【13.体育祭に向けて-1】
* * *
昔から私に近づいてくる女の子はみんなお兄ちゃん目当てで、それは中学生になると余計悪化した。
そんな中、彼女だけは他の人と違って、私自身を見てくれていた気がした。私のことを親友だって、大好きだって言ってくれた。
今にして思えばそんな単純なことで、私は彼女を信じきっていた。
「は? え……や、やだな、和泉、冗談ばっかり……」
その頃の私はまだ幼くて、バカで、自分勝手で。
「うっそ。恭子、和泉に告白されたの?」
「うん。しかもあいつガチなんだって」
「うわ、きっつ……本当にいるんだ、そういう人って」
「ホント気持ち悪かったよ~。私はただ樹君のこと好きだったから近付いただけだったのに」
「あいつ、なに勘違いしてんだろうねー」
相手が自分のことを本当はどう思っているか、理解できていなかった。
結局彼女も他の人と同じだった。
親友と言ってくれたのも大好きだと言ってくれたのも、ただ私の親友になればお兄ちゃんに近付きやすくなるからだった。
女の子が女の子を好きになる――それが普通のことじゃないってことは、ずっと前から分かっていた。
分かっていたはずなのに、きっとあの頃の私はまだ幼くて、それを受け入れ難い人もこの世にはたくさんいるってことをきちんと理解していなかったんだろう。
* * *
「高柳和泉!」
頭を叩かれた衝撃で目が覚めた。
バッと顔を上げると、怒ったような表情をした青井さんが私の席のそばに立っている。
「どうしたの? 今は授業中だよ?」
「残念ながらもう放課後よ」
「……マジ?」
どうやらすっかり眠りこけてしまっていたらしい。何だか嫌な夢を見ていた気がするけど、叩かれた衝撃で忘れてしまった。
それにしても放課後まで誰も起こしてくれなかったという事実に、自分の友達の少なさを痛感させられる。
「その調子じゃ、どうせHRの話も聞いてなかったんでしょ」
「え、何の話してた?」
「体育祭」
「あー、そういえばもうそんな時期だっけ」
体育祭は九月に行われるから、そろそろその準備が始まってもおかしくない。
「その出場種目がHRで決まったのよ」
「え!?」
まったく気付かなかったんですけど……私、一体どれだけ爆睡してたんだ。にしても、そんな大事なこと決めてたなら、なおさら誰か起こしてくれてもいいのに。というか先生すらスルーか。
「それで、私は何の種目になったの? 玉入れ? それとも玉入れ?」
「どんだけ玉入れがしたいのよ……」
だって楽そうだから。適当に玉を投げてフラフラしてるだけでよさそうだし。団体戦だし、誰がどれだけ入れられたかなんて問い詰められることもないだろうし。
「残念ながら玉入れじゃないわ。クラス対抗リレーよ」
「はぁ!?」
流石に声のボリュームが抑えられなかった。
リレーといえば、体育祭の花形競技の一つ。まあ真の花形は、最後に行われる選抜リレーだけど。
クラス対抗リレーは男女別で二回行われるけど、どちらも獲得点数が多いため、どのクラスも割と本気で挑んでくる。
だから参加者は運動部――特に陸上部所属の生徒が担当するのが自然なはずなんだけど。
「なんで運動部でもない私が? 陸上部が三人しかいないのは仕方ないけど、他の運動部の子がやればいいじゃん」
「あたしもそう思って反対したけど……クラスの一部の子がやけに推してきたのよ」
「……なるほど」
どう考えても嫌がらせだ。
しかしリレーの得点を捨ててでも嫌がらせをしたいって、たった数ヶ月で随分と嫌われたものだ。逆に凄い。
「ちなみに残りのメンバーは、あたしとコモちゃんと優花だから」
松岡さんと、コモちゃんこと小森さんは陸上部所属。つまりクラスの陸上部全員集合+帰宅部。明らかに私だけ浮いている。
あまりに憂鬱すぎて肩を落としていると、急に青井さんがこちらに顔を寄せてきた。何か思うより先に、反射的に距離をとる。
「……なんで逃げるのよ」
「いや、なんとなく」
女子から避けられることは慣れていても、近づかれることは慣れてなさ過ぎて、失礼な対応をしてしまった。
「それじゃ聞こえないでしょ! さっさと顔かしなさい!」
耳を引っ張られ、無理やり顔を近づけさせられる。
青井さんは何の他意もなさそうだから、こっちも心を無にして聞くしかない。
「あんたさ、ひょっとして何か病気でも抱えてるの?」
「え、いきなりなに?」
「あんたがリレーに推された時、桜乃がすごい反対してたから。結局多数決で押し切られちゃってたけど……。何か出られない理由でもあるのかと思って」
「うーん……多分、私が嫌がるって分かってたからじゃないかな。結城さん優しいし」
「……ならいいんだけど」
話が終わるなり、青井さんは素早く距離を開けた。そんなに近付くのが嫌なら最初から普通の距離で話してくれればいいのに。一応周囲に聞こえないよう気を使ってくれたんだろうか。
「とりあえず元気なら練習するわよ」
「……練習とは?」
「自主練よ。体育祭に向けて」
「うん、頑張って。じゃぁ私はこれで」
回れ右をして扉の方に走っていこうとしたんだけど、襟首を思いっきり引っ張られてしまった。自然と首が絞まる形になり、普通に死ぬかと思った。
「……なにするのさ」
「リレーのメンバーなんだから、あんたも一緒にやるに決まってるでしょ」
「えぇー……」
めんどくさいなぁ。でもそんなこと言ったら怒られるんだろうな。でも本当にめんどくさい。
「ほら、さっさと歩く」
「……青井さん、部活は?」
「体育祭前は基本停止なのよ」
「えー…………あ、結城さんは?」
彼女なら止めに入ってくれるかもしれないと辺りを見回してみたが、教室の中にその姿は確認できなかった。
「桜乃なら棒引きに出場することになったから、チームメイトの子たちに引っ張っていかれたわよ」
「希望が潰えた……」
「グチグチ言ってないで行くわよ」
「はーい……」
これ以上抵抗しても無駄だろうし、大人しく後についていくことにした。
教室を出て扉を閉めた後、ふと思い出す。
「ところで残りの二人は?」
「優花は先に行ってる。コモちゃんは……逃げられたわ」
やたら深刻な顔で言う青井さん。
……なんで逃げたんだろうか? 陸上部だし、走ることは嫌いじゃないはずだけど。私と一緒が嫌だからとかだったら申し訳ないな。
「小森さんは捕まえなくてもいいの?」
「んー……別にいいわ。コモちゃんは足速いし、バトンパスも上手いし、一人でも自主練してるだろうし」
「なら私も一人で自主練という方向で……」
「あんたは一人で自主練するタイプに見えない」
「はぁ……そういえば私って何番目に走るの?」
体育祭のリレーはスウェーデンリレーと呼ばれる方式に従って、第一走者から順に走る距離が増えていく。
第一走者が百メートル、第二走者が二百メートル、第三走者が三百メートル、第四走者が四百メートルで、合計千メートルだ。
まあ、私は足も遅いし体力もない帰宅部だし、長距離走らせてもメリットないだろうから、もちろん第一走者だろうけど。
「第三走者」
「異議あり! こればっかりはどう考えてもおかしいでしょ! 勝つ気ないの!?」
「もちろん勝つつもりよ」
なら順番が明らかにおかしいことに気が付いてほしいな。
……いや、でももしかしたらリレーにおいては第一走者というのも大事なのかもしれない。最初からあまりに引き離されたら、追いつける可能性が薄くなるし……ただ仮にそういう理由だとしても、私はせめて第二走者であるべきだと思うけど。
「走る順番もクラスみんなで決めたから、多数決であたしたちはなにも言えなかったのよ」
「……なるほど」
走順くらいメンバー内で決めさせてくれればいいものを。みんなで決める利点を一切感じない。
「リレーは得点も大きいし絶対勝ちたいの。それに、最下位のクラスは一ヶ月くらい校内で負け犬扱いらしいし……」
「……そうなんだ」
青井さんは何か苦い思い出でもあるのか、単なる負けず嫌いなのか、どうしても勝ちたいみたいだ。
「とにかく! 今日から体育祭まで毎日みっちり特訓して絶対勝つわよ!」
「えぇー……」
毎日なんて、めんどくさいにもほどがある。
青井さんの目は爛々と輝いているけど、私の目は今にも死にそうな勢い。それほどテンションの差が酷い。
「ちょっとはやる気出しなさいよ! なんのためにこの高校に来たの!?」
自分でも分からないけど、少なくとも体育祭を頑張るためではない。
続く




