【11.花火大会】
「和泉、あんた桜乃ちゃんを花火大会に連れて行ってあげなさい」
久しぶりに朝食を一緒に食べていたお母さんが、突然そんなことを言った。
「なに急に……嫌だけど」
「バカね、あんたに断る権利なんてないわよ。こんなに美味しいご飯を作ってくれてる桜乃ちゃんにちゃんと恩返ししなさい」
確かに料理下手なお母さんの料理を食べて育った身としては、現状はとても有難いけども……。
その理論で言うと、恩返ししなきゃいけないのは私だけじゃなく家族全員なのでは。
「ならみんなで行けばいいじゃん」
「出来たらそうしたいけど、私とお父さんはその日夜勤なのよ。樹と三人で行く?」
「……二人で行く」
小さい頃じゃあるまいし、兄と一緒に花火大会なんて行きたくない。
私が渋々頷いたのを見て、向かいに座っていた結城さんがお箸を置いた。
「伯母さん、家事はお世話になってるお礼だから恩返しなんて……」
「そもそもお礼なんていらないんだってば。それにうちの近所の花火大会はすごく綺麗なのよ。見ておいて損はないと思うわ、ね、和泉」
そーですね、と気の抜けた返事をすると、結城さんの視線が突き刺さった。
やたら不安そうな表情をしている彼女を見て、仕方なくフォローを入れておく。
「私も花火見たいと思ってたし、ついでだから一緒に行こうよ」
「……じゃぁお言葉に甘えようかな。ありがとう」
まあ、花火が見たいなんて嘘だけど。
でも私も、結城さんには改めてお礼なりなんなりをするべきだとは思っていた。
何せ家族全員家事が不得手な我が家に彼女が来てくれたおかげで、生活水準が明らか上がったから。以前の夕飯なんてほぼ冷凍食品かお惣菜だったし。
「ふふ、可愛い桜乃ちゃんとデートなんてよかったわね、和泉」
ちなみにお母さんは私が女の子を好きなことを知らない。だからこれは単なるからかいなので、無言で返しておいた。
朝食後、支度も済んだので家を出ようとしたら後ろから声をかけられた。
「あの、和泉ちゃん。花火大会の件だけど……無理しなくても大丈夫だよ。当日は他の友達と一緒に行って、伯母さんには和泉ちゃんと行ったって言うから」
なんという気の使われよう。花火が見たいって嘘も見抜かれてそうだ。
「他の友達と一緒に行った方が楽しい?」
「え? ……そういう比べ方はちょっと苦手かも……」
「じゃぁ、私と一緒は嫌?」
「…………それはむしろ和泉ちゃんの方じゃないの?」
「私は別に」
もしもクラスメイトと遭遇したらちょっと嫌だけど。
「……なら、一緒に行きたい」
「じゃぁ一緒に行こうよ」
「……うん」
なんかいちいち返事に間があるけど、何か思うところでもあるんだろうか。
「どうかした?」
「あ、いや……和泉ちゃんとデート出来るなんて思ってなかったから」
……あれはお母さんの冗談であって、別にデートではないんだけど。
「ケーキフェアの時も二人で出かけたじゃん」
「冗談でデートって言ったけど、あれはお使いだったから」
「違いがよく分からないけど」
「気持ちの問題なの。……オシャレして行くね。あ、浴衣持ってきたし着ようかな」
妙に張り切っている結城さんを見つつ一歩後ろに下がったら、いきなり手を掴まれた。
こっちも驚いたけど、向こうも反射的にそうしたのか驚いた顔をしている。
「えっと、今日は一人で行く?」
「うん」
「そっか……」
何となく一緒に行きたいんだろうなと思ったけど、提案するのはやめておいた。
あまり結城さんと仲良くなり過ぎても、多分お互い良い事にはならないと思ったから。
というわけで一人登校していると、背中をポンっと叩かれた。
「わ!? ……あ、松岡さん」
「高柳さん、おはよ。この間は応援に来てくれてありがとうね」
「いや、むしろごめん……何も言わずに帰っちゃって」
「そんなの全然。大半の子がそうだったし。私、誰にでも声かけまくってたから、みんなに帰る時声かけられたらむしろ大変だよ」
果たしてどれだけの人が応援に来ていたのか……友達の多い松岡さんのことだ、きっと相当なんだろう。
「それに私の出番の時はちゃんといてくれてたでしょ? 観客席のとこ見えてたよ」
「あんなに人がいたのによく見えたね」
「目には自信があるんだ。それに美形揃いで目立ってたし」
「確かに結城さんとお兄ちゃんが揃ってると目立つのかも」
どちらも顔が良いし。あとお兄ちゃんは背が高いからシンプルに目立ちそうだ。
納得していると、松岡さんがにこにこした顔でこちらを見ていることに気が付いた。
「……どうかした?」
「いや、無自覚なんだなって思って。高柳さんも可愛いよ」
「はあ……」
可愛いと言われても、そこまで嬉しい気持ちにはならなかった。だって女の子って何に対しても気軽に可愛いって言うし、社交辞令みたいなものだから。
「ありがとう」
「あ、信じてない顔してる」
何故バレたんだろうか。
不思議に思っていると、松岡さんがジーっと私の顔を見てくるから、落ち着かなくて視線を逸らした。
「本当に可愛いよ」
「……松岡さん、二度も言ってくれなくても――」
「あー! 優花ってばまた高柳と一緒にいるし!」
私の声を遮るように聞こえてきた大声に振り向くと、小森さんが立っていた。その表情は見るからにご機嫌斜めって感じだ。
駆け足でこちらに近付いて来た小森さんは松岡さんの腕をとり、自分の方へと引き寄せた。
「先輩たちが部活のことで話があるって言ってたでしょ、ほら早く!」
「そんなに急がなくても時間は十分あるってば……高柳さん、また教室でね」
ほぼ引きずられるようにして去っていく松岡さんを見送ってから、軽く溜め息をついた。
二度も言ってくるもんだから、うっかり本気にしかけてしまった。あんなにサラッと人を褒められるなんて、リア充恐るべし。
「和泉ちゃん」
「わっ!? え……いつからいたの?」
「ついさっき。本当に可愛いよ、の辺りからかな」
「あ、そう……」
あまり聞かれたくないところから聞かれていて、ちょっと嫌になった。
というか、見ていたなら声をかけてくれればよかったのに。
そんな思いから結城さんにジト目を向けると、笑顔を返された。
「和泉ちゃんは他の人の目から見ても可愛いんだなって分かって嬉しくなっちゃった」
「松岡さんは誰にでもああいうこと言ってそうなタイプだけど」
「そうかな……そういうお世辞は言わなさそうだけど。それよりせっかくだし一緒に学校行ってもいい?」
「……いいよ。あの、今更だけど、昨日はごめんね」
「何が?」
「いや、急に帰っちゃって」
結城さんは「あー」と言いながら頷いた後、ちょっと難しい顔になった。怒っているという感じではなくて、どちらかというと困っているような悲しんでいるような表情だ。
「気にしないで。私もいっちゃんも、優花ちゃんの走りが見れて楽しかったから」
こちらに気を使わせまいとした回答にむしろ胸が痛んできたけど、優しくされてるのに傷つくというのもおこがましい話だ。
松岡さんといい結城さんといい、私なんかに優しくしてくれる人はやっぱ人間が出来てるんだなぁ。
「……それにしても、優花ちゃん明るくて可愛いよね」
「うん、まあ」
「和泉ちゃん、ああいうタイプの人が好きそう」
何も飲んでいないはずなのに、思わず咽てしまった。
「な、何を言ってるのかな?」
「何となく思っただけ。ごめんね、声かけちゃって」
とんでもないことを言ってきた割には、さっさと歩いて行ってしまう結城さん。
その後ろ姿を見ながら、私は松岡さんの姿を思い出し、たった今言われた言葉をかき消すように頭を振った。
◆ ◆
花火大会当日、起きて一階のリビングに行くと、いつも通り先に起きていた結城さんがソファに座っていた。
テレビがついているけど、見てるんだろうか。その割にボーッとしているような気がする。
「おはよう」
「あ……和泉ちゃん、おはよう」
ゆっくりとした動作でこちらに振り向いた結城さんは、ソファから立ち上がり「朝ご飯準備するね」と言ってキッチンの方へ歩いて行った。
両親は揃って休日出勤、お兄ちゃんも相変わらず部活で、家には私たちしかいない。
花火は夕方からだし、それまで何して暇を潰そうかな。たまには結城さんを見習って掃除でも……いや、せっかくの休日に面倒だな。
「……ん?」
ふとキッチンの方を見ると、結城さんが顔を俯けていた。しかしそれは一瞬で、すぐにいつも通りご飯の支度にとりかかってくれている。
ただその動きが何だか妙な感じだったので、キッチンに移動してみた。
「大丈夫? 私、自分でやるよ」
「あ、大丈夫だから。和泉ちゃんは座ってて」
ワタワタと手を振りながら私から距離をとる結城さん。
普段はあまり見ないその顔を凝視すると、どうもおかしい気がする。そこまで暑いわけじゃないのに少し汗をかいているし、顔も赤い。
「……もしかして体調悪い?」
「う……ごめんなさい。実はちょっとしんどくて……でも熱は無かったから風邪じゃないと思うけど……何かの病気だったらうつるかもしれないし、こんな状態でご飯さわられると嫌だよね」
何の謝罪かと思えばそんなことを気にしていたなんてと、驚くと同時に呆れる。
「うつるとかそんなことより、結城さんの体調の方が問題でしょ。熱がないとしても、体調悪いなら寝てなよ」
言い終えた後に、今の言い方はちょっとキツかったかなと反省した。
「えっと……今まで家事とかやってくれてたから、その疲れが出たんじゃないかな。本格的に風邪とか引いちゃう前に休んだ方がいいよ」
「でも」
「でもじゃない。迷惑の度合いを考えるなら、風邪こじらせられる方が遥かに迷惑だよ」
確かに――というような顔をした後、結城さんは明らかに落ち込んだ様子で肩を落とした。
体調が悪いなら今すぐ寝たいだろうに、何をそんなに嫌がっているんだろうか。
よっぽど家事が好き……なわけはないか、流石に。
「分かった……寝てくる……ごめんね。お味噌汁は温めてあるから、後はお願い」
トボトボとした足取りでキッチンを後にする姿を見ていると、どうにも気まずい。
流石にここで声をかけないのは鬼畜過ぎるかと思い、口を開いた。
「しばらく私しかいないから、ゆっくり休んでて。後で様子見に行くから」
「……うん」
こちらを見て素直に頷く姿が小さい子供みたいに見えて、なんとも言えない気持ちになった。
続く




