第三章 天魔窟の罠と、響き渡る聖獣機神のテーマ
深夜の『ギトギト特製焼き飯』と、疲れた貴公子
深夜2時。
ポポロ村の住人が深い眠りについている時間帯、24時間営業の『ルナキン』の厨房には、小気味良い中華鍋の音が響いていた。
カンッ、カコンッ! ジュワァァァァッ!
「……よし。米一粒一粒にラードの油膜が完璧に張られている。パラパラだ」
俺、百夜玲王は、白衣の袖をまくり上げ、一人でコンロの火と格闘していた。
普段、キャルルたちに作る食事は「栄養価の最適化」を最優先している。だが、特A級AIエンジニアといえども、たまにはシステムのエラーを無視して、純粋な『カロリーの暴力』を摂取したくなる夜があるのだ。
熱した鉄鍋にたっぷりのラードを溶かし、トライバードの卵を落として素早くかき混ぜる。そこへ冷や飯の『サンライス』を投入し、強火で一気に水分を飛ばす。
具材はシンプルに、厚切りのピッグシープのチャーシューと刻みネギのみ。
そして仕上げに、鍋肌に『醤油草』の搾り汁を回し入れる。
ジュボォォッ! と焦げた醤油の香ばしい匂いが、換気扇を通って深夜の店内に充満した。
「完成だ。『ラードと焦がし醤油草の特製焼き飯(深夜の背徳仕様)』。……たまらんな、この油の照り具合」
俺がどんぶりに焼き飯を盛り付け、カウンター席に腰を下ろそうとした、その時だった。
カランコロン♪
深夜のルナキンに、入店を知らせるベルが鳴った。
こんな時間に客か? キャルルやリーザなら裏口から入ってくるはずだ。
「……すまない。表に看板が出ていたが、こんな時間でも食事はできるだろうか」
現れたのは、仕立ての良い漆黒のコートを着た、長身の男だった。
銀色の長髪に、端正で冷たい顔立ち。頭部から覗く立派な角と、俺のARグラスが示す魔力波長からして、高位の『魔族』であることは間違いない。
だが、そのイケメンぶりとは裏腹に、男の全身からは「過労死一歩手前」のようなドス黒い疲労感が漂っていた。コートのポケットからは、なぜか丸められた『魔獣レース新聞(競馬新聞)』が顔を出している。
「あぁ、やってるぞ。ファミレスだからな。……とはいえ、今は俺の夜食を作ったところだが」
「その、狂おしいほどに食欲をそそる匂いの料理は……なんだ。メニューにあるのか?」
男は、俺の手元にある焼き飯をジッと見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。
「裏メニューだ。ラードがギトギトで塩分高め、栄養バランス度外視のジャンクフードだが……食うか?」
「……頼む。金ならある」
男がカウンターにドサッと金貨の入った袋を置く。
俺は少し笑って、厨房に戻り、もう一人前の特製焼き飯を手早く作り上げた。ついでに、度数25度の強い『芋酒(太陽)』のボトルとグラスを二つ用意した。
「ほら、熱いうちに食え」
カウンターに置かれた焼き飯に、男はスプーンを突き立てた。
そして一口、口へ運ぶ。
「……っ!!」
男の端正な顔が、一瞬で崩れた。
「美味い……! なんだこの、暴力的なまでの旨味は! 米の一粒一粒が油でコーティングされ、噛むほどにピッグシープの肉の脂と、焦がし醤油の香りが口の中で爆発する……!」
男は貴族のような上品な所作を完全に忘れ、ガツガツと猛然な勢いで焼き飯を掻き込み始めた。
「ああ……五臓六腑に染み渡る。気取った宮廷料理のフルコースなんかより、徹夜明けの体に一番必要なのは、こういう油ギトギトの飯なんだ……!」
「分かるぞ。複雑なアルゴリズムより、単純な物理演算が欲しくなる時があるよな」
俺が芋酒を注いだグラスを差し出すと、男は焼き飯を飲み込み、そのまま芋酒を一気に呷った。
カァァッ、と喉を焼くアルコールに、男は深く、深いタメ息を吐き出した。
「……最高だ。君、ただの料理人じゃないな。親父の胃袋と疲れ(バグ)というものを、実によく分かっている」
「俺はAIエンジニアだ。システムの疲れを取るデバッグ作業は得意でね。……あんたも、随分とブラックな環境で働いてるみたいだな」
俺の言葉に、男——ルーベンスと名乗った魔族の貴公子は、自嘲気味に笑って懐からタバコを取り出した。
「私の主が……いや、ウチのトップが、どうしようもない規格外の『バカ(バグ)』でね。国の予算を平気で横領して、意味の分からない異世界の言語を叫びながら失踪するんだ。その尻拭いで、私はもう三徹目だよ」
「奇遇だな。俺の周りにも、善意で機体を純金に変えたり、鼻に五円玉を詰めて歌い出したりする規格外のバグばかりでね。この前も三徹で空戦プログラムを組まされたところだ」
「……君も、苦労しているんだな」
「あんたもな」
コツン、と。
種族も年齢も違う二人の男が、深夜のファミレスのカウンターで、お互いの苦労を労いながらグラスを合わせた。
静かで、ハードボイルドな大人の時間。ギトギトの焼き飯と強い酒が、二人の魂を深く繋ぎ合わせていく——。
——バンッッッ!!!
その時、ルナキンの入り口のドアが、蝶番が吹き飛ぶほどの勢いで蹴り開けられた。
「あーっ! 疲れた疲れた疲れたぁぁっ!! おいそこの店員! 激ウマ豚骨ラーメンの『バリカタ・ニンニクマシマシ』と、特製明太うどん! 今すぐ持ってきなさい!!」
静寂をぶち壊して店内に乱入してきたのは、大きなサングラスと帽子で顔を隠した、不審者スレスレの女性だった。
そして彼女の両手には、何やら大量の紙袋が抱えられている。
俺のARグラスが、その紙袋に印刷されている文字を瞬時に翻訳した。
『朝倉月人 サマーライブツアー2026 in 福岡・限定グッズセット』
「……は?」
俺が目を点にしていると、横でグラスを持っていたルーベンスが、信じられないものを見たかのように目をひん剥き——。
「ブブッ! ゴホッ、ゲホォォッ!! ラ、ラ、ラ、ラスティア様ァァァッ!!?」
口に含んでいた芋酒を、盛大にカウンターに吹き出した。
「あんた……なんでこんなド辺境の村に!? しかもその紙袋、また国庫の事業予算を横領して『日本』に行ってたんですかァァァッ!!?」
深夜のハードボイルドな空気は、アイドルオタクの魔王の乱入によって、わずか3分で完全崩壊したのだった。




