第七章 魔族の法律
翌月の満月の日、私は魔族会議を召集した。
族長たちは書記を連れて参内し、自分たちの戒律を一覧表にしての召集に不満たらたらである。
「何故我ら一族の不文律を文字にせねばならぬ」
「陛下の考えがわからん」
「陛下は、思慮深い、方です。お考え、お有りでしょう」
私は魔力を抑え、気配を消して円卓の様子を扉の外から覗いていた。賛同してくれているのはゴーレム族と黒魔術師族くらいか。ゴブリン族やリザードマン族、スケルトン族はどっちつかずと言ったところで、ミノタウロス族などは無表情。感情は読み取れない。
「説得するのは骨が折れそうだ」
私はげんなりしつつも、正装で、執事に書かせてあった法律の条文を書いた大きな紙を丸めて持ち、遅れ気味に室内へ足を踏み入れた。
「諸君、遅れてすまない」
「魔王陛下、万歳!」
一応全員息を合わせて敬礼するだけの団結心はあるようで、そこは安心した。君主も部下の扱いを誤れば死ぬものだ。楽に務まるわけではない。
私は観察眼を最大限使いながら、皆を一望して自分の席に向かった。しかし着席はせず、片手の紙を円卓上に置き、両手を卓上に突いた。
「族長諸君、今宵もよく集まってくれた。各部族の慣習、常識を、わざわざ明文化するのに、反感を抱く者も多かった事だろう。各地域に書記を派遣して、他部族との習慣の違いを何度も洗い出した事は、さぞ煩わしかったと思う。
しかし、これは我々魔族にとって必要不可欠な事だ。我々は、人食い種族として、人類に魔族と大雑把に一括りにされてきた。しかし、こうして団結した今、我らは諸部族全体をもって、自ら魔族を名乗っている。奴ら人類の蔑称を、全ての種族を代表する言葉として、逆に誇らしげに使ってやろうではないか!
今回の戒律・慣習の収集は、我らが一個の国としてまとまるためのものだ。同じ法律、同じ決め事の下に、魔族は統一されるのだ」
私の演説に、拍手したのはカルダルだった。無論、皮肉の意味を込めて。
「さすがは魔王陛下、素晴らしいお考えです。ですが我ら吸血鬼族のような高尚な文化・慣習を、ゴブリンなどに理解できるでしょうか?」
当然ながら、ビンゴルは怒り心頭に反論する。
「この差別主義者めが!その傲慢さが、『ドラコンの惨劇』を引き起こしたのだ!」
この言葉には黙っていられなかったカルダルは、机に乗っかる勢いで立ち上がったが、私はカルダルもビンゴルも制止した。
「圧されよ」
私の魔力そのものの圧力で、二人を立っていられなくさせた。通常の数倍の重力をかけ、無理矢理着席させた。
二人が座るのと同時に、私は言った。
「こういう種族間の争いがあった時、異なる慣習や取り決めでは、公正な調停は難しい。だが暴力に訴え出すと、種族間全体の争いになりかねない。そこで、私は魔族全体に通じる一般法を考えてきた。
とはいえ、あくまで草案だ。本日決めたい事は二つ。一般法をより良く整備する事。もう一つは各部族の戒律と一般法の関係をどうするか、この二点だ」
こうして、長い会議が始まった。
カルダルは言う。
「我が誇り高き吸血鬼族の文化を、明文化しただけに飽き足らず、他部族全てと共有とは……陛下、忠臣として諫言致しますが、百害あって一利なしの施策にございますぞ」
カルダルは座ったままだが、天を仰いで片手で顔を隠した。この馬鹿の小芝居は放っておくとして、カルダルの言った事は、大なり小なり各部族が共有している思いであるのは承知している。
何故法、いや戒律や慣習をわざわざ明文化し、しかも共有しようとするのか、私の考えを理解している者は一人もいまい。
しかしこれは必要不可欠だと信じている。自分たちの部族ではこのように処理していた問題を、他部族ではこう処理しているのか、自分たちはどう処理しているかと、自らの部族の優劣を改めて認識してほしいのだ。
そしてその上で、自発的に魔族一般法を受け入れる土壌が出来上がってほしいのだ。デーモン族の法として提出した成文法だが、当分はデーモン族だけで運用し、デーモン族の保護を求めた者のみ、この法で裁く事に決められた。
カルダルの哄笑の後、私は卓上に手を突いた、立ったままの姿勢を崩さず言った。
「皆も法の共有の効果は半信半疑であろう。しかし、我々は先代魔王によって、武力でまとまったに過ぎない。連帯し、一個の国としてまとまるには、まだまだ時間がかかる。
このデーモン族の法だが、裁判所を設けて、そこで争いを決着させる事としている。もしデーモン族の保護を求める者がいたら、いつでも魔王城を訪れてほしい。デーモン族の法の下に裁定する。
当分は、このデーモン族の法を諸君の上に置く事はしない。自分たちの法の下で生活してほしい。ただ、法の条文を変えるのであれば、魔王城にも伝書鳩を飛ばしてほしい。こちらも諸君の法の条文の写しは持っておきたい。
トレブランド裁判所長!」
私は声を張り上げ、扉の外に待機していたトレブランドを呼んだ。
トレブランドは扉を開け、背筋を伸ばして入ってきた。私の傍に立つと、深々と族長たちにお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。デーモン族の裁判所所長の任を仰せつかった、トレブランドと申します。裁判所、と言っても、人類のもののように裁定を下すのみならず、法律業務全般を扱う機関、とお考えください」
トレブランドの挨拶が終わると、私は言った。
「見ての通りだ。トレブランドにはこの場で魔法を用いて、皆が持ち寄った戒律の写しを作らせる。そして、写しと原本の双方に、以下の条文を加える。
条文に変更がある場合、必ず族長の責任で裁判所に届け出ると。これを怠った場合、デーモン族の裁判所にて裁きを下す。
以上だ」
私が発言を終え、トレブランドが写しを取っている間に、ダークエルフ族長から質問が飛んだ。
「ただちに死刑、ではないのですか?」
私は、その質問が誰かから来るものだと推測していた。私は答えた。
「それだと、獣と変わらぬ。我らは魔族。獣かもしれないが、人類と戦い得る、知性ある生物だ。
破る恐れの無い内容かとは思うが、これも誓いの天秤にかけて、皆の同意を得たい」
族長は皆顔を見合わせつつも、魂を天秤にかけ、全会一致で法律の制定は成った。
――――ゆくゆくは、この天秤も無くしたいものだ。
その思いを内心に秘め、私も魂を天秤に載せた。
カルダルは皮肉を込めて言った。
「我々吸血鬼族は、不老不死を体現した者。此度の法律なるものは、数年で取り止められる事を祈りますぞ」
しかしカルダルの思いは、この先裏切られる事になる。
各部族の法の条文が書かれた皮紙を、トレブランドは他の部族分の写しを取って回った。
トレブランドは、元々内政で輝く人物である。一角の武将としての能力もあるが、それは側面に過ぎない。父の戦後処理を補助し、見事なものにしたのは、間違いなくトレブランドだった。
父の遺言の一つが、
「トレブランドは信頼できる」
で、あったのも、義理堅い性格で補佐役としてはうってつけだ。
「皆様、ご協力ありがとうございました。各部族の法律・戒律の条文は、この場でお配り致します」
トレブランドは何十もの皮紙を、間違える事なく宙に浮かべ各部族長の元に配った。
「行き届いたな?だいぶ厚い紙束になってしまったが、族長は手が空いた時にでも、他部族の法や戒律と、自分たちのものを比べてみてほしい。そして、自分たちの法で、不完全だと思う点は改めてほしい。
そうして、ゆくゆくは魔族の統一法を打ち立てたい、というのが私の夢だ。実現にはほど遠いがな。
また、先の人類狩りの戦いぶり、実に見事であった。魔族という名称が人類からの借用なのは癇に障るが、魔族の名の下、我々は統一され、一個の国となった。私が国王で各族長は臣民という事になるが、身分の差などあって無いようなものだ。陛下という呼び方は続けるが、気楽に呼び立てて構わない。
国民たる魔族の一人一人が、我が代え難き財産だ。誇り高き魔族の一員だと、その認識を、魔王である私から、部族の民一人に至るまで、共有したい。
私からは以上だ。異論はあるか?」
円卓は沈黙に包まれた。そもそもが、言葉を喋る知能はあっても、議論や話し合いに慣れていない部族も多い。何かある度に魔力製伝書鳩が飛び交うより、議題をまとめてこの会議に持ってきてほしいのだが、それも時が解決する事と信じたい。
「あ、魔王陛下、一つお願いが」
窓の外からそう発言したのは、ゴーレム族長サッソコルだった。
「なんだ?議論なら歓迎だが?」
席に着いた私に、サッソコルは穏やかに言った。穏やかとはいえ、三階のこの部屋の窓に頭が届く巨体である。部屋に響き渡る声量だが、威圧の魔力がこもってないので、穏やか、であると長全員がわかっていた。
しかしサッソコルの「お願い」は、実に事務的なものだった。
「あの、できたら、わてらにも、読める大きさにしてくれないかと……」
私は椅子から転げそうになったが、トレブランドに言った。
「トレブランド、皮紙の拡大、頼めるか?」
「御意」
トレブランドはサッソコルが指先の中に収まっていた書類を、一つずつサッソコルの顔よりも大きいものへと巨大化させた。
「ありがとう、ございます、陛下、トレブランド卿」
既にトレブランドを卿と呼ぶあたり、従順な怪力と巨体というゴーレム族の表現を体現している。
私は言った。
「他に何か意見はあるか?今後はこの場で、各部族間の調停を図りたい」
皆黙り、静寂が円卓を支配した。
私は告げた。
「それでは、今回の魔族会議は閉会とする。解散!」
それにしても、他の部族長たちは呑気に呼び出されているのに、主催者の私は会議の前準備が忙しくてかなわない。
「お疲れですか、陛下?」
小声で言葉をかけてきたトレブランドに、私は肩をすくめて苦笑するしかなかった。
トレブランドと共に会議室から出ると、執事が幾つか紙を持って待機していた。
「どうした?今日はもう下がっていて良いと言ったはずだが?」
執事は申し訳なさそうに、
「誠にすみません。実は、デーモン族の方々に呼ばれ、陛下も副族長閣下も会議中で、私が用件を聞く事に」
小柄な執事に合わせ、私は言った。
「良い、私こそ、邪険に扱うような言い方で良くなかった。それで、用件とは?」
執事は顔を上げると、私に報告した。
「はい。陛下はデーモン族の間で、文字や数字を普及させる気はあるのか?あるなら学ぶ機会を作ってほしい。
また、他の魔族を中心に扱って、同族の我らを顧みない。
そう言った陳情がありまして……」
足元に火が点きかけていたようである。私は告げた。
「魔王の名において、幾らか命ずる必要がありそうだな」
「この件でしたら、私にお任せくださいませんか?できれば明日の朝、デーモン族共同の部屋にお越しください」
私は一瞬、トレブランドが自己の権力拡大を図っている可能性を疑った。だが、私を呼ぶ以上、私の懸念が的外れか、魔王の権威を借りたいかのどちらかだと結論づけ、その言葉に従った。
「わかった。政治的卓越さ、お手並み拝見といこう」
「はっ!陛下の権威なくして成せない策ゆえ、お越しをお待ちしております。では、本日はこのあたりで失礼致します」
トレブランドが去ると、私は執事にも下がるよう言おうと思ったが、文字の件で思い出した事がある。
「そうだ、この際決めてしまおう」
トレブランドに合わせ、立ち上がっていた私を、執事は見上げた。
「何か、御用向きでございますか?」
「お前の名前だ。サードと聞いたが、人類たちの間では三番目の子、というのだろう?仮にも魔族が代替わりするほどの期間、名無しで過ごしてきたなら、いっそ変えるべきではないか?何か欲しい名はないのか?」
私は再び膝を折り、執事――サード――と同じ目線で話をした。既に魔王となって三ヶ月ほど経つが、その間の業務は執事無しには遂行できなかった。部下かもしれないが、私にとって多大な恩義ある存在であった。
執事は、畏まって言った。
「もし陛下から名をいただけるなら、ありがたき幸せにございます。しかし、このままでも不自由はしてません。
陛下、陛下は部下の命運を左右できる立場にあらせられます。陛下が私に新しい名が要ると思えばその通りに、そうで無ければ、執事、ないしは黒魔術師族の時に一七四番と呼ばれていたままで十分にございます」
黒魔術師族も、特に名を設けず、番号読みしていたのを忘れていた。族長のテアレースの呼称は、肩書きも同然なのである。
私は決断した。
「お前に、私から名を授ける。タレード。万物の起源という考えに至った三番目の人、とでも言えば、格好はつくかな?」
私のいい加減な名付けに、執事は涙を零した。
「やはり、不適当だったか?」
慌てた私に、執事は首を横に振った。
「違うのです。番号ではなく、言葉で名前を呼ばれるのが、これほど嬉しいとは思わず……」
「そうか。名付けた甲斐があった」
微笑む私に、タレードは言った。
「そうとなると、一つお願いがございます」
「なんだ?何でも言ってみろ」
タレードの目に、固い決意が宿っている。
「万物の起源に関して合理的説明をしたのは、現族長テアレースで二番目。三番目の存在になるため、お暇をいただきたいのです」
思えば我がデーモン族へのタレードの献身ぶりは、並大抵のものではなかった。もし望みがあるなら、ここで聞いてやるのが筋というものだろう。
ほとんど間を置かず、
「魔王アルク・デルモスの名において命ずる。万物の起源について、合理的説明のつく三番目の者となれ。
良き報告を、期待しているぞ」
そう私は言っていた。
「御意。陛下も、吉報をお待ちいただきたい。必ずや命に従ってみせます!明日改めてご挨拶に伺いますゆえ、今夜はこれにて御免」
タレードは暗い魔王城内の闇へと消えていった。
「ふぅ〜、疲れたな」
私は私室に戻り、正装のままフラフラになりながら寝台に倒れ込んだ。だが、予感していた気配を感じ取って言った。
「メールル!いるのだろう?」
ふふ、という声と共に、寝台の上に位置する天井から、メールルが姿を現して落ちてきた。仰向けだった私の頭を、乳房で挟む事も忘れていない。
「毎度毎度天井に隠れると、蜘蛛みたいで大変なんですよ〜。ほらほら、魔王様、気持ち良くなってきたでしょ?」
私は、確かに性的快楽を感じてはいたが反論した。
「妻の前で、はい、と頷けない質問だな」
「やはり、アルクにはわかりますか」
そう言って、クルクが隠密魔法を解き、寝台横に姿を現した。
私はメールルを引き剥がすように離すと、寝台に座り、妻クルクに向き直った。
美麗であり、どこか上気しているらしいのが、窓から差し込む月光の下でもわかった。今は寝間着用のガウンを着ているが、上気の理由がわからない。
「どうした、クルク?俺とお前の間で、隠し事は無しと言ったのはクルクだぞ?」
そう言った途端、クルクの頬は一気に赤みを帯びた。そして軽く全身を震わせ、伏し目になった。
メールルが囃す。
「ほら、陛下もこう言っているんだし、疑問を解いてしんぜましょう」
クルクはガウンの帯を解き、ガウンの端を持ってゆっくり前を開いた。下着も一切付けてない、クルクの裸体が露わになった。
「美しい……」
「ふ、夫婦とはいえ、私だけこんな……恥ずかしい……」
クルクはそう言って体を小刻みに震わせている。
私は言った。
「そうだな、夫婦平等でないとな」
私は立ち上がり、その場で正装を脱ぎ捨てた。かしこまった上着、黒いズボン、シャツ、下着全てを。そして言った。
「今度はクルクの方が、平等でないな」
クルクはガウンを落とすと、恥じらいが限界を超えてしまったようだった。裸体で、私に飛びついて唇を重ね、私を寝台に押し倒した。
「もう、貴方を滅茶苦茶にしたい。そして、わたくしをどうにでもしてほしい」
私にはクルクから、火が燃え盛るような、発情というべき感情が察せられた。いつの間にか、裸になったメールルも加わり、本当に滅茶苦茶な有様となった。
女の肌が満月で白く照らされつつも、火照って、うっすら赤みを帯びている。
「ちょっと、待て……二人がかりで責めるのは……」
「アルクは意外と被虐嗜好があるのかしら」
「魔王様、気持ち良い?二人の女に責め立てられて」
「二人がかりだと、力技で無理矢理引き剥がすか、魔法でも使わないと拘束できない――――そうか」
私は指を鳴らし、二人に拘束魔法をかけて身動きが取れないようにした。寝台上で捕縛された二人を見下ろし、私は言った。
「二人とも、覚悟はできてるだろうな?」
夜はまだまだ長い。それからは拘束魔法なしで、三人で滅茶苦茶になるほど交わった。




