第一四章 吸血鬼族との応酬
私は飛行魔法で、夜空に飛び立った。
思えば魔王即位以来、吸血鬼族の領域に度々訪れている。それもこれも、吸血鬼族を統率するはずの指導者たるカルダルの無能さに拠っていた。
「ここらで本格的にお灸を据える必要があるか……」
さて、カルダルを糾弾するのにいい方策は――――そう考えていた私に、名案が浮かんだ。
「少々博打を打つ事になるが、これで行こう」
私は飛行速度を速めた。低空を飛んでいたので、木々が風圧で揺れている。木々が揺れない程度まで、高度を上げて飛行した。
しばし飛行していると、吸血鬼族の棲む山岳地帯が見えてきた。急峻な山肌やなだらかな高地の上など、程度の差こそあれ、高所に城を築き、様々な制約と引き換えに強大な魔力を持つ種族。それが吸血鬼族である。
私はわざと速度を落とし、殺気のこもった魔力を展開させながら、城の傍を低速で飛行した。城の主は何事かと騒いでいるのが、魔力による探知でわかる。
この調子で、私は吸血鬼族の領域を飛び回った。最後にカルダルの居城に向かう頃には、二〇〇近い吸血鬼たちが私の数百歩後ろを飛行していた。
カルダルの居城に近づくと、私は魔力で声を飛ばし、直接カルダルに言った。奴は呑気に美女の人類の血を吸っていた。
「おい!族長カルダル!」
カルダルのいる部屋に、私の声が響いた。
「はっ?魔王陛下?」
カルダルが美女の首元から口を離し、驚いている間に、私はカルダルのいる部屋の窓を開け、部屋の中へ着地した。広間に椅子と小さな卓が一つだけ。壁には今まで吸血された美女たちが、透明な魔法の結晶の中に全裸で封じられている。
奴の悪趣味は放っておいて、私は呆然としているカルダルに言った。
「お前の要求通り、行幸に来てやったぞ」
私が歩いてカルダルに近づいていくと、窓を割って無数の吸血鬼たちが進入してきた。
「魔王陛下!一体どういうおつもりか?」
カルダルを囲むように、吸血鬼たちが剣を構えた。総勢一五〇は超えていよう。
他方、ごく若い吸血鬼たちは、私の周りに集って、カルダルに向かって剣を構えた。カルダルに非があると思っての行動だろう。
「魔王陛下、一体どういう事であらせられますか?」
こちらの総勢は五〇未満。「ドラコンの惨劇」を知らぬ者たちである。
無理もない。あの惨劇を知らなくては、カルダルが何故族長となったかわかるまい。全員、「ドラコンの惨劇」を知らぬ若い世代である。
無論、カルダルの血筋もある。しかし、仮に当時のカルダルが吸血鬼たちの末席にいるような家柄の出であっても、それを覆す働きを成したのは紛れもない事実だった。
しかし、こんなところで吸血鬼族に仲違いをさせるわけにはいかない。
私は思い切り魔力を込めて叫んだ。
「全員剣を収めよ!私は戦をしにきたわけではない!」
私の一声で皆が怯み、剣を下ろし、室内に充満していた殺気は霧散した。
私は更に言葉を重ねた。今度は通常時の声である。
「改めて言おう。皆、剣を収めよ。私は話をしにきた。そして、それを吸血鬼族全員に聞いてほしくて、乱暴な挙に出たのだ。驚かせたのは謝る。
しかし、カルダルよ、お前は慕われているな。統治者としては二流だが、どこか憎めない。それが、これだけの吸血鬼たちを集める事となったのだ」
私の言葉に、全員が剣を鞘に収めた。そして私は、魔力による伝書鳩一羽を取り出し、カルダルに歩いて近づいた。
これは昔話になる。
建設途中の魔王城に、這々の体で一人の狼人がやってきた。
まだ息子カールが幼かった頃の私だが、「ドラコンの惨劇」の一連の出来事は、脳裏に焼きついている。
荒い息をして倒れそうになりながら近づいてきた狼人を、城外で完成間近の城を見上げていた先代魔王の父が迎えた。
「何事か?一体、何が起こったのだ?」
狼人は、魔族と吸血鬼の住処の間で見張り役に当たっていた者の一人だった。
「一大事に、ございます。吸血鬼たちの居城を、人類が、次々と、襲撃しております!」
「何だと?吸血鬼たちの居城は、人類が容易に攻められぬ所に建っているはずであろう?」
当時から、吸血鬼たちの居城は山の上に築かれるのが主だった。とは言っても、現在ほど急峻な地に建っていたわけでもなく、木々や森林で隠された道があった。
狼人は、わけがわからない様子である。
「そのはずですが、どういうわけか、人類は隠し通路を的確に登って攻め入っている様子。既にいくつかの城から火の手が上がっております」
その時、父がどんな顔をしていたかは、誰にもわからない。狼人は跪いていた。また、あの簡潔な手記を読んだ私にも、想像すらできない。
魔法で塔の一つを組み上げていた私は、狼人のただならぬ様子を見て、走って父に近づいた。振り返った時、父の表情は険しかった。
「アルク!デーモン族全員に召集をかけよ。吸血鬼たちが人類に襲われている。救援に向かう!それから、他の魔族にも伝令を遣わせ!吸血鬼たちは最後の魔族候補、見捨てるのは言語道断!」
「御意」
私はテレパスでデーモン族全員に呼びかけ、また、快速の飛行魔法で知られたデーモン族の何名かには伝令役となるよう伝えた。
その後父は、私に言った。
「アルク、お前も武装してついて来い」
「しかし、私は実戦経験のない身ですが……」
「お前ほどの腕があれば、立派な戦力だ。勘だが、我が寿命は長くない。余が死ぬ前に、お前に戦の経験を積んでおいてほしいのだ」
寿命、という言葉に反論したくなったが、現状、急を要する必要がある。
「御意――――」
様々な言葉を呑み込んで、私は父の命に従った。
魔王は集合した部族から順次ついて来るように命じ、ひとまず手元のデーモン族たちを率いて出陣した。
しばし飛行して、吸血鬼たちの城が立ち並ぶ山々に着いたが、その惨状は一目瞭然だった。火の手が上がる城、人類が次々と侵入していく城など、吸血鬼側は昼間で禄に動けないまま、次々と落城していく様子が展開されていた。
いざ落城した城内に切り込み、人類を鏖にしていったが、棺を日向に引きずり出され、灰になった吸血鬼の骸を見ると背筋が凍った。
しかし、戦いの最中、強力なテレパスが魔族と吸血鬼の残党の間を走った。
「全員退け!これより人類を、落城した城ごと吹き飛ばす」
私が空を見上げると、黒い球体が浮いていた。それが「日除けの魔法」によって日光を克服したカルダルであると、後から知った。
カルダルは落城した城目がけ、長期間に渡って貯めた魔力を全て用いて、山々に衝撃波を放った。
山は落城した城も、崖も、秘密の通路も全て呑み込んで崩れ去った。大勢の人類を道づれに。
空に飛翔して難を逃れた私にとって、その時のカルダルは英雄そのものだった。もっとも、その時以来研鑽を続けた私は、カルダルよりも圧倒的に強くなってしまったのだか。
ただ、肝心の「日除けの魔法」は、カルダルほどの威力を発揮できる者は現れず、未だ吸血鬼は夜の民となっている。
話を現在に戻そう。
私は魔力による伝書鳩を右手に載せ、皆に見せた。
「カルダルからの伝書鳩だ。とんでもないない内容が書かれている」
――――そしてこの際、有用な部族とそうでない部族が明らかになった時、粛清の必要もありましょう――――
魔族の各部族を選別し、絶滅させる内容には、他の吸血鬼たちは呆れてしまい、自らの忠誠心を嘆いた。
「こんな事なら、族長殿を守ろうとはしなかったものを……」
「こんな魔族同士の内乱を示唆する文面を送っていたとは……」
「これじゃあ、魔王陛下に付こうか族長殿に付こうか、悩んだ事すら馬鹿馬鹿しい……」
吸血鬼族一同は、揃ってため息をついた。
カルダルは憤慨し、
「なっ、我が誤った事をしたためたとでも言うのか?」
そうは言っても、吸血鬼族の者たちは聞く耳を持たない。そして、吸血鬼族で二番目の立場にいる女傑ミラカーが進み出た。
「魔王陛下、発言をよろしいでしょうか?」
「良かろう」
私が許可すると、ミラカーが演説を始めた。
「今回の不手際、我ら吸血鬼族にとっても恥とすべき、誠に残念な事例にございます。魔王陛下が直々にいらっしゃったのも無理はありません。
しかし、陛下が行幸を後回しにして、我らの名誉を傷つけたのもまた事実。幸い、ここには陛下直属の家臣はおりませぬ故に、陛下を傷つけ、もみ消すのもまた容易です。ここは喧嘩両成敗という事で済ましていただければ――――」
交換条件を差し出してきたわけだ。魔族会議で私が行おうとしていた事と一致する。私は謝罪すべきか迷ったが、今度はその他全員の吸血鬼がミラカーを押さえに回った。
「この馬鹿!そういう変な独立心があるから、行幸で一番に選ばれないのだ」
「一位、二位の吸血鬼が揃って魔王陛下に楯突いてどうする!」
「次にそういう文言が出たら、吸血鬼族全員が陛下につくぞ?」
正直、この展開は予想外だった。これなら、両成敗ではなく、内乱を示唆する内容を一方的に咎められる。
私は温情をかけるように言った。
「わかった、吸血鬼族の総意はわかった。皆の忠誠心は頼もしく思えて、私も嬉しい限りだ。責めるのはその辺りにしてやれ。
二人とも、もう内乱を起こそうなどという気はあるまい?」
二人を取り囲んでいた吸血鬼たちは、私が進み出ると囲みを解いた。輪の中心にいた二人は、仲間たちから散々罵倒・叱責を浴びて憮然としている。
「今回の件は、吸血鬼族の総意が内乱旗揚げにはほど遠いとして不問とする。それで良いな、皆の者よ?」
私が問いかけると、全員が跪いた。
「御意!」
皆の声が揃ったところで、私は息荒く跪くカルダルに近づき、膝をついた。
「面を上げよ、吸血鬼族長カルダル」
「ぎ、御意」
脂汗で冷や冷やした様子で、カルダルは顔を上げ、私の目を見た。その時、私はただただカルダルが羨ましかった。
「カルダル、お前は臣下に恵まれているな。これだけ大勢の臣下にして、お前の行動を咎めても、お前を吸血鬼族の長から降ろそうとする者はいない。どこか憎めないお前の性格と、いざとなれば私と一騎打ちすら辞さぬ覚悟を知っているからだ。
精々、臣下を大事にしてやれ」
「はっ、承知、仕りました!」
頭を垂れるカルダルの首元に、絡みつく細腕二本。誰のものかと思えば、先ほどまでカルダルが吸血していた女だった。
「カルダルさまぁ、難しいお話は終わりました?妾を吸血鬼としてくれたって事は、妃にしていただけるのでなくて?」
吸血鬼が血を吸って、いきなり人類は死なない。どうやら一定量吸うと死ぬ致死量というのがあるらしいのだ。しかし、吸血すると、吸血鬼特有の毒が人類の体を犯す。吸血の致死量より送り込む毒が上回れば、死者が復活するように人類は吸血鬼と化す。
「な、お前を生かしておくつもりはなかったというに!」
「カルダル様、妃として、あなた様の血もいただきたいですわ」
カルダルが引き離す前に、女の牙がカルダルの首元に刺さった。血を吸うと、相手の経験を共有できる。なので吸血し合うのは、吸血鬼にとって契りの証なのだが――――
「はははっ、いい嫁ではないか!それでは私はこれにて次の行幸先へと向かおうと思うが、文字の普及はどうなっている」
三番手の吸血鬼が跪いて述べた。
「それが、若い男女たちが魔力の伝書鳩で、普段言えないような言葉をやり取りしているようで――――中には齢一千を過ぎる吸血鬼の中にも、恋文をやり取りしている者がいるとか」
私は笑った。
「結構、結構。では、私は行く」
「御意。お気をつけ遊ばされませ」
吸血鬼族一同は、その長以外跪いて私を見送った。
吸血鬼族の視察を終え、夜空へ飛び立った私は、次の行幸先を考えた。横向きで腕組みしながら、
「吸血鬼族の次となると、やはりあの種族か」
そう独り言をぼやいた。吸血鬼の使い魔として長年こき使われていたが、「魔族」の一員として吸血鬼との縁を切った種族、狼人。次の巡幸先はあの者たちが相応しいだろう。
吸血鬼が日中動けないのを補うべく、長年吸血鬼の配下として仕えてきた。しかし、我が父の代で吸血鬼と手を切った。代わりに「魔族」の一員となったため、吸血鬼も手が出せなくなった。
夜、狼に近い習性の狼人たちは、あちこちの高台で吠えていた。二足歩行になっても古来よりの習性であるとは、族長フークの言である。
狼人の棲家は、魔王城への道を通した以外、原生林と草原が半々となっている。
私は半径一千歩ほどの距離に、声を届けた。ただし、それ以上には漏れないように。
「私は魔王アルク・デルモスである!族長フークに会いに来た!」
私は森林の散在する草原に降り立った。さて、フークはいるか――――
辺りを見回すと、急な訪問に警戒したのだろう。何名かの盾を持った狼人が姿を現した。
狼人は戦場で武器を持たない。相手の攻撃を防ぐ盾をのみ持ち、牙と爪で敵を切り裂くのが、彼らの仕様であった。武器は己の肉体であり、盾を持つのも、昔は恥ずべき事だったという。
狼人は夜目で、くっきりと私の姿を確認したようである。
「こ、これは陛下。突然の来訪ながら、歓迎致します」
だが私は、跪いた狼人族の皆に言った。
「いや、歓迎しなくていい。代わりに、普段の生活を見せてほしい」
そうした話をしていると、供回りを連れて四足で駆けてきた族長、フークがやってきた。
駆けつけたフークは、跪いて仰々しい答辞を述べた。
「よくぞいらっしゃいました、魔王陛下。ご機嫌麗しゅう事を願いまする故に」
私はフークに歩み寄り、手を差し出した。
「立ってくれ、フーク。先代の他に、我が剣技を初めて認めてくれたのはそなただ。戦友よ、また語り合おうではないか、昔のように」
顔を上げたフークの目には感涙が微かに光っていた。夜目が利かなければわからぬ程の。
「くっ……ご立派にあらせられる……承知仕りました。不遜ながら、横を歩かせていただく」
フークは立ち上がると、灰色から白に変わりつつある体毛を震わせ、私の手を取って立ち上がった。白色の体毛――――もう老いの波が来ているという事だろう。
「お互い歳を食ったな。私なんぞ、父親から『国がまとまったからあとよろしく』みたいな扱いで、老獪に立ち回らねばならん。頼みの魔剣も振るえぬ日々だ」
「なるほど、それは一大事ですな。確かに考えようによっては、先王は統一国家の維持を丸投げしたともとれます。作るより、維持する方が難しいとも見れましょう。
何か鍵はないのですか?」
私は迷わず答えた。
「学問だ。魔族全員に、同じ知見を共有させる。これしかあるまい。
ゴブリンが光魔法で目を眩ませて、人類を一気に二人も三人も倒したら、面白いと思わぬか?」
フークは豪快に笑った。
「なるほど。確かに魔法を皆が扱えるようになれば、そんな痛快な場面を拝めますな」
私は必要事項も尋ねた。
「そうだ、お前のところでは、文字は普及したか?暦は?」
自らを恥じ、フークは答えた。
「それが、恥ずかしながら、中々上手くいきませんで……何かを持つのがしんどいのです」
しかし、私の提案に、フークは目を見張った。
「狼人族は鋭い爪を持っていよう。それが天然の書き物道具となろうに」
「そうか!それは考えてませんでした。さすが、魔王となられてから、一層知恵も増しましたな」
私とフークは、笑いながら月光の下の草原を歩いていった。
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