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第五章 婚礼

「本気ですか、陛下?」

 私室に招いたトレブランドは、私の言葉に驚愕し、目を丸くして立ち上がった。

 私は机に向かう椅子に横向きに腰かけ、足を組んで机に頬杖をついている。トレブランドは大きな卓を挟んで、立ち尽くして憮然として絶句していた。

「本気だ。いや、これは礼に失するな」

 私は席を立ち、トレブランドの前に進み出て、深く頭を垂れた。

「デーモン族副族長、トレブランド殿。貴方様の娘子、クルクに求婚致したく存じます」

 しばしの沈黙と静寂の後、トレブランドは言った。

「承知致しました。父として、娘クルクと魔王陛下のご結婚をお認め致します」

 私は顔を上げ、トレブランドの両手を取って礼を述べ、クルクを褒め称えた。

「ありがとう、義父おとう様!ご息女は羞恥心に満ちた、今となっては珍しい奥ゆかしき存在だ。必ずや、良き伴侶となってくれるだろう」

 それに対し、トレブランドは二つ問題点を挙げた。

「しかし、問題もございます。クルクは陛下の倍の年齢はあるでしょう。晩年、うら寂しい将来になりかねませんが……

 また、クルクは乗り気でもその子供たちの意志もあります。子供と言っても、陛下とそのご年齢の変わらぬ者ばかり。果たして彼らがどう出るか……」

 トレブランドの挙げた問題点を、私は一蹴した。

「何、クルクに死なれたら、喪の期間が明けた後に新妻を探すさ。それに、私が子供の頃、同年代の者たちと何をしていたか忘れたか?」

「陛下の幼少――――あっ、そうか、そうでしたな。少年愚連隊を名乗り、戦場で一翼を担う存在であらせられましたな」

 私は笑った。

「少年愚連隊――――懐かしい響きだ。大人たちからは散々叱られたが、我々の活躍が無ければ勝てない戦があったのも事実。私はあいつらとは戦友だ。悪い顔はしないだろう。

 今後は、二人きりの時は義父様と呼ばせてもらいたいのですが、いかがでしょうか?」

 トレブランドはまたも面食らった顔で絶句していたが、しばらくして独り呟き始めた。

「いくら陛下とはいえ、義父なのは確か――いやしかし普段陛下として接して――う〜ん、だが――それでも」

 私は思わず意地悪く言った。

「はい、か、いいえ、で済む質問にそこまでお悩みなさいますか、義父様?」

 その言葉が、かえって反発心に火をつけたらしい。

「ええい!陛下は陛下、わたくしに公私を上手く使えず、必ずボロを出す日が来ます。

 今後は公私問わず、魔王陛下とお呼び致します!よろしいですな、陛下!」

 私の目前で跪き、力強い口調でトレブランドは宣言した。今度は私がたじろぎ、

「あ、ああ。わかった。今後とも、よろしく、頼むぞ、トレブランド」

「はっ!それでは、私はデーモン族の部屋に戻り、その旨、皆に伝えて参ります。それでは失礼致します」

 一人でさっさと部屋を出ていったトレブランドに対し、私は呆然と立ち尽くしていた。



 婚礼が決まると、私はその旨を大々的に全魔族に報せた。伴侶なき王では体裁が悪い。前妻との間にカールを授かり、後継者の心配はなかったが、万一の可能性は捨て切れない。クルクとの間にも、何人か子を授かれば、と思っていた。

 しかし、婚礼の儀の準備自体は滞りなく進んでいたものの、問題が新たに一つできた。クルクと一緒に浴場に入ってきた女メールルが、私の愛人になると言って父母を困らせているらしい。

 父母に対しては、

「いいじゃない、跡継ぎは兄様たちがいるんだから」

と言い、密かに私の私室に来ては、

「魔王陛下……その、あのお風呂場での事が忘れられなくて……」

と言う始末だった。

 あの時、両手に花である事で調子に乗り、二人両方と愛し合ったのがまずかった。いずれにせよ、この展開は予想外だった。

 夕方、起床すると目の前にメールルが横になっていた事もある。

「ん!なっ?うん?」

 言葉にならぬ声を上げ、私は飛び起きた。掛布団の上に横になっていたメールルは、その拍子に床に落ちた。

「い、痛いです、魔王陛下」

「す、済まない。平気か?」

 私が床に降り立つと、メールルは私に飛びついた。

「嘘で〜す。さぁ、魔王陛下……私、もう我慢できない……」

 唇を重ねられ、舌を私の口内に入れてきたメールルを、私は強引に押し飛ばすように離した。尚もくっついていようとしたメールルだが、さすがに男女の力の差が物を言い、私から離れた。

「ちぇ〜、魔王陛下も、あの時は乗り気だったのに。いっそあの時魔王陛下の子を孕めば、陛下も抵抗しづらかっただろうになぁ」

 既に二度満月の時を経て、デーモン族の妊娠がわかる期間は過ぎている。

 正直、二度目の満月の時を過ぎて、妊娠していない事がわかった時にはホッとした。

 そこへ、扉をノックする音がした。

「入れ」

 やってきたのは、緑の肌の執事であった。

「失礼致します。陛下、メールル殿のご両親が訪ねて来ております。いかが致しましょう?」

 全く、執事も気が利き過ぎである。いかが致しましょう、という事は、追い返す事も選択肢に入れているというわけだ。

 私は言った。

「私が応対する。お前は下がっていろ」

「御意」

 執事が下がると、私はメールルを抱えた。

「ひゃ?魔王陛下……やっとその気に?」

 私は無表情で魔法を用いて扉を開けていき、魔王の私的空間の前で待つメールルの両親に姿を見せた。

 メールルは調子に乗って、

「お父様、お母様、わたし、ついに……」

 そう喋り始めたが、私はそれを無視し、

「ガマール!」

と、メールルの父親の名を呼んだ。そして、メールルをガマールに投げつけた。ガマールは慌てて娘を抱き留めた。

 私は強く言った。

「一時の過ちは、私の責任だ。それについて責められれば、膝を突く覚悟もある。

 だが私の所へ通わせるのは、お前の不手際ではないか?幸い妊娠していない事もわかったし、よく監督するのが親の役目ではないか?」

 私の言葉の迫力に、三人とも固まった。どうやら威嚇の意味もあって、無意識に魔力も発していたらしい。

 少しの間を置いて、ガマールが言った。

「お、仰る事、一々ごもっともでございます。陛下のお役目を害している事、よく言いつけます」

「よし、それなら私も文句はない。下がって良いぞ」

「御意」

 私の言葉に、メールルの両親の挨拶が唱和した。

 やれやれ、まさかこんな気苦労までするとは。私はそう考えて、ふと自分の格好に目をやった。私室でのみ着ている服である。

「はぁ、親の言いつけを守っていないのは、私も同じか」

 同族の前でも身なりは整えるべし、そう父が口を酸っぱくして言いつけていたのを思い出した。



 浴場での出来事から三度目の満月の夜、魔王城前で盛大に婚姻の儀式が執り行われた。

 空中には大きな魔法の灯が点けられ、辺りを煌々と照らしている。地面に敷かれた深紅の絨毯の上を、正装した私とクルクは手を取り合い、歩いた。そして黒魔術師族の一派の、魔神研究を司る神官の前で魔神に愛の誓いをした後、唇を重ねた。その瞬間、参列者は大きく拍手した。

「魔王陛下万歳!」

「王妃様万歳!」

 敬語に差があるのが、両者の立場の差をそのまま示している。あくまで国を治めるのは魔王であり、王妃はその伴侶に留まる。

 とはいえ、私にはクルクを大切にしたいという気持ちが、恋が、愛が芽生えていた。決して意に反してまでクルクを拘束するのではなく、意思を尊重し、二人で仲良く家族を築きたいと、そう願っていた。

 私は誓いの儀の後、各部族の長をはじめとする、参列者全員に演説した。

「皆、祝福をありがとう。ここまで来られたのは、族長たちが私を中心にまとまり、従ってくれたからだ。私にとっては二人目となる妻だが、前妻同様の、変わらぬ愛をここに誓った。

 しかし、あくまで跡継ぎは長男となるカールである事を宣言しておく。

 また、我が妻となったクルクには、政務軍務といった活動には関わらせる気はない。かつて父ホアセフは、戦力の一人として母を軍務に同行させ、人類の不意打ちで亡くしている。そして、政務と軍務は絡み合って存在するもの。どちらか一方に関わればもう一方にも関わらざるを得なくなる。

 そのような思いは、私は絶対にしたくないのだ。

 私の勝手な願いだが、わかってほしい」

 実は、この演説には裏の意図があった。

 この宣言が無ければ、妻クルクを利用した陰謀が、絶対に発生する。高位役職者、あるいはその関係者に取り入り、流言飛語で人々を混乱させたり、自分の利益を図ったりするのは陰謀の常套手段だ。

 そうした良き統治の妨げとなるものは、あらかじめ芽を摘んでおかねばならない。

 私はクルクを抱え上げた。

「きゃっ」

 予想もしていなかった私の行動に、ドレスが翻り、クルクは私の腕の中に収まった。

「さあ、皆、花吹雪を頼むぞ」

 絨毯の上を歩く私と、抱かれたクルクは歩いた。皆の魔法で出現した本物の花弁が、私とクルクにかけられた。

 赤い絨毯の先端まで来て、私は立ち止まり、皆を振り返って問うた。

「絨毯はここでおしまいだが、魔族の行く道はまだまだ半ばだ。今後も、私たちを支え、魔族繁栄のために力を貸してくれまいか?」

 魔族たち全員から、

「おおーっ!」

と、統一された歓声が上がった。その後はクルクを下ろし、手を取り合い、部族ごとに割り当てられた円形の卓を回る事になった。卓上には各部族向けの料理が並べられていた。



 料理にありつきながら談笑する各族長たちに、クルクと手と手を取り合い、王妃を紹介して回る。しかし獣の習性が残るのが魔族。ゴブリンの族長などとは骨付き肉を食べながらの会話になった。

「ビンゴル族長、こちらが我が后、クルクだ」

「へぇ!さすが、魔王陛下の、お妃様です。えらいお綺麗で、いらっしゃる」

 よくできた敬語を、骨付き肉をかじりながら喋るので、言葉が途切れ途切れになる。

「ま、まあ、よく食って楽しめ!今晩のご馳走はデーモン族割り当て分の人類から、特別に振る舞ったものだ」

「ありがとう、ございます。随行、してきた者も、喜んで、おります」

 私とクルクは手を取り合い、苦笑しながらその場を後にした。

 吸血鬼族の卓に近づいた時には、族長カルダルとのいざこざが心配だったが、カルダルは妙に機嫌が良かった。

「魔王陛下、此度のご婚礼、誠におめでとうございます」

「あ、ああ、ありがとう、族長カルダルよ」

 カルダルはクルクを嘗め回すように見て、残念がった。

「あなた様が人類であったなら、血を吸って下僕としていたところです」

 クルクは恐怖心から、半身を私の背後に隠した。それを見たカルダルは言った。

「ご安心いただきたい。我ら吸血鬼は人類しか獲物にできないので」

 頭を垂れたカルダルに、私は言った。

「それより、全然食事に手をつけていないようだが?」

 用意した大卓は、他の部族用に使っている物と変わらない。ただし、人肉を料理した他の部族と異なり、卓上には眠りの魔法をかけられた、裸の人間が載っている。吸血鬼が好みそうな美男美女が計四名。

 それについて、カルダルは言った。

「実は、陛下にお願い致したい事がございまして――――」

「お願い?」

 私が眉をひそめると、カルダルは答えた。

「この人類にかけられた眠りの魔法を解いていただきたいのです」

 私は訝しんだ。

「食料に、起きて騒がれては困る。そういう理由で、魔法をかけたのだ。解くのは問題がある」

 私の不賛成に、カルダルは言った。

「ご安心を。叫ぶ前に血を吸って下僕とし、ある者は血を吸い切り、ある者は後でそのまま連れて城に帰還する手筈になっております。

 そして何より、我々吸血鬼は獲物が血を吸われ、弱っていく過程を見るのが大好きでして」

 吐き気を催すような趣味に、私は言った。

「お前たち、相当な加虐心の持ち主だな」

 カルダルは牙を見せながら不敵に笑い、

「陛下、それは我ら吸血鬼族にとっては、最高の褒め言葉にございます」

と頭を垂れた。私はそれを聞いて文句混じりに言った。

「まあいい。何度も言うが、騒がせるなよ」

「御意」

 カルダルの承諾と共に、私は指を鳴らし、デーモン族にしかかける事も解く事もできぬ眠りの魔法を解除した。

 カルダルの宣言通り、四名の吸血鬼は四名の人類に、喋らせる間もなく貪りついた。



 満月が天高く昇る頃、宴も次第に熱が引き、それぞれの卓上の料理も空になりつつあった。

「頃合いか……」

 私は呟きを口の中に押し留め、深紅の絨毯の上をクルクと共に歩き、城の入口で声を張り上げた。

「諸君、料理もほぼ空になり、宴もそろそろ終わりだと思う!今夜は集まってくれて、本当にありがとう!

 皆、今後は私と王妃の両者が、諸君の上に君臨する事となる。政務や軍務に関わらせないとは言ったが、私に向けるのと変わらぬ尊崇の念を、クルクにも向けてほしい」

「王妃様万歳!」

「王妃クルクに幸いあれ!」

 私の演説に、皆は歓声で応えてくれた。これで婚礼の儀の半分は終わりである。

 後は私とクルクだけの時間だ。

 私は上空から皆の様子を窺う我が子カールに視線を向け、テレパス感謝の意を伝えた。

 ――幹事ご苦労。良くやってくれた。お陰で式が円滑に進んだ。

 ――いえ、滅相もない。執事殿がいてくれたお陰です。

 ――宴もそろそろ終わりだ。もう少しの間、頼んだぞ。

 ――御意。

 私は息子との会話を終えると、姿を隠す外套を身に着け、ずっと私の傍に控えていた執事に言った。

「もう見守りは不要だぞ、執事よ」

 執事は外套から頭を出し、答えた。

「お見通しでしたか」

「ああ。今日の幹事手伝いはご苦労だった。カールにも良い学びになったろう。助かった」

「勿体ないお言葉、ありがたき幸せ。それでは、わたくしめはこの辺で下がり致します」

 執事は外套を被り直し、私の傍から離れた。

「それでは、私たちは一足先に宴から退かせてもらう」

 私はクルクを抱え、城内に入ろうとした。しかしそこへ、祝福とも野次とも取れる声が飛んできた。

「陛下〜、精一杯楽しんでくださ〜い!」

「クルク王妃が御子を授かるよう祈っておきます!」

 私は足を止め、振り返って言った。

「お前たち、そんな下衆な言葉をかけずに、『魔王陛下、万歳』で見送れんのか?」

 あちこちから笑いが漏れつつも、皆は揃って、

「魔王陛下、万歳!」

「王妃様、万歳!」

と、斉唱した。納得のいく声を受け取り、私はクルクを抱えて城内へ消えた。

 やがて宴の声が外のものになると、クルクは緊張した面持ちになった。

「不安か?結婚の初夜の夜だが、浴場でした事とする事は変わらないぞ?」

 私はなるべく穏やかに声をかけた。クルクが答える。

「そう、なのですが……あれだけ仰々しく見送られた後だと、どうも緊張してしまって――――わたし、変ですか、陛下?」

 私は微かに首を横に振った。

「いや、奥ゆかしくて、恥じらいがあって、とても素敵だと思う。こんなに美しい美女が、私相手にそう思ってくれると感じると、私も誇らしい」

 クルクが赤面するのが、暗がりでもわかった。 それにしても気になる事がある。辺りを見回す私に、抱えられたクルクが尋ねてきた。

「どうかなさいましたか、陛下?」

 私は率直に感じている疑問を伝えた。

「どうも何者かの気配を感じるのだ。魔力探知でも、極々わずかな、魔族が歩いた後に残すほどのものなのだが――――まあ、いい。これからは、私とクルク、二人だけの時間だ」

 私が微笑むと、クルクも笑顔で言った。

「はい、陛下!」

 クルクの呼び方に、私は違和感を覚え、訂正を求めた。

「二人きりの時は、アルクと呼んでほしい。敬語も不要だ」

 クルクは戸惑いながらも、

「わかった、アルク!」

 そう言ってくれた。私も、

「行こう、クルク」

 そう言って私室へ向かった。

 私室の扉は魔法で開け閉めし、閉めた扉には結界を張った。これでこの室内の様子が漏れる事もない。窓にも同様の結界を張った。

 私は服を脱ぎ始めると、クルクもためらいがちにドレスを脱いだ。身体が露わになる下着姿からして、既に美しい。

 だが二人が裸体となった途端、第三者の声が室内に響いた。

「やっと魔法が解ける。よっと!」

 天井から姿を見せたのは、メールルだった。

「メールル?」

「どうやってここへ?」

 クルク、私は順に声を上げ、メールルに問うた。メールルは悪びれる様子もなく言った。

「魔力を限りなく少なく、それでいて隠密の魔法を使いながら、尾けてきたのです。

 さあ、魔王様、愛人として、あたしも受け入れてもらいますよ?」

 婚礼の初夜に忍び込む大胆さには、正直参った。

「愛人か、いいだろう。だがその前に、クルク」

「はい、アルク。言いたい事はわかっているつもりです。不届き者には相応の扱いが必要ですよね?」

 二人に挟まれたメールルは、私とクルクを交互に見て、

「え?もしかして、これ、ヤバいやつ?」

と言い終わった時には、私とクルクがメールルを寝台に押し倒し、襲いかかっていた。


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