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第九章 首謀者の正体

 カルダルの城を目指して、満月を過ぎたばかりの空を総勢一〇〇名の魔族を率いて飛行した。私の直感めいた推測が正しければ――――いや、憶測は危険だと考え、飛行に集中した。

 時折振り返っては、デーモン族と吸血鬼族が変な諍いをしていないか確認した。純粋に飛行魔法のみで飛ぶデーモン族、皆マントを翼のように広げて飛ぶ吸血鬼族。この飛行、どちらが合理的か試そうと思ったが、陰謀解決の折には忘れていそうだ。

 この考えも忘れそうだが、何か備忘録の役目をする物がほしいと願った。何かこう書き留めておくような……

「――――下、陛下!」

 空中でビクリとして私はシュトーを振り返った。シュトーは私のすぐ左後ろを飛んでいた。

 シュトーは言う。

「陛下、ボーッとしていらしては、従う者も従いません。それに、陛下はお気づきでいらっしゃるのでしょう?この件はカルダルの問題行動ではなく単なる陰謀――――」

「シュトー、ぼんやりしていてすまない。だが、その先は言うな。全てはここぞという時に、私が動く」

 私の言葉を半信半疑で聞きつつ、シュトーは私から距離をとった。シュトーは血の気は多いが直感に長ける。

 ただ、私の理想とする世界は、理性によって運営されるものだ。残念ながら、シュトーの老後は退屈なものとなるかもしれない。

 私はまだ一〇〇年ほどしか生きていない。それが黒魔術師族から矢継ぎ早に来る報告の中にあった。それでは父や祖父は?と、尋ね返すと、予言通り約千年との事だった。

 デーモン族千年周期説、それは魔族、いやデーモン族にとって唯一の知識・知恵だった。そこから、祖父は脱却したかったのだろう。千年は飛躍の周期と、デーモン族で語り継がれてきた。そして、寿命がもう尽きかけた祖父は黒魔術師族の説得、ダークエルフ族やリザードマン族との同盟を組み、その運用を父に託して亡くなった。そして、魔族という統一の御旗の下に、最後に吸血鬼族を加え、統一を成し遂げた父から、私は統一国としての団結を強固にするように託されたと思っている。

 いかんな、と自戒した。最早目の前の陰謀が道化に思えて、この後の内政について考えてばかりいる。

 ひとまずは宵闇の中、満月を過ぎて間もない頃に吸血鬼族を相手にしようというのだ。「敵」が何らかの手を打ってくる可能性もある。

 私の先を飛び、一行を案内する形となっているシュペツが言った。

「魔王陛下、見えて参りました。カルダルの居城にございます」

 ひとまずは企みに乗っかって、ついでにカルダルの「学」の進み具合を拝むとしよう。そう考えつつも、抜剣しそうな全員に言った。

「全員、抜剣するな!する時は争いになる私は血が苦手でな。事を荒立てたくないのだ。何しろ血を見ると倒れてしまう」

 一同は飛行しながら、腹を抱えて笑った。

 カルダルの居城の四階余りの位置に着くと、大窓が内側から開いた。案内されるかのように、私たちは広間へと入っていった。



 私が率いる一〇〇人の軍勢は、カルダルに招き入れられた。わざわざ三〇〇人は収容可能な大広間で、我々を待ち構えていたわけだ。

 我々がぞろぞろと、全員が大広間に入るのを見て、カルダルは魔王の私に頭を下げた。

「これは魔王陛下、ご機嫌麗しゅう。しかし、この猛者たちは一体どういう事ですか?」

 シュペツは老齢のガラガラ声を絞り出して、

「黙れ、カルダル!貴様は魔王陛下のお言葉を無視し、新技術を独占――――」

「黙れ」

 私は音を立てず抜剣し、シュペツの首元に刃を当てた。

 シュペツは尚も食い下がるが、

「しかし陛下――――」

「私が三度言う時は首が飛ぶぞ」

 私の冷たい声に、言葉を発するのを諦めた。

 カルダルが言った。

「しかし、どういう言われか存じませんが、これだけの兵を引き連れてのご行幸とは、穏やかではありませんな。何用にございますか?」

 カルダルの平静な様子に、キーウィアが声を荒げた。こいつは吸血鬼族第二の実力者である。

「黙れ、改革改革と――――」

 血の気が立って収集がつかなく前に、私は魔法を使った。

「全員、動くな」

 私の一言の呟きで、私の背後にいる猛者たち全員が動けなくなった。麻痺させたのではなく、通常の数倍の重力で皆を圧したのだ。重力という不思議な力の存在は、祖父の代に黒魔術師族が発見している。曰く、横や上には何かしないと物は動かないのに、下には勝手に物が落ちる。もしかしたら月の満ち欠け、太陽の出番などは、この大地の動きに端を発しているかもしれないと。

 さて、動きを封じなかったカルダルは、

「えーっと、陛下?陛下は、その猛者たちを率いて、我が身を亡きものとするためにいらっしゃったのでは?」

 カルダルは展開に付いていけず、顔が困惑と混乱を生き来しており、美形も台無しである。

 私は告げた。

「何、私は陰謀を企んだ者と、お前の職務の遂行を監督しに来たのだ」

 私のすぐ横で床にへばりついているシュペツに目を向け、

「カルダル、このシュペツが、今回の陰謀の首謀者だ」

 剣で脇腹を突き刺し、カルダルに向けて突き出した。重力魔法からは解放されたが、我が魔剣に突き刺されては動けない。口から血を吐き出しながら、剣による痛みにも悶えつつ、シュペツは言った。この重傷による痛みで、陰謀を企てた経緯から、素直に白状した。

「我は、吸血鬼族、きっての識者。何か、あれば皆、が、我が下に集う。しかし、黒魔術師族、の、研究を、皆が、共有しては、我が出番は不要。そこで、情報を流布させ、カルダル憎しで、皆をまとめ、打倒を……うげ!」

 私は剣からシュペツを振り払い、治癒魔法をかけてやった。私の年齢が一〇〇というのが本当なら、それが倍になるまで生きるだろう、と思うだけの肉体的回復をさせてやった。

 こいつには吸血鬼族にあっては死ぬより辛い、光の届かぬ牢屋で昼型生活を送る拷問の末に死んでもらおう。

「カルダルよ、お前の監督がゆき届いてないから、隙を与えるのだ。このキーウィアなど忠義者だぞ。美女一人与えればシュペツ一〇人分の制度確立・運用・改善をしてくれる。精々役立たせろ!」

 私はカルダルを冷たく直視した。結果として、カルダルは自らの不手際を認めざるを得なかった。

「ぎ……御意」

「そう跪きたく無ければ働け」

 私からの一番の文句だった。



 そう、吸血鬼族、次いでデーモン族に欠けているのは、「働く」という感覚なのだ。どいつも一人で人を攫い、むさぼり食う。それが可能であったうちは良かった。

 けれども人類が団結して我々を根絶やしにしようと侵攻するようになって、話が変わった。こちらも団結せねば、という祖父の慧眼は正しかったが、すぐには人食いの魔物が団結できなかった。

 ようやくにして人類の侵攻を押し留めたのは、山岳地帯という住みにくく、攻められにくい場所まで後退した後だった。そして、父は危うい統一国という脆弱な国を、魔族を私に遺した。

 私自身、軍を指揮できるという自負はある。しかし、私はどちらかというと、進撃し、攻略していくための足腰、政治・経済の向上の方が性に合っているという理解もあった。

 今後魔族には「働いて」もらわねばならない。魔王だけが働く時代は終わったのだ。ゴブリン族には自身のために、皮革の防具を趣味感覚で作るのではなく、量産してもらう必要がある。

 まずは、各部族に何ができるか、各部族を巡って検討せねばなるまい。

 さて、働かせる前に、目の前のカルダルと陰謀者シュペツの処分が待っている。私は重力魔法も解いて、一〇〇人の戦士たちを立ち上がらせた。

「陛下も人が悪くございます。いくら我に血の気が多いとはいえ、おおよそ犯人のわかっているのでは、無闇に斬りかかる真似には及びかねます」

 シュトーはため息をついて立ち上がり、肩や腰を回した。私は謝る気はあれど反省する気はなかった。

「済まないな。だが一歩間違えてデーモン族と吸血鬼族の殺し合いに発展しては事だ」

 キーウィアからも文句は聞こえてきた。

「痛い……陛下、不意打ちでの重力魔法は……それで、陛下は、いつからシュペツが怪しいと?」

「ほとんど初めからだ。シュペツの言葉とキーウィアの言葉は異なっていたし、頭の切れるカルダルが陰謀めいた策略をして、自分がどうなるか分からぬ男ではない」

 カルダルは私の言に、肩をすくめた。

「陛下、しかし御自ら私の城に乗り込んで来たのは、何らかの狙いがあっての事でしょう?」

 私はカルダルの切り替えの早さに感嘆しつつ、不敵に笑った。

「なに、たいした事じゃない。お前の吸血鬼族への文字・数字・暦の普及のための取り組みがどうなっているか、確認したくてな」

「ああ、先ほどの伝書鳩は、そのためのご連絡でございましたか」

 カルダルが天井へ向けて手を伸ばすと、一羽、魔法の伝書鳩がその指に舞い降り、連絡を繰り返した。

 伝書鳩は伝言を繰り返した。

「失礼、わたくしデーモン族の法治部門の長、トレブランドと申します。後ほど大勢で赴くが、流血の惨事にはならないと思われる。安心せよ、以上が陛下からの伝言でございます。

 何卒よろしくお願い致します」

 シュトーもキーウィアも絶句した後、私への不満を唱和させた。

「我々は道化ですか?」

 二重の声が魔力を帯びて響くと、私も堪える。

 さて、それではカルダルを――――と思ったところへ、私の足に縋る小柄な人影一つ。

「へ、陛下。此度の企み、お詫びもし切れませんが、我を吸血鬼族の法廷ではなく、王族デーモン法廷で裁いていただきたい」

 シュペツの必死の訴えは、全員を静まり返らせた。



「我がデーモン族の法で裁かれたい、だと?」

 私はオウム返しに確認した。シュペツは言った。

「はい!王族裁判は、申し込めば出身を、部族を問わず裁いていただけるとか。どうか、吸血鬼族には我を引き渡さずにお願い申し上げます」

 ほとほと見下げ果てた性根だが、私は言った。

「良いだろう。法は、上に立つ者が自ら実践してこそ重みを持つ」

 これに反発したのがカルダルだった。

「お待ちください、陛下。話の詳細は未だ伺っておりませぬが、要はこれだけの人数で我が身の排除を企んだのでございましょう?ならば吸血鬼族の法規をもって、断罪するのみ」

 まだ我らデーモン族の法規が、シュペツが言った王族デーモン法廷として、他の部族の戒律、慣習を超える立場にない。かと言って、ここでシュペツをカルダルに引き渡せば、我が法規の恥となろう。

 私は言った。

「我が法廷に逃げ込んだ者は、我らの法規によって裁かれる。それはお前も知っておろう、カルダル。もっとも、今は我らの法より各部族の法が上位にある。

 お前の望みは叶うだろう。

 ところで、このシュペツはお前の所の執事みたいな者だろう。こいつにどうやって法の条文を吸血鬼族に周知させた?」

 カルダルは何の気なしに言い放った。

「それなら、我が城の入口に、条文を取りまとめた皮紙を貼り付けて誰でも閲覧可能かようにしております」

「この……馬鹿者がーっ!」

 私はこの日一番の怒りを込めて、我が重力魔法をカルダル一人に集中させた。およそ人類と同じような姿形の者とは思えない、背骨があるのか疑う水準の潰れ方をした。

 吸血鬼族は心臓を穿った上に首をもがねば死なない。なので重力魔法程度では息絶えない。

 私は怒声のままに喋った。

「私は部族内に部族の慣習・戒律を明文化したものを周知せよと言ったはず。城を持つ全吸血鬼をこの広間に集め、条文を記した紙を複製して全員に配るくらいせぬか!

 交流のある仲良し倶楽部の話ではなく、これは部族の政治の話だ。それすらわかってないか!

 いいか!このシュペツの裁判は三日以内に終わらせる。お前は全吸血鬼を召集しての部族会を開いて、条文を記した紙を配れ。良いな?」

「ぎぃ……御意ぃ……」

 カルダルの言質も取ったし、今の発言は伝書鳩を模した記録鳩に録音した。

 私はパチン、と指を鳴らし、カルダルの肉体も、凹んだ床も、乱れた絨毯も全て元通りにした。

「さ、流石は陛下……魔法で壊すも治すも思い通りですな」

「それは違う。服従の心までは獲得できぬ。私は私に従うのではなく、魔王に従うようになってほしいのだ。制度として、魔王の下に魔族が来るようにしたい」

 その場の誰もが、私の発言を理解しかねたようだった。だが、我が子、我が孫と、世襲で魔王に就任した者に、変わらず魔王としての敬意を払ってほしいのだ。そして魔王の下には、「魔族」という統一された民族による統一国があってほしかった。今はまだ、半分は私の実力で、もう半分は魔王という肩書きのために、魔族が従っているに過ぎない。

 私はカルダルに言った。

「我らが法廷は明日の月の出をもって開廷とさせる。カルダル、不満があるなら、見に来い。結果は変わらん」

「御意……しかし、そう上手く裁けますかな?」

「それを確認させるために、見に来いと言っているのだ。それでは、私はデーモン族を率いて帰還する。吸血鬼族も解散し、各々の城へ戻れ」

「御意」

 全員の賛同を得て、私は剣先にシュペツの襟元を引っ掛けると、デーモン族を率いてカルダルの城から去った。



 カルダルの件から一夜が過ぎた。私はその間、二〇件余りの陳情に忙殺されていた。執務室に籠り、伝書鳩の持ってくる書類にサインをし、不都合があれば裁可を担った。

 一人机に倒れ、愚痴を漏らした。

「補佐役、いや、事務担当の存在が欲し――――そうか!無いなら作ろう!」

 私は急に思いつき、浮き足立って部屋を出ようとしたが思い留まった。ここで下手に動いては、朝令暮改としてデーモン族の信用も失う。

 デーモン族は、いわば王族。一二部族の最高位に位置する存在だ。まして魔王を輩出する、魔王の母体にして私兵。それがデーモン族だ。下手な思いつきで、その都度制度を変えて信用を失墜しては、魔王は魔王でいられなくなる。

 私は空の紙を広げ、一番上に「魔王」と書き込んだ。他に現状制度化された組織というと、魔族会議が思い浮かんだ。魔王直下の組織である。

 次に書き込むべきが、魔王の行政府・法務部であろう。トレブランドが法務部を執行しているが、行政府の長は――――そうか、息子カールか。魔王の副官、実質的な次期魔王に相応しい。

 そしてカールやトレブランド率いる長の下、一二部族全ては、やはりデーモン族も含め、平等にした。

 これで「魔王」から下に線を引き、「魔族会議」を直下に置き、更に下に伸ばした線の横に行政府・法務部を据え、そのまた下に、一二部族が皆等しく置かれる。

 組織図としては、これで良かろう。細かい法律はトレブランド率いる法務部に一任し、行政府では決定できない問題を魔族会議で決する。それで上手くいくだろうが、各部族の現状次第では改定の余地は十二分にある。

「陛下、よろしいでしょうか?」

 ノック三回の後にカールの声がした。私はこれ幸いにと、執務室を飛び出した。

「へ、陛下?どちらへ?」

「視察だ、各部族のな。今溜まっている陳情処理はお前に任せる。失敗を恐れず、今日の日の入までに済ませておけ。どうしても決定しかねるものは五件以内にまで絞り込んでおく事!」

 私は一人飛行魔法で空へ飛び立った。カールは困惑して、

「へ、陛下の裁可を、我が身が?」

 情けない大声で呼びかけてきたが、尚も私は言った。

「お前も成人した次期魔王だ。政治は私の真似事くらい、やってもらう!では、頼んだ!」

 私は加速して、魔王城を飛び出した。普段から正装していると、こういう時に便利だな。そう思い、日差しを浴びながら、ぶらりと旅に出るようなものだ。

 しかし唯一持っていたのは、紙を小さく裁断した物を束ねた手帳とペンである。この手帳が埋まるくらいに、改善点を列挙して日の入前に帰還するつもりであった。

 人類が侵攻してくる季節も近い。吸血鬼対策で、なるべく夜の短い期間に勝負を決したがっているのは、毎年感じる。最も強大なデーモン族より、人類には仲間を吸血鬼にされ、襲われる方が怖いようだった。

 


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