EP 2
オタク女帝の正体と、死を招くハニーポット(罠)
「ラ、ラスティア様……! よりにもよって、こんな辺境のファミレスで何を……! その大量の紙袋、またアバロンの国庫を横領して日本へ行ったんですね!?」
ルーベンスが、口から吹き出した芋酒で濡れたカウンターを拭くのも忘れ、絶叫する。
一方で、サングラスをずらした女性——魔王ラスティアは、ポカンとした顔でルーベンスを見つめ、それからニカッと豪快に笑った。
「なんだ、ルーベンスじゃない。奇遇ね! あんたもここの焼き飯、食べに来たの? これ、最高に『背徳の味』がして美味しいわよね♪」
「笑い事じゃありません! 次期の魔導軍事予算が半分消えていたのは、全部あなたの『月人くん追っかけ費用』だったんですか! 孫子の兵法もツァラトゥストラも泣いていますよ!」
「堅苦しいこと言わないの。月人くんのファンサは次元を越える癒やしなのよ。見てよこれ、福岡限定の生写真! 尊すぎて魔力が逆流しそうだわ……」
ラスティアはうっとりと紙袋の中身を眺めている。次元を切り裂く魔王剣の使い手が、今はただの重度のオタクにしか見えない。
俺はそんな二人のやり取りを眺めながら、残っていたメロンソーダ草のジュースを啜った。
「……魔王に、その苦労人の側近か。バグだらけの環境だとは思ったが、まさか本丸がここに来るとはな」
「あんたがこの焼き飯を作ったエンジニア? いいセンスしてるわね。気に入ったわ! 私、ラスティア。あっちのルチアナとは飲み友達でね、あいつが作る『出来レースの世界』には飽き飽きしてたところなのよ」
ラスティアは帽子を脱ぎ捨て、俺の横にドカッと座った。
「あいつ、魔族と人間と獣人を適当に争わせて、人口が増えすぎないように調整して……。そんな退屈なゲーム盤、つまんないじゃない? それに比べて、地球のアイドル文化は最高よ! 予測不能なエネルギーに満ち溢れてるわ!」
彼女の瞳には、世界の支配者としての退屈と、純粋な「愉快」を求める好奇心が宿っていた。
だが、その愉快な宴をぶち壊すように、俺のARグラスに赤い警告ログ(ログ)が走り始めた。
『警告:ポポロ村北方3キロ地点。超高密度の負エネルギー反応を検知。空間位相が強制的に書き換えられています』
「……っ、なんだ、この魔力波長は」
ガタッ、と俺が立ち上がると、酔いが回っていたルーベンスと、パフェを注文しようとしていたラスティアも同時に顔を上げた。
「……チッ。この嫌な臭い、ただの魔物じゃないな」
ルーベンスの目が、一瞬で冷酷な軍師のそれに変わる。
店の外へ出ると、夜の静寂を切り裂くように、北の空がドス黒い紫色の光に染まっていた。
そこには、つい数分前まで存在しなかったはずの、巨大な『黄金の塔』が忽然と姿を現していた。
壁面は金銀財宝で埋め尽くされ、窓からはS級素材であるオリハルコンや魔炎竜の鱗が、これ見よがしに煌めいている。
「あれは……伝説の『天魔窟』か!?」
村の自警団や、夜通し飲んでいた冒険者たちが色めき立つ。
「あんなお宝の山、一生遊んで暮らせるぞ! 行くぞ、一番乗りだ!」
欲に駆られた者たちが、吸い寄せられるようにその塔へと駆け出していく。
だが、俺の視界にあるデバッグ画面は、その塔を別の姿で描き出していた。
「……ハニーポット(蜜瓶)だ」
「ハニー……なんですって?」キャルルがいつの間にか背後に現れ、不審そうに尋ねる。
「ネットの世界で、ハッカーを誘い出すためにわざと脆弱性(お宝)を見せかける罠のサーバーのことだ。あの塔から出ているのは、お宝の輝きじゃない。獲物を呼び寄せ、一箇所に集めてから『魂』を効率よく刈り取るための、最悪のバグサイトだ」
俺の言葉を裏付けるように、黄金の塔の入り口が、まるで巨大な蟲の口のように開き、冒険者たちを飲み込んでいく。
「……死蟲王サルバロス。奴、魂だけの存在になったはずだが、ついに本格的なシステム復旧(復活)に動き出したか」
ルーベンスが競馬新聞を握りつぶし、低く唸った。
「愉快じゃないわね。私のポポロ村遠征(オタ活)の拠点であるルナキンが、あんな趣味の悪い塔に邪魔されるなんて」
ラスティアが、手にした月人くんのうちわを魔王剣に持ち替え、不敵に笑う。
「玲王、あの『サーバー』とやら、あんたの腕でハッキング(完全攻略)できる?」
「ああ。バグまみれの悪意あるコードなら、徹底的にデバッグしてやるのがエンジニアの仕事だ」
ポポロ村の平穏な夜食の時間は終わりを告げた。
鋼鉄の獅子ガオガオンと、規格外の魔王、そして苦労人の貴公子。
かつてないカオスなパーティによる、絶望の迷宮『天魔窟』へのデバッグ作戦が、今まさに始まろうとしていた。




