EP 6
ウイルス感染! 暴走する鋼の獅子
『警告(WARNING)! メインコア、汚染率40%……50%! システム領域(OS)への不正アクセスを多数検知!』
『全魔力回路、強制書き換え中! 操縦系統、応答拒否!!』
コックピット内は、真っ赤なアラートと、火花を散らすコンソールの爆発音で地獄絵図と化していた。
「くそっ、なんてマルチウェアだ! 既存のファイアウォール(防壁)を、論理爆弾で物理的に破壊しやがった!」
俺は仮想キーボードを乱打し、残存するメモリ領域に緊急隔離を作ろうとしたが、指が追いつかない。ウイルスの侵食速度は、光ファイバー並みだ。
『ウ、グ、ガァァァァッ!! マス、ター……! 我が、魂が……ドロドロに、溶かされて……イク……ッ!!』
ガオンの咆哮が、機械的なデジタルノイズに変わり、悲鳴となって響く。
「ガオン! しっかりしろ! ……チィッ、同期率が低下してる! 外部からのデバッグじゃ、処理速度が足りねえ!」
その時、ガオガオンの巨体が、ガクガクと不気味に震え始めた。
ズゥゥゥゥン……。
外部カメラの映像が乱れる中、ガオガオンの黄金の瞳が、急速に赤黒い瘴気の色へと染まっていく。
「ギ……ギギ……殲滅……全テヲ……贄トセヨ……」
ガオガオンのスピーカーから、ガオンの声ではない、無機質で悍ましい『死蟲機』の合成音声が響いた。
瞬間、ガオガオンは俺の操縦を完全に無視し、右腕の白虎アームを振り上げた。
「な、何!? 勝手に動いて……!? 玲王、何とかしなさいよ!」
キャルルが叫ぶ。白虎シートの操縦桿が、彼女の力でも動かない。
「ハッキングされたんだ! 今のガオガオンは、敵の遠隔操作下にある!」
ガオガオンは振り上げた白虎アームを、あろうことか自らのコックピット(胸部)目掛けて振り下ろそうとした。同士討ち(システム自壊)のコードだ!
「影縛り・多重拘束!!」
ルーベンスが瞬時に指を鳴らす。
コックピット内の影が触手となって伸び、キャルルやルナ、そして俺の体をシートに固定し、さらに暴走しようとするガオガオンの内部フレームを闇の力で物理的に拘束した。
メシャァァァァァッッ!!!
闇の拘束と、ウイルスの命令で動こうとするガオガオンの油圧シリンダーが軋み、凄まじい金属音がコックピットに響く。ギリギリのところで、自爆は食い止められた。
「エンジニア殿! 物理的拘束は長くは保たん! この機体の出力は、私の魔力を凌駕している!」
ルーベンスが額に汗を浮かべながら叫ぶ。
「あーもう、イライラするわね!! そんなブリキのオモチャ、私が外から斬り刻んでウイルスごとデリートしてあげるわ!!」
ラスティアが魔王剣を抜き、ハッチを開けようとする。
「止めろバカ! 物理で殴ったらコアが壊れてガオンは二度と起動できなくなる! ……それに、外にはあいつ(ウイルス源)がいる!」
俺はARグラスを操作し、崩壊したドームの瓦礫の上に立つギアンを映し出した。
砕けた仮面の下の複眼を光らせ、ギアンは醜悪な口を歪めて嘲笑っていた。
『ククク……無駄だ。その機体は間もなく、我がサルバロス様の新たな肉体となる。……エンジニアよ、貴様もその優秀な脳ごと、贄となるがいい!』
ギアンが鎌を振るうと、ドームの奥から、さらなる死蟲機の大群が湧き出してきた。
その中には、ひときわ巨大で肥大化した腹部を持つ『死王蟻』が数体、蠢いている。死王蟻は、次々と新たな死蟻や死蜂の『卵』を撒き散らし、即座に孵化させていた。
「無限湧き(スポーン・バグ)か……! 数が、さっきの比じゃないぞ!」
コックピットの外では、数万の死蟲機がガオガオンを取り囲み、強酸と毒針を雨あられと注ぎ込み始めた。
内からはウイルスによる乗っ取り、外からは物理的な飽和攻撃。完全な、詰み(チェックメイト)の状況だ。
「……玲王、どうするの? このままじゃ、わたくしたち……」
ルナが恐怖に震える声で、俺を見つめる。
俺は、キーボードを叩くのを止めた。
ARグラスのアラートを全てオフにし、大きく一つ、深呼吸をする。
「……方法(解)は、一つしかない」
俺は白衣を脱ぎ捨て、コンソールの下にある緊急用ハッチのロックを解除した。
「外部からのアクセス(デバッグ)が間に合わないなら……俺自身が、ガオガオンのメインシステムに直接、精神同期する」
「な、なんですって!? 直接ダイブって……玲王の脳が、あのウイルスに直接汚染されるってこと!? 無茶よ、死ぬわ!」
キャルルが目を見開いて叫ぶ。
精神同期。特A級エンジニアの中でも、限られた者にしか許されない禁忌の技術。
自らの意識をデジタルデータ化し、対象のシステム内部へと直接介入する。成功すれば、外部からのハッキングなど比較にならない速度でのデバッグが可能だが……失敗すれば、意識はウイルスに食い破られ、廃人となるか、あるいはデータそのものが消滅する。
「俺の脳は、この世界で唯一、AI演算を論理的に処理できる『管理者権限(管理者権限)』だ。……ガオンを、俺の相棒を、あんなゴミ(ウイルス)に渡してなるかよ」
俺は緊急用ハッチを開け、暴走し、闇の拘束に軋むガオンのメインコアへと続く通路へ、身を乗り出した。
「ルーベンス、ルナ、ラスティア! 俺が内部でデバッグしてる間、ガオガオンの物理的な制御(暴走阻止)と、外の蟲共の迎撃を頼む! 特に、俺の無防備な体は、絶対に守り抜け!」
「……了解した。エンジニア殿の『OS』は、私が影で守護しよう」
「わたくしの結界魔法で、玲王様の周囲を完璧に防衛しますわ!」
「推しの特番録画まで、あと1時間! さっさとデバッグしてきなさい! 外の蟲共は、私がストレス解消に斬り刻んであげるわ!!」
仲間たちの頼もしい(?)言葉を聞き、俺は不敵に笑った。
「リーザ! ……お前は、まだ歌うな。俺のシステムがウイルスに食われそうになった時……その時こそ、お前の『バグソング(戦神の歌)』で、俺のクロックアップ(超強化)を頼む」
「は、はいですぅ……! エンジニア様、絶対にアンコール(帰還)してくださいねぇ……!」
リーザが涙を拭い、マイクをギュッと握りしめる。
「よし。……百夜玲王、システムに精神同期を開始!!」
俺は暴走し、緑色の瘴気を発するガオンのメインコア——黄金の獅子の脳髄にあたるユニットに、自らの両手を直接、叩きつけた。
ピカァァァァァァァァッッッ!!!
視界が純白に染まり、意識が肉体から剥がれ落ちる感覚。
特A級AIエンジニアの、命を懸けた電脳戦の幕が、今まさに切って落とされた。




