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私に一途な従姉妹の愛が重すぎる  作者: 北条S


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【15.過去との遭遇】

 一人で登校していると、校舎の方から走ってくる見知った顔。相変わらずのジャージ姿だけど、一体何時から走っているんだろうか。


「青井さん、おはよう。朝から頑張るね」

「体育祭までに少しでもタイム縮めておきたいから。あんたも自主練くらいしなさいよ」


 その顔は冗談で言っているようには見えない。昨日、私があれだけ酷い走りを見せたのに。


「……リレー勝ちたいんだよね?」

「当たり前でしょ」

「だったらさ、先生に言ってメンバー変えてもらわない?」

「はあ?」

「私だけが頼んだらサボりたいみたいだけど、みんなで頼めば通ると思うんだ」


 そもそも本人が寝ている中で出場種目を決めること自体が間違っている。一番間違っているのは、HR中に寝てる私だけど。


「嫌よ。一度決めたメンバーを変えたら、他の子に不公平じゃない」

「でも私はリレーに向かないし、みんなの足を引っ張ることしか出来ないよ」

「勝つことが目標なだけで、絶対勝たなきゃいけないわけじゃないし。みんなでフォローするから大丈夫よ」


 そういう問題でもないんだけど、何だか青井さんの目の奥には炎が見える気がする。これが、ザ・体育会系のノリというやつか。


「……それにしても意外ね。あんたでも人の迷惑とか気にするんだ」

「青井さん、私のことなんだと思ってる?」

「デリカシー皆無人間」


 シンプルに酷い。


「それになんか優花もさ、あんたと同じ種目だからって張り切ってるみたいだから、水差したくないのよ」

「松岡さんが……?」


 松岡さんくらい速い人なら、それこそ組む人によっては一位だって目指せるだろうに。

 昨日の練習の時もやる気のない私に苛立った様子もなく付き合ってくれたし、彼女は本当に良い人なんだなぁ。


「学校行事なんて楽しんだもん勝ちよ。じゃ、また教室でね」


 それだけ言って、走り去っていく青井さん。

 揺れるポニーテールを眺めながら、私は自分の足をグリグリと回してみた。痛みはないけど、若干違和感があるような無いような、微妙な感じ。


「……まあ、走ったらすぐ倒れるわけじゃないし」


 小学生の頃、私は交通事故にあった。

 集中治療室に運び込まれ、数時間に及ぶ手術でなんとか一命を取り留めた、それくらいの大事故だった。


 その後遺症が足に残っていて、日常生活を送る分には問題ないけど激しい運動をすることは難しい、とお医者さんに言われた。

 リハビリはとうの昔に終わっているけど、あれ以来激しい運動をしていない。だからどこまでこの足がもつのか分からない。


「んー……競技変えてもらうの、やめとこうかな」


 青井さんにああまで言われたし。

 それに、もしかしたら松岡さんにも悪い印象を与えかねない。優しい彼女に嫌われるのは流石にちょっと避けたかった。



 学校に到着し、改めてリレーのことを考えてみる。

 先生に抗議するのはやめるとしても、参加はどうすべきか。


 第一に、みんなに足のことを話して相談するのは嫌だ。今運動部で活躍している人に、事故で足が故障したなんて話はしたくない。


 とはいえ当日急に休んだりしたら、シンプルに迷惑をかけてしまう。

 それに、


 「結城さんも心配するだろうしなぁ……」


 再会してからずっと、結城さんはあの事故のことを気にしている。彼女にだけは、この足で私が不自由していると思わせたくない。


「……仕方ない。やるしかないか」


 残された選択肢に辟易しつつも、それ以外を選ぶ勇気などないのだから仕方ないと、割り切るしかなかった。


◆ ◆


「ごめん! 今日は部活でどうしても外せないミーティングがあるらしくて……本当にごめんね……」


 見てるこっちが逆に申し訳なくなるくらい項垂れる松岡さん。

 そんな彼女と、「ちゃんと自主練しときなさいよ」と凄んでくる青井さんが揃って教室を出て行ったのを確認してから、私も帰ることにした。


 リレーを頑張ろうと割り切ったその日にこれだ。

 勢いを削がれて萎える気持ちが半分と、練習がなくなってラッキーと思う気持ちが半分。もちろん自主練はしない。



 暇になったことだし、本屋にでも寄って帰ることにした。

 電子書籍が主流だけど、紙をめくる感覚が好きで定期的に紙媒体にも触れたい気持ちになる。


 近所の商店街の本屋に入り、穏やかなBGMが流れる静かな店内を歩いて、お目当ての少年漫画の棚に向かって歩いていく。


「……え」


 思わず声が漏れたのは、私だけだった。

 向こうから歩いてきた相手も私の姿を認識したようだったけど、少し目を丸くして驚いた顔をした程度。


「あ、和泉、久しぶりー。ってほどでもないかな?」


 明るく可愛らしい声。それは私がよく知る彼女のものと変わらなくて、全く変わらなさすぎて、一気にあの頃の記憶が蘇ってきた。


「ひさしぶり……」


 答えた声は震えてしまったけど、多分彼女にはバレていない。


「近所に住んでてもなかなか会わないもんだね」

「そうだね……元気だった?」

「元気元気! 元気だけが取り柄だから」


 上っ面だけの会話を交わしながら、さっさと立ち去りたいと思っていたら、彼女は私の周囲をキョロキョロと見回した。


「あ、ねぇねぇ、高柳君は? 一緒じゃないの?」


 期待するような声音に寒気がした。

 高校生にもなって、兄妹が放課後に仲良く買い物になんて来るわけがない。


「……お兄ちゃんとは一緒に帰らないから」

「へー……ま、そっか。中学の頃もそうだったし。じゃ、またねー」


 彼女は何を言う間もなく、さっさと私の横を通り過ぎていった。

 恐らく声をかけてきたのも何の意図もないんだろう。


「……はあ」


 彼女――佐野恭子を見ていると、嫌なことばかり思い出す。

 一緒にいて楽しいと、幸せだと思った時期も確かにあったはずなのに。



 とりあえず嫌な気持ちを振り払うように、いつもより多めの漫画を購入してお店を出た。

 おかげでお財布の中がピンチになってしまったけど仕方ない。帰ってこれを読んで癒されよう。


「あ、和泉! 買い物長いよ!」

「え……なんで……」


 近くで待っていたらしい恭子が、拗ねたような顔で近付いて来る。

 その手にはコンビニの袋。

 本屋で適当に時間を潰して、コンビニで買い食いをしながら帰る――中学の頃の日常を思い出し、また気分が悪くなってきた。


「ねーねー、高柳君って中学の時とID変わってるよね?」

「あ……うん、多分」

「だよね!? 急に連絡出来なくなったから焦ってたんだぁ。ね、新しいの教えてよ」


 この子は一体何を言っているんだろうか――なんて、言葉の意味は分かるし、意図も分かるけど。

 それを私に頼んでくる神経が分からなかった。


「ごめん……勝手に教えると怒られるから」

「え〜、いいじゃん! 友達のよしみで、ね?」

「……私のこと、友達だと思ってたんだ」

「はぁ? ……あ、なに? もしかして昔のこと気にしてるの?」


 何がおかしいのか、恭子は笑いながら私の肩を叩いた。


「もー、あんなの若気の至りじゃん! あんなこといつまでも気にしてるから、和泉は友達少ないんだよ?」


 冗談で言ってるんだろうことは分かってる。

 恭子はそういう女だった。天真爛漫で人懐っこそうに見えて、笑顔で毒を吐く。相手の気にしていることを、バカにするような口調で指摘してくる。


 だから彼女に悪気はないと分かっているはずなのに、急激に胃の辺りが熱くなってきた。

 なにかが込み上げてくるような感覚がして、喉が詰まって、油断すると吐いてしまいそうだ。


「和泉、聞いてる?」


 ……ダメだ、なんか顔見てるだけで吐きそう。

 私は動くことも出来ず、ただ顔を俯かせて、その笑顔を視界から消した。


「あ、そうだ! 教えてくれたらお礼にデートしてあげる! 和泉ってさ、前に私のこと好きとか」


 バシッと、何かが叩かれる音がした。

 何の音だろうと思うより先に、近くから声が聞こえてきた。


「触らないで」

「は? ……あんた誰?」

「和泉ちゃんがしんどそうにしてるの、分からないの?」


 顔を上げると、険しい顔をした恭子と向き合うようにして立っていたのは、結城さんだった。

 恭子が手を押さえているから、さっきの音は彼女の手が叩かれた音だったのかもしれない。


「そうなの? てか、和泉の友達?」

「そうだよ」


 結城さんの手が私の背中に添えられた。恭子に対する冷たい声とは正反対の温かい感触に、気持ち悪さが和らいだ気がした。


「和泉ちゃん、大丈夫?」

「平気……ちょっと立ちくらみしただけだから」

「……それでも心配だから一緒に帰ろ」


 いつもなら断ってたかもしれない。けど、今の状態を考えてその言葉に甘えることにした。


「ちょっと和泉、大丈夫? 気分悪かったなら言えばいいのに」


 言いながら、恭子の手が肩の方に伸びてきた。

 でもその直前、強い力で後ろに引っ張られて体が傾いたことで、その手が私の肩に触れることはなかった。


「……汚い手で触らないで」

「なっ……人が心配してあげてんのに……和泉、あんた女の趣味悪くなりすぎでしょ!!」


 なんちゅうセリフだと思いつつも、確かに「趣味が悪い」っていうのはその通りだ。

 思わず笑ってしまった後、私は結城さんの手を握った。


「私の趣味はずっと悪いよ。またね、恭子」

「は!? なによ、せっかく話しかけてあげたのに!」


 キャンキャン騒ぐ恭子を無視して、結城さんと共にその場を後にした。



 追いかけて来ないか不安だったけど、幸いそこまでの執着はなかったらしい。商店街を出た頃、そっと後ろを振り向くと、そこにはもう彼女の姿はなかった。


「はあ……、助かったよ、結城さん」


 言いながら手を放したが、またすぐに繋ぎ直された。

 隣を見ると、何か言いたそうな顔をした結城さんと目が合う。ちなみに今の彼女はジャージ姿だ。


「えっと……体育祭の練習帰り?」

「うん。さっき終わって、帰る途中にたまたま和泉ちゃんを見かけて……、……あの人、和泉ちゃんのなに?」

「んー……中学の友達だったみたい」

「みたい?」

「私は友達じゃないと思われてると思ってたから」

「……よく分かんない」


 自分でも何を言っているか分からないし当然だ。


「とにかく、昔のクラスメイトだよ。ちょっと色々あったから気まずくて」

「……ちょっと色々くらいで、そんなに顔色が悪くなるの?」

「そんなに悪い? 疲れちゃったのかな」


 話しつつ手を放そうと試みたが、ビクともしない。なんだこの見た目にそぐわない力強さは。


「……ところで、あの人が言ってた、前に私のこと好きとかっていうのはどういう意味?」

「……ノーコメントじゃダメ?」

「……」


 返事こそないものの、無言の圧力を感じて降参した。


「中学の時、告白したことがあるんだよ」

「つまり、アレが和泉ちゃんの好みなんだ」


 アレって……。まあ、さっきの出会い方じゃ仕方ないか。


「でもあっさりフラれた。それにあの子は……同性同士に耐性が無い子だったから、気持ち悪いって思われちゃったんだ」

「……でもさっきの態度は……まるでそんなことなかったみたいだったけど」


 確かに、想像以上に普通に話しかけられて、つい吐き気を催すほど驚いちゃったな。


「自分にとってはトラウマでも、相手にとっては既に何でもないことになってたりするんだね」


 フラれて、陰口を叩かれて、もう二度と人を好きにならないと決めた。

 でも恭子はそのことをもうとっくに過去のことにしていて。むしろ気にした時すらなかったのかもしれない。


「……失礼かもだけど、さっきの人のデリカシーがないだけだと思う」

「逆に私が気にし過ぎなだけかもだけどね」

「昔のことを忘れないのは悪いことじゃないよ。……私だって」


 結城さんの表情が暗くなってしまったので、私は話題を逸らすように、繋がれっぱなしだった手をフラフラと振った。


「あの、そろそろ放してもらっていい?」

「……そうだね。私にそんな資格ないから」


 よく分からない言葉と共に放される手。


 ……今の結城さんの表情は、正直何を考えているのかよく分からない。

 ただどう見ても喜んでいるって感じではなくて、多分何か言った方がいいんだろうけど、何を言っていいのやら。


「えっと……体育祭、頑張ろうね」

「……リレーはどう?」

「分かんないけど、とりあえず無理のない程度にやってみようかなって。松岡さんたちに迷惑かけるのも嫌だし」

「……そっか」


 文字にするとそっけない返事だけど、結城さんの表情が一瞬だけほころんだ気がした。



続く

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