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第一一章 革新と伝統

 昼頃、私は山岳地帯に巣を作っているリザードマン族の元を訪れた。元はずんぐりむっくりした一族だったが、山岳を駆けるうちに細身の体になったという。

 祖父、魔族統一のための戦いを始め、まだ魔王とは呼べなかった祖父に、最初期から味方し、未だデーモン族へ忠誠を誓う、信義に厚い一族である。平地に住んでいたが、人類との戦いで故郷を追われ、山岳地帯を住まいとしていた。故郷としていた土地は奪還したものの、奪われてから千年は経っており、山岳地帯に住み続けている。

 外見は細身のトカゲが二足歩行したようで、体の腹の側は白く、背は緑色の鱗で覆われている。戦いの際には、片手に剣、片手に盾、兜を身に着け臨む。

 私は尖頭のような岩肌に着地し、周囲の様子を窺った。そこからはリザードマンの住居・集落が見渡せた。林を切り拓いて形成された円形の集落があった。林の木々はまばらで、視界を遮るほどではない。しかし、少し山を下ると森林に恵まれ、樹の実などにも困らなそうである。

 私がじっくり観察していると、背後から声がかかった。

「動くな。デーモン族らしい事はわかるが、何の目的でここに来た?」

 どうやら警戒されているらしい。城でのんびり暮らしているデーモン族と異なり、勤勉な部族で羨ましい。

 私は振り返り様に答えた。

「何かしようというつもりはない。私はアルクというデーモン族の一人――――」

 言いかけて、二人とも相手の正体に気づいた。

「お前、確かリザードマン族ナンバー2の……」

「へ、陛下!これはとんだご無礼を。私、族長ボルゲイの補佐役を務めている、ジャルゲイと申します!もし、お気に障ったようでしたら、この首を……」

 跪いて抜剣し、首元に当てようとしているジャルゲイを、私は慌てて止めた。

「待て待て待て待て。急ぐな急ぐな。そんな簡単に自分の首を差し出すな。忠義に厚いのは感心だが、命は投げ捨てるものではない。剣を仕舞って立ち上がれ」

「御意」

 ジャルゲイは立ち上がり、その体躯を直立させた。足から頭頂部の「高さ」までなら私とそう変わらないが、トカゲの前足を持ち上げたような姿勢であり、尾までの「長さ」を勘定に入れると私の倍近くある体をしている。

 私は言った。

「私の背後を取るとは、見事な気配の消し方だ。その技量、大したものだぞ」

「畏れ多いお言葉でございます。しかし陛下、供回りもお連れせず、本日はいかがなさいましたか?」

 私は視察の事を話した。

「統治の基本は、皆の生活の実態を知らねばわからぬと思い、各部族を周る事にしたのだ。なるべく自然な姿を見たいから、私が魔王だというのはボルゲイ以外には秘密にしておいてくれ」

「御意。そういう事なら、陛下の正体に気づいた族長が言いふらす前に、族長の天幕へご案内致しましょう」

「よろしく頼む」

 私とジャルゲイは、岩肌を下りていった。



 私たちは「口封じ」のため、族長ボルゲイの住まう天幕を訪れた。ボルゲイは大きな天幕内で、直立して待っていたようである。私が天幕に入ると、即座に跪いた。

「陛下、ようこそいらっしゃいました。何もない所ですが、ゆっくりしていってください」

 私は残念な事に、その申し出は断らざるを得なかった。

「いや、今日のは視察だ。そうゆっくりしてもいられない」

「視察、ですか?」

 私はボルゲイと対等の視線になるべく、地に腰掛けた。

 ジャルゲイが、

「陛下、お召し物が汚れます!これを敷いては?」

 そう言って差し出してきた敷物も断り、私は話を続けようとした。しかし、先を打ってボルゲイが言った。

「ジャルゲイ、お前は普段通り、務めを果たしてきなさい。陛下とは、一対一で仰る事を拝聴したい」

 ジャルゲイは、

「畏まりました」

 そう言って族長の天幕から去った。二人きりになると、改めて私は口火を切った。

「リザードマン族、族長ボルゲイ、暮らしの中で、何か困っている事や、何かこれがあると良いという希望はないか?」

 ボルゲイは意外そうな顔をして、しばらく目を泳がせた。

「特にございませぬが、陛下のご考察するところが、理解しかねます。陛下こそ、何を我らにお望みで?」

 質問が返ってきたので、私は言った。

「私は、人類に学ぼうと、様々な改革に打って出た。暦、文字、数字、法律……そう改革を重ねていくと、我々は今まで、いかに他部族の事を知らずに過ごしてきたのか、思い知った。

 人類から学ぶのも大切だが、自分の足元、配下の部族たちはどのように生活しているかを知ろうと思い、視察を始めたのだ」

 私の言葉に、ボルゲイは頷きつつも、改革の必要性を否定した。

「陛下のお考えは、真に理に適っております。しかしリザードマン族としては、これ以上改革は必要ないかと」

「そうか?そなたたちの武具は、個々人の手製の物だろう?例えば黒魔術師族に、より硬い兜や剣を作らせ、一族に配布すれば、一層の武勇を得られように。

 それを拒むのか?」

 リザードマンの族長は答えた。

「我々には、我々手製の武具で十分でございます。そもそも、自分で武具を作り、必要とあれば修繕できるというのが、我らリザードマン族で一人前の男と成る条件にございます。

 恐らくは何千年と、続いてきた伝統というものです。我が代でその伝統を、変えてしまうわけにはいきません」

「伝統、か――――」

 その言葉は、私の気分に影を落とした。「改革を!」と意気込み、敵であろうと優れた点であれば吸収すべく、人類の文明を摂取しようとしてきた。

 しかし、そこには伝統が立ち塞がる。カルダルのように伝統を振りかざす馬鹿ではなく、ボルゲイは落ち着いた族長だ。

 説得は成らず――――と思った矢先、ある考えが浮かんだ。

「それでも、守るべき伝統と、正すべき伝統があるのではないか?」

「陛下?」

 訝しむボルゲイに対し、私には天啓が降りてきていた。



「リザードマン族諸君!私は魔王である。今回、そなたたちに集まってもらったのには、諸君に問いたい事があるからだ!」

 私はリザードマン族の戦士全員を集め、演説を行った。族長の天幕前で、リザードマンの成人男性全員を集め、私は集団の後ろまで私が見えるよう、デーモン族一人分の背丈ほど浮いていた。

「諸君らが伝統を重んじ、優れた戦士である事は、私は疑わない。それは過去、父の代から私自身も目にしてきた。

 ただ、残念ながら、未だ果たせていないリザードマン族の宿願があろう」

 私の足元にいたボルゲイは目を見開き、

「陛下、まさか……」

 驚きで固まっていた。ボルゲイが演説を止めようとする前に、私は言った。

「リザードマン族の聖地たる、レクトの大岩だ!険しい山の山頂、その上にリザードマン族の祖先が球体を置き、聖別したというレクト。そこを取り戻すには、その周辺にいる人類を駆逐せねばならない!より強大な戦力が必要になる。

 そこで、私から提案なのだが、黒魔術師族の製作した、より長く硬い剣を、硬い兜を、丈夫な盾を、欲しくはないか?諸君らが伝統を重んじ、武具を一人で用立てて一人前と、そう考えているのは知っている。

 しかし、人類の矢に貫かれない兜があれば?奴らの投げ槍に貫かれない盾は?より殺傷力のある剣は?

 無理にとは言わない。賛成する者たちだけ、族長ボルゲイを通して、黒魔術師族に連絡を取ってほしい。

 私からは以上だ。魔族として統一が成った今、部族を越えた協力関係を作りたいという、私の独りよがりな考えに過ぎない!

 だが、もし私以外に同じ考えの者がいたら、私の独りよがりではなくなる。私は、それを期待する!」

 私は演説を終え、地に下り立った。大きく息を吐き、演説の疲れを感じた。

 私の横にいたボルゲイは、軽く震えていた。

「陛下……陛下は、そこまで、お考えで……聖地レクト奪還は、我らの悲願にして宿願……陛下、どうか、どうかあなたのお力で、それを成していただけるなら、それは……望外の喜び……」

 ボルゲイの目からは熱い涙が流れていた。それを直接見ていた最前列のリザードマンたちは、

「陛下、族長、黒魔術師族に連絡を!」

「我らの意志は一つ!より強い武具を!」

 その盛り上がりに呼応し、群衆のほとんどが、私の演説に賛同してくれたようだった。

 一部は、唾を吐き捨てる輩がいたのも、私は視界の隅で確認した。しかし、この情熱が冷めないうちに、黒魔術師族に連絡を取る必要がありそうだ。鉄は熱いうちに打て、というより、黒魔術師族渾身の金属である、新銀《ミスリル》は熱くして打てだ。

 まだ昼時という事もあり、早速黒魔術師族に伝書鳩を送った。そして返事は伝書鳩ではなく、黒魔術師一人が来る事で成った。

「では、私は行く。今日中に、あと一部族の視察をしておきたい」

 私がボルゲイに伝えると、ボルゲイは涙ながらに跪いた。

「御意。本日の御恩、生涯忘れは致しませぬ」

 私は冗談めかして、

「まだ何も成ってない。恩を感じる時は、レクト奪還の日まで取っておけ」

と、笑った。ボルゲイも笑い、

「ははっ、仰る通りで」

 そう応えた。

 私は挨拶を済ませ、飛行魔法を使い、空へ飛び立った。そして、別の一部族の居住地に高速飛行で移動した。



 本日最後の視察先に選んだのは、魔王城北の平野に森林が鬱蒼と茂る地域である。ここに住むのはダークエルフ族。エルフは先の尖った長い耳を持つ種族で、独特の湾曲した短剣を武器とし、リザードマン族などと比べて魔力も大きく、高度な魔法を使いこなす。

 ダークエルフ族の起こりは、何年前かもわからないほど昔に遡る。エルフの中で一大対立が起き、内戦にまで発展した。敗れたエルフの一団は魔族の領域に逃れ、魔族も住んでいない暗黒の森と呼ばれる地域に居を定めたという。

 面倒だが、森の真ん中に降りては聖域を穢した、などといった事になりかねない。私は地に下り、歩いて森の中に入った。

 暗黒の森、というだけあって、葉が黒く見える。葉が黒いのか、木漏れ日が全く入らないために黒く見えるのかはわからない。そして、そんな暗黒空間に殺気が一〇余り。

 私は立ち止まった。そして独り言のような音量で言った。

「殺気を消すなら魔力もきちんと消す事だ。それでは人類の中にいる魔法使いとやらにも見破られるぞ。ついでに、私は魔王だ」

「え?」

 一〇人余りのエルフが木々から顔を見せた。一人は慌てる余り、構えていた矢を離し、私の足元に命中させる有様である。

「危ないな」

と、私は言ったが、内心全く動揺はしていない。矢ごときで、簡単には貫けない防御魔法を、常にまとっているからだ。

 小集団の頭目に当たるらしいダークエルフが、地に下りて跪いた。

「申し訳ありませぬ。陛下と知らずに、矢を向けるなどこのフェロッソ、生涯最大の誤り。かくなる上は、この首を差し出すしか――――」

 今度は私が慌てた。

「待て待て。やめてくれ、やめてくれ。このパターンも余り続くと飽きられる。私自身辟易している。

 魔族の中で私の顔を近くで見ているのは、デーモン族の誰かか、族長くらいだろう。お前たちの反応は正常なものだ。縄張りにずけずけと入られて、すぐに見張りの仕事を遂行する素早さは感嘆に値する」

 他のダークエルフたちも木々から下りて、跪いた。そして、次のように斉唱した。

「陛下、よくダークエルフ族の森にいらっしゃいました。何もない所ですが、歓迎致します」

「ありがとう。では、族長の元へ案内してもらえるか?」

「御意。お前たちは、見張りに戻れ」

「はっ!」

 フェロッソ以外のダークエルフたちは闇の中へと消えた。

 フェロッソは立ち上がり、

「ご案内致しましょう、陛下」

 私の一歩前を歩き始めた。私はそれを追いながら謝った。

「済まない、手間を取らせたな。聖域にいきなり踏み入れられては迷惑だろうと、森の中心に下り立つのは避けたのだが」

 そう言った私に、フェロッソは答えた。

「お言葉ですが、陛下は、既にダークエルフ族の聖域に踏み入れておいでです」

 フェロッソは歩きながら、半身を私に向けた。そして目を丸くしている私に言った。

「ダークエルフ族は、森全体を聖域と考える種族にございます。だから見張りは森の外縁部に配置します。

 一方で、大元のエルフたちは、森を部外者にも開放しようとしていたと聞きます。我々ダークエルフ族とて、部外者が森に入るのを全く禁ずるつもりはありませぬ。しかし自由に往来するのはご免です。

 その対立の結果、エルフと手を切り魔族と結んだのが、我らダークエルフ族だと」

 フェロッソは時々前を見るが、ほとんど私の方向を見ながら、木さえ避けて歩いている。

「私の方を見て話す誠意は感心だが、よく木にぶつからないな。何か秘訣でもあるのか?」

 フェロッソは苦笑して言った。

「陛下、ダークエルフ族は森全体を聖域とする種族。地下の根の張り方や木の枝まで、簡単に、手に取るように把握できます」

 私は驚嘆の余り、再度目を丸くしていた。

「着きました。族長の住まう、森の中心です」



 森の中で、唯一小屋を建てる事を許された族長の住まい。それは何も族長の暮らしの便宜を図るためでなく、単に強風・豪雨で祭壇が壊れぬよう、保管しておくための場所だった。族長の寝台が小屋の中にあるのも、最も日が高い、見張り以外のダークエルフ族が眠る時も、祭具の見守りのためである。

 族長小屋の前に座っていたのは、ダークエルフ族族長エルノラである。

 私に気づくと、エルノラは立ち上がった。森の草木から作られた装飾品をあちこちに身に着けている。これは、ダークエルフ族族長としての正装だった。

 私は近寄りながら言った。

「私が来るのがわかっていたのか?」

 植物を連想させる柔和さで、エルノラは答えた。

「フェロッソが申しましたでしょう?我らダークエルフは木の根、草木一本に至るまで、自然と把握するもの。我らにとって、森林との一体化は、究極の境地にございます」

「なるほどな。これは難儀しそうだ」

 私の言葉に、

「陛下?」

 フェロッソは眉をひそめた。しかし、すぐに族長エルノラが指示を出した。

「陛下と二人きりになりたい。お前は見張りに戻りなさい」

「御意」

 不審に思う点があっても、命令に服す。理想的な部下だ。

 エルノラは自然の果実など、未加工のもてなしの品を、泥を固めて作った器に持って差し出した。私は無造作に、地に座ってそれを受け取った。

「陛下、お召し物が!座布団くらいご用意致したく存じます」

 エルノラは地に直に座っている。私は言った。

「なに、お前が直に座っているなら対等に話したくてな」

 エルノラは言葉を尽くしたが、私が一々反論し、納得した。

「承知仕りました。それで、本日は急に、どのようなご要件で?」

 本題に入ると、私は演説の如く説いた。

「先代魔王から、統一された魔族を手渡されたが、そのまとまり方は脆弱だ。人類を狩る、となると先のように一致団結できるが、平時は各々が別々の事をしている。

 私は、何もない時でも、魔族が互いに生き来して、連帯する事を望んでいるのだ。

 そこでだ、何か不満や、望みはないか?不満は他の部族が協力すれば解決できるかもしれない。また望みを叶える過程で他の部族に恩恵を与える事も可能かもしれない」

 しばし、ダークエルフ族族長は悩んだ。

「強いて挙げるなら、森から出ても大丈夫な配慮や、目的地までの最短経路を描いた物が欲しく存じます」

「ふむ……」

 私は手帳に、ペンを滑らせた。エルノラは言葉を続ける。

「我らは魔族の一員として、元のエルフたちからは堕落した一派と見なされ、呪いを受けました。そのため、森を離れると徐々に力が低下するのです。二、三日ならともかく、何日にもなると、人類の子供さえ殺せなくなる、呪いを受けたとか。木々が数本生えた場所で休むだけでも、かなり回復できます。さすれば、他の魔族のための貢献も可能となると申します」

「なるほど、わかった。考えてみよう。

 ところで、魔族会議で配布した文字や数字の一覧表は、役立っているか?」

 族長は何故か、人の悪い目つきになった。

「伝統に反すると言う者と、便利だと言う者が半々です。ただ、これが面白い事になっておりまして、文字を使い、恋をしたためた文を、ダークエルフ族最強の戦士が受け取ったところ、恥ずかしくて眠れず、自分も文字を習得し、返事を書いた、という話がございましてな」

「ほう、それはそれは興味深い。恋をしたためた文、つまりは恋文か」

 私も人の悪い顔であったろう。なにしろ物陰からそれを聞いている者が一人、頭を両手で抱えているのを私もエルノラも探知していたのだから。

 私は、お暇する事にした。

「それでは、貴重な話をありがとう。何か気づいたら、伝書鳩なり魔族会議なりで、伝えてくれ」

「いえいえ、お役に立てれば我らも喜び致します。なにしろ、エルフたちが人類と手を組んで、魔族討伐に動いていると聞きます。奴らを駆逐するのは、我らが悲願」

「そうか!では、次の魔族会議でまた会おう。勿論、火急の用があればいつでも伝書鳩で伝えてくれ!」

 私は宙に浮き、空高く舞い上がって魔王城へ向かった。カールやクルク、メールルに怒られそうだと、予想しながら。


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