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第八章 部族跨ぐ陰謀

 朝、私はゆっくり覚醒した。柔い物に身を包まれ――――というところで、クルクとメールルの相手をしたのを思い出した。

 薄目で、なるべく首を動かさず左右を見た。私の右腕を、クルクが抱いて寝ている。左はメールルの胸や手足が私の左腕を絡め取っていた。

 困った、起きられない。とはならないのが、魔法を極めた魔王の証。

 私はベッドの傍に自分の似像を生み出した。やがて魔力を注ぎ込んで、似像と本体が逆転すれば、やがてすり抜けたように脱出できる。

 完全に脱出できたところで、私は安心できた、はずだった。

「アルク?」

「魔王様〜?」

「わたくしたちが、目の前で行われる魔法行使に気づかないとお思いですか?」

 魔神ゲー・デーモスよ、と内心神への呼びかけをしたものの、俯いて片手で顔を覆った。

「さあ、アルク?」

「裸の魔王様を見る限り、その気になってるじゃないですか」

 今にも飛びかかって来そうな二人に両手を伸ばし、動物にやるような身ぶり手ぶりを交えて告げた。

「待て、待ってくれ二人とも。昨日のうちに執事から、連絡役と仲介役は息子に引き継いだ。今朝は朝からデーモン族の部族会を皆に通達して、その会合がある。うかうかしていると息子が来るのだ。頼む、三人とも裸の姿を、特に二人の神秘的なまでの裸体を、他の男に見せたくない。たとえ息子であってもだ」

 私の説得に、二人は顔を見合わせた。不承不承といった体だが、次の瞬間には飛びかかって来そうな気配を感じ取れる。

 こうなれば、最後の手段だ。

 扉を三度ノックする音と共に、男の声がした。

「父……いえ、陛下?」

 突然の物音に加え、第三者の声は、慌てさせられるに十分だった。クルクもメールルも慌てて服を着て、扉を開けて、

「失礼します!」

「カール様!すみません!」

 扉の前にいたカールは扉に押しつぶされ、消えた。

 全ては私の幻影魔法だった。扉の前に息子カールの似像を作り、小芝居をさせたのだった。

 私が悠々と服を着終えたところへ、本物のカールが不思議そうにやってきた。

「陛下、何かあったのですか?やけに騒がしかったご様子ですが……」

「気にするな。というか、しないでくれると助かる。女房と仲の良い愛人という奇妙な関係を持つと、二対一で敵わぬ」

 息子は笑った。

「子の私よりお盛んで」

 そこまで言われると、我ながら情けなくなる。

「それより、副官になってみてどうだ?政治部門の副官も、執事の代わりに就任させてみたが」

 カールは驚くばかりだった。

「公的に届く伝書鳩三個、デーモン族内の陳情五件……一日でこなすのは至難の業です。父……いえ陛下は、これを毎日処理なさっていらっしゃると……」

「適当に理由を伝えて遅延させてもらう時もあるがな。まずは公的な伝書鳩を見てみるか。ついて来い」

「御意」

 私はカールを引き連れ、魔法の伝書鳩の伝聞を確認しに向かった。



 魔王城の公的な魔法伝書鳩には、最大で一〇羽止まる事ができる。今日は三羽、量より中身が肝心だ。

 一つは元執事の挨拶だった。早速研究に従事させてもらい、成果は私的にも公的にも伝えていきたいとの連絡である。

「マメな奴だ。もっとも、だから手元で小間使をさせるには丁度良かったのだが」

 息子は気分を害したようである。

「我が、元執事に劣っていると?」

 私は正直に答えた。

「違いは、そう目立たないな。だがどうしても、同族を使役させるには抵抗がある。たとえ手足と思っているとはいえ、跡取りに小間使気分で命ずる事はできないさ」

 評価されているのか、蔑まれているのか、判断のつかぬ息子を放置し、私は二通目の伝書鳩を見た。しかし、書簡がない。何故かと問う前に、伝書鳩が喋り出した。

「私めは吸血鬼族のシュペツと申します。陛下、最近の魔族会議では、様々な改革が推し進められているようですが、カルダル族長がその内容を公にしないのです。お助けのほどを」

 これは頭の痛くなりそうな問題だった。場合によっては、カルダルを吊し上げねばなるまい。不老不死の我らにとって、数年の変更など朝令暮改、などと強がっていながら、配下をまとめる事さえできぬとは、呆れた奴だ。

「陛下、これは……」

「ああ、吸血鬼族との戦にも発展しかねない事案だ。後でこの旨、デーモン族全員に伝えろ」

「御意」

 最後のは、ゴブリンの族長ビンゴルからのものだった。


 文字は劇的な変革をもたらしました。我が皆の陳情を聞く際に、まとめて読んで理解する時間を与えてくれました。問題は、文字を学習するのが得意な者と苦手な者とがいる事です。


「これは、陛下の大手柄なのではございませんか?」

 嬉しそうに言ったカールに対し、私は思索に没頭していた。文字を扱う得手不得手、これは想定外の問題だった。

 種族ごとに習得に差が出るのは想定していた。だが種族内でも差が出た時にどうするか、考えもしていなかった。

「カールよ、同じ種族内で文字習得に差が出る場合、いかにして解決せしめようか?」

 カールは目を泳がせつつ、眉間にシワなど作り、しばらく黙った。そして少しの間を置いて言った。

「学習機関を設けるのはどうでしょうか?同じ種族内で教え合うように、文字の読み書きができる者ができない者に教えるのです」

 合格点の答えであるが、一点、注意をした。

「魔王を待たせる時は『お待ちを』と一言付け加えるようにな」

「あっ……も、申し訳ありません、陛下」

 私は笑って言った。

「わかればよろしい。いずれお前が息子にも、そう言う時が来る」

「あ、そうだ、妻が二人目の子を懐妊しました」

「なんだと?馬鹿者が!そう言う事は、重大な知らせとことわって、最初に述べるのだ!お前は当分、元執事以下と思え!」

「ぎ、御意」



 小部屋が周囲に並べられた大部屋。小部屋との境は薄手の簾しかない、話が筒抜けの部屋。そこがデーモン族部族会場として使われてきた。

 デーモン族の部族会を、カールに触れ回させて召集した。デーモン族の一家の長たち八名に加えて、魔王である私の九名が車座になり、事を決する。これでも多数決なのは、不合理なのか合理的なのか、判断がつかない。

 最大派閥の長、シュトーが口を開いた。

「陛下は文字だ暦だと魔族会議に力は入れても、我々同族を軽んじていらっしゃらないか?」

 この一言に、

「そうだ!」

「陛下!定期的な部族会を!」

 私は素直に非を認めた。

「わかった。今回の一件については私の失策だ。今後は、魔族会議のある日の昼間に、デーモン族部族会を開く。意義のある者はいるか?」

 全員が黙して、頷き合った。

「よし、これで部族会の件は良いな。あとは、陳情として出ていたものを順次この場で片づけようと思うが、その前に一点だけ、私から言わせてほしい。

 諸君、諸君は、魔族における王族だと思っている。今でこそ、部族会として、各派閥に分かれているが、分断の危険性は可能な限り、避けておきたい。

 今後、この部族会も改革の対象とするが、それで良いな?」

 これには反対はないらしい。

「御意」

と、一同は唱和してくれた。

 続けて陳情の件を一つずつ挙げるつもりが、最小派閥の長オッポが泣きそうな勢いで私の言葉を遮った。

「陛下!娘と姪っ子が、吸血鬼族の所に入り浸って帰ってこないのです!どうにかできませんか?」

 陳情の一件だったので、いずれ話し合うつもりだったが、順番が狂った。

「それはマズイな。伝書鳩で、その二人を帰さねば吸血鬼族を敵対的勢力の候補とすると、全魔族に共有させる。

 花婿候補は……シュトー!お前のところにヤンチャな独身貴族が何人かいて困っていると陳情にあったな。この奔放な娘二人を結婚相手にしてはどうか?」

 シュトーはほとんど迷いなく、

「御意」

と答えた。私としては意外だった。そんな弱小派閥の娘との結婚など!と、怒り出すとばかり――――そこでシュトーは口を開いた。

「いるよなぁ、派閥のデーモンが増えてくると、そんな厄介なのが……それはよく分かる。

 陛下、この件、我とオッポは完全に利害が一致したと見なします。何なりと申し付けください。解決に関しても、全力で事に当たります」

 シュトーとオッポ、真逆の二人の共闘とは珍しい。いずれにせよ、陳情の二件は解決も同然だが、私は重ねて言った。

「協力関係はありがたい。だが、これは全魔族の問題として、吸血鬼族に最後通知を突きつける。それで良いか?」

 シュトーとオッポは息まで合わせたように、

「御意」

 そう答えた。

 私は次の問題に移り、話を進めた。



「――――では、デーモン族全員への文字習得の教鞭を執る役は、シュトーの派閥から人員を出す。異議のある者は?」

 全員が黙った。

「それでは、シュトーとオッポは婚礼の儀の用意を。帰ってきたら魔王の名の下、即座に儀式を開く」

「御意」

 そこで私は宣告した。

「部族会はこれで終わりとするが、最後に、この国の二番目の権力者の紹介しよう。トレブランド!」

 私の背後から、トレブランドが歩み寄ってきた。皆が気配に気づかなかった様子で驚いているのを見ると、隠密魔法で姿を消している存在に無意識だったらしい。

 幽霊でも見るような顔つきの皆に、トレブランドは立ったまま深く腰を折った。

「皆様、ごきげんよう。この度、魔族裁判長の大役を仰せつかったトレブランドにございます。デーモン族の調停、陳情の解決は勿論の事、全魔族の問題に裁定を下し、問題の平和的解決を試みます」

 トレブランドを見上げる皆に、私は願い出た。

「ついては、文字や法律、数字に早く理解を示した者を、トレブランドの下に集めてほしい。

 大雑把に言ってしまえば、戦は下手だが戦場の把握は得意だったり、部屋で本にかじりついているような者だ」

「陛下、こう申し上げてはなんですが、何の役にも立ってない奴らを集めて、どうなさるおつもりで?」

 シュトーの憚らぬ物言いに、私は言った。

「役に立ってもらうのさ、今まで不遇を囲っていた、そういう者たちに」

 私は立ち上がり、短い演説をぶった。

「我らデーモン族の下に、魔族は統一された。魔族会議は円卓だが、デーモン族は王族である。魔族全体から見て、頂点に立つ魔王に続く王族である。

 王族の我らが、その他魔族まで含めて裁くのだ。これ以上の権力があろうか?

 ただ、忘れてはならぬ事もある。我らが王族なら、身なりは常に整えねばならない。言葉遣いは、丁寧でなくてはならない。そして感情よりも、論理を優先させねばならない。

 それらをもって、初めて魔族の王族たるデーモン族となり得るのだ。我らは粗暴な暴力で魔族を統一したが、権力は、我らが魔族で一番優れているから維持されていると、他の諸部族に教えてやろうではないか!」

「おおぅ!」

 握り拳を、私に続いて皆も上げてくれた。魔王はまず、デーモン族族長なのだと、思い知らされる気もしたが。

「それでは、全員武装できる者は武装させろ!半数は吸血鬼族への進軍、指揮は私が執る。残り半数は我が副官カールを指揮官とし、トレブランドが補佐をする!

 意気込むのは良いが、標的はカルダル一人の可能性もある。また、カルダルが無条件でこちらの要求を飲んだ時は、軽い罰を与えて終いとする。

 戦ではない!戦に臨む覚悟で、平和的解決をするのだ!私一人では、宵闇の吸血鬼たちの相手では不十分だからな!」

 シュトーが補足してくれた。

「要するに、あのプライドだけは高い吸血鬼族の鼻っ柱を叩き折る、その認識でよろしいですな、陛下?」

 私はそれに答える形で続けた。

「その通りだ!我らデーモン族よりも優れているとうそぶく不届きな連中に、どちらが上か思い知らせてやれ!」

「応ぅ!」

 皆の闘争本能に、火が灯っていた。



 黄昏時、私と私に従うデーモン族は、急峻な崖の連なる山岳地帯、そのあちこちに城を構える吸血鬼族の縄張りに足を踏み入れた。

 黄昏時での侵攻になってしまった上、満月を過ぎたばかりで、吸血鬼族の力は予断を許さない。

 私は伝書鳩を飛ばし、シュペツに吸血鬼族の入口で待っているよう命じておいた。そのシュペツから、弱いテレパスが届いた。

「陛下、魔王陛下。それ以上進むとカルダルのかけた結界探知にお触れになり申します。一度、真下の森に下りていただけませんか?」

 先頭にいた私は、即座に後ろに展開する部下に命じた。

「全員、進軍を中断!眼下の森へ下りろ!」

 一瞬、全員妙な顔をしたが、上官の命令は絶対なのがデーモン族の法である。皆揃って森の中にに降り立った。

 森林内のほとんど真っ暗な中に、シュペツはいた。吸血鬼族にしては珍しい、老齢の外見をしている。以前聞いた限りでは、人間の娘と恋に落ち、それ以来血を吸っていないらしい。

 シュペツは黒い外套から老いた青白い顔だけ出して話し始めた。

「よくぞいらしてくれました、陛下」

 私は剣を抜いて近づき、問いかけた。

「シュペツ、お前が知り得る可能な限りの情報が欲しい。吸血鬼族の中で、族長カルダルは何をしている?お前は吸血鬼族の中でもカルダルに次ぐ位置にいるはず。何故我らデーモン族に助力を求めた?」

 シュペツは下手に出て言った。

「陛下、ご無礼申し訳ありませぬ。カルダルは、定期的に開催される魔族会議の改革内容を、取るに足らぬ、と切り捨て、何が起こっているかも我らに知らせぬ有様。この森には、カルダルに反抗心を燃やす吸血鬼族二〇名ばかりが集まっております」

 シュペツの言葉で、闇夜から吸血鬼が何人もの吸血鬼が姿を見せた。

 私は面識のあったその中の一人、キーウィアに尋ねた。

「シュペツの言う事は本当か?」

「御意にございます、陛下。カルダルは我らに朝令暮改を強いているようなものにございます」

 私はキーウィアの発言で、おおよその事は見当がついた。剣を収め、皆に言った。

「皆、ひとまずは話し合いの余地がありそうだ。全員、抜剣は合図してからで良い」

「御意」

 吸血鬼族含め、全員が跪いた。シュペツだけが、跪きつつも、

「しかし、陛下!相手は魔王陛下に迫る強さを持つと言われるカルダル。しかもこの先は、奴の結界内ですぞ!

 不意打ちの危険性を考えると――――」

 私は足元に縋るシュペツに、先ほどの言葉を繰り返した。

「話し合いの余地がある。抜剣はまだで良い。三度は言わぬぞ、シュペツ。それとも、希死念慮でも芽生えたか?」

 シュペツはうなだれ、

「御意……」

と、力なく跪いた。

 私は全員に言った。

「デーモン族、吸血鬼族の順番などは問わぬ。各自、飛行し、私に続いてカルダルの城を目指せ!」

「承知!」

 シュペツ以外の全員がまとまり、デーモン族は飛行魔法で、日の入後の空を、吸血鬼族はマントを広げて飛び立った。吸血鬼族曰く、マントを広げると楽に飛べるらしい。

 このあたりの現象も、黒魔術師族に研究させる必要があるな。

 何かあるとすっかり学者肌になっている思考を振り払い、今はこの陰謀を決着させる事に集中させねばと気を引き締めた。


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