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第六章 朝令暮改

 婚礼の儀の後、私は改革につぐ改革に追われた。数字の導入、暦の確立……枚挙にいとまがない。それによって一週間――これも導入した暦に拠るが――に一度は魔族会議を召集する羽目に追われた。

 しかし、度重なる魔族会議の負担は、各部族にも大きかったようだった。

 批判の先鋒は、予想通りカルダルであった。

「魔王陛下、これでは我らが一々集まるのも負担と言うもの。それにこうも様々な事を改められては、朝令暮改に等しいと言っていいでしょう」

 私は反論できなかった。事これに関しては、カルダルに理があると思ってしまったのだ。

 私が黙ったままだと、他の部族長からも不満が続出した。

 リザードマン族は、

「我らは基本は徒歩だ。飛行魔法は使えても短時間。魔王城がもう少し遠かったら通うのは不可能です!」

と言い、スケルトン族長レスケトネも、

「これでは先に行った人類狩りで得た食料も尽きてしまいます!」

 そう述べた。日頃の雑事ではほとんど食事を必要としないスケルトン族は、歯で人を食いちぎり、喉の辺りで「飲み込み」消化する。飲み込んだ食料が消えた先はわからない。本人たち曰く、魔力で人類を栄養とするらしい。その栄養が多く必要になるのが、魔王城と棲家の往復であると言いたいのだ。

 批判が不満の爆発と化し、他の部族にまで波及する前に、私は言った。

「わかった!これについては、諸君に理がある!私に非があった事は認めざるを得まい。

 しかし、魔族会議の重要性は、昨今何度も開催してきた事で理解していただけたろう。様々な改革で、諸君らの世界に対する知識も深まったはずだ。

 よって魔族会議は、今後も定期的に開催する。ただし、一ヶ月に一回だ。これなら文句はなかろう?」

 私の宣言に族長たちはざわめきつつも、賛同の意志に傾いたようである。

 しかし、その様子にまたも楔を打ち込んだのはカルダルだった。

「なるほど、諸々の改革を一ヶ月に一回共有しようというわけですな。結構な事でございます。これなら、各部族の不満も溜まりますまい。

 しかし陛下、陛下は近頃、庶民から『人類かぶれ』と噂されている事をご存知でしょうか?改革は結構な事ですし、それ自体に反論するのは難しいものです。

 しかし悲しいかな、それが我らの食料に過ぎぬ人類からの拝借物では、人類の真似事との非難をかわすのは、感情的なもの故に実に難しい」

 カルダルの言葉は、半分は自己の不満から来たものだろう。しかし、もう半分は事実であろう。最近のデーモン族やその他魔族が私を白い目で見ている事くらい、承知している。むしろカルダルの非難によって、その理由に納得がいったくらいだ。

 私は静かに、しかし円卓の隅々まで聞こえるように言った。

「人類かぶれ、その非難、甘んじて受け入れよう。しかしカルダルよ、お前の絹織物の服は誰から教わった?腰に帯びた片手剣は?マントは?

 それらは全て、人類が持っていた物を模倣して作られたはず。我らデーモン族は他の部族より人類の真似が早かったから、魔族の覇権を握ったのだ。そして今ではどの魔族も、衣服を整え、正装する事を覚えた。

 私を人類かぶれと言うなら、自分がどんな格好をしているか、顧みてはどうだ?」

 私の反論に、カルダルは勇んで立ち上がっていたのを、言葉を失って椅子に着いた。力なくうなだれる様子から、よほど私の反論が効いたらしい。

 私は言った。

「黒魔術師族によって、一年の暦は出来た。今後は毎月一日に、魔族会議を開く事とする。不便している事があれば、是非議題にしてほしい。それでは、異論が無ければ本日の魔族会議は解散とする」

 私の面目は、どうにか失わずに済んだ会議であった。



 各部族の族長が帰った後も、私はしばらく円卓の間で一人考えに耽っていた。椅子に座り、両肘を卓について顔の前で手を組む姿勢だ。


 人類かぶれ

 人類の真似


 その二言が頭から離れなかった。これらの声が余りに多くなると、父の築いた魔族の統一国も分裂してしまう。

 不意に心に浮かんだ「国」という言葉に、私ははたと膝を打った。

 そうだ、これは国なのだと。王の下に皆が付き従う王国だ。我々魔族として虐げられてきた「人食いの化け物」は、父が敢えて他の魔族に仕掛けた戦争によって、初めて魔族として統一された。人類は人食いの化け物を総称して魔族と言うらしいが、事ここに至って、我々自身を定義する言葉として、魔族という言葉は新たな意味を持ったのだ。

 各部族に分かれていようと、円卓で集まるのは部族ごとの優劣が無いという表れである。一二支族全てで魔族であるという証だ。どの部族が欠けてもならないのだ。

 そうして一人、王としての責務を新たにしたところへ、声がかかった。

「何かお悩みですか、陛下?」

 振り向くと、正装のクルクがいた。妻の顔を見て、少し気が緩んだ。

「なに、少し考え事を、な。それより、よく私がまだここにいるとわかったな?」

 クルクは言った。

「部族長の皆様のお見送りをして、まだ陛下が会議室から出てきてないようでしたので」

 私は慌てて立ち上がり、クルクの両手を取った。

「族長連中に、何か吹き込まれなかったか?」

 私の物言いの激しさにクルクは目を丸くし、

「は、はい。特には――――あっ、ただ、陛下の事を『人類かぶれ』だの『人類の真似事』だのとブツブツ文句を言ってましたが……」

 私は、クルクに尋ねた。

「クルクも、私を『人類かぶれ』だと思うか?」

「え?」

 きょとんとするクルクに、私は続けた。

「文字や暦の導入、武具の生産――――これらは全て人類の知識や技術を模倣し、取り入れたものだ。

 カルダルとのやり取りでも、皆が着ている服、その身に帯びた剣もまた、昔我らの先祖が導入したものだと言い返しはしたが、こうも急に様々な変化を強いるのは、誤りなのか?独りよがりで突っ走っているだけなのか?

 それが気がかりだったのだ」

 椅子にもたれ、天を仰いで泣き言めいた言葉を吐いた。どうにか皆の、民の反発心を刺激しないように気を配る必要性を、私は感じていた。

「なあ、クル……んぐ!」

 横のクルクに視線を向けた途端、何か柔い物に頭を押し付けられた。これは……クルクの胸の中か?

「わたくしには、難しい事はわかりません。確かに今までのやり方は間違いだったと突然言われては、誰でも反発はするものです。しかし、時が経ち、効果が実感できれば、反発心も自然と治まりましょう。

 私に申せるのはその程度です。後は、こうして陛下の御心を休めさせる事くらいしか」

 妻の胸に頭を抱かれ、柔いしなやかな肉体に包まれ、この上ない感情が芽生えた。

「確かに、この体勢は、休まる」

 迷いは晴れた。私はクルクの胸からやや強引に頭を離し、クルクを抱え上げた。

「小難しい政治談議は無しだったな。すまない。後は私の私室で、睦言を語り合うとしよう」

 クルクは赤面しつつも笑顔を浮かべ、

「はい」

と返事をした。



 翌早朝、私はクルクを一人寝かせたまま、壁に張った文字と数字の一覧表、また、黒魔術師族が作成した暦を眺めていた。人類たちの間ではマロ文字、バライア数字と呼ぶ体系らしい。かつて存在した国の名から、それぞれ付けられた名前だそうだ。

 そうだ、名前だ。この魔族の団結を、人類の言う国であると認識している者は少ない。しかし、いずれそういう意識は皆に芽生えてくるだろう。

 そうなった時、この国にも名前が必要なのではないだろうか?何らかの固有名詞を与えれば、国という意識・実感はより加速して魔族に広まるだろう。

「国、国か……私自身、この魔族の連合を、一つの国として見る事はできていない。まだ色々なものが足りないと思えてならない。人類の国にあって、この連合に無いもの……」

 国の最高権力者は、一応私である。そして一二支族の円卓で、種族の差が無いとして扱う事で結束を保っている。いくら私が元首だからといって、一二支族が反対多数となれば、何もできまい。

 しかし、どうも何か足りないように思えてならない。また、一覧表にして見ていると、変な空想も頭をもたげる。

「果実が一個、二個……という具体例ならわかるが、Aが一個、二個……なんてあるのだろうか?黒魔術師族が四則演算を発見したという伝書鳩が届いていたが、一×三、五×七などならともかく、A×Aとして、何かあるのか?というか、そもそもA×Aなど、どう表現したらいい?」

 私が思案に暮れていると、後ろから抱きつかれた。

「アルク!」

 裸体の妻が、私にひっつき、ねだってきた。

「魔王陛下としての務めは尽きないでしょうけど、先に起きてあれこれ考えているのはズルいですわ。これからは、余程起きるのが遅くならなければ、一人で起きずに、相手が起きるようにしてほしいです」

 妻クルクの願いを、私は苦笑して聞き入れた。

「わかったよ。二人だけの、取り決めだ。……ん?そうか!」

 私は卓上の蝋板に、文字を書きつけた。

「アルク?」

 不意に腕を解かれたクルクは、不満そうに私を見てきた。

「ごめん、絶対忘れては駄目だと思って、咄嗟に書きつけたんだ。悪かった。さあ、もう一度、ベッドに行こうか?」

 クルクは満面の笑みで応えたが不意に自分が裸体なのを思い出し、秘所や乳房を両手で隠そうとした。

「あ、あの……自分で言っておいてどうかと思いますけど、じっくり見られると、恥ずかしい……」

 クルクの羞恥心は、かえって私の本能に火を点けた。私も裸体だったが、妻の傍に近づき、半ば強引に唇を重ねた。

 互いに舌を絡ませた後、クルクから顔を離すと、クルクの本能にも火が点いたようだった。赤面しながら、荒い呼吸をしている。

 私は妻を抱え上げ、ベッドに横たわらせた。そして言った。

「睦言を語り合うだけでは、物足りないな」

「アルクの……意地悪……」

 赤面したままのクルクの上に、私はのしかかった。

「今からならもう一戦、いや二戦はできるか」

 すると今度は、下になったクルクが私の顔を両手で包み、引き寄せて接吻してきた。先ほどよりも長く、濃厚に。

 そして、私の本能を最高に奮い立たせる一言を放った。

「女のわたくしをその気にさせたのだから、責任、取ってください」

 私は最早言葉を発するのももどかしく、行為で妻の言葉に応えた。



「立法、でございますか?」

 執事の私を見上げる視線に、私は興奮気味に話した。

「そうだ。人類の法学者と話しておきながら、魔族会議や婚礼ですっかり忘れていた!

 魔族全員を、法の下で生きるようにするのだ。そうなれば部族ごとの差もなくなり、皆の協調に役立つ事だろう。もっとも、各部族ごとの戒律は、それぞれ存在する。それをどうするかも議論せねばならぬが、文字を導入した今なら、法も、戒律も、完全に明示できる。

 誰でも確認でき、何が善いか、何が悪いか、判断材料になるのが法律だ」

 魔王の食堂で、出された茶に手を付ける事も忘れ、執事に熱弁を奮った。私は立ち上がりそうになっていたのに気づき、深呼吸して席に着き直した。

 執事は言った。

「ごもっともでいらっしゃいますが、わたしめは法律に明るくないので、ご助言できかねます」

 私は不思議そうに、立ったままの執事を見上げた。

「何故だ?人類の間でも、法律はあったのだろう?」

 私の問いに対し執事は申し訳なさそうに、

「実は、私は人類であった頃は文字の読めぬ下層民として暮らしておりました。そこでは、文字も読めぬ者は文字を解する上層民の下で、いいように扱われていたのです」

 私は呆れた。

「なんだそれは……それでは差別は横行し、己の名すら書く事も――――」

 私は重大な事に気づいた。

「執事、執事と呼んでいたが、私はそなたの名を知らぬ。文字無き世界で、そなたはなんと呼ばれていた?」

 執事は恥ずかしそうに、

「サード、と呼ばれていました」

と答えた。私は再度尋ねた。

「何か意味があるのか?」

 執事は、またもためらいつつ、

「三番目の子、という意味にございます」

 そう答えた。

 私は愕然として立ち上がった。

「それは記号ではないか!同胞に付ける名前ではない!」

 私の憤慨に、執事は意外そうに尋ねてきた。

「ま、魔王陛下は、名前に意味があるべきだと?」

 私は咄嗟に放った威圧の魔力を抑え、静かに答えた。

「当然だ。もしくは、先祖代々の勇ましい名前であるべきだ。仮にサードが代々の名だとしても、そんな名称は私には名乗れぬ。

 人類は、そこまで腐っているか!」

 しかし、執事は私を諫めた。

「お言葉ですが、陛下、慣習とは無意味なものが、月日と共に積み重なって出来上がるものです。人類たちがナイフとフォークで肉を食べるようになるまでには、とても長い時間が必要でした。

 私が人類であった時は、ナイフもフォークもありませんでした。しかし月日が経ち、奴らは次第に物を食すのに道具を使い始めました。最初は棒切れ、次に針状の道具、更にフォークとなり、フォークだけでは肉が切れないから、ナイフも追加されました。

 ここまでで、先々代から先代の治世の半ばまでかかっています。手づかみや棒切れで、十分食事はできます。しかし長きに渡る慣習の積み重ねが、食事の形態を変えたのです。

 わたくしめの名も、同じです」

 私は言葉がなかった。慣習というものの重みを理解するには、齢一〇〇未満では足りぬらしい。

「そなたの諫言、実に的を射たものだった。礼を言う」

「恐悦至極に存じます」

 しかし、と私は呟いた。

「魔王とはままならぬものだな。人類狩りに魔族会議、議題の整理、他種族とのやり取りに忙殺されていると、本命の仕事が後回しになる。

 今は下がって良いぞ」

「御意」

 私は冷めた茶を一息に飲んで、トレブランドと話し合いをする必要性を感じていた。



「戒律の明文化、でございますか?」

 解せない、といった面持ちで、トレブランドは答えた。

 私はトレブランドに言葉を重ねた。

「そうだ。私は人類社会について知見を得ていくうちに、法律の明文化が不可欠だと気づいた。我ら魔族には、各部族を統一して取りまとめる法律が必要がある。

 そこでまず、各部族が持つそれぞれの戒律を明文化し、提出させるつもりだ」

 私とトレブランドは、魔王専用の食堂で茶をすすりながら、黄昏の日の光を浴びつつ話し合っていた。

 トレブランドは先代魔王、我が父の名参謀として知識に秀でた人物である。デーモン族の戒律を一言一句正確に覚えているのは他に無しと言われているくらいである。

 トレブランドは目を細め眉をひそめて俯いた。白髪混じりの金髪が、日光で輝いている。

「何か問題があるか?」

 私の問いかけに、トレブランドは丁寧に答えてくれた。

「仰る事は至極ごもっともであり、反論の余地がありません。しかし、法を、戒律を知っている事で部族内での地位を高めている者もございましょう。そうした者からの反発も、必至ではありませんか?」

 白髪混じりの口髭を、トレブランドは軽く撫でた。父から密かに教えてもらった情報だと、トレブランドがじっくり真剣に考えている時には、口髭を撫でる癖があるらしい。

 私の意見を真摯に吟味した上での答えである事から、政治においてはトレブランドを補佐役とすると決めたのは、この時だった。

 私は答えた。

「この時期だからやるのだ。魔王として、初の人類狩りを成功させ、婚礼も成った。この人々にとって喜ばしい時期に行い、魔王への忠義を改めて問う。正直、反論もしにくいであろう。

 また、私は各部族の戒律とは別に、全魔族に普遍的に通じる明文化法律も作るつもりだ」

 口髭を撫でるのは変わらぬまま、トレブランドは尋ねてきた。

「各部族の戒律だけ、明文化するのでなく、全魔族に通用する法、ですか?」

「そうだ。当面の間は私が定めた法律より、各部族の戒律が優先されるだろう。しかし、利便性、弱者救済の観点からすれば、私の法案の方が優れている事は、いずれ明らかになるだろう。

 そうなった時は、全魔族普遍の私の法案を上位に置き、各部族の戒律は下に置く」

 これは私の野心であり、挑戦だった。普遍的法律の下に全魔族を統一し、真に国としてまとまるという野心である。

 トレブランドは長い吐息の後、立ち上がって深く頭を垂れた。

「承知致しました。デーモン族族長デルモス閣下、並びに魔王陛下。デーモン族の戒律、先日制定された文字を使って、デーモン族の戒律、文章としておまとめ致します。

 ただ、明日の午後までお待ちいただけませんか?他のデーモン族の話も聞く必要があります故」

「よし、任せた。次の魔族会議は次の満月の日だ。それに間に合えば良い」

「御意」

 トレブランドは席を立ち、足早に出ていった。入れ替わりに、

「陛下!先日捕らえた人類の学者たちの件で――――」

 執事が案件を持ってきた。

 魔王とは、実に退屈しない身分だと、思わずにはいられなかった。


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