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姫の花  作者: トムとゼリーwith五目御飯


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第1話 風よ伝えて

「もしもし?流星くん?」

「俺です、どうかしましたか?」

「夜遅くにごめんね、実はたった今こっちにいる超能力持ちの囚人が一人逃走したみたいなんだけど。」

「え、まさかあそこから脱獄したんですか?」

「鉄格子やカメラなどのセキュリティを軒並み粉々にした上に監視員を数名殺して警備を突破し、後を追いかけたパトカー7台爆破させた。ヤツにはGPSが仕込まれてるから居場所自体はわかるんだけど迂闊に手が出さない状態になっていてね。」

「その囚人はどういう能力なんですか?」

「水だよ、自分の周囲にある水を超高速で飛ばして凶器にする。状況を見るにガソリンとかも操れるみたい。操れる距離もかなり広範囲で少なくとも半径20mはあると思われる。」

「水の能力っていえば、確か3ヶ月前に捕ったっていう…」

「そう、本当の力をずっと隠し通してたんだ。まさかあんな恐ろしく厄介な能力だったなんて。今のところ他に被害者はいないようだけど下手に刺激すると何をしでかすかわからない。」

「今そいつどこにいますか?」

「それがバイクを盗んで高速道路に乗ってそっちの方面に向かってるようなんだよね。」

「姫花の方にですか?」

「うん、目的はわからないけどもしかしたらそっちの街に向かってる可能性があるんじゃないかと思って。」

「わかりました、今すぐ俺が追いに行きます。詳しく教えてください。」

「本当に申し訳ない、君にこんな危険なことばかり任せて。」


挿絵(By みてみん)


時は2015年の4月中旬。

美しい山が立ち並ぶ様子がよく見える東京からほんの少し離れた山梨県のとある街、姫花。

山に囲まれている田舎だが街の中心部は発展しており今日も人々は豊かに暮らしている。

自然と人工物が調和していて不便な部分も少なからずあるがとても暮らしやすい街である。

教育体制も整っており子供や学生、若者も多くいるのだ。

現在時刻は午前8時ごろで天気は曇り、14歳のとある少年がのんきに歩いていた。

名は大久保(おおくぼ) 英年(ひでとし)、少し小柄な公立姫花高校に通う高校生2年生だ。彼の家と学校は中心部ではなく山よりの住宅街にある。何やら浮かれた顔をしながら歩いている。

目はぱっちり開いていて前をバッチリ見ているが、ちゃんと見ていない。ただ目を開けて前を向いてるだけでぼーっとのろのろ歩いている。

するとどこからか大きな足音が大久保に近づいてきた。

とても急いでることが音の感覚と大きさでよくわかる。

しかし大久保はまったく気づかずに交差点へ足を踏み入れてしまい…

「うわっ!!」

「……!!」

走ってきた男にぶつかった。

男が急いでいただけあり勢いよく飛ばされ大久保は大きく転んだ。

「いっつ……!!」

「すいません!大丈夫ですか?」

痛がる大久保に対し、男は心配と申し訳なさの混ざった声でそう言った。

「だ、大丈夫ですよ。男なんで。」

見上げると襟の高い真っ黒なコートを着た20歳くらいに見える若い男が電源を切ったテレビのような真っ黒な目で大久保を見ていた。

「それならよかったです。」

そう言って男は長い前髪の隙間から笑いかけた。

「は、はぁ…」

20歳くらいの年齢の男は欲望と野望に満ちた顔をしている者が多いがこの男はむしろ色白でそこはかとなく幸薄な顔付きをしていた。

目つきの悪さとは裏腹に話し方が優しいため少し怒っていた大久保だったが自然と怒りを忘れていた。

「それでは、お気をつけて。」

男はそう言ってどこかへ向かって安っぽいコートを靡かせながら走り去っていった。

大久保は呆然とつっ立っていたが男の姿が見えなくなると横断歩道を渡って再び学校へ向かい始めた。

痛みが残っていたためしばらくは神妙な面持ちでいたが学校に近づくにつれ再び浮かれた表情に戻った。


大久保は教室へ到着した。

高校は教室に早めに来る者と遅く来る者で大きく分かれていることがある、大久保はその中間くらいである。

「おはよう、大久保。」

「おす。」

声をかけてきたのは大久保の親友、

伊豆(いず) 博幸(ひろゆき)だった。

「大久保、お前なんか今日顔がうわついてない?」

「え?」

「あ、そうか!お前の彼女が帰ってくるの今日だったっけ!?」

「おい馬鹿ここでその話はやめろよ。」

大久保は小声で注意した。

しかし教室で彼女という単語を発したらもう最後、

食いつく奴は食いついてくるのだ。

「大久保くーん、キミ…"彼女"…いたの?」

富良野(ふらの)がまるで瞬間移動でもしてきたかのようにどこからともなく現れ会話に割り込んできた。

「伊豆…!!」

力んだ声で責める大久保。

「すまん。」

軽く謝る伊豆。

「大久保くぅーん!!隠し事はよくないよねぇえ!!僕たち"同志"だったんじゃないのかよ!!」

富良野は独断で非モテと判断した男子を同志と決めつけているのである。

「えっと、何の事?」

大久保は強引にすっとぼけた。

「しらを切るつもりですか?まあいいでしょう。僕はキミの名前を一生忘れないからねぇ!!この畜生が!!!」

そう吐き捨てて富良野は自席へ戻った。

逆ギレにも程がある。

「なんなのあいつ。」

「わからん。」

「お前も余計なこと言うな。」

「すまん。」

「それに帰ってくるったって俺と話したらまたすぐ行っちゃうってさ…」

「すまん。」

「お前はいい奴だけど少し配慮に欠けてるよな。」

「すまん。」

「ちゃんと話聞いてんの!?」

「す、すまん…」

「いいよ、俺は今日機嫌がいいからな。」

「どうも。」


この二人の会話を盗み聞きしていた者たちは他にもいた。

「大久保くんって彼女いたんだねー。」

箱根(はこね) 翔子(しょうこ)はそう言った。

茶髪で前髪をピンで止めておりサイドテールでメガネをしている少女である。後ろ髪は肩に付かないくらいである。

「私も知らなかったな、そいえば柿原って男に興味あったりするの?」

品野(しなの) (おうぎ)が聞いた。

黒髪ロングで目はパッチリしており身長も高い。

「えー…どうだろう。」

柿原(かきはら) おせちはそう答えた。

髪は短めで前髪を切り揃えており、大きめの丸眼鏡をしている。小柄である。

ちなみに柿原は2年度から編入してきた生徒である。

この3人は仲が良く割と固まっている。

大久保達の話を盗み聞きしてたものの富良野のように突っかかることもなくすぐに話題は変わった。


そんな3人が話しているところを伊豆はボーッと見ていた。

「おい、なあおい、伊豆。どこ見てんの?」

「え?いや、どこも?」

大久保は伊豆の耳元に顔を近づける。

「わかるわかる、柿原かわいいよなー。」

小声で大久保は言う。

「ち、ちげーって。」

ホームルームが始まる前の大久保達のクラス、2年2組ではそんな会話が繰り広げられていた。


そんな平和な街である姫花に、魔の手が刻々と迫っていた。


少し時間が経った頃、上半身裸で筋肉質の男が盗んだバイクに跨りながら山道から街を見下ろす。

「あらぁ〜、どうやらここが姫花のようねぇ。

綺麗な街じゃないの、空気も美味しくて期待通りだわぁ。

うふふ、ここならしばらくの間はのんびり過ごせそうね。」

男はエンジンを蒸し不気味な笑みを浮かべると、

「しばらくお邪魔させてもらうわ。」

と言わんばかりにアクセル全開で街へ降りていった。


一方その頃。

「流星くんそっちはどう?」

「まだそれらしい奴は見かけてません、ですが時間的にはそろそろ着いていてもおかしくはないかと。」

「こっちも今全力で探してるから見つけ次第また連絡させてもらうよ。」

「わかりました。」

安っぽいコートを着た男は電話を切った。

脱獄犯の男は自分に仕込まれたGPSに気付き自分の能力でGPSを破壊したのだ、そのため警察一同は男を見失ってしまい捜査は堂々巡りになってしまっていた。

不幸中の幸いで脱獄男は一般人は殺していないためこれ以上の被害者を出さぬよう警察達は捜索を急いでいる。

コートの男が全力で街中をバイクで走っていると、

ポツリ、ポツリと空から雨粒が彼を濡らし始める。

「まずい、奴の狙いはやっぱりこれなのかもしれない…」

コートの男は歯を食いしばりながら街中を掛けていった。


現在、2年2組は休み時間中で教室は賑わっている。

大久保と伊豆は窓際で話をしていた。

「うわ、雨降ってるよ…」

大久保がボヤく。

「お前まさか傘忘れちったの?」

伊豆が聞く。

「忘れたっていうか、今日降るって知らなかったわ。」

「お前の家近いから多少濡れても平気だろ。」

「学校帰りに直接あいつに会いに行く予定なんだよ、これじゃびしょびしょで会うことになっちまう…」

「一回帰ればいいじゃんか。」

「それが待ち合わせの時間が結構ギリギリで…」

「仕方ないなぁ、傘貸してやろうか?」

「え。」

「大事な日なんだろ。」

「いいや、お前に悪いから濡れて会いに行くことにする。」

「オーケー。」


そしてその二人のすぐ後ろに箱根ら女子3人組も話していた、品野と箱根の席が窓際なのである。

「柿原、あんた顔色悪くない?」

品野が聞く。

「いや…別に大した話じゃないんだけど…」

柿原は動揺する。

「そ、そうやって隠されると気になるよぉ」

箱根はどうやら気になるようだ。

それも仕方ない、柿原の顔は誰がどう見ても曇った顔をしている。

「いや、その…ここら辺に超能力犯罪者が来ているかもしれないって話をちょっぴり聞いちゃって…」

その言葉に箱根は驚いた。

「えぇほんと?それめちゃ危なくない!?」

「しかもその人、水を操る超能力を使うらしいの…」

「こっわーい!!」

「別に大したことないよ、不審者なんてそこらじゅうにいるし。」

品野は落ち着いた様子で釘を刺した。

「で、でも…あぶ、危ないって聞いたもん。」

「そうだよ!超能力こわいよぅ……」

「まあ確かに、気をつけて損はないかもね。」


3人の話はすぐ横にいた大久保達の耳にも届いた。

「い、伊豆……」

大久保はビビリ散らした男らしくない表情をしていた。とてもげっそりしている。

「お前もビビりすぎ、そもそもあいつが誰から聞いたのかもわかんねーし仮に本当だったとしてもバッタリ会う確率なんて無いに等しいさ。」

「でもだって俺がハチ会わなかったとしてもあさぎの身に危険が起きるかも知れないじゃんか!最近超能力犯罪はどんどん増えてるって聞くし!この辺も最近じゃ結構物騒な噂聞くし……」

「彼女想いなのはいいことだが心配のしすぎは胃に悪いぞ。」

「あいつの名前知ってんだから彼女じゃなくて名前で呼べよ!」

「はいはい。」

「ったくお前って奴は。」

会話をしているうちに次の授業の中年の教師が来たため大久保達は会話をやめ自分たちの席へと向かった。


ちょうど入って来た教師は教卓に荷物を置く。

授業前の挨拶が終わると授業には入らずに教師が話を始めた。

「さっき教員室のテレビで速報やってたんだけど姫花近辺に超能力脱獄犯が潜伏しているってやってたんだけどみんなもう聞いた?姫花ってこの辺だよね?」

教室が少しざわついた。

「伊豆ぅぅぅ」

小声で大久保が伊豆に話しかける。

伊豆の後ろの席が大久保なのだ。

この二人の席は廊下側のハジの席である。

「だ、大丈夫だって、この辺で超能力犯罪が起きたの今年で50回目くらいだろ。心配いらねえって。」

「それ普通に多いよな?」

「交通事故よりははるかに少ないだろ。」

少し間を置いたあと教師は話を再開した。

「みんな知ってると思うけどここ最近物騒な話が多くなってきてるから帰り道とか十分気をつけようね、うん。」

教師はここで世間話を切り上げ授業の話に入り黒板にノートの内容を書き始めた。

「気をつけるったってどうすりゃいんだよ。」

大久保は小声で毒づいた。

「お前も少しは落ち着けって、海部さんとの待ち合わせ場所ってこの辺なのか?」

「違うけど…」

「じゃあ心配いらないだろ。」

「うーん、そうだな。心配してもしょうがないよな。」

2人は会話を終え授業を聞き始めた。


大久保の後ろの席の柿原おせちは心配げな顔で窓の外を見つめていた。


しかしこの時、彼らはいつも通り授業をしていたがある程度距離のある都心部の方では大混乱が起きていた。


雨が降る中、一輪のバイクを一台の覆面パトカーが追いかけていた。覆面パトカーはパトランプを展開せずに2台分くらいの距離を取りバイクの男の様子を伺っていた。

「げ、現在姫花一丁目の杉の木通り、板下(いたしも)を尾行中です。」

パトカーの男は警視庁本部に連絡を取る。

「あいつの能力の射程は長い、危険を感じたらすぐに逃げるように。一般人に手を出さないよう刺激を与えるな。」

「次の信号で一発で仕留めます。」

「了解。」


それから数十秒後に交差点に入り脱獄男の板下のバイクとパトカーは停車した。

脱獄男はあまり目立ちたくないようで制限速度や信号などは守っていた。

パトカーの男は手早く助手席に置いてあったアタッシュケースから対超能力者用特殊銃を取り出し手早く準備を進めた。

数秒経つと発泡の準備が完了し脱獄男の後頭部に狙いを定める。

「…………………………………」

大通りが交わる交差点の信号だったため銃の準備には十分な時間を稼げたが信号が変わる時間がもう残り10秒以内まで迫っていた。

本来銃はこんなに一通りの多い状態の街中では使われることはほぼないに等しい、コンクリートなどに跳ね返った玉が一般人に当たる危険性があるからだ。

しかし未知の力を持つ超能力者相手にだけはこの専用銃を使うことが許可されている。

それくらいをしないと警察でも取り締まれないのだ。

それ逃してしまうとさらに大量の被害者が出る恐れがある。

今ここで仕留めるしか選択肢はない。

パトカーの男は銃口をフロントドアの空いた窓から突き出し、スコープの標準が脱獄男の後頭部にあった事を確認すると引き金をひっかけかけた右手の人差し指に意識を移す。

すると間も無く信号が変わった。

脱獄男は前進しようとアクセルをかける。

「…!!」

その瞬間パトカーの男は引き金を引いた。

銃撃音はこの雨の街中で話している大勢の人々や車のエンジン、その他多くの雑音で囲まれた都心部の大通りの中でも勢いよく響き、その爆音で周りの人間は一斉に動きを止めた。

弾丸は脱獄男を目掛けて一直線に飛んで行った。

パトカーの男は銃を離さずに黙ってスコープを覗き続けた。

しかし2〜3秒待っても脱獄男が倒れる様子もなく、かと言って玉の命中が外れた様子もなかった。

信号はすでに青に切り替わっているがどの車も前へ進まなかった。

脱獄男も止まったままだった。

しかし脱獄男に玉は命中していなかった。

パトカーの男には何が起きたのか理解できず、手の力が自然と抜けてしまい銃を落としそのまま脱獄男を見つめた。

パトカーの男の体はぶるぶると震えていた。

するとパトカーに警視庁本部から通信が入る。

「命中したか!?」

通信先の男が心配した様子で聞いた。

「………………え?どこ?」

「………どこだと?」

「玉…ない…」

パトカーの男は震えた声で話す。

「何かあったのか!?」

「当たってない……」

パトカーの男の声は恐怖のせいで裏返っていた。

それを聞いて通信先の男は察した。

「早く車から降りろ!!降りるんだ!!」

「あ……」

「降りろーーーーッッッ!!!」

「………!!」

パトカーの男の意識が通信先の声で戻りかけた。

しかしその瞬間、パトカーは爆発した。


警視庁本部側の通信機からはエラー音だけが室内に響き渡った。

「ま、まさか…」

通信先の男はまた別の人物へと通信を切り替えた。

「流星くん!!」

「聞いてました!近くから爆発音が聞こえました!!今すぐ向かいます!!」

「頼む…!!」

コートの男は爆発の聞こえた方へと急いだ


それから時間が経ち、時間は12時過ぎになった。

この日、姫花高校は4時間授業のため校舎から生徒が出ていく姿がチラホラ見られた。


大久保と伊豆は玄関前で立ち止まっていた。

「お前ほんとにこの雨の中に行って大丈夫なの?」

「平気だって、それにさっきネットで見たら午後には止むって書いてあったし。」

「結構降ってるけど。」

「大丈夫だって。」

大久保は挨拶代わりに片手を少し手を振り雨の中へ歩いていった。

「気をつけろよー!」


大久保は雨の中最寄りの駅へ向かって歩いている。

しかし傘を持っていないのでかなりびしょ濡れである。

学校からある程度離れた頃に大久保は違和感を抱いた。

「あれ、なんか今日人通りが少ない気がするな…」

都心部から少し離れた場所ではあるものの普段は人通りが全くないわけではないのだが、見渡しても通行人も自動車もまったく見当たらなかった。

雨雲で日当たりの悪い中で大久保1人しかいない街でいつも通り信号が稼働しているのがさらに不気味にしていた。


その頃学校の方では…


「みんな今は帰らないで!脱獄犯が近辺に来てるから!!」

教師達が学校の出入り口で呼びかけをしていた。

ざわつく生徒達。

「姫花一丁目の方で爆破事件が起きて危険だからみんなまだ帰らないで!!犯人がこっちの方に向かったって目撃情報が出てるから!!」

下校しようとしていた生徒達は靴を上履きに履き替え教室の方へたちまち戻っていっていた。

さっきのパトカー爆発で街中では騒ぎになり警視庁から警告が来たため一般市民には外に出ないよう呼びかけが出ていたのだ。

2年2組の教室では帰りそびれた生徒達がスマホを見ていたり読書をしていたり何か書いていたりと皆それぞれ想い想いに過ごしていた。

例の女子3人組も帰りそびれていた。

「あーもー、早く帰ってゲームしたかったのにぃ。」

箱根が嘆く。

「まあどうせすぐ帰れるって。」

品野は平常心だった。

しかし柿原は黙って心配そうな目で窓の外をずっと見ていた。普段から顔は曇っているがさらに曇って見えた。

「おせちちゃん大丈夫?」

箱根が声をかける。

「私は大丈夫なんだけど…」

「ん??」

「………」

柿原おせちはそれ以上何も言わなかった。


大久保はそんな大事になっているとも知らずに余裕な顔で歩いていた。

少し前までは脱獄犯の噂にビビっていたものの、恋人の海部(うみべ) あさぎに会える事を考えると機嫌が良くなっていっていた。

大久保が人気のない街で呑気に歩いていると、1人の男がバイクを道路脇に停車させガードレールに腰をかけていた。

上半身で筋肉質な男だった。

流石の大久保の目にも男の姿は止まったが大久保にとっては石ころ同然に見えておりそのまま素通りしようとしていた。

大久保がその男の背中をすれ違って数歩進むと…

「ちょっとあんた。」

上半身裸な男は大久保を呼び止めた。

大久保は立ち止まり男の方を見る。

「あんたに言ってんのよ。」

「え。」

「ワタシ観光がしたくてこの街に立ち寄ったんだけど迷っちゃったのよねぇ…雑誌でよく特集されてるオシャレ街って確かこの辺よね?」

姫花には若者も多く若者向けの観光地があるのだ、男の言うオシャレ街は洋風の建物が立ち並びカフェや服屋などが多く構えられている商店街の事を聞いていた。

大久保も当然その場所のことは知っていた。

「えーっと…ちょっとわからないですねぇ…」

大久保は知らないフリをした。

本能で危険を察知したのだ。

男からそこはかとなく出ている殺気を感じていたのだ。

大久保は心の中で思った。

(こいつまさか例の脱獄犯じゃ…それに仮に違ったとしても上半身裸のオカマ口調のおっさんにとは全く関わりたくねぇよ……)

大久保は数ミリ後退りする。

「そう、知らないのね。ならいいわ。」

それを聞くと大久保はすぐさま向きを変えその場を自然に去ろうとしていた。

しかし…

「ちょっと待ちなさいっ!!!」

「ひっっ!!」

大久保はその大声で思わず立ち止まった。

「あんたもしかして…"超能力"、持ってる?」

「へっっ!?」

大久保は焦りを感じた、しかしその場から走り去る勇気もなかった。

「感じるのよねぇ…」

脱獄男はガードレールから腰を上げ大股で大久保に歩いて距離を縮めてくる。

「ひ、ひぃぃぃぃぃ…」

「ちょっとこっちお向きなさいよ…お友達にならないかしら……」

「ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

大久保の体は凍ったように固まり動くことができなかった。

「ねぇ…どうして無視するのよ。」

脱獄男の鍛え上げられた右腕が大久保の肩へ伸びていった。

するとその時

「ううううおおおおおおおおおお!!!!」

上から声が飛び込んでくると、

大久保のすぐ後ろで何か大きなモノが落ちてきたような重たい音が響いた。

急いで振り向くと後ろには突然今朝のコートの男が現れ脱獄男の体をうつ伏せにさせ押さえつけていた。

「うらぁぁぁぁぁぁ!!!」

コートの男は脱獄男の頭を一度手で抑え付け、両手で後頭部を連打する。

大久保には何が起きているのかさっぱりわからなかった。

男達のすぐ横には5階建くらいのビルが建っているのが見えた。

このコートの男はこのビルの屋上から飛び込んできたのである。

「早く!!逃げろ!!!」

コートの男は大久保に言った。

「ったく何すんのよ!!」

脱獄男は素早く仰向けになりコートの男の顎の下を拳で叩きつけアッパーをかました。

「……!!」

剛腕で殴られたのにも関わらずコートの男は手を引かずに左手を脱獄男の鼻に叩き込む。

「ハンッッ!!」

脱獄男は左フックでコートの男を弾き飛ばす。

「……!!」

コートの男は受け身をとってひるむ事なく脱獄男に無駄のない動きで素早く近づき脱獄男の蝶形骨に回し蹴りを入れた。

喧嘩慣れをしているようなパワーに任せつつも着実にダメージを与える動きで殴りかかる脱獄男に、攻撃を喰らっても一切動揺を見せず少ない動きで急所を狙い続けるコートの男の格闘を前に大久保はただ突っ立って見入っていた。


ダメージを与え合う内に脱獄男とコートの男は相打ちになって互いに吹っ飛び距離が空き、縮める事なく威嚇の体制に入った。

両者とも睨み合い相手の様子を伺っていた。

先に声を出したのはコートの男だった。

「ここに何しに来た!!」

「何よ、そもそもあんた誰よ!?」

「俺は探偵だ、そして超能力者を捕まえる特別に権限を持っている。よってお前をここで倒す!」

「随分大口叩くじゃない、まあ格闘センスはそれなりにあるみたいだけど超能力も持たないあんたじゃワタシに勝つのは不可能よ。それにワタシは無駄な殺しはしない主義なの。おとなしく引き下がりなさい。」

「……………」

探偵を自称する男は一歩踏み込んだ。

すると脱獄男は右手を天を突き刺すように上げて指を鳴らした。

それと同時にガラスが割れる音が街中にとても大きく響いた、周囲の建物の窓ガラスが全て砕けたのだ、

「これがワタシの能力。

これだけの広範囲の液体を操ることができるの。

ガソリンや溶解液だって自由自在よ。

こんな風にね。」

脱獄男は両手をYの字に上げ、指を鳴らした。

すると周囲に駐車されていた車が全て爆発した。

周囲の建物から避難ベルや火災報知器が次々と鳴り始め街中に火が吹き荒れた。

「ワタシの能力は無敵なの、それでも立ち向かってくるつもりならいらっしゃい。」

「…………………」

探偵風の男は動くのをやめた。

「そんな怖い顔で睨まないで頂戴、そっちの子には手は出さないわよ。無駄な殺しはしたくないの。」

探偵風の男は大久保の方に顔だけ振り返った。

「危険だから隠れて…」


その時、何か飛んでいるものが大量にどこかに突き刺さる音がした。

探偵男は一歩先に踏み込んでいた足を見下ろす。

前に出していた左足は膝の上あたりまで靴とズボンに大量の穴が空いており皮膚から大量の血が流れ出ていた。

「……………」

探偵男はそれでも表情を変えなかった。

大久保は後ろからは何が起きていたかわからず困惑して固まっていた。

探偵男は脱獄男に視線を移しもう一歩踏み出そうと駆け出した。


その瞬間、再び大量に飛んでいたものがどこかに突き刺さる音が響き、探偵男の体は後ろへ吹き飛んだ。

大久保はすぐさま探偵男の方へ駆け寄った。

倒れた探偵男を見ると額を含め体の正面に無数の穴が空いており大量出血をしていた。探偵男は目を開けたまま倒れており瞳孔からは生気を感じられなかった。

「そんな……………」

大久保は脱獄男の方を振り返る。

「だってそいつはいきなりワタシをぶったのよ、これくらいは当然でしょう。」

「だ、だからって。こんなこと…」

「ワタシはそいつの命に価値を感じないわ。」

「お、おま…え。」

大久保は無意識のうちに脱獄男を睨んでいた。

「ワタシはただこの街を刑務所の雑誌で見て観光したかっただけなのよ、だからわざわざここが雨の日を狙って脱獄したの。まあもちろん観光した後はすぐ遠くに逃げるつもりよ。ワタシの能力なら海を渡るくらい簡単なことなんだけど最後に日本のオシャレなカフェでフラペチーノを1発キメたかったのよ。」

「お前。」

「まあ、結構騒ぎにしちゃったみたいだしこの辺にはもういられないわね。そろそろ香港あたりにでも向かおうかしら。」

「お前ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「何よ……えっ。」

大久保の体からバチバチとイナズマが走り始めていた。

エネルギーが少しずつと大久保の体に溜まっていくのが目で見てわかるほどであった。

「くぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

大久保は自分の能力ではどんな相手にも勝てないと思っていた、だから戦おうとはしなかった。

しかし探偵男の死が彼の気持ちを変えた。

大久保は探偵男がどんな人間かは知らなかったが探偵男が死んだ事を彼の家族や親しい人間がどれだけ悲しむかを考えると立ち向かわずにはいられなかったのだ。

そう、自分では勝てないとわかっていながらも。

「何よこのパワー……あんたいったいどんな能力を持ってるの!?」

「はあああああああ!!!」

大久保の体はみるみるエネルギーに包まれ光り始めた。

「うっ………!!」

脱獄男は能力の熟練者なので誰が超能力を持っているか察知することができるが、どんな能力なのかまで把握することはできない。

脱獄男は息を呑んだ。

「やめろ。」

「はっ!?」

大久保の隣から声が聞こえた。

「君が手を汚す必要はない。」

「え………」

血だらけで倒れていた探偵男はむくりと起き上がった。

「あいつの能力は把握した。」

「い、生きて…る?」

探偵男の服はズタズタのままだったが傷は全て綺麗に治っていた。

「脳をやられると再生に時間がかかるんだ、心配かけてごめんね。」

「は…??」

「あら、殺したと思ってたけど生きてたのね。」

「確かにお前の能力は強力だ。だが一点、重大な欠陥を持っている!!」

「何よ、今度は挑発?フンッッ!!」

大量の雨粒が再び探偵男めがけて飛んでいく。

「ぶへっ!!」

探偵男は軽く大久保を突き飛ばすと軽い身のこなしで雨粒を吹き払った。

「え…」

「何よこれ…」

探偵男は無傷ではなかった、手のひらに大きな傷が付いているのが大久保から見てわかった。しかし、

「は!?」

手のひらの傷は一瞬にして塞がれた。

「板下!お前の能力の欠陥、それは他人の体の中の水分を操ることができない事だ!!」

「はあんっ!?」

脱獄男こと板下はとても気の抜けた悲鳴を上げた。

「ど、どういうことだ…?」

大久保は戸惑った。

「お前の能力は液体ならなんだって操れる、それは車を爆破させてることでわかる。しかしそれならいちいち雨粒を飛ばしたり車の運転手をわざわざガソリンの爆破で殺す必要はない。お前の能力の射程範囲はとても広いようだしそれなりに正確な操作をできるようだから人間の脳脊髄液で脳を傷つけでもすれば1発で即死させられるだろう。いや、観光がしたくて目立ちたくないならそっちの方が確実に都合がいいはずだ。しかしお前はそれをしていない、何故ならできないからだ。」

「ちょ、挑発したって無駄よ!!」

再び大量の雨粒が探偵男目掛けて飛んでいく。

しかも今度は八方から飛んできている。

しかし探偵男はまたもや全て振り払った。

無傷ではなかったが脳の損傷は防ぎ切り体の傷はすぐさま塞がった。

「な、なんなのよこいつ…!?」

「俺はお前を殺す!!」

探偵男は真面目な顔で声高々に宣言した、

そして探偵男は板下に向かって一直線で走り出した。

「キャァァァァァァァァ!!??」

雨粒が乱雑に無造作に探偵男に飛んでいく。

しかし走りながら全て防がれた。

大久保は唖然としていた。

「ヒィィィィッッ!?!?」

探偵男は板下の目の前まで走り着くと、腰を落とし体を大きく振りかぶる。その体勢は今にもすごいパンチが飛んできそうな気迫が感じられた。

「………………!!!!!」

探偵男は全く濁りのない真っ黒な目つきで板下を見つめる。

板下はその目から殺気しか感じとる事ができなかった。

「イヤァァァァァァァァァァァ!!!」

板下は周りにあるありったけの雨粒を探偵男に飛ばす。

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」

それと同時に探偵男は板下の顔面目掛けて一直線に拳を走らせる。

そして………


「ふぎゃんっ!!!」


探偵男の拳が板下の顔面を激しく叩きつけた。

「はっっ!!」

「……………………」

そして探偵男は大きく拳を前へ突き出し板下の体を吹き飛ばした。


そして、雨を降り注いでいた雨雲の隙間から太陽の光が街を照らした。


「いつっ!!」

ほんの少しの雨粒、板下が最後の力を振り絞って飛ばした弾丸(あまつぶ)が探偵男の頭を引っ掻いた。

「わ、わぁ……」

大久保から見ると探偵男の背中が道を輝かせているように見えた。

探偵男はしばらく体を動かさなかったが頭の傷が完治すると、建物の角を曲がってそのままどこかへ走っていった。

「え。」

大久保は急いで探偵男の行方を確認しようとすぐさま角を覗いたが、探偵男の姿はなくなっていた。

「えぇ…」

大久保は足元で倒れている板下を見下ろし、しゃがみ込んだ。

「ま、まさか…本当に殺したわけじゃ…ねぇよな?」

大久保は半信半疑になっていた。

すると後ろからバイクが近づいてきた。

バイクに乗っていたのは探偵男だった。

「ごめんごめん、大事な物はこっちに仕舞っていてさ。」

「あ、あの…」

「大丈夫、気絶してるだけだ。本当に殺すつもりだったわけじゃない。」

「は、はぁ……」

探偵男はバイクのメットインスペースから重たそうなアタッシュケースを取り出し、中からスタンガンのような物を出した。

「ちょっと離れて、危ないから。」

探偵男はスタンガンのような物の先端を板下の頭に近づけ、約10秒引き金を引き続けた。

「よし、これで5〜6時間は目覚めないはずだ。」

「…………」

大久保はただ突っ立って沈黙をしていた。

「ごめんなさい。」

「え。」

突然謝り出した探偵男に大久保は困惑した。

「君を危険な目に合わせて、ごめんなさい。」

「いやいやいや、別に俺は大丈夫ですよ!」

「本当に?」

「大丈夫ですって。」

「それならよかった。こいつは今まで自分の能力の本来の力を隠してた、あのまま倒して捕まえてもまた脱獄して再びたくさんの人に被害を与える事になったかもしれない。こいつを捕まえた後に適切な対処をするためにも能力を暴く必要があったんだ。」

「は、はぁ…」

「俺が走り出した後こいつは頭しか狙ってこなかった。人の体液を操れればさっさと俺の脳脊髄液を直接操れば済む話なのに最後の最後までそれをしなかった。やっぱり人の体液は操れないんだと思う。」

「でもまた能力を隠してたりしてるだけなんじゃ…」

「こいつは俺を殺す事自体にはなんの躊躇もしてなかったしそんなことするメリットは何もない、刑務所に再び戻るつもりも話を聞く限り全くなかっただろうしな。脱獄をするために隠していたんだろうからこれ以上隠し通す必要はないはず。」

「な、なるほど…」

「俺は普通の探偵業もしているが超能力関係の事件も請け負っている、もしもなにか超能力に関するトラブルがあったら俺に連絡してくれると助かる。」

そう言って探偵男は名刺を差し出した。

足利探偵事務所(あしかがたんていじむしょ)足利(あしかが) 流星(りゅうせい)………さん?」

名前の下には住所と電話番号、そして公式サイトと思わしきURLが印刷されていた。

「超能力関係の事件は無料で請け負ってるから。」

「む、無料で!?」

「まあ一応、依頼時に前金は払ってもらう事になってるけど超能力事件だった場合は後で返す事になってる。」

「そ、そんなに思い切っちゃうんですね。」

「だから気軽に相談してくれると助かる。」

「は、はぁ…」


なんか変な人だ、大久保はそう思った。


その後警察に脱獄男の板下は引き渡され晴れて脱獄騒動は終結した、板下の拘束は以前にも増して厳重にされておりどういう形で拘束されているのかは非公開になっているほどである。死刑は逃れられないだろう。


騒動の後、大久保は最寄りの駅から電車に乗り海部あさぎとの待ち合わせ駅に急ぎなんとか時間通りに到着した。

待ち合わせの駅は路線がいくつか交わっている駅で人が賑わっている。大久保は待ち合わせ場所に到着したが、海部の姿は見えなかった。

「英年様でお間違いないでしょうか?」

後ろから声をかけられ大久保は振り向く。

目の前に立っていたのは黒いタキシードを着た男だった。

「えっと…。」

(わたくし)は海部あさぎ様の代理人でございます。あなたは大久保英年様でお間違い無いでしょうか?」

「代理人?あんた誰だよ。」

「これは失礼、先にこちらを見ていただけないでしょうか。」

タキシードの男は"英年へ"と書かれた便箋を大久保に差し出した。その字の横にはまんじゅうに脚が生えたような風貌の独特なアヒルの絵が付いていた。

「あさぎの…字と絵ですね…」

大久保はその男が代理人である事を渋々信用した。

「はい、僕が大久保英年です。」

「よかったです、あさぎ様は急用ができてしまい今日はお会いできないとのことでございます。連絡事項はそちらに書いてあるとのことでしたので帰ったらお読みくだされ。それでは私はこの辺で、どうかお体にお気をつけくださいね。」

そう言ってタキシードの男は人混みへ去っていった。


大久保はその後帰宅すると、手紙をすぐには読まなかった。真っ先に足利と名乗る男の名刺に載っていたサイトをスマホで検索した。

そのサイトは確かに存在した。

サイトの一番上には足利探偵事務所とヨレヨレの老木のようなフォントで大きく書かれており、その下には足利探偵事務所と書かれた看板が横に突き出ているビルの写真があった。

あまりに手作り感満載でセンスのないサイトだったので。

「…だ、ダサい。」

と思わずつぶやいた。


こうしてこの日は終わりを告げた、しかしこの出来事はまだほんの始まりに過ぎなかったのである。

ちょうどこの頃、この街を巡ってある組織が裏で動き始めていたのだ。


「以上が報告になります。」

「板下、私の力を借りずによくここまでやったものだ。それに足利流星…柿原おせちの転校を聞いてまさかとは思ったが、やはりヤツも来ていたようだな。」

「どういたしましょうか。」

「焦る必要はない、少しずつ奴を追い詰めていけばいいだけだ。奴に協力者がいたとしてもせいぜい10人も満たないはず。計画に支障はない。」

「わかりました、それでは失礼します。」


「………………………………………」


「足利流星、あの時の仮はきっちり返させてもらうぞ……」

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