EP 9
戦場のライブステージと、神々の乱舞
「——聴いてください。『戦神の調べ』」
リーザがマイクを握りしめ、透き通るような声を響かせた。
それは、いつもルナキンや公園で歌っている「五円! 御縁!」という俗っぽい物乞いソングではなかった。
深く、青く、そして神々しい。
海を統べる純血の人魚姫だけが持つ、魂を震わせる『本物の歌声』だった。
コックピット内に響き渡ったその歌声は、瞬時にガオガオンの魔力伝導ケーブルを通じて、全高25メートルの巨大な機体全体へと行き渡る。
『——システム通知。未知のバフ領域を展開。全ステータス、300%上昇』
『エラーコード、全消去。各シートの魔力同期率、強制的に100%へ到達しました』
俺の目の前で真っ赤に染まっていたエラー画面が、次々と美しい翠緑へと書き換えられていく。
「なんだこのデタラメなバフ効果は……! まるでチートコード(管理者権限)を直打ちされたみたいだぞ!」
「ふふん! これが絶対無敵のアイドル、リーザちゃんの真骨頂ですぅ! エンジニア様、最高のステージにしちゃってください!」
リーザがウインクを飛ばしながら、さらに歌のボルテージを上げる。
『ハハハハッ! 素晴らしいぞ物乞いの娘! 我の四肢に、かつてないほどの力が漲ってくるわ! マスター、雑魚の群れなど一蹴してやろう!』
ガオンのエンジンが、リーザの歌声に合わせて歓喜の咆哮を上げた。
俺はメインスロットルを力強く押し込み、仮想キーボードを乱打した。
「反撃開始だ! キャルル、右腕の制御をお前に渡す! モーション・トレース、オン!」
「待ってました! 行くわよ、月影流——!」
キャルルが白虎シートで、愛用のダブルトンファーを構えて鋭い踏み込みを見せた。
その動きに完全に同期し、ガオガオンの巨大な右腕——白き鋼の虎が躍動する。
「——『白虎咬断』!!」
キャルルの正拳突きと同時に、右腕の虎の頭部が巨大な顎をガバッと開いた。
ズドォォォォンッ!!
突撃してきた5機の魔将機を、まとめてその強靭な鋼の牙で噛み砕き、スクラップにして吹き飛ばす。キャルルの闘気が乗ったその一撃は、ただの物理攻撃を超えた破壊エネルギーとなっていた。
「す、すごい……! 私の動きが、この巨体で1ミリのラグもなく再現されてる!」
「感動してる暇はないぞ! ルナ、次は左だ! お前の出番だ!」
俺は右舷から左舷へシステムのリソースを切り替える。
「青龍アーム、魔力パイプライン接続! ルナ、魔力リミッター解除! ただし、照準と出力ベクトルは俺が完全制御する!」
「分かりましたわ! わたくしの有り余る魔力、全部持っていってくださいな♪」
ルナが杖を掲げ、ニコリと微笑む。
瞬間、ガオガオンの左腕——青き鋼の龍の口に、膨大すぎる魔力が圧縮され始めた。もしこれをルナの好きに撃たせれば、ポポロ村どころか背後のルナミス帝国の国境ごと消し飛ぶ。
「出力70%で固定! 射角修正、仰角マイナス3度! なぎ払え!!」
「『青龍紅蓮砲』ですわーっ!!」
カッ……!!
青龍の口から放たれた極太の真紅のレーザーが、荒野を直線に焼き払った。
大気を焦がす轟音とともに、横一列に並んでいた魔将機20機が、回避する暇もなく一瞬で蒸発する。
「よし、完璧なアルゴリズムだ! リーザの歌でオーバーヒートも完全に抑え込めてる!」
コックピットは今や、最強の布陣となっていた。
リーザの『戦神の歌』がシステムの絶対的な安定と超強化をもたらし、ルナの無限魔力が弾薬となり、キャルルの格闘センスが近接防衛を担う。そして俺が、特A級の演算処理でそれらすべてを最適化し、ガオンという最強のハードウェアを動かす。
「オラオラァ! 邪魔よブリキのオモチャ共!!」
「うふふ、お掃除が捗りますわね♪」
「はい! 五円! 御縁!……あっ、間違えました! ♪戦の神よ〜!」
ズガァン! バゴォォン!
荒野の中央で、全高25メートルの聖獣機神が、文字通り『神々の乱舞』を繰り広げていた。
100機いた魔将機の群れは、わずか数分の間に次々と鉄屑へと変えられ、残すところ数十機まで激減していた。
「いける! このまま一気に殲滅——」
俺がそう確信した、その時だった。
『——警告(WARNING)。超高質量の敵性反応が急接近』
ズシンッ……! ズシンッ……!!
大地がひっくり返るような地響きと共に、魔将機の残骸を踏み潰しながら『ヤツ』が前に出てきた。
全高20メートル。
通常の魔将機とは比較にならない分厚いオリハルコンの重装甲と、巨大な棘付きの鉄球を引きずる、軍団のボス——『重装魔将機』だ。
ギガガ……『障害物……完全排除……』
重装魔将機が、ガオガオンの頭部目掛けて、家屋ほどもある巨大な鉄球をフルスイングで振り下ろしてくる。
回避するには質量が大きすぎる。俺は即座にキーボードを叩いた。
「下半身、玄武システムへ魔力を全集中! 絶対防壁展開!!」
『任せよマスター! 我が地に足をつける限り、この装甲は砕けん!』
ガオガオンの両脚——黒き亀甲が大地に深く根を張り、ドーム状の緑色のエネルギーシールド『玄武シールド』を展開する。
メシャァァァァァァッッ!!!
鉄球がシールドに激突し、凄まじい衝撃波がコックピットを揺らした。
「きゃあっ!?」
「うわわっ、マイクがッ!」
シールドは持ち堪えた。しかし、敵の圧倒的な質量と出力に押され、ガオガオンの巨体がズリズリと後方へ押し込まれていく。シールドの表面にピキピキと亀裂が走り始めた。
「くそっ……! 腐っても邪神の遺物の親玉か。単純なパワーなら向こうが上だぞ!」
システムのアラートが再び鳴り響く。
だが、俺の脳内にはすでに、このバグのような巨体を一撃でデリートする『最終コード』が組み上がっていた。
「耐えろお前ら! ガオン、胸部コアのチャージを急げ! とびきりのカウンターを叩き込んでやる!」
国境の荒野で、二体の巨大な鋼鉄の巨神が激突する。
ポポロ村の平和と、今日の夕飯のハンバーグを懸けた、最後の攻防が始まろうとしていた。




