【12.体調不良の理由】
朝ご飯を食べ終わった後、洗い物をして、漫画を読もうと思ってソファに寝転がったはいいものの、全く集中できなかった。
「……ちゃんと寝てるかな」
何故か妙に休みたがらなかったし、今もまだ起きてたりするんじゃないだろうか。
一度気になるとどうしようもなくなり、気は引けたけど確認に行くことにした。
足音を立てないように階段を上り、部屋の前に。
もう寝ている可能性もあるから、ゆっくり扉を開けた。
「和泉ちゃん? どうしたの?」
「あ、ごめん、起こした……わけじゃなく、寝てなかった?」
「ご、ごめん……和泉ちゃんが一人でご飯食べれてるかどうか心配で」
私は赤ちゃんか何かか。
呆れつつ部屋の中に入ると、結城さんがベッドから起き上がろうとしたので慌てて止めた。
「寝てなきゃダメだってば」
「ごめん……なんか寝転んで話すの落ち着かなくて」
「さっきから謝ってばっかだけど、そんなに気にしなくていいよ。私たちが今まで結城さんに家事を任せっぱなしにしてたのが悪いんだし」
むしろこっちの方が謝るべきなんじゃないだろうか。
でもいきなり「ごめん」とか言っても結城さんがより恐縮しそうだしなぁ、と思っていると、小さな声が聞こえてきた。
「……私、昔もよく体調崩してたでしょ」
「うん。ちょくちょく寝込んでたから、体が弱いんだと思ってたけど」
「体が弱いっていうか……昔から何かを楽しみにし過ぎると、ちょっと体調が悪くなるの」
「遠足の前に熱出すみたいな感じ?」
「そう……ごめんね、こんな年になってまで」
こんな年って言うほどの年でもない気がするけど。
それにしても、てっきり過労からの体調不良かと思っていたからよかった。……いや、よくはないか。しんどい思いをしてることには変わりないわけだし。
「この後、熱が出るかもしれないし……花火大会はやめた方がいいよね」
「まあ、そうかもね。……ん? もしかして花火が楽しみで体調不良になったの?」
「そうだよ……だからこんなに恥ずかしがってるんでしょ」
恥ずかしがってたんだ。
花火を見るのが楽しみだったのか、私と出かけるのが楽しみだったのか、一瞬真面目に考えかけたけどやめておくことにした。
「……それに、家族ならともかく、体調崩して和泉ちゃんたちに迷惑かけるのは嫌だったの」
「そんな心配今更じゃない? 昔もそんな感じだったじゃん」
「その時はお母さんたちもいたし……。今は居候の身なんだから、私一人でしっかりしないとって思って」
ぽそぽそと話す結城さんを見て、ようやく彼女が抱えていたものが少し分かった。
ようは、ずっと自分の存在がこの家にとって、私たち家族にとって邪魔になっていないか不安だったんだろう。
よく考えてみたら当然だ。仲の良い親戚とはいえ、家族ではない関係性の家に、一人で暮らし始める。私が結城さんの立場だったら、想像するだけで無理。
そんな状況の彼女に対する今までの自分の態度を思い出し、ちょっと反省した。
「しっかりって言ったって限界があるし……そもそも迷惑とか思わないよ」
「……そうなの?」
「そうだよ。私だって訳分かんないタイミングで風邪引いたりするし、そんなこと気にしないでいいよ」
誰だって好きで体調を崩すわけでもないだろうし、一番しんどいのは本人なのにそれを責める気になんてならない。
「……和泉ちゃん、子供の頃もそう言ってくれたよね」
「そうだっけ?」
「うん。遊園地にみんなで行く予定があった日、私が体調崩したから無しになっちゃって……その時も不機嫌そうな顔で言ってくれた」
「なんで不機嫌そうな顔で……」
「だって和泉ちゃん、遊園地すごく楽しみにしてたから。行きたいって提案したのも和泉ちゃんだったし」
そうだっけ。子供の頃のことはあまり思い出さないようにしているせいか、記憶が薄くなりつつある。
言われてみると確かに遊園地が好きだった気はしてきた。
「だから本当はすごく行きたかったはずだし、表情にもすごく出てたけど……それを私のせいにしないところが優しいなぁって思ってたよ」
「優しいというか当たり前じゃない?」
「和泉ちゃんはそういうところがいいよね」
どういうところなんだと思っていたら、結城さんが目を閉じた。話している途中だけど、ベッドで寝ていたから眠気が襲ってきたのだろうか。
これ以上邪魔をするのも何なので、大人しく部屋を後にする。
「……体が弱かったわけじゃなかったんだ」
ちょくちょく寝込んでいたら、てっきりそうだと思ってた。昔はあれだけ遊んだ仲だけど、知らないことも結構あるもんなんだ。
それにしてもさっきの言い方だと、昔は私たちと遊ぶのを楽しみにし過ぎて体調不良になっていたということか。
――一瞬、ちょっと可愛いと思ってしまった自分が恨めしい。
その後、お昼を過ぎるまで私は一人で適当に時間を潰した。
そしてちょうどお昼ご飯のカップ麺を食べ終わったところで、階段を降りてくる音が聞こえてきた。
立ち上がって見に行くと、フラフラとした足取りの結城さんと鉢合わせる。
「わ……あ、和泉ちゃん。ごめんね、すっかり眠っちゃって」
「むしろ寝るべきだから。体調大丈夫?」
「うん。でも念のために、やっぱり花火はやめた方がよさそう……ごめんね」
こっちが謝られるのは違うような気もするけど。
というか、こうも分かりやすくシュンとした顔をされると、見ていて落ち着かない気持ちになってくる。
「えーと、まあ、あの、来年行こうよ」
「……え?」
「なにその顔……そんなに今年見たいなら、他の地区の花火探して見に行くのでもいいけど」
「いや、そういうことじゃなくて……来年でもいいの?」
なんだか妙におずおずと尋ねられたので、黙って頷いたら、信じられないって顔をされてしまった。
……もしかして私って、相当態度悪いのか?
「あの、一応言っとくけど、私別に結城さんのこと邪魔とか……多少は思ってるけど、そこまで思ってないよ」
「多少思ってはいるのが和泉ちゃんらしいね……」
だってここで嘘ついたって仕方ないし。
でもこれは”結城さんが嫌いだから”というわけじゃなくて、家族以外の人が家にいると欲望のまま伸び伸びと生活出来なくて気まずいという意味でだ。
今までは一人で家にいる時間が長かったから、よりそう感じる。
「でもそれ以上に、作ってくれるご飯とか美味しいし、帰ったら誰かいるっていうのも悪くないなって思うし……あの、つまり、そういうこと」
「……どういうこと?」
尋ねてくる結城さんの目はどこか爛々としていて、明らかに分かっていて聞いている気がする。
言いたくないから誤魔化したものの、ここで照れたら負けだと思った。
「結城さんが来てくれてむしろ嬉しいと思ってるよ」
「……」
彼女は一瞬目を大きく見開いた後、何か言おうとして、結局何も言わなかった。
言わせたくせに黙るのはやめてほしい。素直に言った私がバカみたいじゃないか。
どうしてくれるんだこの空気――とか考えていたら、不意に腕が伸びてきて抱きつかれた。
「ちょっ、なに急に」
「和泉ちゃん、大好き」
「…………あ、そ」
呟くように漏らした私の答えは相当そっけなかっただろうに、結城さんは嬉しそうに笑っていて、悔しい気持ちになった。
◆ ◆
結局その日の夜、お兄ちゃんが帰りに買って来た花火を家の庭ですることにした――のはいいんだけど。
「高校生にもなって親戚三人で花火してもつまんなくねーか?」
「それを言っちゃおしまいだから……」
「もっと広い場所でなら振り回せて楽しいんだけどな」
並んで手持ち花火をしながらお兄ちゃんとそんな話をしていると、私の隣にいた結城さんが声をかけてきた。あの後、幸い熱も出ず、体調も大分良くなったらしい。
「二人とも、小さい頃は花火を振り回してしょっちゅう怒られてたよね」
「ま、シンプルに危ないからな。でも花火なんて振り回してなんぼだろ」
「私はこうやって普通にしてるだけでも楽しいよ」
「そっかそっか、サクちゃんが楽しいならいいや!」
とことん従姉妹に甘い兄である。
呆れていると、手にしていた花火が燃えつきたらしい結城さんが、それをバケツの水に浸した後で近付いて来た。
「和泉ちゃん、ありがとう」
小声でお礼を言われたけど、何に対してなのか分からず首を傾げる。
「花火大会に行けなかった代わりに、花火用意してくれたんだよね」
「買って来たのはお兄ちゃんだよ」
「でも頼んだのは和泉ちゃんでしょ?」
流石に察せられていたらしい。まあ、お兄ちゃんが突然花火買って来るなんて不自然だし、当たり前か。
「やっぱり優しいね」
「でも買って来たのはお兄ちゃんだから。私は出かけるの面倒だったし」
「いっちゃんも優しいし、和泉ちゃんも優しいよ」
……なるほど、その発想はなかった。
しかし、優しいって言われて、ありがとうって返すのも変な気がして、何も言えなくなってしまった。
「私は今でも手持ち花火も楽しいよ。ほら、綺麗だし」
結城さんの視線の先には、私の手にある花火。パチパチと弾ける色のついた炎は確かに綺麗だけど、それだけと言えばそれだけだ。
私はともかく、風情とか一切興味なさそうなお兄ちゃんはつまんないだろう。
そう分かっていたのに花火に誘ったのは、結城さんと二人は嫌だったからだ。
「和泉ちゃんと一緒なら何でも楽しい」
……こういうことを平気な顔で言ってくるから嫌なんだよなぁ。
続く




