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私に一途な従姉妹の愛が重すぎる  作者: 北条S


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【27.努力の結果】

「第一走者はスタート位置について。応援だけの生徒は戻りなさい」


 スターター兼審判を務める教師の声が掛かり、出場者ではない生徒たちが散っていく。

 第一走者である小森さんも、スタート位置に向かっていった。

 先ほど青井さんのことをバカにしていたあの女子生徒も、第一走者だった。


 もうすぐ始まる。

 そう考えると、心臓がバクバクいってくる。本当に、私の体はいつからこんな恥ずかしがりやになったんだろうか。


 何となくグラウンドの方を見てみると、クラスメイトに囲まれて談笑するお兄ちゃんの姿を発見した。相変わらず男子にも女子にもモテモテのご様子で羨ましい。


 ジトっとした目で見ていると、その視線に気づいたのか、こちらを見た。

 それからパクパクと口を動かし、何かを言っている。けど残念ながら、結構な距離があるせいで聞こえなかった。


 なに言ってるか分かんないよ。


 一応こっちも口パクで返してみた。

 するとそれが伝わったのか、お兄ちゃんは大きく息を吸って、


「和泉! 頑張れ!!」


 ここまで十分に届く、バカデカい声でそんなことを言った。


「あいつ、マジか……」


 らしくない情熱的な応援のおかげで、周りの女の子とお兄ちゃんのクラスメイトに睨まれちゃってるんだけど、私。

 とりあえず後で文句を言うことを心に決め、苦笑混じりに手を振っておいた。


「お兄さん、高柳さんのこと大好きなんだね」

「やめてよ気持ち悪い……」


 松岡さんの言葉にゲンナリした時、軽快な音楽が鳴った。競技開始の合図だ。

 それを聞き、教師が手にしていたピストルを上げる。


「いちについて……」


 小森さんたちが構えをとった。

 パンっという乾いた音が響くのと同時に、全員が一斉に駆け出す。


 スタートダッシュはどのチームも同じくらい。

 流石は陸上部、小森さんの足はかなり速く、全体の二番目をキープしている。


「寧々、頑張ってね」

「ええ」


 松岡さんと軽く手を打ち、青井さんがスタート位置に立つ。隣のコースは、偶然にもさっきの女子生徒だった。


「青井ー、同じ走順なんて奇遇じゃん」

「そうね」

「でもよくリレーなんて出る気になったわね。陸上部の中で断トツ遅いのに」

「どうでもいいでしょ」


 青井さんらしいなんともクールな反応だ。

 そうこうしている間に、第一走者が戻ってくる。

 小森さんは二位をキープしたまま、青井さんに引き継いでくれた。バトン渡しは完璧。後は青井さんの走りに頼るしかないんだけど……


「ふふっ、やっぱり遅い」


 近くから聞こえてきたバカにするような笑いに、思わずそちらを睨みつけてしまった。


「な、なによ」

「……別に」


 青井さんをバカにしていた二人組の一人は、息も切れ切れに「はんっ」と笑った。


 確かに青井さんは、他の選手に比べてスピードが遅い。みるみる内に抜かれてしまっている。けど、それでも一生懸命やっている人をバカにするのは許せなかった。


「松岡さん」

「わっ!? あ、高柳さん。なに?」


 そわそわした様子で青井さんを見ていた松岡さんの肩に手を置いたら、彼女はこっちが驚くくらい過剰に驚いた。


「いや……なんかごめん。ひょっとして精神集中とかしてた?」

「ううん、ちょっと緊張してたんだ」

「松岡さんでも緊張とかするんだ」

「そりゃそうだよ、人間だし。で、どうかしたの?」

「うん。お願いなんだけど、私がもし最後に倒れても、構わず走ってほしいんだ」

「え? それってどういう――」

「よろしく」


 松岡さんには申し訳ないけど、理由を説明している時間はない。

 もうすぐ青井さんが走り終えるので、早足でスタート位置に向かう。


 自分の頬を叩き、気合を入れた。

 青井さんの順位は五位。一位と二位が接戦で、三位からは少し距離が開いている。

 三位まで追いつけば、後は松岡さんがなんとかしてくれると思うけど、どうせなら目指すは一位だ。たとえ不可能だろうと、それくらいの心意気で走らないといけない。


 次々と他の選手がバトンを受け取っていく中、青井さんが戻ってきた。

 前に青井さんから貰った紙に書かれていたとおり、少し前でスタートダッシュを切る。


「っ、ごめん!」


 何度も練習したバトンパスは完璧だった。

 バトンを左手に持ち直し、後はひたすら走るだけ。

 私は三百メートル走らないといけないから、ペース配分は……なんて、ダメだ。そんなの考えて走れるほど器用じゃない。とりあえず全力疾走。情けないけどそれだけだ。


 ……それにしても、流石にリレーに出るだけあって、周りはみんな滅茶苦茶速い。

 全力で走っているはずなのに、その差は全く縮まらない。一つ上の順位、四位の選手すら遠く見える。


 後ろから聞こえて来る足音が、みるみる内に近付いて来て、ついに抜かれてしまった。これで私が最下位だ。

 悔しいけど、やっぱりあれくらいの練習じゃ、普段から鍛えている人たちに敵うわけない。


 この順位じゃ松岡さんもキツいだろうなぁ。それ以前に、あれだけ言っておきながら結局は松岡さん任せというのもどうかと思うし。

 

 そのまま順位は変えられず、必死に足を動かすだけの時間が続く。

 ペース配分を考えなかったせいか、だんだんと呼吸が苦しくなってきた。走るフォームも崩れているかもしれない、自分じゃ分からないけど。


 あーあ、絶対笑われてるよ。あの二人組も賭けのことではしゃいでるのかも。そう思うとむしゃくしゃしてきた。

 同時に、自暴自棄な気持ちになってくる。

 きっと松岡さんや青井さんたちも呆れているだろう。お兄ちゃんも……もしかしたら桜乃すら――


「っ」


 カーブを曲がる直前、偶然にも観客席が見えた。

 そこで私を心配そうにこちらを見つめている桜乃の姿が、一瞬だけ目に飛び込んできた。

 今にも泣き出しそうな、辛そうな表情が。瞼に焼き付いて離れない。


 ……あんな顔させたのは、私なんだ。


 桜乃は当然事故の後遺症のことを知っている。無理をし過ぎたら倒れるかもしれないってことも分かっている。それなのに送り出してくれた。


 お兄ちゃんだって、らしくもない大声で声援を送ってくれた。

 松岡さんも小森さんも、私を認めてくれた。

 それになにより。


”無駄以外のなにものでもないけど”

"あれは才能ないんだよ。さっさと諦めて、別のことすればいいのにね"


 そんなことない。才能がないから努力するんじゃないか。人に負けたことがあるから、その人を超えたいって思うんじゃないか。

 その努力自体が無駄だとか、才能がないから辞めろとか、そんなのは絶対に間違ってる。


 だから勝ちたい。勝って、彼女をバカにした奴らに言ってやりたい。

 努力することは無駄なんかじゃないって。才能がなくたって、頑張れば出来ることがあるんだって。


 一度、大きく息を吸う。

 陸上部でもなくて、体育の授業もロクに取り組んでなかった私は、どんな走り方をすれば速くなれるかなんて、全く知らない。

 だから本当に、ただひたすら頑張るだけだ。


 だんだんと動かなくなってきていた足を、無理やり動かす。歩幅を広めて、強く踏み込む。

 一瞬、足に痛みが走った気がしたけど、そんなことを気にしたら負けだと思った。


 思いっきり手を振って。崩れそうになる体を足で踏ん張って支えて、強く地面を蹴る。

 ぐんっと、跳躍するように私の体が浮いた。

 そうすると、少しだけスピードが上がった気がした。足への負担を無視して、その走り方を続ける。


 五位の選手を抜き、その勢いで、すぐ近くを走っていた四位の選手も追い抜かす。


 あと三人。

 正直もう足がガクガクで今にも倒れそうなんだけど。でも呼吸はまだ出来ている。足の痛みは足を止めるほどじゃない。だからこれはまだ限界じゃない、大丈夫だ。


 さらに歩幅を広め、地面を蹴る力も強めた。カーブの場所で体を傾け、一気に三位を抜く。

 あとは二位と一位。あの二人とは少し距離が離れている。

 松岡さんにバトンを渡すまで、後百メートル。追いつける気がしない。それでも必死に足を動かした。


 横っ腹が痛い。膝が痛い。足の裏も痛い。頭もクラクラする。心臓も締め付けられているように苦しい。呼吸も大分乱れてきた。それでも足だけは止めない。


 最後のカーブを曲がりきり、後は直線。ここまできたら純粋なスピード勝負――つまり、圧倒的に私が不利。だけど、死に物狂いならなんとかなるかもしれない。


 相手はゴールが近いからか、スピードを緩めてきている。あまり速すぎても、バトンパスが失敗する可能性があるからだろう。

 確かにバトンパスは難しいし、落としたら大きなロスになる。

 けど、多分だけど、松岡さんならどんな無茶な渡し方でもちゃんと受け取ってくれる気がする――というか、もうここまできたら信じるしかない。


 ゴールまで後百メートル以下。後は全力で走るだけだ。

 体に鞭を打ち、足を前に踏み出して一気に加速する。

 じわじわと二人との距離を詰め、手を伸ばせば届きそうな位置までやってきた。


 けどダメだ。もうゴールまで後十メートル、これじゃ追いつけない。でもこの差なら、松岡さんがなんとかしてくれるはずだ。

 情けないけど、とりあえずは一安心――って、あれ?


 かくんと。


 いやに間抜けな音がして、足の力が抜けた。上手く動かない。


 勢いがついてるこの状態で足が棒になったら、間違いなくこける。

 手を伸ばそうとしたけど、この位置じゃ松岡さんの手までは届かない。

 そうしている間にも体のバランスはゆっくりと崩れていって。


 ダメだ。まずい。まずい。まずい。このままじゃ、本当にこけ――


「和泉ちゃん! あとちょっと!」


 ――て、たまるかあああああ!!


 死ぬ気で足に力を入れ、なんとか地面を踏みしめる。

 最後の力を振り絞り、膝を伸ばして前に進む。そして、構えていた松岡さんの手に、バトンを渡した。


「よしっ、…………あ」


 安堵してしまったからか、体の力が一気に抜けた。

 今度はどうしても力が入らず、情けなくその場で盛大にこける形に。


 どしゃあって音がして、視界が回転する。

 そんな中、松岡さんが走っている背中が見えた。


「ちょっ、高柳! 大丈夫!?」


 青井さんの心配そうな声が聞こえて、誰かが駆け寄ってくるのが分かった。

 大丈夫だと言いたかったけど、無茶をし過ぎたせいか、呼吸が酷く乱れていた。でもそれよりも、鋭い足の痛みのせいで、言葉が出なかった。


 痛い痛い痛い。

 思わずその場にうずくまりそうになったけど、ここにいたら迷惑をかけてしまう。何とか移動しようと体勢を変えようとしている中、


「和泉ちゃん!」

「和泉!」


 遠くにいるはずの桜乃とお兄ちゃんの声が、何故か一番はっきりと聞こえていた。



続く

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