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第一〇章 初めての巡幸

 高速で空を駆けつつ、私は挨拶も兼ねて黒魔術師族の集落へと向かった。リザードマン族の山林やダークエルフ族の森林など、城から近い地域にある集落は後回しだ。

 黒魔術師族は物質を熱するのに便利なよう、火山を根城としている。近くに温泉や川の流れる地帯があり、水を動力とする水車もあった。

 水車小屋が見えたので、私は小屋の近くに下り立った。私の着地が見えたらしい黒魔術師が、小屋から出てきた。

「デーモン族の方ですかい?こんな辺鄙な所まで、何の御用で?」

 どうやら私の人相は割れてないらしい。私はこの状況を楽しんで言った。

「なに、単なる物見遊山だ。他の部族の仕事を見るのも大切だと、魔王陛下が仰るのでな」

 私は小川の流れで動く水車に近づき、黒魔術師に尋ねた。

「なるほど、こうして川の流れを動力にしているのか。中では何に繋がっているんだ?」

 黒魔術師は面倒そうに言った。

「何だってそんな事を?そうですな、最近では、人類の餌としている丸薬作りが主ですな。一度粉まで砕いて、固めるんです。固めるのは我々黒魔術師にとっては容易ですが、様々な物体をまとめてすり潰すには、結局この方法が一番なんです」

 不思議とこの丸薬は、食料である人類を生かしておくのに多大な貢献をしている。黒魔術師族特製の品らしいが、昔どうしても魔族が食したらどうなるか、好奇心を抑えられなかった黒魔術師がいた。食べてすぐは影響がなかったが、やがて苦しみ出し、血を吐いて死んだと聞く。

 以来これを食そうなどという魔族はいなくなったものの、人類は冷凍すると溶融させられない種族もいるし、人類丸ごと冷凍・解凍するのは手間だ。結局、この丸薬を黒魔術師族に大量生産してもらい、人類に食わせるのが一番という事で落ち着いた。

 私は手帳にペンを滑らせながら、水車小屋の中まで見せてもらい、仕組みを完全に理解した。わかってしまえば、複雑な機械ではない。

 一通り書き記し、外に出て、小屋の主に質問した。

「このような機械は、あちこちにあるのか?」

「一〇箇所ございます。しかし、最近の需要の増大で、増築を検討しているとテアレース様は仰ってました」

 私は疑問を覚えた。

「この小屋の隣に、もう一つ作るのではいけないのか?」

「ちっちっち!それは素人の発想です。魔法も駆使して、水で回転する部分をよく視てください」

 私は様々な「目」を使った。我々は様々な物を「視る」事ができる。光の反射の仕方、人体の透視、果ては視るのとは反対に、視界に入った者を操る目など、影響を与える事すら可能だ。

 私は空気の分子を視るように、水流を観察した。一点、ある事に気づいた。

「水車に触れる前より、水車を動かした後の方が、水の流れが遅い?」

「その通りです。流れる水の力の分水車を回し、水車を動かした分だけ水流は遅くなるのです」

 なるほど、と感心した。力の量、何と言えばいいのか――――

「力の量の総和が変わっていない事を、何と言う?」

「力の量?どういう事です?」

 私は実にもどかしい思いをする一方、ここで学べるのはここまでだと悟った。

「仕事の邪魔をして悪かったな。私はテアレース族長に会いに行く」

「族長のところへ?行っても、すぐ会えますかね?」

 私は可笑しさを堪え切れなかったが、私の身分は黙ったまま、宙に浮いて言った。

「テアレースとは知り合いでね。では、さらば」

 森の木々の上に出ると私は高速飛行に移った。



 微かに煙を立ち昇らせる火山。そこに横穴を掘って、内部に侵入した所に、黒魔術師族中心の研究所があった。

「ここか」

 私は穴の傍に下り立った。デーモン族にはやや窮屈な穴だが、かがめば歩いて侵入できそうだ。しかし中から出てくる空気がとてつもなく熱い。体に障りがある、などというレベルではなく、履いている革靴が溶けないか心配するほどだ。

「冷気魔法を使うか。しかし、黒魔術師族は中でどうやって活動しているんだ?この温度では、まともな生物は活動不能だと思うが……」

 私は衣服も含め、体を丸ごと冷気で覆った。これなら微々たる魔力消費で、熱中症や靴の心配も無くなる。また、全身を魔力で覆うので、余計な汚れも遮断できる。

 私は屈んだ姿勢で、暗闇の洞穴を一〇〇歩ほど進んだ。足腰への負担が大きくなった頃、急に開けた場所に出た。

 そこは赤く照らされた場所だった。溶岩溜まりの周りに、黒魔術師族たちが大勢いて、実験・思考に耽っているらしい。

 溶岩溜まりの熱は、私の冷気魔法を貫通してきた。仕方なく、冷気魔法を強化して事なきを得た。

 しかし、行われている行為はさっぱりわからない。何かを溶岩に浸けてみたり、溶岩をすくってみたりと、素人目には何が起こっているのかさっぱりわからない。

 しかし以下の事は痛感した。

「黒魔術師は知識の探究を諦め、『全てわかった』と思った時が寿命というが、それは本当らしいな」

 溶岩溜まりに落ちたら、冷気魔法を使っていても重体になりかねない。溶岩に落とされて無事で済む魔族などいないだろう。

 それは黒魔術師族とて同じはずである。にも関わらず、命の危険を冒して実験に励んでいるのは、黒魔術師としての矜持が成せる業だ。

 私が一歩一歩、溶岩溜まりの傍――正確には溶岩流の上に空いた穴だったが――に近寄ると、制止する黒魔術師が一人。黒魔術師にしてはガタイが良く、外套から筋肉質の腕を覗かせていた。

「デーモン族の方とお見受けしますが、勝手にこれ以上入られては困ります。どうか、お引き取り――――」

「陛下!」

 そこに、テアレースの声が響いた。テアレースは急いで飛行してきて、魔法の杖でガタイの良い黒魔術師の頭を叩いた。この時初めて気づいたが、テアレースは頭部だけでなく、全身が黒い闇で出来ていた。さすがは何千年と生きてきたとされる、黒魔術師族の長である。

 テアレースは杖で何度も黒魔術師の頭を叩いた。ガタイの良い方は、まだ全身が黒ずんでいるだけで、完全な闇とは言い難い。これが族長と配下の差なのだろう。

 テアレースは言った。

「これはこれは陛下、何もこんな所までいらっしゃらなくとも、御用とあればこちらから出向きますものに」

 私は謝罪しつつも、目的を言った。

「済まない、驚かせる気はなかった。彼の事ももそろそろ許してやれ。

 私は、各部族の実態を、何も知らないと思っていてな。現場を知らねば、適切な命令もできない。だから素性を伏せて、こうして各地を巡回する事にしたのだ」

「なるほど……確かにおもてなしの用意をされていては、正確な視察とはいきませんからな。さすが陛下、よくよく人心を心得てらっしゃる。

 でしたら、私めがご案内しましょうか?」

 私はテアレースには申し訳ないが、首を横に振った。

「いや、このガタイの良い黒魔術師に案内してもらおう。テアレースは、責任者としての義務を果たしていてくれ」

 広い鍔付きの長帽子から、黒い影に浮かぶ黄色い目が残念そうだった。

「左様にございますか……あ、では、タレードをお呼び致しましょうか?陛下の下に人質のように献身されて二千年……あやつは三代の魔王陛下の中で、今上の陛下が一番の傑物だと申しております。早速テレパスで――――」

 テアレースの言葉は遮られた。

「もう参っております」



 タレードは杖を持ち、テアレースの背後に立っていた。黒魔術師族特有の帽子と外套を身に着け、黒くなった肌をしていた。

 少しの間で様変わりした姿を見て、私は驚いた。

「タレード!見違えたな。すっかり黒魔術師族の一員だ」

 テアレースは、タレードの近況を私に報告した。

「タレードは我らの元に戻って以来、大変研究に精を出しております。本来、この溶岩の空洞は、冷気魔法で身体に異常をきたさずに、この熱に耐えられる者しか入れません。

 タレードは一日で、十分な水準の冷気魔法を習得致しました」

「いえいえ、単に長く、魔王城で執事として働いていたから、年の功というやつにございます」

 私は、黒魔術師族の中で立派な働きをしているタレードを、誇らしく感じた。

「よくやっている。そこまで卑下せず、テアレースが褒めるだけの事があるのだから、誇っていいぞ」

 タレードの頬を涙が伝った。

「失礼――――陛下のお言葉は、常にわたくしめを鼓舞させてきました。今もそれは変わりませぬ。

 それではテアレース様、魔王陛下の案内は、わたしめが担当するという事でよろしゅうございますか?」

 涙を拭うタレードに、テアレースは快諾した。

「構わんぞ。長く忠誠を捧げてきた方なのだから、水入らずでご案内して差し上げろ」

「承知致しました」

 テアレースとガタイの良い黒魔術師族二名は、去っていった。

「さて、では案内を頼むか」

 小柄なタレードに視線を落とすとタレードは跪き、

「何なりと、陛下」

と、恭順の意を示す格好をとった。そして尋ねてきた。

「それで、陛下はどこからご覧になるか、ご希望はございますか?」

 私は迷わず答えた。

「この溶岩流で何を行っているかだ。これだけ莫大な火の力は、魔法でも再現できまい。これを使って何をしているのか、まずはそれを知りたい」

 遠目に、溶岩流の周りをあくせく動く黒魔術師族が確認できた。

 しかし、私が期待したほどの回答は得られなかった。

「ふ〜む、そう仰られましても、溶岩でも溶けず、砕かれずの物質の合成に、皆が四苦八苦している程度ですかな……もしくは溶岩に浸ける事で物質に変化が起きるのかなど、いわゆる錬金術の領域から一歩も出られていません」

 錬金術は、人類社会でも流行っていると聞く。願いを叶える超常物質の生成や、完璧な物質、すなわち破壊不能の物質の作成などを目指す活動全般を指す。しかし、そんな「おとぎ話」は実現できていない。

 私は言語化できない、もどかしい思いを感じていた。



 やっと言葉にできるまで、しばらく沈黙していたが、どうにか言葉にできた。

「もっとこう、何と言うか――――先ほど外の水車小屋を見たのだが、溶岩流そのものを活かした装置のような物は作れないだろうか?」

「?どういう事でございましょう?溶岩流に水車を作るのは、不可能と言っていいほどにございますが……」

「いや、それなら水の流れを活かした方が良い。この熱さ、熱を利用して、何らかの動力源とできないか、という話だ」

 ふと、私は自分で口にした、「水」という単語に糸口を見出した。

「水……水を溶岩に落とすと、瞬間的に蒸発するな?」

「左様でございます。溶岩自体に落とさずとも、この溶岩流の周りの温度であれば、多くの水もどんどん蒸発する事でしょう」

 私はタレードに尋ねた。

「蒸発した水は、どうなる?」

「水蒸気と化し、猛烈な速度で空気中に広がります」

「もし、水蒸気で風車のような物を回したら、莫大な動力が得られないか?溶岩に浸けずとも、溶岩の上を通らせるだけで、水は蒸発するだろう。密閉された管の中を水蒸気は高速移動する。その水蒸気の力を、何か別の形で動力源とできないかと思ったのだが、どうだろうか?」

 タレードはしばし黙っていたが、小柄なため、広い鍔付き帽子に隠れて表情はわからない。

「なるほど……それは、妙案かもしれませんな。というか、そもそもこれだけの熱量があるのだから、ボイラーとして利用しようとする考えすら浮かばなかった事自体、灯台下暗しというものです。陛下の案、後ほどテアレース様に掛け合って参ります」

 しかし、そこで私は言った。

「私の発案ではなく、タレードの発案という事にしてはどうか?」

 タレードの帽子が横に動いた。

「陛下、研究に携わる者として、発案者や改良者の名を偽るのは、最もやってはいけない事です。私はこの考えを、『魔王陛下の発案』として、テアレース様に掛け合います。それでよろしいですか?」

 私は、タレードに非礼を詫びた。魔王という立場上、膝を地に着くわけにはいかないが、精一杯、謝罪の言葉を述べた。

「済まなかった、タレード。非礼を詫びる。お前の事を、侮辱してしまった。本当に申し訳ない」

 タレードは慌てた。

「いえいえ、陛下、陛下は無礼を働いても許されます。しかし臣下が無礼を働けば許されません。それだけの上下関係が、陛下と臣下の間にはございます」

 タレードはそう言ったが、私は君主論を説いた。

「昔、父に言われてきた。臣下に恐れや敬愛されるのは良いが、恨みや怒りを買う事はするなと。侮辱は人の恨みを買う。私はそれを実行したまでだ」

 タレードは跪いて敬服した。

「陛下の人徳、誠に素晴らしく存じます。タレードは陛下に仕えられて光栄でした」

 私は苦笑して、

「褒めすぎだ」

としか言えなかった。

 さて、黒魔術師族の工房の視察もある。

「タレード、引き続き、黒魔術師族の集落や工房の案内を頼む」

「御意」

 かつての関係を思い出すようで、妙な懐かしさを覚えた。



 黒魔術師族の工房は、生活を営む集落のすぐ隣に設けられ、個々人の研究場所が確保されている。雨天でも問題ないよう屋根付きだ。

 一人に一つの机、それが数百人分にもなるのだから、個々人の出す音は小さいものの、工房内は非常にやかましい。

 皆工芸なり研究なりに没頭しているので、私とタレードに気づく者はいない。

「さて、ご覧になりたい箇所や研究はございますか?」

 タレードの言葉に、私は答えた。

「以前、人類から数学を教わったろう?あれを専門的に研究している者はいるか?」

「数学――――確か一人変わり者として見られていますが、研究している者はおります。ご案内致します」

 工房の中を歩きながら、やかましいので私はタレードとテレパスで会話した。

(しかし、陛下も何故変わり者と見られている者の研究にご興味がお有りで?)

(数学には大きな可能性が秘められている。私にはそう思えるのだ。例えば、物の運動の様子を、あらかじめ数学で予測できたら、どうだ?)

(それは大発見ですな。しかし、そんな馬鹿な、とも存じますが、陛下の直感は正鵠を射る事ばかりですからな。

 着きました。この者です。魔王陛下本人と伝えると騒ぎになりかねませんので、名代という事でよろしゅうございますか?)

(構わん。確かに工房内でパニックが起こるのは避けたい)

 私が承諾すると、タレードは研究者に声をかけた。

「おい、アイズ、来客だぞ」

 机上の紙に無数の数式を書いている、黒魔術師は振り返って顔を上げた。

「タレード様?そちらの方は?」

 タレードは私を紹介した。本当の身分を隠して行動するのは楽しい。

 タレードは続けた。

「デーモン族名代として、各地を視察に回っておられる方だ。騒ぐな!この工房が騒ぎになっては困る」

 アイズと呼ばれた若者――緑の皮膚だがしわ一つない――は、椅子から立ち上がり、頭を下げた。

「はじめまして、アイズと申します。わざわざ私の所までいらしていただき、感激です」

「私はデルモスだ。数学を専門にしているとの事だが、どういう研究をしているのか、教えてもらえるか?」

「はい!以前、人類狩りに同行した際、人類の数学者らしい者に鉢合わせまして、そいつを殺し、書物をごっそり頂戴してきたのです。

 しかし中々解読できませんで、他の黒魔術師にも笑われる始末です」

 私はアイズの机上を見た。a×a=a²、3xという文字の組み合わせや、垂直に交差させた線を曲線や直線が書かれている。

 私は、「a×aに何の意味がある?」と以前ボヤいた経験から、「この研究は大成する」と確信した。

「研究の邪魔をして済まなかった。引き続き、励んでくれ」

 私の言葉に、

「は、はい!」

と、笑顔で返事をした。

 私とタレードはその場を離れ、工房を出た。

「何か集落での暮らしに、困り事はないか?」

 私が尋ねると、タレードは首を横に振った。

「いえ、我々黒魔術師は、人類の中で人類を憎むような奴を見つけては、改造して同族にする一族。雌雄の区別もなく、暮らしぶりは安穏そのものです」

 タレードの言葉に、私は笑って冗談を言った。

「確か、族長は前の族長の推薦で決まるのだったな?」

「はい、左様でございます」

「次に族長に選ばれるのは、タレード、お前かもしれんぞ?」

 タレードは驚きの余り固まった後に、次のように言った。

「わたしめが族長など、滅相もない」

 私は笑い、手帳にメモ書きをした。

 タレードが言った。

「それは、手帳でございますか?」

「そうだ。しかし、この分だとすぐに無くなりそうで困る」

 タレードは提案した。

「ならば、複製を作りましょう」

 タレードは杖を手帳に向けて、魔法を行使した。複製があれよあれよという間に、地に落ちた。その数、一〇は超えていよう。

「助かったよ、タレード。お前を家臣に持てた事は、望外の喜びだ。研究、実るといいな」

「はっ、まずは先ほど陛下よりご提案いただいた装置を、試してみようと思います」

「そうか。では、私は次の巡回先へ行くとしよう」

 複製された手帳をマントのポケットに収納し、空へと飛び立った。


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