EP 3
死蟲機の擬態工作と、影を操る処刑人
「……朝から重すぎるだろ、あんたの胃袋」
翌朝、開店直後のルナキンのカウンター。
俺は呆れながらも、中華鍋で『ニンニク醤油脂マシマシのスタミナ麺』を仕上げていた。
目の前で競馬新聞を広げながら、ブラックコーヒーを啜っているルーベンスが、当然だと言わんばかりに鼻を鳴らす。
「徹夜明けの体に一番必要なのは、血管が詰まるほどの塩分と脂だ。昨日の焼き飯のおかげで、ようやく思考回路が正常に戻ったよ」
昨夜、魔王ラスティアが乱入した後のドタバタは凄まじかったが、結局彼女はルナキンの二階にある宿泊施設で、朝倉月人のライブDVDを観ながら寝落ちした。
一方、実務担当のルーベンスは、一睡もせずに北の空に浮かぶ『天魔窟』の観測を続けていたらしい。
「ほら、スタミナ麺だ。サービスで背脂を三倍にしておいたぞ」
「恩に着る。……フム、このドロりとしたスープ、まさに地獄の沼のような美しさだ」
ルーベンスが恍惚とした表情で麺を啜り始めた時、店の外が急に騒がしくなった。
「おーい! 街のみんな! 天魔窟から戻ってきた冒険者たちが、お宝を山ほど持って帰ってきたぞー!」
その声に、村人たちが一斉に広場へ集まっていく。
俺はARグラスのモードを『広域スキャン』に切り替え、窓の外に目を向けた。
そこには、全身を黄金の防具や宝石で着飾った数人の冒険者たちが、満面の笑みで村人たちに戦利品を見せびらかしている姿があった。
「すげえ……! 本当に伝説のオリハルコンだ!」
「俺たちも行こうぜ! 今ならまだお宝が残ってるはずだ!」
熱狂する村人たち。だが、俺の視界にある『デバッグ画面』には、絶望的な警告ログが滝のように流れ落ちていた。
『——警告:対象の生体ログ、不一致。熱源反応、ゼロ。偽装プログラム(スプーフィング)による擬態を検知しました』
「……チッ。ウイルス(マルウェア)の潜入工作か。手口がテンプレート通りすぎて欠伸が出るな」
俺の言葉に、ルーベンスがピタリと箸を止めた。
「……やはりか。あの冒険者共、中身は『死蟲機』だな?」
「ああ。見た目と声だけをコピーして、村の中に『バックドア』を作ろうとしてやがる。あいつらが村の中心部に入れば、内側から防壁を無効化されるぞ」
俺がガオンを起動させようとしたが、ルーベンスがそれを手で制した。
彼は最後の一口まで麺を綺麗に平らげると、静かに立ち上がり、コートの襟を正した。
「エンジニア殿。ガオガオンという『大質量兵器』を出すまでもない。こういう小賢しいバグ(潜入工作)のデバッグは……私のような『処刑人』の領分だ」
ルーベンスが店を出る。俺もキャルルたちを呼び出し、後を追った。
広場では、村人たちが擬態した冒険者たちに握手を求めていた。
「よかったな! さあ、広場の酒場で祝杯を——」
「——そこまでだ。出来損ないの泥人形共」
冷徹な声が響く。
ルーベンスが指をパチンと鳴らした瞬間、冒険者たちの足元の『影』が、まるで生き物のように蠢き、鋭い杭となって彼らの四肢を貫き、地面に縫い付けた。
「ギャァァァッ!? な、何をするんだルーベンス様! 私たちですよ!」
「黙れ。貴様らの喉の振動(声)は、不自然に周波数が整いすぎている。……我が主のワガママに比べれば、貴様らの演技など三流の学芸会以下だ」
ルーベンスの手元に、闇の魔力で形成された一本の『黒い鞭』が現れる。
彼は皮肉な笑みを浮かべながら、鞭を軽く振るった。
「影縛り魔法・プロセステザー。……さて、皮を剥いで中身の『機械の虫』を拝ませてもらおうか」
シュバッ!!
猛烈な速度で放たれた鞭が、冒険者の一人の腕を切り裂いた。
だが、そこから流れたのは赤い血ではなく、ドロりとした緑色の廃液と、バチバチと火花を散らす銀色の配線だった。
「ギ……ギギ……検知……サレタ……殲滅フェーズ……移行……!」
擬態していた冒険者たちの顔が縦に割れ、中から鋭い鎌を持つ『死蟷螂』の頭部が飛び出す。
「うわぁぁぁッ!? バケモノだーっ!!」
村人たちがパニックで逃げ惑う中、十数体の死蟲機が擬態を解き、殺戮の機械昆虫へと変貌した。
「玲王! ガオンを出す!?」
キャルルがトンファーを構えながら叫ぶ。
「いや、待て。……ルーベンスの『デバッグ作業』を見せてもらおう」
ルーベンスはタバコを一口吸い、紫煙を吐き出した。
「荒事は嫌いなのだがね……。焼き飯の脂を燃やすには、ちょうどいい運動だ」
彼は影の中を滑るように移動し、死蟲機の死角へと回り込む。
「影縛り・多重拘束」
死蟲機たちが動こうとした瞬間、数百の影の糸が彼らの関節に絡みつき、その場で完全にフリーズさせた。
そこへ、魔力を極限まで圧縮したルーベンスの鞭が、真空を切り裂く音と共に奔った。
バキィィィィンッ!!!
一撃。
オリハルコンの装甲すら容易に断ち切る闇の衝撃波が、十数体の死蟲機をまとめて両断し、瞬時にスクラップへと変えた。
「……ふぅ。やはり、朝食後の運動は胃にくるな」
ルーベンスは何事もなかったかのように鞭を消し、競馬新聞を広げ直した。
その圧倒的な戦闘力と、親父臭い所作のギャップに、キャルルたちは呆然と立ち尽くしている。
「……見たか、玲王。あいつ、影の情報を操作して、相手の『存在の優先順位』を下げてやがる。IT的に言えば、OSレベルでの強制停止だ」
俺がルーベンスの戦闘ログを解析していると、上空の『天魔窟』から、さらなる不気味な振動が響いてきた。
『——ククク……魔王の狗め。余興はここまでだ』
空を劈くような、狡猾な声。
天魔窟の最上階、道化師の仮面を被った男・魔人ギアンが、巨大な鎌を手に、こちらを見下ろしていた。
「……本物のウイルス(指揮官)のお出ましだな。ルーベンス、焼き飯のおかわりは、あいつをデリートしてからだ」
「ああ。……今度は、もう少し辛口のやつを頼むよ」
俺たちはポポロ村の防衛をキャルルたちに任せ、ついに絶望の迷宮『天魔窟』への直接介入を開始した。




