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第一二章 惨劇の真実

 黄昏の夕日が全てを赤く染める頃、私は魔王城に帰還した。城の中庭に空から着地すると、待っていたらしい嫡男カールが歩いてきた。

「行幸はお済みましたか?」

 諦観した様子で、カールはため息をついた。疲労した様子が窺える。

「まあ、まだ三部族だ。次からは急に政務を押しつける真似はしない。済まなかったな。私が不在の間、よくやってくれた」

 私の激励に、カールは苦笑した。

「半分はデーモン族内の問題だったので、トレブランド殿にお任せしました。私でわかる範囲は決済し、部族間の問題は三つ残ってます。いずれも、黒魔術師族からの伝書鳩の内容を紙に転写したものですが」

 私は褒め称えたかったが、一点注意せざるを得なかった。

「素晴らしい出来栄えだが、書類を執務室外に持ってくるのはまずい。風で飛んだり、盗まれる可能性は、なくはないのだから」

 跪いて、

「誠に申し訳ありません、陛下!」

 謝罪するカールに、私も屈んで両肩を叩いた。

「良くやった、カール。お前を誇りに思うぞ」

「陛下……」

 カールの頬に涙が一筋伝った。私は更に付け加えた。

「お前の父というだけで誇らしく思う。今日はもう休め。だいぶ疲れたろう」

「御意」

 城の見張り役を務めているデーモン族とすれ違いながら挨拶を交わし、私は黒魔術師族の連絡一つ一つ目を通した。

 伝書鳩の一つは、丁寧な事に、状況を写真が動くかのように模様を伝えている。

「素晴らしい発見です、陛下!ご覧のように、水車より重い金属製の風車さえ、溶岩で発生させた水蒸気は回せました。しかも不可思議な事に、軸の強化に銅線を巻いておいたところ、磁石がひっつくという結果が得られたのです。未知の力が、自然界には潜んでいるようです」

 発明の出来不出来には余り感心はなかったが、未知なる物の発見は魔族を利する。魔法で同じ自然現象を起こすのにも、現象の仕組みを理解しているか否かで雲泥の差を生む。場合によっては、全く新しい魔法さえ使えるようになる。

 もう一つの伝書鳩は、様々な数字、文字が組み合わせた計算式が大量に並べられていた。

「陛下、陛下のお陰で、数式の組み合わせ、数学とでも呼べるような発見が可能となりました。応用によっては、車輪の回転、物体の運動などが、数式で記述できるかもしれません」

 こちらの意見は、その意義が良く飲み込めなかった。数式で物体の運動を記述?よくわからない。

 二つの伝書鳩に対しては、発見の詳細について、わかった事は逐次知らせるようにと言伝をして送り返した。また、カールが下した裁可のうち、解釈が分かれそうな点をトレブランドとテレパスで話し合った。

 幸いすぐ回答は一致したので、修整は最小限で済んだ。

 そして、残る最後の伝書鳩は、カルダルからだった。

「行幸に回っておられると伺い、さすがは魔王陛下と目を見張るばかりです。そしてこの際、有用な部族とそうでない部族が明らかになった時、粛清の必要もありましょう。

 我ら吸血鬼族は、いつでも魔王陛下のお力になります」

 内戦を示唆する内容に激昂しかけた。魔力も放出してしまったらしく、近くにいたデーモン族や、剣闘の練習をしていた者まで走りよってきた。

「陛下?」

「ご無事でいらっしゃいますか?」

「何かお気に障る事でも?」

 私は釈明に迫られた。

「ああ、いや、なんでもない。心配かけて済まない。皆がこうして忠義を尽くしてくれるのは、私にとってはかけがいのない事だ。今は各自、各々の行為に戻ってくれ」

 皆が散開すると、私は敢えて執務室に戻った。



 執務室は、窓から差し込む月光が美しかった。対して地図や壁に張った文字の一覧表、乱雑に書類の散らばる大卓、机が置いてある。

 今寝室には戻れない。戻れば強烈な魔力の前にクルクとメールルを怯えさせる。それは本意ではない。

 カルダルは族長としての立場がわかっていない。「ドラコンの惨劇」当時、カルダルも戦士として戦ったろうに。

「ドラコンの惨劇」とは、吸血鬼族が人類に壊滅させられた出来事である。人類側が地理を密かに、精密に調べ上げ、日の傾いた午後、大軍をもって襲撃してきた。

 吸血鬼族は、長く狼人やゴブリンを手下としていたが、我がデーモン族は主人を持たぬ狼人やゴブリンを平等な仲間として、向かい入れていた。これに触発された吸血鬼族配下の奴隷だった狼人、ゴブリンは脱走し、吸血鬼族の城の守りは手薄となった。そんなところへ、人類が奇襲してきたのだ。

 吸血鬼の棺は暴かれ、日の光で多くの吸血鬼が灰となった。犠牲となった吸血鬼の数は、一〇〇名を超えたという。個々では非力な人類が、見事な連携で強大な魔族である吸血鬼たちを破ったのだ。

 あの時は深追いした人類を、吸血鬼族の救援に先代魔王――すなわち我が父――が駆けつけた事で、人類側にも数千の損害を与えた。以来、吸血鬼族はデーモン族と協力関係になり、一二支族の魔族による現体制が築かれる道筋が敷かれた。

 そして私が、そんな現体制をまとめる役割をそのまま投げ渡されたわけだが――――

「私にも、落ち度はあったか。魔王が最初に行ったからには、魔王が最も関心を、信頼を抱いている部族に他ならない。次の魔族会議では、喧嘩両成敗に持っていかねば」

 使命感を新たにし、ふと「ドラコンの惨劇」の際の戦いを思い出した。成年式さえ終えてなかったが、武闘派の父の勧めで、剣と魔法の才を見越され参戦した。

 まだ昨日のように思い出される。黄昏時、日を浴びて半身が灰と化した吸血鬼や、灰だらけの棺。吸血鬼の弱点である頭と心臓を的確に狙う人類。

 思わず唖然としてその光景を見て固まったが、父の叱咤で我に返り、人類を殺戮したのを覚えている。ただ、戦の最後に一度だけ、背に矢を食らいそうになった。後から、それを防いで人類を倒したのが、トレブランドだと知った。

 戦は、人類の実質的勝利と言っていい。吸血鬼族が、一五〇余り討たれた。一方で、人類の損害は二五〇〇ほど。満月の丑三つ時には、一人で人類を数百と鏖にできる吸血鬼族が、ここまで数を消耗したのだ。明らかに吸血鬼族の損害の方が大きい。

 内通者として、名を挙げられたのがドラコン。美女一〇〇余りに目が眩んだとされるが、真相は藪の中である。



 段々と落ち着きを取り戻してきた私は、ふと鍵が掛かったままの机の引き出しが気になった。私の魔力をもってすれば、開けられぬ鍵はなし。解錠して、引き出しを開けた。中には、一冊の手記しかない。そして、手記には先代魔王の魔力が込められ、文字の代わりとなっている。


 ――――事実を追い求める者だけが開けよ。

 ――――受け入れる覚悟ある者だけが読め。


 意味深な言葉に興味をそそられ、私は頁を繰った。それは、一二支族との連携、服従を得ていく、簡単な「魔族」誕生の歴史だった。


 ――――先王は黒魔術師との連携を取り付け、リザードマンやゴーレムとは連携が取れていた。

 ――――我はゴブリンに統率を教え、ダークエルフとの長い問答の末に協力関係を築いた。

 ――――この頃から、我をデーモン王ではなく「魔王」と呼ぶ者あり。


 父の手記は明らかだったが、後世へ、歴史を保存したかったのか?


 ――――狼人、ガーゴイル、スケルトン、ミノタウロス、オークとも協力は築けた。

 ――――吸血鬼のみが、残っていた。

 ――――困った我は、人類に情報を流した。


 ここで私は「は?」と声を上げた。それではドラコンは、ドラコンは……


 ――――ドラコンという吸血鬼をテレパスで一時的に支配下に置き、テレパスを人類に送った。

 ――――結果として、吸血鬼の多大な犠牲と引き換えに、魔族の統一は成った。


 私は足元がふらつき、世界が歪んで見えた。しかし渾身の力で、残りの頁を読んだ。


 ――――この結果は、少数のみが知っているが我より寿命の短い者ばかり。黒魔術師は忘れ去っている。

 ――――この本の頁を繰るのは、恐らく魔王アルクであろう。

 ――――この事は胸に秘め、励んで欲しい。

 ――――この手記は読み終えた後、燃え尽きる。


 私は尻もちをついた。机上の手記は燃え始めたが、自身のみを燃やす魔法の炎がたぎっていた。

 私はしばらく、立ち上がる事ができなかった。唯一の証拠となる物は何もなくなり、この事実を知るのは私一人。声高に事実を述べたところで、私が狂ったと見なされよう。

 この重みを背負うのは、私だけだ。カールには「綺麗な」玉座を渡すしかない。

 私は、静かに涙を流しながら立ち上がった。その頃には、炎は消えて、灰も残っていなかった。

 私は胸に痛みを覚えながら、執務室を出て、寝室に向かった。案の定、扉を開けると、

「アルク!」

「お、魔王様だなゃ」

 妻と愛人が待っていた。しかし、泣いている私に、クルクがいち早く気づいた。

「アルク?どうなさったのですか?」

「魔王様、何かあった?」

 私はベッドに腰掛けるクルクの傍まで歩くと、その柔らかな胸に泣き崩れた。

「何か、お辛い事があったのですね」

「魔王様、あたしたちは、最後まで魔王様の味方だよ」

 後頭部には、メールルの胸が押し付けられた。男として最高の状況だが、豊かすぎる胸に挟まれると、

「く、ぐるじい……」

と、言う他なかった。



「アルク……!もう、無理ぃ……!」

 クルクの喘ぎ声が響く。

「魔王様……激しい……」

 メールルの嬌声が、弱々しく聞こえた。

 散々二人と交わった後、両手に花の状態で眠りに就いたのは覚えている。覚えているのはそこまでで、いつの間にか眠っていた事だ。

 気づいた時には昼過ぎで、三名とも裸で寝ていた。愛しい者の寝顔は、気持ちを穏やかさせてくれる。

 昨日の父の手記は頭の片隅に追いやろう。父が、先代魔王が掲げた最後の魔法は、証拠能力をも消してしまった。

 思えば父も、罪を誰かと分かち合いたかったのだろう。自らの犯した大罪とはいえ、それはとても一人で背負い切れないと感じていたのだろう。それほど、父の罪は重い。


 ――――大丈夫です、父上。私も分け合います。


 私は父の罪を背負っていく事を決めた。あの物言いからして、カルダルが事の真相を知らないのは明らかだ。ドラコンがテレパスで操られたというが、それもどこまで本当かわからない。デーモン族のテレパスは吸血鬼族に勝るとも劣らず、優劣つけ難い。テレパスで操った、という事にしたのかもしれなかった。

 とはいえ今いくら頭を傾けても仕方ない。私はそっと体を浮かせて寝台から出て、服と髪を整え、角の垢を擦り落とした。昨日は心身共に疲労しすぎた。今日は魔王城から出ずに、人類に尋問する日と決めた。

 だがその前に、腹が減った。

 音も無く寝室を出て、人を呼んだ。

「料理長!朝食の用意を!」

 微弱なテレパスで、


 ――――御意。


 という返事があった。今の料理長は微弱なテレパスしか使えない。しかし人肉料理となると別格の腕を持っている。そこで料理長に抜擢したのだ。

 中庭を眺望できる私室の一つ、食堂で、私は座って料理を待った。ここは声の通りが良いよう、扉、引き戸の類はない。そこへ、書類数十枚を持ったカールがやってきた。

「陛下、こちらにいらっしゃいっておいでで。決裁書類をお持ち致しました。今日はひどく多くなっています」

「そのようだな。執務室の扉を開けた。置いといてくれ」

 カールはぐずぐずして、中々立ち去ろうとしない。テレパスも、同等の能力を持った者の前では役に立たない。

「何か言いたげだが、何かあるか?」

 カールは跪き、そして頭を垂れたまま言った。

「陛下、陛下の寝起きが不規則で、心休まらぬ、そう申す者が多いのです。ある程度規則的にご生活いただけると、ありがたいのでございます。トレブランド殿は法務の長というより、反魔王を掲げそうなデーモン族を宥めるのに手を焼いているそうで――――」

 なるほど、息子の言う事は筋が通っている。確かに私は起きたい時に起き、行動し、寝たい時に寝ていた。

 私を部族筆頭に奉るデーモン族からしたら、迷惑千万な話である。体を壊す者も出てこよう。我らデーモン族は昼でも夜でも強さに変わりはないが、私の寝起きに引っ掻き回されては敵わないのは道理だ。

「良く言ってくれた、カール。お前の直言、この魔王の耳に確かに届いた。さぞ言いにくかったろう。戦時は、全デーモン族に王族として、馬車馬のごとく働いてもらうが、平時の寝起きの時間くらいは、今日中に伝える」

「御意」

 カールは立ち上がったが、私は一つ提案した。

「カール、料理長に食事の用意を頼んだところだ。お前もどうだ?」

「えっと、うーん、魔王陛下が仰るなら、是非に」



「カール、その顔を見るに、まだ私に陳情すべきと考えている内容が残っているな?」

 うっ、と声を漏らし、カールはナイフとフォークの動きを止めた。カマをかけたつもりだったが、当たったようである。

「遠慮なく言え。それと、ここでは父と子の関係で良い。魔王の私的空間だからな」

 私は肉を食べ終え、ナイフとフォークを置き、ナプキンで口元を拭った。息子は最後の一切れを残し、ナイフとフォークを握って俯いていた。が、意を決して私の目を直視してきた。

「父上は、いささか奔放に過ぎます。昨日の唐突な行幸といい、先にも述べたご自身中心の生活といい、一方ではデーモン族を王族と言い、他方では奴隷のようにこき使うのは、改めていただけませんか?

 戦争になったからとて、最強だからと、いきなり大将が最前線に躍り出るわけではありますまい。どうか、全てにおいて、ご自重願います。様々な雑務や役割分担をデーモン族の部族会で決めた上で、平時は予定を定めた行動をとっていただきたいのです」

 私は口元を拭う手を止め、まじまじと息子を見た。息子は、逆鱗に触れたかのように気まずい顔をし、視線を逸らした。

 私は、ナプキンを置いて大笑いしてしまった。

「はっはっは!これでは、どちらが親か、わかったものではないな!くっくっ、はっはっ!」

「ち、父上、我はこの国のためを――――」

「いや、わかっている。そして、道理がどちらにあるかも明らかだ。奔放な父を持って、散々引っ掻き回して悪かった、カール。もしかしたら、政にはお前の方が向いているやもしれん。

 私自身、政治は初歩の初歩だ。だから中々勝手が掴めずにいる。お互い協力して、政治体制を、この国を創っていこう。カールよ、協力してくれるな」

「も、勿論です、父上!」

 私は笑いを堪えながら、

「まあ、まずは肉を食え。料理長の料理は美味い。それを冷ますのは勿体ないぞ」

と、カールに食事の続きを促した。カールは一心不乱に肉を食べ始めた。

 今になって思う。ライラは病弱だったが、身体の欠点を何一つ遺す事なくカールを産み落としてくれた。

 魔族は実力主義。力のない者は同族にも蹂躙されるのが宿命だ。

 そして今、精神的にも私よりしっかりしているのではないかと思うくらい、見事な成長ぶりを見せている。

「おいおい、肉を平らげて安心するのはいいが、口元は拭いておけよ?」

 カールははっとして、ビクリとした後、慌てて口元を拭った。

「我もこういうボロが出るのが、まだまだ至らぬ証拠ですね……」

「そんな事を言われると、私なんぞは大うつけになってしまう。もっと自信を持っていいぞ」

「は、はい!」

 食事も終えたところで、私は立ち上がった。カールもそれに続いて立った。

 私は宣言した。

「さて、魔王と、その副官の立場に戻るとするか」

「御意」

 親子二人揃って、私たちは食堂を出た。


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