EP 5
道化師の絶望手品と、特A級の論理的論破
「手品だと?……タネの透けて見える、陳腐な三流のスクリプト(茶番)だな」
俺はガオンのメインコンソールから手を離し、ARグラスの視界を『解析モード』から『デバッグモード』へと切り替えた。
視界の端で、キャルルが「え、玲王? 何言ってるの?」と怪訝な声を上げる。
「ククク……強がりを。では、その茶番劇を特等席で鑑賞してもらいましょう!」
ギアンが巨大な鎌を振るうと、玉座の周囲に並べられていたカプセルが次々と破壊され、中から保存されていた冒険者や騎士たちの死体が、ギギギ……と不気味な音を立てて立ち上がった。
その数、およそ五十。彼らはうつろな瞳でガオガオンを見上げ、一斉に飛びかかってきた。
それと同時に、ドームの天井から無数の『死蛾』が羽ばたき、キラキラと輝く燐粉を撒き散らし始めた。
「う、うわあああっ!? 月人君が……月人君が泥まみれにーっ! そんなファンサいらないですぅ!!」
後部シートで、リーザが突然頭を抱えて叫び出した。幻覚を見ている。
「な、何これ!? 動きが死人じゃないわね! それにこの燐粉……吸うと頭がクラクラするわ!」
キャルルが襲いかかる死体をトンファーで弾き飛ばしながら、顔を顰める。
ルナは「風の精霊さん、お掃除してくださいませ!」と魔法で燐粉を吹き飛ばそうとするが、次々と撒き散らされる燐粉に効果が薄い。
「エンジニア殿、これは厄介だ。ただの物理攻撃では、彼らは止まらん。……それに、精神(OS)への直接介入か」
ルーベンスがタバコを噛み潰し、影魔法の展開を準備する。
ドーム内に響き渡るギアンの甲高い笑い声。
だが、俺は冷静に、ガオンのスピーカーの出力を最大にした。
「……解説してやる。まず天井の虫共が撒いてる燐粉だが、あれは特定の波長の可視光線を操作する『光学迷彩プログラム(マルウェア)』だ。뇌の受信データを強制的に書き換えて、お前たちの『一番見たくないもの(絶望)』を見せてやがる」
俺はARグラスを操作し、ガオンのコックピット内に独自の周波数の光を照射(パッチ適用)した。
瞬間、燐粉の輝きがただの灰色い粉へと変わり、リーザのパニックがピタリと止まった。
「……あれ? 月人君が、ただの粉に……? アンコールなしですかぁ?」
「次は、その動く死体共だ。キャルルの言う通り、動きが死人じゃない。……それもそのはずだ」
俺はガオンの外部カメラの映像をデバッグ画面に切り替え、一行に共有した。
「あいつらの関節部を見てみろ。高密度の魔力で形成された『テザー(糸)』が、天井からギアンの指先へと接続されてる。……ただの、物理的なパペット(操り人形)だよ」
「な、なんですって!? わたくしたち、ただのぬいぐるみに怯えていたのですか!?」
ルナが驚愕の声を上げる。
「バカな……!? なぜ、私の『絶望手品』のタネが一瞬で……!?」
玉座の上で、ギアンの仮面の下の声が動揺に震えた。
「タネが割れれば、あとはデバッグ(切断)するだけだ。……ルーベンス! 座標X-50, Y-20から出ているテザー(糸)を、影魔法でプロセス・キル(切断)しろ!」
「了解した。……面倒だが、恩は返す」
ルーベンスが指を鳴らす。
ドームの床から伸びた数百の影の杭が、天井へと伸びる見えない『糸』を物理的かつ魔法的に貫き、一瞬にして全ての接続を断ち切った。
「ギギ……ガガガ……」
動きを失った五十の死体たちが、糸の切れた人形のように崩れ落ち、ただの屍へと戻った。
「あ、ありえない……! 私の、私の最高のアート(ショー)がァァァッ!!」
ギアンが絶叫し、玉座から立ち上がる。
「あーもう、タネ明かしなんてどうでもいいのよ!! 玲王、解説してる暇があったらさっさと終わらせなさい!!」
後部シートから、ついに魔王ラスティアがマジギレの声を上げた。
彼女は法被を脱ぎ捨て、ペンライトをポケットにねじ込むと、『魔王剣』を両手で構えた。
「録画開始まで、あと1時間と30分! あんたの茶番のせいで、月人くんの特番が映らないのよ!! 私の純情(と国庫横領の努力)を弄んだ罪は、万死に値するわァァッ!!」
ラスティアの全身から、次元を歪めるほどの圧倒的な闇の魔力が溢れ出し、ガオガオンのコックピット内にメキメキと亀裂が走った。
「おいバカ止めろ! ここで剣を振るったらダンジョン(サーバー)ごと自壊するぞ!!」
「知るかァァッ!! 推しの顔が見られない世界なんて、滅びちまえェェッ!!」
「——次元斬ッッ!!!」
ラスティアが魔王剣を全力で振り下ろした。
空間そのものが「ズレ」るどころではない。ギアンの座る玉座に向かって、世界が「切り取られ」たかのような漆黒の亀裂が一閃した。
『な、何という……!』
ドーム全体が激しい衝撃波に揺れ、瓦礫が降り注ぐ。
砂煙が晴れた後、そこに玉座は存在しなかった。ただ、空間に巨大な虚無の穴がぽっかりと空いているだけだ。
「……ふん。口ほどにもない。……さあ玲王、通信障害直して!」
ラスティアが満足げに剣を収める。
「……いや、待て」
俺はARグラスに表示された『敵性反応』のログを見て、顔を顰めた。
『——警告。対象の魔力反応、増幅。……システム、最終安全装置を解除』
砕け散った玉座の瓦礫の中から、機械仕掛けの蟲の羽音が響いてきた。
現れたのは、ギアンだった。
だが、その道化師の仮面は右半分が砕け散り、中から蟲の複眼と鋭い顎が露出していた。さらに、背中からは死蛾型の巨大な羽が、右腕は死蟷螂型の鎌へと変貌(擬態解除)していた。
「ククク……まさか、魔王直々の次元斬りを浴びるとは。……だが、残念だったな。我が魂は、この天魔窟と完全に同期している」
ギアンの醜悪な素顔が、歪な笑みに歪んだ。
「ただのエンジニアではないな、貴様……。私のタネを完全に見抜くとは。……余興は終わりだ。全てを贄とし、サルバロス様を……!」
ギアンが巨大な鎌を、崩壊した玉座の跡地に突き立てる。
瞬間、ドーム全体が暗緑色の光に包まれ、壁面の魔力ケーブルが狂ったように脈動し始めた。
「システム全体を犠牲にした、強制起動か……!」
ガオガオンのコックピット内のコンソールが、一斉に真っ赤に染まった。
『警告(WARNING)! 未知のウイルス(死寄生蟲)の侵入を検知! セキュリティホールを通過!』
『メインコア、汚染率、10%……20%……! 各ユニットの同期率が低下!』
『グォォォォッ!! マスター! 我が体内に……何かが……! 意識が……遠のく……ッ!!』
ガオンの焦るような咆哮が、システムのノイズに掻き消されていく。
敵は、物理的な破壊ではなく、ガオガオンという『システムそのもの』を内部から破壊し、乗っ取ろうとする最悪のウイルス兵器を解き放ったのだ。
「……チィッ。ただの茶番じゃ、終わらせてくれないか」
俺は仮想キーボードを乱打し、ウイルスの拡散を食い止めようとしたが、その速度は想定を遥かに超えていた。
絶望の迷宮の、真のショータイム(地獄)が、今まさに始まろうとしていた。




