【10.泣きたくなるような光景】
土曜日、家でゴロゴロしていたら、結城さんが買い物に行ってくると言ってきた。
こんな状況で「いってらっしゃーい」なんて返したら、うちの家族からフルボッコに遭うと思う。
「荷物持ちするよ」
「ありがとう。でも大丈夫だよ、学校帰りとかにもよく買い物して帰ってるし」
「休日に買い物任せてゴロゴロしてたなんてお母さんたちにバレたら絶対怒られるから」
「そういうことならお願いしようかな」
外は暑そうなので、帽子をかぶって玄関へと向かう。すると、先に靴に履き替えていた結城さんが、私の方を見て微笑んだ。
「可愛いね」
「え? ……あ、この帽子が?」
「帽子を被ってる和泉ちゃんが」
「……じゃ、行こうか」
いちいち返答に困るから、あまり変なことを言わないでほしい。
帽子を深くかぶり直してさっさと家を出ると、後ろから嬉しそうな顔をした結城さんもついて来た。
そんなわけで近所のスーパーで色々と買い込んだ帰り道。
暑いし重いしでさっさと帰りたい気持ちマックスになっていると、向こう側から見知った人影が二つ見えた。
「あれって……」
「優花ちゃんと寧々ちゃんだね」
結城さんの言う通り、確かにその人影は、松岡さんと青井さんだった。距離があるのでよく見えないけど、ジャージ姿で走っているようだから、部活中なんだろうか。
立ち止まって見ていると、やがて二人は近くまでやって来て、
「あっ」
「げっ」
私たちに気付くなり、全く正反対の反応をしてくれた。
松岡さんはどこか嬉しそうな声。青井さんは声から表情まですべてが嫌そうな感じだ――ただしその視線は結城さんじゃなくて私だけを見ている。正直で何より。
「桜乃ちゃんと高柳さんじゃん。やっほー」
「こんにちは。二人は部活中?」
「ううん、今は寧々と二人で自主練中」
「相変わらず練習熱心だね」
「えへへ。早く先輩たちに追いつきたいから」
仲良く話している結城さんと松岡さんを見ていると、向かいにいる青井さんに睨まれていることに気がついた。それはもう、視線だけで人を殺せそうな目つきで。
「……青井さんはなんだかご機嫌斜め?」
「いや、せっかくの休日にあんたの顔を見ることになるなんて……と、思ってたら自然に」
どんだけ嫌われてるんだよ。
「というか、なんであんたたち二人……スーパーで買い物?」
「あ……いや、偶然会っちゃって。立ち話中」
「……」
完全に疑っている目だった。まあ実際嘘なんだけどさ。その犯人を見る刑事みたいな目つきはやめてほしいな。
さて、どうしたものか。こっちを信じる気が全くなさそうな相手を、上手く誤魔化すほどの話術を私は心得ているかどうか。
視線をさまよわせながら考えていると、私よりも先に結城さんが口を開いた。
「実は私たち、従姉妹同士なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、私は結城さんを自分の方に引き寄せて小声で訴えた。
「ちょっと! それは秘密って言ったじゃん!」
「大丈夫だよ。二人は、和泉ちゃんが気にしてるようなことはしないだろうから」
まあ確かに、この二人なら変な心配はいらないのかもしれない。
青井さんは堂々と敵意をぶつけてくるタイプで陰口とは縁遠そうだし、松岡さんに至っては人のことを悪く言うイメージがない。
「へー、そうなんだ! 全然気付かなかったよ」
「従姉妹の割には、あんたたち教室では全然そんな感じしないわよね。仲悪いの?」
「青井さんは聞きにくいことをばっさり聞くね」
「別にそういうわけじゃないよ。家では仲良しだもんね?」
同意を求められたので、否定したら悪いかと思い、とりあえず頷いておく。
「へー、家では仲良しなんだ……って、家? 一緒に住んでるの?」
「うん。私の親が単身赴任で海外に行くことになっちゃったから、和泉ちゃんの家でお世話になることになって」
二人を信頼してるにしても、いくらなんでも一気にバラし過ぎじゃないだろうか。
ヒヤヒヤしていると、そんな私に気が付いたらしい結城さんが言葉を続けた。
「それで、出来ればこのことはしばらく学校のみんなには内緒にしてもらえると……」
「あー……そうね、なんか面倒なことになりそうだし。了解」
「うん、私も言わないよ。あ、そういえば二人って明日は暇?」
「私は暇だけど、和泉ちゃんは……暇だよね」
答える前に察さないでほしい。まぁ遊ぶ友達もいないし、もちろん暇だけど。
「明日新人戦があるんだけど、よかったら応援に来てくれないかな?」
そういえばこの間、そんな感じのことを言ってたっけ。なんとなく会話が流れてしまってすっかり忘れてた。
「優花、あんた誰彼構わず誘いまくるのやめなさいよ……まぁ桜乃が来てくれたら心強いけど。高柳和泉は……いない方がマシかも」
「酷い言われようだ……」
「とはいえ、あたしは出ないんだけどね」
「そうなの? じゃぁ松岡さんだけ?」
「ええ。出場枠から漏れちゃったから。もちろん応援には行くけど」
枠とかあるんだ。部活動のことは全く詳しくないから一つ勉強になった……今後使うこともなさそうな知識だけど。
「せっかくだし私は応援に行きたいな。和泉ちゃんはどうする?」
「んー……」
迷うフリはしてみたけど、答えなんて決まっている。
「どうせ暇だし、いいよ」
だってもし断りでもしたら、すごい目つきでこっちを睨んでいる青井さんにボコボコにされそうなんだもん。
「ほんと!? やった!」
松岡さんの表情がパーッと明るくなった。すごく嬉しそうだ。本当に人が好きな人なんだな。
「開催場所は?」
「ちょっと待って、あたしのスマホにメモが……あ、ここ。学校のちょっと先にあるんだけど、大丈夫そう?」
「場所的に調べればなんとか」
「じゃ、明日の朝十時からだから。よろしくね」
簡潔にそれだけ言って、青井さんは再び走り始めた。松岡さんも慌ててその後を追いかける。
「じゃぁ二人とも、また学校でねー」
「うん、またね」
笑顔で手を振る結城さんの隣で、私は軽く頭を下げておいた。
それから二人は仲良く並んで走っていく。
「……二人とも、頑張ってるね」
「そうだねぇ」
ただでさえ部活で疲れているはずなのに、その後に自主練とは。
二人とも無理強いされている感じはなくて、本当に楽しくて走っているんだろう。
そんな風に何かに打ち込む姿が、とても眩しく思えた。
「……和泉ちゃん」
「私たちもさっさと帰ろ」
何か言いたげな結城さんをあえてスルーして歩き出す。
彼女が何を言いたいのかは何となく分かる。けど、それに対しての会話はしたくなかった。
私の空気を察してくれたのか、結城さんも横を並んで歩いた。
風になびいて揺れる彼女の髪を横目で見ながら、ふと思う。
羨ましい。
多分、二人を見てそう感じたことは結城さんにもバレていたと思う。
けどもしそんなことを言えば、もっと結城さんを悲しませることになっただろう。だから言わないことにした。
◆ ◆
新人戦当日、私たちは会場となる施設にやって来た。
何故か応援の話をしたら、たまたま部活が休みだったらしいお兄ちゃんまで来ることになったのはいいんだけど、思ったより人が多くて参る。
人混みを抜け、席を確保してから適当な話で時間をつぶしていると、徐々に周囲に人が増え始めた。見ると、競技場にも様々なユニフォームの選手たちが集まり始めている。
「あ、優花ちゃんたちいたよ。ほら、あそこ」
「あー……ホントだ」
見つけるの早いなぁと感心しつつ、結城さんの指さした先を追いかけると、松岡さんと青井さんの姿があった。
二人とも滅多に見ない真剣な顔で、何か話をしているようだった。
「流石サクちゃんの友達……めっちゃ可愛いな」
どうやら二人は、年中野球のことしか考えていない奴でも理解出来るほどの可愛さらしい。
松岡さんは分かりやすいけど、何気に青井さんも美人さんだもんなぁ。並ぶと絵になると言うか、眼福とでも言うべきか。
なんて考えている間に、何人かの選手が並んでスタート位置についていた。
スターターがピストルを持った手を上げる。その動作で、今まで騒がしかった客席が水をうったように静まり返った。
「スタート!」
声と同時に乾いたピストル音が響き、選手が一斉にスタートを切った。それから十数秒で決着がつく。
それを何度も繰り返して、いよいよ松岡さんの番がやって来た。
他の人たちと同じように、スタートの合図が鳴ったと同時、全員が走り出す。
「わあ……」
隣にいた結城さんが静かに感嘆の声を漏らした。
すごい。
そんな単純な感想しか出てこないくらい、松岡さんの走りは圧倒的だった。
全然詳しくない私でも、陸上という競技が数秒のタイムを競うものだということは知っている。そんな中松岡さんは、他の追随を許さない速さでゴールを駆け抜けていった。
「……すっげ」
お兄ちゃんも珍しく野球以外のスポーツを見て感心している。
「優花ちゃん、すごかったね!」
「まさに快勝って感じだったね」
感心したのは私たちだけじゃなかったらしく、観客席からもちらほらと拍手が鳴りだすほどだった。
走り終わった松岡さんは、緊張が解けたのか笑顔を浮かべている。それから、先に走り終えていた部活仲間と一緒に健闘を称え合っているようだった。
文句なしの活躍を見せた彼女は頭を撫でられたり、すごい勢いで背中を叩かれたりと、とりあえず褒められまくっているようだ。
別にチーム戦じゃなくても、同じ部活の仲間が活躍すると嬉しいものなんだろう。
……なんか、ああいうの懐かしいな。
数年前は私もあんな輪の中にいた。そのことを思い出すと、ちょっと泣きたくなってくる。
まあ、こんな場所で泣き始めたらシャレにならないから本当に泣きはしないけど。涙腺のコントロールは私の数少ない特技の一つだ。
「……和泉ちゃん、大丈夫?」
「……」
せっかく人が特技を披露してるっていうのに、代わりに悲しそうな声を出すのはやめてほしい。さっきまで笑顔だったのに。何故か手まで握ってくるし。
――ああ、本当に嫌だ。
こうやって同情の目で見られれば見られるほど、あの頃の自分と今の自分を比べて気分が重くなる。
さっきまで普通に見ていられたはずの景色が、ぐにゃりと歪んで見えた。
ぐるぐるぐるぐる、景色が回ってる錯覚に陥って、胃の辺りが燃えるように熱くなる――端的に言うと吐きそうだ。
「大丈夫って何が?」
それがバレないように、本当に分からないという風な顔を作ってそう言うと、結城さんはますます不安そうに眉を歪めた。
……おかしいな。そんな反応が見たいわけじゃなかったのに。
誤魔化すのも無駄そうだったので、結城さんから視線を逸らして腰を上げる。
「ごめん。私、帰る」
「は? お前の友達でもあるんだから、最後まで見ろよ」
「後は二人で応援しといて」
松岡さんの走りも見れたし。
陸上に詳しくないから、この一種目だけなのか、他にも何か走るのかすら分からないけど。
どうであれ、こんな場所でゲロを吐くよりは見ない選択肢の方がまだマシだろう。
「私も一緒に帰る」
不安そうな顔をした結城さんが立ち上がろうとする。私はその肩を押さえ、無理やり席に座らせた。
「私は一人で大丈夫だから、松岡さんを応援しててあげて」
「……分かった」
なんだかんだで、結城さんは私の言うことを聞いてくれる。とはいえ、その表情は不安そうなままだけど。
「じゃ、ごめん、先帰るね」
軽く謝り、早足で二人のそばを離れた。
せっかく松岡さんが誘ってくれたのに、何も言わずに途中で帰るなんて――今度は自分のそんな不甲斐なさに泣きそうになった。
続く




