第2話 謎の能力者
ここは関東地方の外れに位置する街、姫花。
天気は晴れ、卯月の暖かい風が優しく流れる昼頃。
姫花高校の校庭では生徒達が遊んでいる。
そんな時に大久保は一人、人のいない校舎裏にいた。
「………………。」
大久保は握りしめた右手の拳を見つめ先日の出来事を思い返す。脱獄犯と遭遇したところを探偵"足利流星"に助けられたことを。
「俺は…もっと強くなりたい。
俺のこの力は弱いけど、きっと俺自身が強くなれれば…」
そう思いながら辺りを見回し誰も見ていないことを確認すると、
「すぅ…」
息を大きく吸い込み、
「はぁー…」
息を吐く。
そして足を広げ胸を張り全身に力を込めた。
大久保は眼と口を閉じて集中する。
すると、バチバチと全身にイナズマが走りエネルギーの光が大久保の全身を包む。
大久保は数十秒間、そのままでいた。
イナズマが走る音はだんだんと大きくなっていき、大久保に蓄積されたエネルギーが充填を完了しようとした瞬間に眼を開く。
「うーん…」
大久保は全身の力を抜き、エネルギーの光は一気に散った。
「駄目だ、やっぱりこれじゃ長すぎる…」
真剣だった大久保の顔が一気に気が抜けて崩れた。
「何がいけないんだろう…」
大久保は再び脱獄犯と足利流星を思い出す。
「あの脱獄犯の男は思い立った瞬間に好きなだけ水を操れていたように見えたし、足利さんも脳以外の体の修復は一瞬だった。でも俺の能力は使うのにとても時間がかかる上にあの人達に比べれば弱いんだよな、便利な時もあるのだけど。」
大久保は悩む。
「それに…」
大久保は脱獄犯が足利に向けた言葉を思い出す。
「超能力も持たないあんたじゃワタシに勝つのは不可能よ。」
大久保の違和感。
「"超能力も持たないあんた"って、"足利さん"に言ったんだよな…?」
俺の能力にはすぐに気づけたのに、あの驚異的な再生能力にどうして気づかなかったのだろう。と大久保は思った。
「終わったこと考えてもしょうがないな!とにかく今は俺の能力をもっと強化しないと。」
大久保は気を取り直す。
「どうしよっかな…よし、今度はこう…ポーズを取ってやってみよう。ちょっと恥ずかしいが物は試しだ。」
大久保はもう一度念のために周囲に人がいないことを確認し、再び足を広げて意識を全身に集中させイナズマを走らせる。エネルギーの光に覆われると大久保は両腕を一度右方向へ突き出した後に左手を握り腰の横に置き、広げた右手を左の肩のあたりに突き出した。
すると右手を半円を描くように動かす。
「ライダァー、変ッし…」
「大久保くぅん!!」
大久保の後方から大声が響く。
「うわああああ!?」
大久保はポーズを中止し一瞬で体ごと振り向いた。
目の前に立っていたのは柿原だった。
「……。」
柿原は目をまん丸くして大久保を黙って見つめていた。
「え、えと…なに?どうした??」
大久保は問う。
「……へ、あっ…あのっえっと。」
柿原はきょろきょろと目を合わせたり晒したりを繰り返す。
「今のって、その。もしかして…あのっ」
「今の…!?」
大久保の全身に寒気がする。
誰もいないと油断しての言動、昔憧れてたヒーローの真似を唐突にやりたくなってしまうあの欲望に負けた事を酷く後悔する。
「み、見てたの…か?」
「う、うんっ」
「ぐっ…」
気まずい、どうせならほっといて欲しかった。大久保は心からそう思った。
「大久保くんも超能力持ってるんだね…?」
「あ、そっちか…」
「ご、ごめんね…脅かしちゃって。」
「平気だよ、大丈夫。」
大久保は安堵した。
「じゃあ私行くね。」
「お、おう。」
柿原はそういって校舎へと戻っていった。
「あれ、今あいつ大久保くん"も"って言ったか…?」
足利は姫花の町外れにあるダムへ出向き電話をしていた。
「…はい、姫花にある針葉ダムについて管理会社であるそちらの会社にお問い合わせさせていただきました。」
足利は率直に質問を電話の相手の中年の男に投げかけた。
「ダムに隠された機能があるかどうかですか?」
電話の相手の男はあまりに突拍子もない質問に困惑した。
「はい、もしくは他のダムでは用いられないような設計がなされているなどとかありませんでしょうか。」
「はぁ、どこにでもある普通のダムだと思いますがね?」
男は呆れたような声で話す。
「ほんの些細な事でも、あのダムに変わった噂とかありませんか?」
「ないない。」
そう言われるとブツっと通信が切られる音が足利の電話に響いた。
足利は携帯をポケットに仕舞い、巨大なダムに目をやる。
「まあ、当然の反応だよな。」
電話の反応は分かり切っていた、しかしだからといって決めつけで可能性を切り捨てるということを足利はしなかった。
「このダムだけじゃない、この街に"何か"があるはずだ。」
山奥のダムを囲むコンクリートにただ1人立っていた足利の下に強い風が吹き、あたりの木々が葉を鳴らす。
まるで森に呼ばれたかのように足利は森の方を振り向いた。
「姫花…か。」
足利はしばらくして考えを整理すると、ダムを後にした。
時は流れ昼の3時過ぎ、6限目の授業が終わり大久保のクラスの2組は帰りのホームルームを行っていた。
教卓のそばには大久保達の担任である風音が立って話している。担任として大久保とは2年目の付き合いである。
「今日は特に連絡はない、掃除当番はみんなしっかりして帰れよ。」
帰りの挨拶をし、この日の授業は終わった。
大久保の掃除場所はこの教室である。
「教室掃除かぁ…帰るの遅くなるしめんどくさいなぁ…」
大久保は心の中で愚痴をこぼしながら教室後ろの掃除用具入れから箒を取り出す。
ちょうどその頃、足利は姫花警察署の一室にて若い警察官と話していた。足利とはそれなりに面識のある人物である。
「足利さんに言われた通りにあのダムの開発当時の資料などを集めてみたのですが。特に変わったようなものは何も見当たりませんでした…」
そう言って若い警察官は机にコピーした資料を並べた。
足利は警察官に一礼をすると資料を手にとり目を通した。
「あのダムには何もないのか、それともやはり痕跡が全て破棄されてるか…」
若い警察官は足利の目をしっかりと見て話す。
「失礼ですけど、もしかしから足利さんの考えすぎなんじゃないっすか?足利さんの見つけたあの場所に隣接してるから疑っているんでしょうけど、"誰のものかわからない山"に関してもこんな田舎じゃ今どき珍しい話でもないですよ。」
足利は一通り資料に目を通してから返事をした。
「所有者が大勢いる土地の話なら聞いたことがありますが、誰のものか市役所が調べてもわからない山なんて話は少なくも私は聞いたことないです。」
警察官は少しだけ目を泳がせた。
「んーー、ま…確かに不可解な話ではありますね…でもそんなに躍起になって疑わなくてもいい気がしますよ…」
足利は資料に一通り目を通し、そっと閉じて机に置き直す。そして足利は警察官の目を見た。
「何もないならそれに越したこと無いのは事実です、しかしなんにせよ真相がわかっていない謎に目を瞑るという選択は私としてはできないんです。」
「…そうですね、うん確かに。足利さんの言う通りかも。」
「この度は調べてくださりありがとうございました。」
足利は席を立って一礼した。
「もしもほんの小さな事でもあの山やダムについて何かわかったら連絡していただけると助かります。」
「はい、僕にできることならいつでも協力しますよ!」
その後警察官と少し別の話をした後、足利は資料のコピーを持って帰る事にした。
足利は警察署を出るとまだ青色を失っていない空を眺める。
「…そろそろおせちが帰る時間かな。」
足利は普段は探偵業とアルバイトで生計を立てており空き時間に街の調査をしている。
この日は在宅の副業以外の仕事は休みだったので街の調査を進めていたのである。
「今日は買い物して帰るかな。」
足利は歩いて自宅へ帰り始めた。
その足利の動向を建物の影から何者かが監視している。
「よし、こっちも足利が警察署を出た、そろそろ実行に移るぞ。」
監視している人物は何者かにそう電話で伝えた。
「あーあ、もうすぐ4時じゃんかよ。」
スマホで時間を確認してぼやく大久保は教室掃除を終え荷物をまとめて校舎から出るところだった。
玄関を出てちょうど大久保が門を出た時に事は動いた。
遠くから重たい打撃音が住宅街に響きわたり、
「キャァァァァァァァァッッ!!!!」
甲高い女の子の叫び声が少し離れた場所から聴こえてきた。
どうやらそれがきっかけであるかのようにあたりが騒がしくなり始める。
「なんだ!?」
大久保は叫び声のした方へ走り出した。
校舎から走ってすぐのところにある交差点の横断歩道に人だかりができていた。
ヤジウマが多く肝心の道路で何が起きたのか来たばかりの大久保のいる位置からは確認ができなかった。
大久保はスマホをポケットの奥に突っ込みカバンを道の端へ投げるとヤジウマの塊に突っ込んだ。
足を踏まれたりわざと道を阻まれたりするももみくちゃになりながら大久保は道路へ出た。
「あっ…!?」
そこで大久保が目にしたのは前面が潰れて停止したトラックとその前のひび割れて潰れた道路に座り込みへたっている柿原の姿だった。
「おい!柿原!大丈夫か!?」
飛ぶように大久保は柿原のそばへ駆け寄った。
「ひぃぃ……」
柿原は涙目になりながら天敵を目の前にした草食動物のような表情で我を失っていた。
「今救急車を呼んでやるからな!なんで誰も呼んでやらないんだ畜生!」
大久保はとっさにスマホを取り出し119へ連絡した。
周りのヤジウマは柿原とトラックばかりを見て騒いでおり目につく限りでは誰も電話をしようとはしていなかった。
「はい、消防119番です。火事ですか?救急ですか?」
「救急です!事故です!交通事故!!」
「場所はどこですか?」
「姫花高校前の交差点です!クラスメイトがトラックに轢かれました!!」
「その方の容態はどうなってますか?トラックは今どこにありますか?」
「はい!えっと…」
大久保は柿原をよく見た。
「えっと…え?」
大久保はここで現場のおかしさに気づく。
柿原は見るからに気が弱っていて固まっているが、顔も服も綺麗で意識もはっきりしており全くもって痛がっている様子はない。
「そういえば夢中になって気にも留めてなかったけど、どうして地面が割れてるんだ…」
ただの交通事故でコンクリートの地面が割れるなんて事は基本的にはありえないのだ。
「それに…」
トラックの前面は潰れており、生身の人を轢いたにしてはありえないダメージを受けているように見えた。
そう、今のこの状況はトラックが前面に打撃を受け停車し無傷の少女が割れた地面の上に座り込んでいるという交通事故としてはありえない状態になっているのだ。
「どういう事だ、これ……」
一方その頃、足利は警察署と自宅である探偵事務所の中間地点あたりを歩いていた。事務所のある住宅街よりは商業ビルが多く建っており一通りもそれなりに多い。
足利は何を考えているのかわからないが現代人にしては珍しく音楽も聴かずスマホも見ずに調査資料の入ったカバンを片手に空いた手をポケットに突っ込みながら普通に歩いていた。
すると正面の人だかりの方からポケットのない無地の長袖の上着に無地のズボンと地味な服装に真っ黒のニット帽に大きめのサングラス、そしてマスクをする事で顔を隠している男が足利のすぐ横にすれ違う。
「足利流星だな…?」
「!?」
すれ違いざまに名前を呼ばれた足利はとっさに後ろを振り向いた、しかし後ろにはただどこかへ歩いていく人達がいるだけで地味な服を着た顔隠し男のような姿はなかった。
「……」
足利は警戒心をそのままにして正面を向く、すると目の前に顔隠し男が立っていた。
「俺がどうかしたか!?」
足利が声をかけると顔隠し男は足利から背を向けるようにして建物の角へ逃げて行った。
足利はそれを追いかける。
ちょうど男が曲がった角へ辿り着くとまたもや男の姿は無く…
「動くな。」
足利の後ろに男は立っていた。
足利の背中に刃渡り約15cmのサバイバルナイフが突きつけられている。
「くっ…」
「無関係な人を巻き込みたくないだろ、ちょっと来てもらおうか。」
足利は男に言われるがまま人気のない裏路地へ連れてこられた。
足利自身はナイフで刺されたくらいは死なないが周囲の人に危害が及ぶ危険性を考慮しての行動である。
「何が目的だ。」
足利は背後にいる男に単刀直入に聞いた。
「足利流星、お前の能力は不死身…そうだな?」
「だからどうした。」
「お前にはここで死んでもらうッ!」
背後の男は思い切り足利の腹にナイフを突き刺した。
「ぐッッ!!」
足利は出血したが痛みを堪え立ち続ける。
「刺客…か……」
顔隠し男は足利の正面に回り込んでいた。
「ッッ…」
堪えていた足利だったがバランスを崩し膝をついた。
「どうやら不死身といえど痛みはあるようだな…ふふ…」
「くっ!!」
足利は腹に刺さったナイフを引き抜き地面を滑らせるように道の端へ逃した。
そして所持していた鞄を邪魔にならないよう建物の突起物に引っ掛かるように上に投げた。
そして足利は即座にコートの内ポケットに手を入れた、すると…
「…ない。」
「スタンガンならこっちにあるぜ。」
足利が顔を上げると顔隠し男は左手に対超能力者用特殊スタンガンをチラつかせていた。
「いつの間に…」
顔隠し男は地面に勢いよくスタンガンを叩きつけると踏みつけて破壊した。
男が地面に視線をやっている隙をついて足利は距離を縮め右ストレートをかました、しかし…
「…おっと。」
避けられるも足利はすかさず左フックを飛ばす。
「へっ…」
またも軽々と避けられる。
足利は体の勢いを保ったまま裏回し蹴りで男の顔面を狙った。
しかしこれも避けられそのまま男に距離を取られてしまった。
「俺の能力が相手じゃお前は俺を倒す事はできないぜ。」
「……………」
足利は挑発をされても表情を変えることはなかった。
「言っただろ、俺はお前には死んでもらうとな。」
足利は脳内で考える。
「こいつは誰かに雇われたのか…?もしかして…」
足利には命を狙われる心当たりがあった。
顔隠し男が再び口を開く。
「ちなみにだが俺達が殺しに来たのはお前だけじゃない。」
「まさかっ……!?」
「柿原おせちはすでに俺の仲間が始末したと思うぜ。」
「っ……!?」
足利は怒りと焦りを堪えた、男が挑発を誘っている事は目に見えていたからだ。
顔隠し男はニヤニヤしていたが足利は表情を決して崩さず、お互いに距離をとったまま数十秒が過ぎた。
「んーーー……」
先に沈黙を崩したのはまたもや顔隠し男だった。
「なんだ。」
「話だともっとお前は好戦的だと聞いてたんだけどな。」
「…そんなことか。」
「お前が来ないならこっちから行くぞ、くらえ!!」
男は足元にあった小石を思いきり蹴り飛ばし足利の額に命中させた。
「うっ…!!!」
足利の回復能力は絶対的だが治癒するまで痛みは残る。
「ぐはァッ」
再び頭部に鋭い痛みが走る、頭部の衝撃と損傷で足利はよろけてしまった。
「どうしたどうした、かかってこいよテメー。」
男は足利に近づき再び挑発する。
「うおおおおおおおお!!!」
足利は得意とする格闘術を次々と仕掛けた。
しかし攻撃は全て見切られ、1発も当たらない。
「この程度か、大した事ねえなぁ…やっぱり所詮は回復しか能のない力だな。」
男は足利のみぞおちに思い切り蹴りを入れる。
「ッッッッ!!」
すかさず男は足利の頬を殴り飛ばした。
「く…!!」
足利は距離を詰めもう一度反撃する、すると…
「ぐあっ!!」
足利のパンチが男の頬に命中、しかし足利は隙を突かれナイフで2度斬りつけしまい壁に追い込まれる。
足利が後ずさると後ろへ回した足に何かが当たり金属音が響いた。
「なんだ?」
足利が足元に気を取られていると今度は首にナイフが刺された。
「…………!!!!」
足利は声は出なかったがすぐさまナイフを引き抜いた。
ナイフを遠くへ投げ捨て男に殴りかかろうとする。
しかし再び腹にナイフが刺された。
「へへっ………ぼはァッッ!!」
足利はナイフが刺さっても手を止めずに男を殴った。
足利はもう片方の手で男を殴り飛ばす。
「ぐぼぁッッ!!」
男は地面へ倒れ込んだ。
「ナイフくらいで俺の手が止まると思ったのか…?」
足利はナイフを引き抜き再び遠くへ捨てた。
落ちたナイフの衝撃で軽い金属音がこの裏路地に響き渡る。
男は体制を立て直し足利へ向かって走り出した。
「なに!?」
すると向かってきた男はいつのまにか足利の後方におり後ろから足利の背中にナイフを突き刺し背中を蹴り飛ばした。
足利は押し出されるもの倒れずに体制を整えて男へ向き直り刺されたナイフを再び捨てた。
足利は男を見て考える。
「この男の不自然な動きはなんだ…?」
顔隠し男は足利が気づかないうちに後ろに回っていた事がこれまで何度かあった、そして。
「俺の攻撃を避けたのもこいつの能力の一環なのだろうか。」
足利の攻撃は何度か通ったが大半は避けられている、
足利は殺すのではなくあくまで気絶させるのを目的に反撃しているため未だ男に致命傷は与えていない。
「そういえば…」
足利はさっき後退りした際に踏んだ金属音のした何かについて考える。
「あれはおそらく俺が最初に刺された時に捨てたナイフだ、俺が道の端に捨てた物だから壁を背に追い込まれた俺が踏んでもおかしくはない。だが…」
足利は違和感を覚えていた。
「なんだか俺が直前まで立っていた場所とズレてたように感じる、さっきから方向感覚が少し狂わされているような…そんな気がする。」
足利はこれまで起きたことについて整理を始める。
「まずこいつが俺の前で行った不可解な行動は、
俺が気づかないうちに反対方向に回っていた事といつのまにかポケットのスタンガンを取られていた事だ。
そしてもう一つは俺がどうやって仕掛けるかまるでわかっているかのように避けた、しかし全ての攻撃を避けられたわけじゃなかった。避けた時と避けなかった時、この違いはなんだろう。"お前に俺は倒せない"なんて自信満々に挑発してきたくらいだから攻撃を避けるのも能力の一環として過程しよう。」
そこまで考えたところでちょうど男は正面から殴りかかってくる。
「また後ろか!?」
足利は男が迫ってきた直前で後ろを振り向く、すると予想通り男は背後にいた、しかし。
「フンッッ!!」
男は足利の首にナイフを勢いよく走らせる。
「ぐっっ!!」
足利は腕でそれを防いだ、腕を負傷したが喉や頭部を損傷するより遥かに軽傷だ。腕に刺さったナイフを足利は奪う。
「オラァッ!!」
「ッッ!」
ナイフを奪った隙に飛び蹴りを入れられ足利は後方へ吹き飛ぶ。
足利にはこれが精一杯の防御だった。
足利は再び思考を巡らせる。
「奴が来る方向はわかったのに防ぎきれなかった…」
足利は右手のナイフを握りしめる。
「確かにこいつの能力は正体がわかりづらい分、厄介だぜ……」
足利は犯罪を犯した超能力者は殺さずに警察に引き渡すので管理する警察のためにも相手の能力を詳細に見破る必要がある、そのため能力がわかりにくい超能力者は足利とはとても相性が悪い。
「こいつは能力でいつの間にか背後に回っていた…ただ背後に回るような単純な瞬間移動が能力だとは思えない。」
さきほど足利と顔隠し男が一度距離をとって数十秒様子を見ていた時間があった、単純な瞬間移動が能力だったら相手の出方を伺う必要はないと足利は考えた。
「それにこいつは自分の能力に挑発するほどの自信を持っているようだが能力の詳細については話さない、という事はおそらくそこまで複雑な能力ではなくタネがバレれば簡単に攻略されてしまう能力だと言うことだろうか。」
もっとも人それぞれ能力が違えば性格も違うため一概にそうとは言えない、足利はここでは一旦そう定義づける事にしたのだ。
「瞬間移動のような力と攻撃を避ける自信、その二つの繋がりに答えはあるはず…!」
顔隠し男は再び足利に走って向かってくる。
足利は身構えた。
男が約2m以内の距離へ近づいてきた時。
「今だ!」
と足利は心の中で叫び体を伏せると同時に右へ転がり込んだ。
回転を止めると目の前に男がいた。
「オラッ!!」
ナイフが足利目掛けて振り下ろされる。
「!!」
男の攻撃を避けるようにすかさず今度は左へ転がり込み距離を離したところで立ち上がって体制を整えた。
「避けられた…!!」
足利は瞬間移動のような攻撃をかわす事に成功した。
さっき来る方向がわかっていたのに避けきれなかったのは立ち止まっていたからだと足利は考えた、これまで足利が攻撃を喰らった時も足利自身が動きを止めていた時だった。足利はその事に気がつきそこが原因なのではと読んだのだ。
「しかし…今と同じ回避方法が二度も通用するとは限らない。そろそろあいつの能力を突き止めないと下手すりゃあ一方的にやられてしまう。それにおせちが心配だ…」
足利は今すぐにでもおせちの元へ向かいたいと考えている、しかし焦る事は思考を鈍らせる原因になるので極限まで気持ちを抑えた。まずは目の前にいるこの男を対処する事が先決である、下手な焦りは事態を悪化させかねない事を足利はわかっていた。
「あれ?」
迫ってくる男を見ていると足利にある疑問が新たに浮かんだ。
「俺がさっき踏んだナイフがいつのまにか無くなってる…」
現在足利が立っている位置からは男のいる位置とちょうど奥あたりがさっき足利がナイフを踏んだ場所である。
「そういえばそもそもあいつは何本ナイフを持っているんだ?確か俺はナイフを3回投げ捨てその後に1本奪い今持っている、そしてあいつはまだ手にナイフを持っている。単純計算で5本は持参していた事になるが、しかし…」
足利は男の服装を確認する。
男の服装はとても地味な物で顔を隠している以外は一般人に紛れていても違和感のない服装である、無地のズボンにチャックの上着という春らしいシンプルな服装。リュックなどの鞄は持っていない。
「あいつのサバイバルナイフはどれも同じ大きさだった、全て刃渡り15cm前後といったところか…あいつがこれらのナイフを直ぐに取り出せる位置に持っているならあの服装ならズボンのポケットしかない。なんせ奴は上着の前を閉めているからな…そしてこれだけの大きさのサバイバルナイフを5本以上もポケットに入れるというのははっきりいって現実味が欠ける。そんなにナイフをポケットに入れていたのならあんなに軽い身のこなしはできないはず。」
現に足利は男に蹴りを1発入れられている、ズボンのポケットにナイフを何本も保管していたら瞬間的な判断で蹴りを入れるのはあまり得策ではない。ポケットに何本もナイフがしまってあったら単純に動きづらい上に落ちてしまう恐れもあるからだ。
「そしてあいつは俺がナイフを捨てたり奪ったりする事に関しては何も危惧していない、ナイフをそう何本も用意しなくても困らないという事だな。俺が捨てたナイフは俺の気づかないうちに拾ったり奪ったりできる、そういう能力。一つのポケットに2本入れてるとすれば多くて4本、2〜3本だったとしても俺が気づかないうちにナイフを回収できるのなら十分な数なはず。なにせこんな裏路地じゃ投げ捨てられる場所も限られるしな。俺がさっき踏んだナイフは俺が気づかないうちに拾ったと考えられるだろう。」
顔隠し男はそこまで大量にナイフを用意していない、足利はそう読んだ。そして足利は見解をまとめる。
「つまりあいつの能力は俺が気づかないうちに何かをできる能力、という事になる。」
足利は今一度冷静に少しずつ距離を詰めてくる男を凝視した。
「しかし現状じゃ俺がわかるのはここまでだ。超能力は一人一つ、候補はいくつか浮かんだがどれも決定打に欠ける…何か、あと少し何か判断材料があれば全ての出来事が一本の糸として繋がりそうなんだが……」
足利は距離を詰める男に合わせて後退りする。
「こんな何もない人気もない裏路地じゃできる事も限られる、こいつが俺をここへ連れてきたのはやはりあいつの能力が発揮しやすいという事なのか…!?」
足利が思考を巡らせていると男が口を開いた。
「どうした足利ぁ…ついにこの俺にビビっちまったのかなぁ…?」
男の煽りに対し足利は脳内だけで毒吐く。
「くっ…また挑発か…
こいつは俺を挑発してどうしたいんだよ…!!」
足利は外面では沈黙を貫く。
「さっきも言っただろ足利、お前の能力なんかじゃ俺に勝てる見込みなんかないってよぉ…」
「……え?」
「おいおいおい、今更気づいたのか?」
足利は再び黙り、考える。
「"お前の能力じゃ"俺に"勝てる見込み"がない…?こいつは今そう言ったよな…?こいつ散々"お前を殺す"だのなんだの言ってきておいてどうしてここに来て"見込み"だなんて言ってちょっと保険かけちゃうんだよ。」
足利は一瞬後ろを振り返る。
「まずいな…この先は行き止まり、どんどん追い込まれちまってるぜ…」
男は嘲笑うような気迫で足利への距離を少しずつ縮めてきている。
「気になる…この妙な"間"…さっきもそうだった、俺に石を蹴ってくる直前も間があった。俺が気づかないうちに何かをできる能力なら間なんかいちいち取らずにさっさと攻撃してくればいいのに。」
ちょうど今足利が先ほど遠くへ投げ捨てたナイフを後退りで通過する、顔隠し男はナイフには見向きもせず距離を縮めようとしてくる。
「この不自然な間と挑発…つまりこいつの能力は俺が先に攻撃を仕掛けた方が何かと都合良く運用できる能力という事か…はっ!?」
足利の踵が壁を蹴る、ついに足利は行き止まりへと追い込まれてしまったのだ。
「くそ…」
「行き止まりだ、足利。」
顔隠し男は一定の距離を保ったまま両手にナイフを突き立て足利を襲う体制に入る。
「あと少しでいいのに…!!何かこいつの能力を確実に突き止める手立てはないのか…!?」
足利としては能力の詳細をもう少し突き止めてから反撃をしたいところだったが仕方なく格闘の構えに入る。
男が獲物を見つけたチーターのようにその場を駆け出そうとする。
「来る…ッッ!!!」
すると…。
「アッッッツ!!!」
「ん!?」
空から落ちてきたのか上方向から火が顔隠し男の肩へ落ちてきて上着に火をつけた。
「アチチ!アッツ!!アッツ!!!」
男は服が燃えてパニックになり飛び跳ねながらもがき始める。
「な、なんだ…??」
思いがけない出来事に足利も一瞬困惑。
男が暴れ狂うなか軽いバウンド音をさせながら足利の足元に火のついた物が転がってきた。
足利はそれを拾う。
「こ、これは…!!」
それは足利がズボンのポケットしまっていたオイルライターだった、足利はポケットの中を手探りし確認する、ポケットの中にライターは無かった。正真正銘足利の持ち物である。
「どうして俺のライターが気が付かないうちに上から落ちてきたんだ…まさか!?」
足利は何かを閃く。
「もしかして…そういう事…なのか!?」
足利は火がついた体に気を取られいる男の横をそそくさとすり抜け走って裏路地を駆け抜ける。
出口一歩手前へ辿り着いた足利はそっと表の路地を覗き込んだ。
何事もなく大勢の人が行き交っている。
周りに被害が出ていない事と裏路地を気にしていない事を確認すると出口から数m距離を取り、考える。
「俺が気が付かないうちに俺がズボンのポケットにしまっていたライターが上から落ちてきた、男は俺の正面に立っていたからつまりあの状況でポケットからライターを取り出し上から落ちるように投げる事ができたのは俺自身ただ一人だけ。という事はそう、ライターを落としたのは他の誰でもない、俺だ。」
足利は思考を巡らせる。
「そいえばそもそもあいつの行動は初めからどこか不自然だった。奴は俺の背中にサバイバルナイフを突き立てて誘導する事で俺を裏路地に連れ込んだ、だが裏路地に着いた後になぜか"背中に突き立てていたはずのナイフを腹から刺してきた"。それに問題はその後にもあった、俺は刺された後必死に立ったまま堪えていたが"突然もう一度刺されたかのような痛み"が走って膝を崩してしまった。そしてその直後にあいつは俺のコートの内ポケットにしまっていたはずのスタンガンをいつの間にか手に持っていたんだ、それが示す事は一体何だったのか、そう…」
足利は口を閉じたまま歯を噛みしめる。
「俺はあの時、"本当にもう一度刺されていた"んだ…。」
「二度同じ場所に痛みが走ったのはこの後にもう一度あった、あいつが俺の額に小石を蹴り飛ばしてきた時だ…あの時あいつが小石を飛ばしてくる事は足の動きで察する事ができたが様子を見るためにわざと俺は避けなかった。そして案の定あいつは額の同じ場所に石かナイフをぶつけてきたってわけだ…この二度痛みが走った出来事に共通している事はもう一つある、それはその直後の俺の反撃がどちらも全て避けられたという事。なぜ避けられたのか、本当に俺がどうやって反撃してくるのかわかっていたんだ。なぜならあの時"すでに俺は同じ反撃をした後"だったんだから。あいつは俺の体の同じ場所に痛みを与える事で"時の流れをカモフラージュ"した、俺が反撃をする前だと俺自身に思わせる事が重要だったんだ…」
そこまで考えると足利は結論を出す。
「あの男の能力は、"対象にした人間の直近数秒の記憶を消し去る能力"だ。」
それが足利の答えだった。
「そう考えると全てに合点がいく、俺が気が付かないうちに行動が出来たこと、いつの間中後ろに回り込んだりした事も。あいつは俺に数秒前に負わされた傷を再度同じ場所に作る事であたかも不自然に時間が過ぎていないように感じさせる事で俺が記憶を消された事を認識しにくいようにしたんだ。そして次にあいつが後ろから来ることがわかっていたのに攻撃が避けきれなかったのは俺が深く思考を巡らせている間に記憶をぶつ切りにされたんじゃ脳の処理は追いつかなくなってしまう、だから俺は避けきる事ができなかった。そう考えるのが妥当だろう。最後にあいつは俺が投げ捨てたナイフを気が付かないうちに拾って手に2本のナイフを構えていた、おそらく俺はあいつがナイフを拾う瞬間をこの目で見ていたんだ、あいつがナイフを拾う隙をついて気づかれないよう火のついたライターを背中から上に投げた。男はナイフを拾ったのを目撃した俺の記憶を消すと同時に俺がライターを投げた記憶も消してしまい逆に俺に能力を暴くヒントを与えてしまったわけだ。」
足利は顔隠し男の能力が判明した事に少しホッとし肩の力を抜き、少しだけ口元を緩める。
「…してやられたぜ。あいつが挑発する時に互いの能力の比較を持ち出してきたのはそれが理由だったんだな…俺の能力じゃ俺自身の体に傷口が残らない、すぐに回復して綺麗さっぱり塞がってしまうからな。だからこそ俺は一度の痛みに気が取られてしまうし身に覚えのない傷口で記憶が消された事に気が付いたりするような事ができないわけだから俺が能力を探る場合に俺の能力とあいつの能力は俺の方が不利になる、確かにこの上なく相性が悪い。だからこそあいつはあれだけ俺に挑発する自信があったんだな、まあ少しだけ焦りも見えたが。」
足利は結論に辿り着けた方で一息つく。
「超能力の発動は能力者本人の精神の安定度に大きく左右される、能力の相性で勝つことができないと俺に悟らせ精神的に追い込み諦めさせれば回復能力が発動できなくなりその隙をついて俺を殺す。それがおそらくあいつの筋書きだったはず、作戦としては完璧だな…」
足利は自身のライターを乗せた右手の平を見つめた。
「あくまで作戦としては…な、俺のこの力はお前らの超能力とは異質の能力なんだ、お前らの超能力は確かに精神が弱る事でその効力を失ったりすることがあるがこの力は俺の意思に関係なく発動する。だが俺が本当に諦めてしまったとしても俺を完全に殺す事は不可能、どっちみちあの男の作戦は失敗していただろう。」
足利はライターを右手でぐっと握りしめた。
「だが、俺はこのライターのおかげでそこまで追い込まれずに済んだ。」
足利はライターをポケットに優しくしまった。
「それになにより、俺は諦めない。」
「あ…し…か…がぁ!!」
「!!」
顔隠し男は上着を脱いだ姿で足利の前に再び現れた、
どうやら体の火はなんとか消した模様。
「てめぇは…絶対殺す…!!」
「……。」
そう、ここまでの推理は状況に基づいて考えただけの机上の空論にすぎず足利の考えが正しいと確定していたわけではない。
しかし足利の考えが正しいかどうかを見分ける方法がある事を足利自身はすでに気づいていた。
足利は男より早く俊敏に間合いを縮めた。
「!!?」
男は足利のスピードに圧倒される。
そして足利はすかさず男の顔を隠していたマスクを引き剥がしサングラスを弾き飛ばした。
「なっ…!!?」
「……やはりな。」
男の顔面は何度も殴打されたようにあざができていた。
足利の記憶では男の顔を殴ったのはたったの二発、
しかし男の顔面は明らかに二回以上は殴られたと思われる負傷があったのだ。
男の顔隠しは単純に正体がバレないための物であったがそれと同時に自分の傷を隠す効果も持っていたのだ。
「お前の能力は俺が攻撃した記憶を俺自身から消すことができても痕跡までは消す事ができない…そうだな?」
足利の攻撃を全て避けたという事は一度足利の攻撃を見ており、その際に一度目はどう攻撃するのかはわからずに何発か攻撃を当てられていたのだ。
そして足利は返事を待たずに男のみぞおちに蹴りを一発入れた。
「ぐふぅ!!」
男は頭の中で動揺した。
「俺の能力が見破られた…だと……だが…見破っただけじゃダメだぜ……お前の記憶を何度も消してやる…!!」
そう、この男の能力はまさに対象である人間の直近十数秒程度の記憶を消し去ってしまう能力である、一度発動すると数十秒待たないと再び発動できないがそれを除けば目の前にいる相手の記憶を無条件に奪ってしまうためとても厄介な能力なのだ。
しかし足利はすでにこの男を倒す攻略法に辿り着いていた。
「この男を倒す方法は簡単な事だ、何も考えずにこいつを視界から離さずひたすらぶん殴る!!」
男の能力はあくまで記憶を消してしまうだけであって客観的な事実までもを消し去る事はできない。
足利は今まで様子見をしており攻めが控えめだったために悩まされる事になったが能力の正体がわかればあっけない能力である。そのために男は能力を自分の口から明かさなかったのだ。
足利は素早く男に距離を詰め男を拳で連打する。
「ぼべっ!!ぐはっ!!っっ!!!」
男は小刻みに足利の記憶を消した、しかし足利の連打は止まない。足利は目に入ったらぶん殴る、ただそれを繰り返しているだけなのだ。能力を暴いたところまでの記憶を消すにはもう手遅れであり何も考えずに行動している人間の記憶を消しても無駄である。
何度か男も腕で体を防御するが抵抗虚しく弾かれる。
この男の戦闘センスは足利より低いため足利の反撃に追いつかないのだ。
足利は男を殴り続けてとうとうさっきの行き止まりまで追い詰めた。
「うおおおおおおおおおお!!!」
足利は渾身の右ストレートをぶちかます。
「ぐおおおおおお!!!」
殴り飛ばされ男は壁に叩きつけられる。
男の体が壁に弾かれて浮いたと同時に足利は右の二の腕で男の首を壁に思い切り押さえつけた。
「ヒッッッ!!!」
男が抵抗を諦めると足利は声が出せる程度まで腕の力を抜いた。
「お前を雇ったのは誰だ…?」
「……」
男は何も言わなかった。
「…………」
「…………」
すると再び足利は腕に力を入れる。
「ッッッッッ!?!?」
「誰だと聞いているんだ!!」
「!!??」
男は「こいつが質問した時の記憶を消したはずなのに」と動揺した。
足利は再び腕の力を抜く。
「教え…ねえ…よ……」
「ならば質問を変える、お前を雇ったのは池上 透か!?」
「…………」
男は再び能力を発動、足利からは今質問した記憶がなくなった。
「…………」
「…………」
「…早く答えろ!お前を雇ったのは元内閣総理大臣の池上透か!?」
「ぬわっ!?!?」
男は再び動揺する、記憶を消したのだから全く同じ文言を繰り返さないとおかしいと男は思った。
「俺がお前に質問した記憶を消して時間を稼いで何とかやり過ごそうって考えてるなら大間違いだ。」
「うええ!?!?」
「もうお前の能力は俺には通じない!!!」
「…んな馬鹿な!!」
男は再び足利の記憶を消した。
「…だからもう通じないと言ってるだろうが!!!」
「ええええええええ!!???」
嘘である。
足利の質問した記憶はさっぱり消えている。
質問中に記憶を消されるという事は予想していたため対策を取っていただけなのだ。
あらかじめ質問する内容を決めておりその状況に応じてハンドサインを決めていた。
右腕で男をを塞ぎ左手を男の見えない所に置く事でバレないようにハンドサインを取っていたのだ。
質問した直後などに即座にハンドサインを作っていたので記憶を消されても左手でしているハンドサインによって自分の状況を把握できるという仕組みである。
「このままやり過ごせると思うなよ。」
「くっ………」
「さあ、質問に答えてもらおうか。」
「…それはできねぇ、契約だからな。」
「まあ俺の命を狙うような奴なんか池上くらいしかいないからなんとなくわかってるがな。」
「………………」
「次の質問に移ろうか、おせちに何をした!?」
「…俺の仲間が姫花高校の方にて殺しに向かった。」
「姫花高校か…」
「ゔっ!!!」
足利は男のみぞおちに思い切り膝蹴りを打ち込み男を気絶させる、男はどさりと倒れた。
その後、足利は建物の壁に引っ掛けていた鞄を取り直しスマホを出した。
「不在着信?」
男と戦闘している間に姫花警察署から着信がかかってきていたようだった。
足利はすかさずかけ直す。
「…もしもし。」
「あっ、足利さん!!僕です、草木です!!」
電話の相手は先程の若い警察官、草木だった。
「どうも、何かあったのですか?」
「いやー実はその、おせちさんを現在こちらの姫花警察署にて保護してるんです。」
「無事なのか!!??」
「うわっ!?」
「…失礼。えと、おせちは無事なのでしょうか?」
「あ、はい!さっきある男が運転していたトラックに…轢かれ…た?いや轢かれ…そうになった?ようなのですが容態に異常はありませんよ!事件当時犯人と思わしき"特殊指名手配犯"の男は気絶していたため東京の方に輸送されました!」
特殊指名手配とは、近年の法改正によって作られた超能力を使った犯罪を行なった可能性が極めて高い容疑者に特別に出される指名手配である。
「ありがとうございます…あっ。」
足利はすぐ横に寝かせている男の顔に目をやる。
「そいえばこいつの顔見た事あるな、こいつも指名手配されてたような…」
「どうかしたんですか?」
「ええ、実はこっちにも…」
その後、足利が事情を説明すると現場に草木が駆けつけてくれた。
「あぁー!!当たりですよこいつ!こいつも特殊指名手配されていた保宮 内斗という男です!能力がイマイチよくわからなくて手配出すまで警視庁を困らせた奴ですよ。」
ちなみに先程おせちを轢こうとした方の男の能力は信号の表示を変えてしまうというシンプルかつ迷惑極まりない能力である。
草木は保宮と思われる男の顔を確認し終えると人が数時間気絶するように作られた特殊スタンガンを男の頭に押し当て引き金を引いた。
「輸送車の方はこちらで手配したのでもうじき来ると思います。」
「ありがとうございます。」
足利は一礼する。
その後足利は草木と別れた。
そしておせちと同伴していた大久保はパトカーで自宅まで送ってもらった。
その道中の出来事である。
先に自宅へ着いたのはおせちの家だった。
「じゃあ今日はこれで、お気をつけて。」
パトカーを運転している警察官の中間の男は3階建てのビルである足利探偵事務所の前にパトカーを止める。
「ありがとうございました!!」
おせちはハッキリとした声で礼を言い車を出ようとする。
「え?」
声を出したのは大久保だった。
「??」
おせちは大久保を向き首を傾げる。
「柿原の家ってここ?」
大久保は足利探偵事務所へ視線を投げながら言った。
「うん。」
「ここ探偵事務所だよ?」
「そうだよ?」
「え、これぇ!?」
「そ、そうだよ…?」
そんなやり取りを交わした後、おせちは帰っていった。
「足利さんといい柿原といい…あいつらいったいなんなんだ??」
大久保は疑問ばかりが残るままパトカーに揺られていた。
その頃足利は買い物をした後に自宅へ帰る途中だった。
頭の中で足利は再び考える。
「"あの男"がついに刺客を雇って俺達を狙いに来たか…あいつがこんな大胆な事をするということはやはりこの街に来たのは間違いじゃなかったんだ…姫花(この街)には絶対"何か"がある…!!」
足利は体は完全に回復しているものの精神的には疲労しておりどこなくフラフラ歩いているようにも見えた。
それから数時間後、ある組織の内部にて。
「…そうか、あの二人がやられたか。」
社長椅子のような大きな皮の椅子に座る初老の男とその秘書と思わしき美形の女性が会話をしていた。
「申し訳ありません。」
「やはりあの二人に関してはあの程度の駒では始末できないという事のようだな、まあいいだろう。金はある。また新たな刺客を送ればいいだけだ。」
「そして君、」
初老の男は次に秘書女の横に立っている腕を組んで壁にもたれかかっている細身で派手な格好をした若い男に話しかける。
「約束の額は既に用意してある、後は私の指示した奴らを始末してくれたまえ。」
初老の男は大きめのトランクを机に置く。
派手な男はトランクの中いっぱいに詰め込んである一万円札の束を確認すると、にやつきながら返事をする。
「わかりましたよ…この俺に任せてください…」
派手な男はトランクのまた手を握りしめると初老の男のいる部屋から出て行った。
そう、過酷な運命はこれからも足利の前に立ちはだかっているのだった。




