第四章 戦後処理
人類への不意打ちは予想外に上手くいった。飛行する吸血鬼族たちを尖兵として運用し、魔法による爆撃と好みの美男美女を一人自由に獲物として獲らせる。ただし万一人類に討たれても、それはその吸血鬼の責任として助けない。
続いてゴーレム族を、城壁を砕くべく村を破壊させながら、ゴーレム族の背丈と同じ高さしかない城壁を崩させる。ついでにゴーレム族にも各自好きな人類を一人食わせる。
後は人海戦術である。大量のオーク族、ゴブリン族を突撃させる。混乱の中で、オーク族やゴブリン族は脳筋とまで言われるように、己の肉体と僅かな剣などを手に場を混乱させるだけで、逃げ惑う人類を的確に捕縛できない。そのため、その場での「褒美」として人類を食す事は許されない。
代わりに黒魔術師族の捕縛魔法、ガーゴイル族の石化魔法が威力を発する。また、ゴブリン族やオーク族が無闇に突撃する間、ミノタウロス族やスケルトン族は戦場と本陣を往復し、人類を両脇に抱えて荷車の檻に詰めていった。
ある程度知性も高く、独自の文化をも誇るリザードマン族やダークエルフ族は、人類を食さず、私の魔王直々の命として、敵の首魁を捕らえるよう言い含めてあった。狼人族も、この部隊に含まれる。
こうして見ると、良く練られた作戦である。父の編み出した戦術であったが、戦闘能力の極端に高い吸血鬼族やゴーレム族で敵防御を粉砕し、その後はゴブリン族とオーク族で混乱させつつ、食料の人類を奪いながら敵首魁も討つ事で、即時の応援要請も阻止できる。
「しかし」
と、私は運ばせた卓上の地図を見て思った。
「これは場所の地理、地形を熟知していないとできない戦術だ。険しい崖が壁となり、それによって黒魔術師族の展開する捕縛結界を張る範囲も狭くて済む。しかし、これが何もない平野だと――――」
「貴様が魔王か!」
私はいつの間にか、何名かの人類に囲まれていた。平野に小姓として付けているスケルトン意外、後方の守りは必要を認めなかった。
「ふむ、やはりこの崖が背後に控える地理環境でも、黒魔術師族の結界は万全とはいかぬか」
私は周りを見回して、剣と盾を装備した人類を確認し、地図と作戦の成功度合いを口にした。
「私の指揮統制の悪さもあるが、五の中の四、といった点数か」
「無視するな!ええぃ、かかれ皆の者!」
私にあと二歩と迫った勇敢な戦士たちは、私の魔法で気絶した。結界を自分の周りに張っておいたので、敵とすら認識していなかった。しかし、この混乱の中私までやってきた勇者たちだ。評価に値する。
丁度カールが報告に来た。
「父……いえ、陛下。人類は殺すか捕らえるか、どちらかで決着致しました。ん?この者たちは、討ち漏らしで?」
「そうだ。だが食料には回すな。戦略戦術を、この者たちにはご教示願おうと思う」
私は痙攣しながら倒れ伏した人類を、笑って見下ろしていた。
食料分配は翌日夜の魔族会議で分配する事とし、夜明け前の薄明時にミノタウロスに引かせた荷車を率いて撤退した。
撤退開始直前、私はテアレースに尋ねた。
「討ち漏らしはないな?万一一人の人類でも逃がせば、日頃はあんなにいがみ合う野蛮な輩どもが、途端に連合してかかってくる」
黒魔術師族長テアレースは、自信を覗かせるへりくだりの姿勢を取った。
「勿論にございます。この黒魔術師の結界を突破したのは、魔王陛下に挑んだ者のみ。他は急いで討ち取りました。狂いはございません」
私は目を細めて笑った。
「それだと、貴様たち黒魔術師が、わざと私のいる方面へと逃がしたようにも聞こえるが?」
皮肉混じりに言うと、テアレースは跪き、
「め、滅相もない!」
「冗談だ。お前たちには、今後働いてもらわねばならん。荷車の一〇個は浮遊させて運んでもらうぞ」
「御意。ではわたくしめは黒魔術師たちの統率に戻ります」
テアレースは急いでその場を離れた。黒魔術師たちは、能力者を遺伝と肉体改造で数を増やせる。執事もそうであったように、緑の肌だ。だが闇を常にまとってきたテアレースは、黒い影法師のような顔面に黄色い眼光が浮いている。まさに黒魔術師の精神を体現していよう。
私は地図を折り、卓を畳み、荷馬車の一台に詰め込んだ。これらはミノタウロス族の一人に運んでもらおう。
捕らえた人類を抱えて檻に閉じ込め、魔族が続々と退却準備をしている中で、私は不意に世界を改めた。今の私の目には、世の中が数字で満ちている。リザードマンが気絶させた人類を二人両脇に抱えて戻ってくる。一〇〇台用意した荷馬車もそのうちの七〇が既に埋まっている。
数字は世界を塗り替える。その事をはっきりと自覚した時、私は強く決意した。
人類の知識をもっと吸収し、魔族をもっと偉大にさせると。魔族は人類の言葉を習得した次に、文字を導入して使い始めた。これは魔族がもっと偉大になるための試金石となる。ここで吸収を怠れば、魔族は人類に狩り尽くされ、絶滅しよう。獣から進化したとされる我ら魔族の神話もあるが、魔族を獣に戻させはせぬ。必ず次代へ、更に次代へと続く布石を打つ。私の胸中はその決意に満ちていた。そして魔族も、その決意を実現させるだけの潜在能力を備えている。
そして、それらの舵取りは、私の双肩にかかっている。より一層、奮起が求められた。
「陛下!」
上空から、カールが下りてきて報告した。
「人類の掃討は完了しました。捕らえた人類以外には、生きている者はおりませぬ」
不意に荷馬車を改めて見れば、一〇〇台全てが埋まっていた。
私は言った。
「よし、全軍に退却を伝えろ。今宵の祭りはここまでだ」
「御意」
跪いた後、カールは飛び立った。私は夜空を見上げ、今宵の成功を魔神たちに感謝した。
荷車一〇〇台に人類を満載し、夜道を我々は凱旋した。魔族の領内に戻ってきた時は、待機していた非戦闘員――女子供――が盛大な歓声を上げた。
凱旋の様式も決めねばならん――――不意に、私の脳裏にそんな言葉がよぎった。今の魔族に欠けているのは様々なスタイルや形式なのだ。こういう順番で事を行う。こういう事態にはこう対処する。その手筈が未熟だ。
これから行う魔族会議の議題も、そうしたうちの一つである。今後は一々全族長が集まって会議をするのではなく、ある程度法則に則る形にせねばなるまい。
私は魔族領の中心に位置する、魔王城の前で全軍を止めた。そして、兵として従軍した魔族の前で、族長たちを集めて会議を行う事とした。
「皆、ご苦労であった。公平を期すべく、兵として従軍した諸君らの前で魔族会議を行い、人類の分配を決めようと思う!」
私がそう宣言すると、吸血鬼族長カルダルはうろたえて、私に物腰低く提案してきた。
「陛下、ここは静かに話し合うにはやかまし過ぎます。どうか、魔王城内での開催を」
こいつは皆の前でそんな事を言えばどうなるか、それさえわかってないらしい。案の定、
「カルダル殿は秘密にしたい内容でもあるのか!」
「吸血鬼族の横暴を許すな!」
ゴブリンやオークの反発が喧騒となって明け方の空に響いた。いや、他にも、
「我らダークエルフは、此度の戦で敵首魁を討った。その褒美すら無くす気だろう!」
「吸血鬼族は横暴が過ぎる!いくら美男美女が好きだからと言っても、限度があろう」
ダークエルフ族にミノタウロス族まで吸血鬼族非難を始めた。しまいにはリザードマン族や狼人まで加わる始末で、吸血鬼族も明け方で力を失いつつある今、激昂する諸部族の迫力に押されていた。
私は敢えて、全員に対して重力魔法を使った。
「沈め」
いかに屈強な魔族でも、私の重力魔法に耐えられる者はいない。私以外の全ての魔族は、かがみ、倒れ、地に伏した。
私は瞬時に魔法を解き、立ち上がった皆に今一度訴えた。
「聞くが良い、皆の衆!今、魔族は統一され、一つとなっているはず。それを忘れていがみ合うようでは、私は両陣営に裁きを与えねばならぬ。
カルダルよ、そなたの言い分、確かに魔族会議は静かな場所で執り行われるべきもの。しかし取り分の分け合い方は、今後魔族会議でしかるべき法を定める。しかしそれまでは、こうした全会一致で決められるべきだ。
私の言う事が誤っていると考える者はいるか?いたら記録しておくが?」
私の演説に、魔族全員が一丸となって答えてくれた。
「仰る通りだ!」
「魔族万歳!」
「魔王陛下、万歳!」
歓声は、夜明け前の魔王城前で天高く響いた。
人類の分配は朝までかかった。そのため吸血鬼族は、先の反発の影響もあり、美男美女を一人か二人捕らえ、スケルトンの従者に運ばせて、そそくさと領地に戻っていった。
その後は部族の頭数で押し切ろうとするゴブリンとオーク、一番手柄のダークエルフなどが喧々囂々たる言い合いをした。そこである程度は私の独断で決めざるを得なかったが、法を整備できればまた違ったのだろう。
何故私が法、法と考えているかと言えば、退却中に人類の法学者と話したからである。法と数が結びついた時、人類の分配も自動的に決まり、不平等になる事もない。
しかしそのためには、もっと知識が必要であった。黒魔術師族に次ぐ文明を誇るダークエルフの頭脳が要る。
疲れた――――私は執事に言った。
「デーモン族用に、分配、された人類は、地下牢へ。オークたちへは、札を、渡して数を、把握させろ。私は寝る」
「御意」
執事が去ると、私は魔王の私的空間に辿り着いて後、私はよろめき、倒れそうになった。かろうじて膝をつき、四つ足で寝床を目指した。戦時のきらびやかな衣装が、私室の埃で汚れるとは笑い話にもならない。なんとか踏ん張って倒れ伏す事は避けた。
そして、どうにか寝台に着く事ができ、立ち上がって寝台に倒れ込んだ。そして、すぐに私の意識は暗転した。
――――
――――――――これは、夢か?
「こ、殺さないで」
荷車から宙ぶらりんに吊るされた法学者が懇願してきた。
「簡単に死なれては困る。お前には役立ってもらわねば」
私の言葉に、法学者は安堵した様子だった。行軍中、徒歩で荷車の横を歩く私は、此奴を質問攻めにした。
「人類は何故ああも統一した行動が取れる?」
「と、統一された行動、と仰いますと?」
「決まった時間に皆起きて、活動し、夜眠る。これらはお前たちの習性もあるだろう。しかし他者から物を盗まなくさせたり、殺させたりしないようにするのは、習性では説明がつかぬ」
「それは、法律のためかと。一般的に、街ごとの取り決めもありますが、王様が定めた国内全てで通じる法律もあります」
私は感心せざるを得なかった。
「つまり、国王が定めた上位の法律に従い、街ごと村ごとに下位の細かい取り決めを任せているのか。なるほどお前の説明は要点を得ている」
「あ、ありがとうございます」
その言葉に、私は反応した。
「ありがとうございます、だと?」
次の瞬間、法学者の首は道端に転がった。
「魔王直々の剣で葬られたのだ。さぞありがたかろう」
私には、敵に媚びて褒められた際に、礼を述べる下衆な根性が許容できなかった。それほどの下卑た性根の持ち主と話す事自体、虫酸が走るというものだ。
私は男を吊っていた縄を切り、首を失った体を草むらに投げ捨てた。そして飛行魔法でその場を離れ、行軍の監視に戻った。
――――――――夢の中でくらい、休ませ
――――
私ははっとして飛び起きた。軍服のまま、寝台に突っ伏して寝ていたらしい。寝付く前後の記憶も、夢の中の記憶も曖昧だ。
軍服も全て脱ぎ散らかし、ほとんど裸同然の姿で、私は私室の窓を開けた。夕日が差し込んできた。黄昏の空である。
「美しい……これを見られぬ吸血鬼族の哀れな事よ」
不意に、空を飛んで近づいてくる物の魔力を探知した。私は身構え、剣を魔力で手元に運んだが、その正体は魔力で編まれた伝書鳩だった。私の構想を早速取り入れているあたり、「犯人」は執事と連絡をとった黒魔術師族だろう。
伝書鳩は窓辺に止まると、糸状の文字へと変わった。
「魔王陛下、此度の戦勝、誠におめでとうございます。
黒魔術師族長テアレースより」
私は思わず律儀なテアレースに笑った。そして魔族の動きが活発化する、夜の訪れを福音のように感じていた。
魔王城には、温泉が湧き出ている。魔王の私室からすぐ近くに浴場があるので、気配を感じて盗み見、ならぬ盗み入浴は容易い。
私はほとんど裸同然で、身体を洗う器具だけ持って急いで浴場内に入った。
よし、誰もいない。掃除係も今はいないようだ。
体中を洗い、最後に耳の上から生える左右の角を布で擦った。疲労するとここが一番垢を出す。
金髪の髪も洗って全て後ろに流し、手拭いを載せて湯舟に浸かった。心身共に洗われる。
思えば、一二族全てに食料を分配した時点で、戦後処理の大半は済んでいる。最後の戦後処理は、私の心身の休息であった。
「はぁ……疲れたが、得るものは大きい狩りであったな」
一人でそう言うと、二人組の声が聞こえた。この声色からして、女二人らしい。
私はどんな美女かと、期待して待った。同じデーモン族の女だ。黙っていても欲情の対象となる。
声の主たちが浴場内に入ってくると、驚きの声に変わった。
「魔王陛下?」
「へ、陛下?そんな、てっきり、誰もいないものかと……も、申し訳ありません」
片方は固まり、片方は羞恥心から出ていこうとさえした。
私は声を大にして叫んだ。
「構わん!入れ!お前たちのような美女と相伴できるなら喜ばしい。その美しき肉体で、我が目の養いをしろ」
一人はすぐに、
「御意に、魔王陛下」
と言って、堂々と裸を晒し、肌を洗い始めた。しかしもう一方は、手拭いを身体に巻き、ためらいを見せた。
「魔王の命が聞こえなかったか?」
私は少々きつい声で、羞恥に悶える女に呼びかけた。するとやっと、
「ぎ、御意に……陛下……」
そう言って、手拭いを解いて私の目に全身を晒した。私は内心、その見事な肉体に心奪われた。
八頭身はある長身で、白い肌に金色の長髪が揺れる。たわわに実る果実のような乳房や尻の肉は、男なら悦びを隠せない。
「美しい」
私は目を丸くして、言葉が自然と口をついて出た。それを耳にすると、女は耳まで赤くなり、
「さ、先に、体を洗い致します、陛下」
女は体を垢すりで擦り、髪を梳かすように洗った。金色短髪の娘が、羞恥に顔を赤らめる娘に囁くように言った。
「これ、チャンスじゃない?魔王様直々に綺麗だって言ってもらったようなものじゃん?」
「わ、わたくしは、そのような身では――――」
私はからかうように言った。
「丸聞こえだぞ、二人とも。それとも、わざと聞こえるように言っているのか?」
短髪の娘子は慌てて言い訳をした。
「め、滅相もございません、陛下」
二人は体を洗い終えると、ためらいがちに立ったままになった。魔王の私と湯を共にするのを躊躇しているらしい。
「おいおい、二人とも入ってこい。魔王と湯浴みするのがそんなに嫌なら、話は別だが」
「そ、それでは……」
「湯を……ご一緒、したく、存じます」
私の左にくせ毛短髪の娘が、右に直毛長髪の娘が入った。しかし距離が遠い。デーモン三人分はそれぞれ離れている。
「なんだ、二人とも。近くに寄れ。お前たちの肩が抱けるくらいにな」
「は、はい!」
「承知、致しました」
そそくさと近寄ってきた二人で、まさに両手に花の状態である。
「美人だな、二人とも。特にお前。お前はトレブランドの娘だな?」
長髪の、羞恥で喋るのもためらいがちな娘は、
「は、はい。左様に、ございます……」
消え入りそうな声で言った。私はその美しい肢体を愛撫しながら、ゆっくり唇を重ねた。口を、舌を絡ませ合い、顔を離した時には娘の顔が夢うつつのようだった。
「決めたぞ。お前、私の后となれ」




