいで、暗闇でも分かるくらい真っ赤っかになってる子に、これ以上のコトを強要出来るはずもなく。
「別に無理しなくていいよ。私たちには私たちのペースがあるんだし」
「でも…………そういうこと出来なかったら、和泉ちゃん、他の女の子と浮気しない?」
「するわけないでしょ」
どんだけ信用ないんだ、私は。
そりゃ確かに、可愛い女の子もエッチなことも大好きだけど。
だからって別に、進展が遅かろうと他に目移りなんてしない。私の欲望が解消されることより、桜乃が私を好きでいてくれることの方が遥かに大事だから。
胸から手を離すと、桜乃は「あ……」と、なんか残念そうな声を漏らした。
……割と我慢してるんだから、あんまり煽るような反応はしないでほしいんだけど。
「こういうのは追々ってことで。ちゃんと段階踏んだ方がいいだろうし」
「……いいの?」
「うん。……それより、今は普通にキスしたいかも」
「! うん、私もしたい。和泉ちゃんとキスするの好き」
キラキラした目で見つめられ、流石に恥ずかしくなった。
胸に触られたら真っ赤になるくせに、キスを好きだと言うことには躊躇いがない。謎基準である。
「……和泉ちゃんは、他の人とキスしたことある?」
キスした後に何を言うかと思えば、なんてムードのない……。
「あるわけないでしょ」
「私も。じゃぁ、これから一生、他の人とキスしちゃダメだからね」
「今のところはする予定ないけど」
「……今のところは?」
「な、ないない、一生ないです、うん。生涯桜乃だけ!」
桜乃って時々本気で怖い目をするから恐ろしい……私、一生口喧嘩とかで勝てないんじゃないだろうか。
「……その代わり、桜乃が一生分付き合ってくれるんだよね? 私、欲張りだから鬱陶しいくらい求めると思うけど大丈夫?」
意地悪する気持ちで尋ねたら、桜乃は考える間すら開けずに答えた。
「うん。私も和泉ちゃんが相手なら、どんなエッチなことでも嬉しい」
ほんのりと赤く染まった頬と、嬉しそうな表情に、私の脳内がぐらりと揺れた気がした。
”ほら、和泉、樹。桜乃ちゃんにきちんと挨拶しなさい”
ふわふわの髪と、優し気な瞳。
なんか綿菓子みたいな女の子だなって思ったのが最初の印象。
声をかけると、遠慮がちに微笑む姿を可愛いと思ったのは、一体何年前のことだっただろう。
「……夢か」
いつもは目が覚めるとすぐに忘れてしまうのに、今日に限って鮮明に思い出せる不思議。早く起きてしまった影響だろうか。
スマホを見るとまだ四時半で、余裕で二度寝が出来る時間帯。
何となく体を起こすと、隣で眠っていた桜乃が声を漏らした。
「ん、……」
どうやら起こしてしまったということはないらしく、少ししたらまた規則の良い寝息を立て始める。本当にイビキとは無縁なようで羨ましい。
桜乃は、出会った頃はもっと大人しくて引っ込み思案な子だったけど、優しくて可愛いのはずっと変わらない。
和泉ちゃんに会えただけで幸せ者なんだって、前に彼女は言っていたけど。そんなの完全に私の台詞だと思う。
彼女と出会えなかったら、なんて、考えただけで恐ろしい。
「……好きだよ」
のんきに眠っている桜乃の耳にはきっと届いていないだろう。でもそれでいい。
自分が彼女のために何が出来るか、彼女と釣り合えているのかなんて、正直まだ分からないけど。
せめて全身全霊をかけて、一生大事にしようと思った。
終わり




