【18.やりたいこと】
翌日、いつも通り一人でご飯を食べようと思っていたら、にこにこ顔で近付いて来る桜乃。
そのまま私の席の前で立ち止まるものだから、周囲のクラスメイトの視線が痛かった。
転校生というバフが消えた今もクラスの人気者である彼女と一緒にいるのは目立つので、極力学校では話したくない。
「和泉ちゃん、今日のお昼の予定は?」
「えっと、食堂に行くつもりだけど」
「一緒に食べてもいい?」
嫌――だけど、あまりに笑顔なものだから、断りにくい。
それに”人気者の結城さんとお昼を食べた奴”よりも”人気者の結城さんの誘いを断った奴”の方がクラスメイトの目は厳しくなりそうだと思ったので、承諾することにした。
「いつも一緒に食べてる子たちはいいの?」
「うん、ちゃんと了承済み」
「じゃ、食堂行こうか」
「やった。和泉ちゃんはいつも何食べてるの? 何が好き?」
「えー……美味しければ何でもいい」
適当な話をしながら教室を出る。
その時、誰かからの視線を感じた気がしたけど、極力無視することにした。
そこそこ混み合っている食堂で、私はランチセット、桜乃はきつねうどんを購入して隣に並んで座る。
「いただきます。……ところで、なんで今日は私と一緒に食べようと思ったの?」
「好きな人と一緒にいたいことに理由っている?」
「……いらないかもしれませんね」
相変わらず簡単に「好き」って言ってくるなぁ。
今なんて言った後に平然とうどんを食べているし、どこまで本気か読み取れない。
「……あと、体育祭のことなんだけど。いっちゃんには一応伝えた方がいいと思う。リレーに出ること」
「必要? 無駄に心配かけるだけのような気がするけど」
「私なら、当日突然心配をかけられるより、事前に知っている方がまだマシだと思う」
お兄ちゃんは、もちろん私の足の後遺症のことを知っている。
リレーに参加するなんて言ったら、もしかしたら心配をかけてしまうかもしれないから、言うつもりはなかった。
けど、桜乃の言う通り、体育祭当日に知る方が調子を狂わせてしまうかもしれない。
「分かった。今日の夜にでも言ってみるよ」
「うん。……今更だけど、和泉ちゃんは自分の意思でリレーを頑張ろうって思ったんだよね? 誰かからの強制とかじゃなくて」
「うん。松岡さんたちに迷惑かけたくないし」
「……なら、私も頑張って加勢する」
加勢って、そんなもの必要なんだろうか。
本日のランチセットであるアジフライ定食を食べながら、私は桜乃の言葉に首を傾げた。
◆ ◆
「ダメだ」
……あれ? 加勢必要かもしれない。
夕飯の後、みんなでテレビを見ている時にさりげなく体育祭のことを告げると、お兄ちゃんは「高校ではサボらないんだな」と嬉しそうな反応を見せた。
しかし私の出場種目がリレーだと知るや否や、目を点にした後、今の言葉が飛び出てきた。
「ダメって言われても、今更種目を変えるなんて無理だろうし、休むかリレーの二択だよ」
本当は先生に事情を説明すれば出来る気もするけど、一応そう言っておく。
「いや……、つかサクちゃん、なんでこいつがリレーになったんだ? 人選おかしくないか?」
「えっと……私の口からは、ちょっと言いにくい理由で……」
「一部のクラスメイトからの熱心な推薦だよ」
「あー……お前、中学の時もイジメられてたもんな」
「い、いっちゃん!」
「いいよ別に。事実だし」
私がそっぽを向くと、桜乃が困惑したようにオロオロしだした。
本当に気にしてないんだから、そんなに取り乱さなくていいのに。
「リレーか……ちなみに何走者目だ?」
「三」
「ということは三百メートルか……その距離、全力で走る気か?」
「出来る限りは」
「……無理じゃねーか?」
まあ、絶妙な距離ではあると思う。無理かもしれないし、頑張れば出来るかもしれない。
ダラダラ走ったら余裕だろうけど、本番でそんなことをするくらいなら誰かに代わってもらった方がマシだし、出るなら本気で走るつもりでいる。
「……どうしてもリレーじゃなきゃダメなのか?」
「どうしてもってほどじゃないけど……出来れば。それに他の種目に変えられるとしても、それこそ特別扱いみたいで周囲によく思われなさそうだし」
それに仲の良いクラスメイトなんて、桜乃を除けばあの二人くらいだし。出来るだけ嫌われたくない――っていうのは、恥ずかしいから言わないけど。
「……サクちゃん。ちょっと風呂洗ってきてくれないか?」
「え? 今?」
「ああ。悪いけど、いつも以上にピッカピカに頼む」
桜乃は何かを察したのか、やけに真面目な顔で頷いて、リビングを出て行った。
残された私はそれを見送った後、お兄ちゃんの方に向き直る。
「サクちゃんはお前にぞっこんだからな。聞かれたら反対されそうだし追い出した」
「桜乃はリレーに賛成してくれてるよ。……というか、ぞっこんじゃないし」
「どう見たってぞっこんだろ」と言った後、お兄ちゃんはやけに生き生きした顔で笑った。
「よし、いっそのこと思いっきり走れ」
「え? さっきダメって言わなかった?」
「そりゃ家族としては心配だけど……どうせ反対したって出るんだろうし、お前がそこまで言うなんて相当なんだろ。なら出ればいい。それで、全力で走って来いよ」
「けど、そんなことしたらもしかしたら足が……」
顔を俯かせると、バシバシと背中を叩かれた。力の加減が無さ過ぎて、普通に痛い。
「もし途中でぶっ倒れたら俺が病院までおぶってってやるから。安心しろ」
おぶっていくって……本気で言ってるんだろうか。……本気で言ってるんだろうな、この顔は。
「お兄ちゃんじゃ安心できないなぁ」
「馬鹿、俺をなめんなよ。野球で鍛えた筋力と脚力、半端ねえから。とりあえず、お前のやりたいようにやれよ」
やりたい、って言いきれるほどの覚悟があるわけじゃなくて。桜乃に心配かけたくないとか、二人に嫌われたくないっていう、ふんわりとした理由なんだけど。
今は難しいこと考えずに、やれることをやってみたらいいのかもしれない。
それで倒れてしまった時は、お言葉に甘えてお兄ちゃんを頼ることにしよう。
ちょうど話がまとまったところで桜乃が戻ってきた。
「いつでもお風呂沸かせるよ」
「サンキュー、サクちゃん。そうだ和泉、お前もたまにはサクちゃんの手伝いしてこい」
「やだよ、めんどくさい」
「私、和泉ちゃんと一緒にお料理したいな」
「……じゃぁ一緒にやろっか」
ソファから腰を上げると、桜乃は嬉しそうに笑ってくれた。
「……お前、なんか最近サクちゃんに対する態度と俺に対する態度の差、激しくね?」
「それはお互い様でしょ」
そもそも憎たらしい兄と可愛い従姉妹じゃ、誰だって従姉妹に優しくするものだと思う。
拗ねているのかなんとも思ってないのかよく分からない顔をしているお兄ちゃんを置いて、桜乃と共にキッチンへ移動する。
「何すればいい?」
とは言っても、料理の腕は皆無なので簡単なことしか出来ないけど。材料を適当に切るとか、味見役とか。
「私の後ろに立って私を抱きしめててほしいな」
「……その行動に何の意味が?」
「私のテンションと自己肯定感が上がる」
「上がったらどうなるの?」
「より積極的に和泉ちゃんにアプローチをしかけられる」
「サラダ用のレタスむしってるね」
桜乃は拗ねたような顔をしていたけど、それは無視して、冷蔵庫の中からレタスとプチトマトを取り出した。
そういえばサラダを作るのすら中学生の調理実習以来だ。まあ流石にこのレベルなら、教えてもらわなくても作り方くらいは分かる。
とりあえずレタスを二、三枚ちぎって、プチトマトを四つに切って……なんかぐちゃぐちゃになったけど、まぁいいや。味は変わらない。
後はお皿に盛り付けて、完成。見た目は悪いけど、サラダだからドレッシングをかければ食べられるだろう。
「あ、和泉ちゃん。分かってるとは思うけど、食材はきちんと洗ってね」
「ラジャー」
急いでレタスを洗う。トマトは洗ったら種とドロドロした実の部分が全部流れてったけど、まぁいいや。味は変わらない……多分。
さて、これで改めてお皿に盛り付けて、と。
「和泉ちゃん」
「んー?」
「はい」
はい、という言葉に顔を向けると、菜箸に挟まれたかぼちゃがこちらに差し出されていた。
かぼちゃと、にこにこ笑顔の桜乃を見比べて、深いことを考えるより先にかぼちゃに食らいついた。
口の中に広がるあまじょっぱい味付けが絶妙で、すごく美味しい。
「どう? 味薄かったりしない?」
「美味しいよ。ほんと料理上手だね」
レパートリーも多いし、なにを作っても美味しいんだからすごい。
サラダの見栄えを整えようかと思っていたら、隣にいた桜乃が急に距離を詰めてきた。
「和泉ちゃんが望んでくれるなら、これから毎日作ってあげるよ」
「…………か、考えておこうかな」
「うん。前向きに検討してもらえると嬉しいな」
私の誤魔化すような返事にも、嬉しそうな笑顔を崩さず答えてくる。
……相変わらずどこまで本気で言ってるのか分からない子だ。
続く




