第一三章 尋問
魔族はどちらかと言えば夜行性である。デーモン族もそれは変わらない。デーモン族の部族会は夜に開くようトレブランドに連絡を取っておいた。聞いたところ、夕食後の空いた時間を皆が希望したという。これで時間はできた。
思いつきで行動しがちな私だが、これから行う事は先の人類狩りより前から計画していた事である。ただ、「思い立ったが吉日」を体現する私は、その場の思いつきで後回しになってしまっていた。
私は地下牢に向かった。テレパスで見張りのオークを思い切り脅して、オークを震え上がらせた。その上で、念動力で大扉の錠を外し、中に入った。
光魔法で煌々と照らされた大空間。衛生管理があまり為されていないのだろう。人類共の体臭が鼻をついた。太い通路の左右、階層にして、実に二階分の高さの牢屋があった。男女も分けられていない、裸の薄汚れた人類が、一つの牢屋に数十と詰められている。その籠が八つばかり。
半裸のオークたちとは違う、人類の貴族に似た格好の私を、皆震えながら見てきた。
さて、目当ての人類は残っているか――――
「だ、出してくれ」
髭も伸びた男が、牢の鉄格子の隙間から手を出して叫んだ。
私は試しに聞いてみた。
「貴様は学者か?」
「は?」
涙を流し、鼻水で口元を汚しながら呆ける男の後頭部を、私は剣の腹で叩いた。男の頭は牢の中だったが、私の魔剣は魔法で実体化させた物である。剣の一部を実体化させて叩いたのだが、
「あんな汚物を叩いたと思うと、剣が汚れたような不快感があるな。後で水を用いて清めるか」
私が思わず言うと、静寂を破り、くっくっく、という笑い声が聞こえた。
「流石は魔王陛下だ、誇りも矜持も違う」
魔王と名乗っていないが、私の姿を知る者がいるらしい。他の者共は魔王と聞き、
「こいつが?」
「魔王……」
驚嘆の声を上げ、牢の前に立つ私から左右に分かれ、距離を取った。そして、自然と牢の奥で胡座をかく男が私の視界の中に入った。
素っ裸なのは他の者と同じだが、自負心までは失っていないようである。大抵の者は裸にされて閉じ込められた時点で、泣き、屈辱を覚え、やがて諦観するのだが。
「魔王の名の下に、名乗る事を許す。お前、名は何と言う?」
黒髪も伸び放題で、髭面の全裸の男は、前髪に隠れがちな目を真っ直ぐ私に向けてきた。
眼光を感じさせる男は、私の言葉に従って名乗った。
「フテェール、フテェール・シャン・ジェーラ」
ざわめき立ったのは周囲の人類共である。
「ラジャムの先代宰相?」
「そんな馬鹿な……」
学者では無さそうだが、有益な話相手にはなりそうである。私はオークに命じた。
「折り畳み式の椅子を持ってこい。それと、この男は、一人用の牢に移す」
オークの一人が椅子を持ってくるまでの間に、私は拘束魔法でフテェールと名乗った男を縛り、宙に浮かせて牢から出した。
男は魔法で縛られながらも、不敵な笑みを崩さない。
牢の出入口を開けたため、隙間から逃げようとする人類が何名か出た。しかし私は衝撃波を放ち、牢の出入口に殺到しかけた人類複数名を吹っ飛ばして扉を施錠した。
宙に浮かんで運ばれている間も、男は不遜な笑顔を崩さない。
私はこういう奴の方が好感を持てる。
数十名を収容している牢の隣、狭く、便所だけが設置された牢の中へ、男を置いた。そして牢の錠を掛けた。
オークが駆け寄ってきた。
「陛下、椅子でございます」
戦場で腰掛けるために使う簡素な品だが、尋問を行うには十分である。
「ご苦労。そろそろ餌の時間だろう。丸薬を人類に配ってやれ」
「御意」
オークは下がった。
これでフティ……フテ……人類の名を覚える習慣がないので、この男の名を忘れてしまった。
まあ人類の中で話のわかりそうな男としておこう。
「おいおい魔王陛下、俺にも丸薬くれよ。これから長話ってのに、腹が減って仕方ない」
「魔王陛下と言いつつ、敬語も使えぬのか?まあいい。ほら、丸薬だ」
オークから丸薬一つを受け取り、男に向かって指で弾いた。男は臆する事なく、見事に手で丸薬を受け止めた。
「ほう、中々できるな」
「俺は武人上がりの元宰相でな。王子たちに剣術の指南もしていた。だが宰相な上に王子たちにも好感を持たれているとして、妬みを買い、あんたら魔族が襲った街の執政者として左遷された」
私は男の言っている内容が、致命的なほど理解できなかった。
「一つ一つ聞きたい。サイショウとは何だ?」
男は目を丸くし、しばらく経ってから笑い出した。
「おいおい、天下の魔王陛下が、宰相を知らねえってどういうこったよ」
男は笑ってばかりで答えない。
「笑うのは構わんが、笑ってばかりいる許可は出していない。元サイショウとやら、サイショウとは何だ?」
私は男の眼前に剣先だけを実体化させ、男は怯んだ。
「剣先で目を潰されるかもしれないのは、怖いか?」
私が尋ねると、男は怯えながらも笑顔を崩さなかった。
「ああ、怖い。怖いねぇ。だが魔王陛下、一つ武人として言いたいが、恐怖心を持たぬ者より、持つ奴の方が強い。猪武者と恐怖を感じる者、最後に立っているのは、後者だ」
「確かに、その通りだ」
この男の言葉には、つくづく納得させられるだけの説得力がある。サイショウというのは余程高位の存在らしい。
「ではゆっくり、講義していただこうか」
私が椅子に座りながら足を組むと、男は胡座を組み、笑って言った。
「俺が頭を垂れるくらいの度量を、見せてくださいよ、陛下」
「宰相ってのは、王を補佐する、場合によっては、国王に成り代わって政治を司る役職の事さ。その国の君主の、代官といったところか」
私には、どうもいまいち男の言動が解せなかった。
「国王の務めは国の運営上、必要な決断をする事だろう?補佐役ならまだしも、何故代官となる必要がある?」
男は言う。それも占い師のような、謎の説得力を持った宣告のように。
「確かに国王が度量があり、公正に物事を見極められる人物なら何の問題もございませんわな。
しかし、後継ぎ問題などで次期国王に無能な者が即位したり、まだ幼い子供が即位したりで、補佐役が必要になったら?」
私は一つの結論を導き出した。
「なるほど、人類社会では、そういう事が起こり得るのだな」
男は笑う。
「陛下、政には疎いんじゃないかい?」
「だからこうして、お前の講釈を拝聴している」
男の目に、鋭さが宿った。
「陛下は謙虚だ。そして頭も良い。学ぶ姿勢を持っているというのは、学問の徒に欠かせない要素だ」
私はまた聞き慣れない単語に当たった。
「ガクモン?何だそれは?」
男は不思議そうに、
「これだけ立派な学徒がいらっしゃるのに、学問という単語さえ使われていないとは。
失礼ながら魔王陛下、魔族という社会は未成熟すぎや――――」
男が余計な演説を始めたので、男の眼前に再び魔剣の切っ先を出現させ、黙らせた。
「お前に演説の許可を出した覚えはない。いいから私の質問に答えろ。もし質問を忘れたのなら、その首をはねる」
私はいたって冷静に、野卑な演説を止めた。しかし、男は違う解釈をしたらしい。
「さすがの魔王様も、馬鹿にされるのは嫌なようで。で、学問だったか?学問とは、学びを体系化した物だ」
「体系化だと?具体的には?」
「例えば、戦場で兵をいかに用いるか。相手が突出したら包囲し、中央を破られたら負けに繋がる。
こういう一つ一つの事実を、知識をまとめ上げ、一つの分野における学びとするのさ。
兵の動かし方なら兵学となり、天空の星々の運行をまとめれば天文学となる。特定の分野の知識をまとめ、さらにそれを繋いで体系化する。それらを集め、様々な分野の知識の集積を学問という」
「なるほど……」
私は、自分のやろうとしている事の意味がわかっていなかった。私は魔族なりの学問を打ち立て、それを皆で共有し、より強い国にしたいのだ。
「学問か。なるほど合点がいった。私は学問として各部族の知識をまとめ上げ、魔族全体に広めたいのか。富国強兵の基礎は、学問にある」
私がそう言うと、男は言った。
「さながら、『魔王様の「学問のすすめ」』か」
尋問を開始してから、私は初めて笑った。
「その通りだな。一冊ものにできそうじゃないか。筆記用具くらい渡してもいい。さて、私はそろそろ行くか」
椅子を立った後にも男は何か言っていたが、私はもう聞いていなかった。夕飯後の、デーモン族の部族会が迫っている。
しかし、やりたい事は山のようにあるのに、それが叶わぬ量の陳情・決裁・仲介などを求められる。魔王はつくづく忙しい。
「あの男、本当に宰相とやらだったなら、次は政治学でも聞いてみるか……いや武人上がりなら、兵学か?」
部族会はデーモン族各家系の寄合である。子や孫の素行不良や、受け取るべき名誉についてなど、実に身近な話題が話し合われる。
最年少は、私である。しかし父に同席していたため、どういうものかはある程度知悉していた。私の時と同じように、正装したカールも同席させている。
「うちの、デーモス家の孫が、ダルモス家の男とくっつきたいと言う事を聞かず……」
「ダルモスの家系を侮辱するのか!確かに婚姻話は既になったというが、若い者同士、不釣り合いではなかろう?」
こう聞くと子供の取った取られたの議論と、構造としては同じである。しかし扱う対象が魔族の一員、しかも王族たるデーモン族の者である。迂闊な事は言えない。
カールはハラハラしながら、怒号飛び交う一同の発言にビクついている。
――――カール、あくまで平常心を保て。
汗だくのカールに飛ばしたテレパスで、カールは、大きく深呼吸して息を整えた。そして私に視線を向け、軽く頷いた。
良い目であった。政務についてはまだ未熟だが、戦略・戦術においては私を上回る。そして私もカールも、政治については五十歩百歩だ。政治を学び、私並みの武勇を身に着けられれば、私を超えてくれるだろう。
(山の二つほど、一撃で切れるようになれば良いのだが)
剣の腕がまだまだなのが、いささか物足りないが、それ以外は私以上と言ってよかった。
さて、家長同士の言い争いに目を戻すと、騒動は平行線をたどっている。
「落ち着け、二人とも」
私の声は、無意識に魔力の圧力がかかる。そのため、他の、私より遥か年長のデーモン族たちも言う事を聞くのだ。
「マイズ・ダルモス、確かに若い者同士という事で見れば、お似合いかもしれない。しかし、他家の婚姻話を無理矢理破談させたとなっては、ダルモス一門に不名誉な事態を引き起こすのではないか?」
家長マイズは眉をひそめて息を呑んだ。歯ぎしりするマイズは一旦放っておき、
「イフェス・デーモス、確かに理はそなたにある。しかし、ここで婚姻を強行すれば、遺恨が残ってしまうのも事実」
私はそう声をかけた。心細そうに、イフェスは頷いた。
私は言った。
「アフェーテス!アフェーテス・ドゥーモス!」
私が呼んだのは、デーモン族の長老であった。縁戚関係の網により、隠然たる権力を持っている魔族である。
「はい、陛下」
一歩進み出て、頭を垂れるアフェーテス。その声には、私ほどでなくとも魔力の圧力がかかっている。
声という不可視のものに魔力を乗せるのは、かなりの高等技術である。老齢で背も曲がりつつあるが、私の先々代から仕えているという怪物だ。
思えば、こいつこそがデーモン族で一番政というものに通じていよう。時間の空いた時に師事したいとさえ思う。
「アフェーテス・ドゥーモス、そなたに両家の調停役となる事を命ずる。
婚姻は、当初の通り行わせるのが筋だろうが、幼いデーモス、ダルモス両家の子らを婚約させておくなどはどうかな?」
私がそう提案すると、愉快そうにアフェーテスは笑った。
「それでは、私の出番はないのではございませんか?」
私はため息をついて、
「大アリだ。細部を詰める必要があるし、何より互いが納得しなければならない。
改めて命ずる。アフェーテス・ドゥーモス、両家の不和を調停し、和約を結ばせるように」
魔力の圧力は心に、精神に作用する。そして、その言葉に自然と従わせる力を持つ。しかしアフェーテスは柔和な笑みを崩さず、
「御意」
そう言って再び頭を垂れた。
部族会は解散となり、私はカールを伴って執務室へと戻った。寝室に置いてあった執務用具、ペンと紙から文字表、地図に至るまで全て執務室に移動させていた。
私が席に着くと、カールは扉を閉めた。
「疲れ、ました……あれが――――」
私はカールが喋るのを咎めるように、扉に結界を張った。
「壁に耳あり障子に目あり、だ。公務に関する本音や弱みは、魔王は誰にも言ってはならない」
この部屋には私が置いた魔力源で、扉以外は中の会話や様子を見聞きできない。開け閉めできなくては困るので、扉は私が出入りする度に張り直している。
カールは、先の私の言葉に対し、疑問を投げかけてきた。
「誰にも、ですか?」
私は強調した。
「そうだ、たとえ、妻や子供にもな」
カールは反発した。
「何故です?妻や子供は、苦しみや痛みを共有する、生の伴侶のはず」
「相手を大切に思うなら、尚更言うな」
カールは口ごもり、反論の手がかりを探していたようだが、私は思考を巡らす時間を与えなかった。
「いいか、邪な者が、お前が大切にしている者に近づいた時、一体どうする?お前が傍にいる時ならいい。しかし、その者が一人の時、密告者が嘘を携えてきて、今後の魔族の方針や我々の内情を探ろうとしてきたら、どうする?」
「それは……」
カールは言葉を失った。私はさらに付け加えた。
「愛する者、大切な者に嘘をつかせたり、情報が漏れた責任を負わせたくなかったら、黙っておけ。そして、責任はお前が一人で負う事だ。
それが結果的に、愛する者たちを守る事に繋がる」
カールは少し悩んだようだが、
「御意」
最終的には跪いて私の言葉を肯定した。
私は言った。
「よろしい。お前はライラとの間に唯一できた、私の後継者だ。それは名誉な事かもしれないが、茨の道でもある。
お前が魔王の座を世襲した後は、全ての事柄に口を出せるようになる代わりに、全ての事柄の責任を負う。私は、お前の代になった時、少しでも統治のしやすい国にするのが、少しでも統一された国にするのが、己の役目と思っている」
カールは軽く苦笑した。
「しかし、陛下と、父と私の年齢差は六〇程度です。私の治世は、そう長くないことになりませんか?」
私は再度釘を差しておく必要性を感じた。
「六〇年は、国の一つや二つ、滅びるのに十分な時間だ。黒魔術師族の計算では、デーモン族の寿命は一千から二千。我々の時間感覚では一瞬にも等しいが、国を滅ぼされれば待っているのは人類による魔族の殲滅だ。
一年あれば国が傾く。五年あれば国は滅ぶ。たとえお前の治世が一年で終わったとしても、努々油断してはならぬぞ」
私はカールを軽く睨んだ。私の視線さえ、魔力を帯びている。カールは畏れから跪いた。
「ぎ、御意」
カールは剣の腕は伸びてきているが、魔力の扱いは私に劣る。軍の統率・戦略・戦術には長けていても、本人の武勇が足りない。
各地への行幸が終わったら、私自ら鍛え直すか。
私はカールに尋ねた。
「もう陳情や特段の報告はないな?」
「はい、もう今日までに来ているものは、どれも決済が済んでおります」
私は言った。
「それでは、私は行幸に行く」
上弦の月が、半月を過ぎて丸くなり始める夜であった。




